事例379

すべての高校生に「基礎情報学」のエッセンスを!―「成果メディア」って何?―

京都市立日吉ヶ丘高校 藤岡健史先生

私は、「基礎情報学」という文理融合の情報学を、高校の情報科に取り入れた授業実践を行っています。

 

昨今、生成AIが大きく注目され、教育現場での導入も始まっていますが、私はICTの有効性と限界を本質的に考察するために、全ての高校生が基礎情報学のエッセンスを学ぶことが必要であると考えます。

 

基礎情報学は、「情報」の持つ意味や価値を扱う文理融合の学問で、まさに今日の基礎的な教養といえます。基礎情報学では、図のように情報の概念を「生命情報」「社会情報」「機械情報」の3つに分類します。昨年のこの事例報告会で、この3つの情報概念の授業をご紹介しましたので、こちらの動画も合わせてご覧ください(※1)。

今回は、このうち、社会情報を論理的に媒介する役割を果たす「成果メディア」の授業をご紹介します。

※1 https://www.youtube.com/watch?v=_-Cf8NovOn8

 

成果メディアは、基礎情報学において最も興味深い概念の一つで、一部の「情報Ⅰ」の教科書では扱われていますが、ややもすると抽象的で分かりにくい印象を持たれやすいかもしれません。

 

今回は、この成果メディアについて、できるだけ分かりやすく実践例をご紹介します。初めての先生でも、すぐに授業に取り入れていただけると思います

 

 

基礎情報学の3つの情報概念からコミュニケーションを考える

まず、3つの情報概念とコミュニケーションの関係について見てみましょう。

 

 

この図の左側の男性と右側の女性が、コミュニケーションをする状況を考えます。今、男性側から女性側に何かを伝えたいとします。はじめに男性側には伝えたい情報が生まれます。これが①です。

 

ここでは、例えば男性が女性を食事に誘いたいと思っているとします。これはまだ言葉で表現される前の、感情のようなものだと思ってください。この気持ちをどのように伝えるかが問題です。

 

そこで彼は表現方法をあれこれ考えます。これが②です。直接話すのか、メッセージアプリで送るのか、どのような言葉で表現するのかなど、たくさんの選択肢の中から決めることになります。これはある意味、情報をデザインしているともいえます。

 

次は、いよいよ女性側へそれを伝えることになります。直接日本語の音声として表現したとすると、音が空気を伝って女性側に届きます。メッセージアプリを使ったとすると、電波などを介して伝わります。

 

これを女性側がどう理解するかが③です。どう受け取られるかは女性次第で、音声が途切れてうまく聞こえないこともあるかもしれないし、そもそも誤解される可能性もあります。

 

最後に、女性には生命情報が生まれます。これが④です。食事に誘われて嬉しいと思うかもしれないし、そうでないかもしれない。テレパシーは使えないので、①と④は明らかにイコールではありません。以上が3つの情報概念とコミュニケーションの関係になります。

 

 

うまく伝わらない原因として「成果メディア」を考える

この例をもとに、3つの情報概念を伝える「メディア」について考えてみましょう。

 

メディアとは、情報のやりとりを媒介するものです。まず、生命情報はテレパシーでも使えない限り、直接伝えることはできません。

 

次に、先に一番下の機械情報のメディアを考えます。これは、先ほどの声の例であれば空気がメディアですし、メッセージアプリであれば電波や電線がメディアです。

 

 

このように、機械情報を媒介するメディアを、一般的に「伝播メディア」といいます。伝播メディアとは、機械情報を物理的に媒介するメディアのことです。

 

一般に「メディア」と言うときは、この伝播メディアを指します。教科書に載っている、文字や音声、静止画、動画などの「表現メディア」、空気や電線、電波などの「伝達メディア」、紙やフラッシュメモリなどの「記録メディア」。これらは全て伝播メディアです。この伝播メディアの重要な機能は、情報の流通範囲を拡大するという役割です。伝播メディアのおかげで、機械情報を物理的に表現・伝達・記録して広げていくことができるわけです。

 

 

ここで、私たちが、うまくコミュニケーションできないときを想定して、それが伝播メディアの問題ではないときを考えてみましょう。つまり、言葉はちゃんと聞こえているのに、意味が分からないときなどですね。これがもう1つのメディア、すなわち社会情報を媒介するメディアが関係しています。

 

この社会情報を、論理的に媒介する役割を果たしているメディアを「成果メディア」といいます。

 

 

成果メディアの「成果」には、このメディアが存在しているおかげで、コミュニケーションが円滑に進み、その成果が上がる、といった意味があります。

 

つまり成果メディアは、社会情報を論理的に媒介すること。すなわち、コミュニケーションが誤解なく円滑に進むように媒介し、意図しない意味に捉えられないように、意味的な領域を狭めてコミュニケーションに論理的なつながりを与えているメディアである、ということになります。

 

 

自分の所属するグループだけで通じる「内輪ネタ」を考えてみる

これだけでは、まだ抽象的ですので、私は授業で次のようなワークを行って、具体的に成果メディアの役割を理解させています。

 

こちらの図は、授業で生徒に配布しているプリントです。

 

まず真ん中に生徒自身の名前を書いてもらいます。そして、周り6つの円に生徒が属している所属、つまりグループ名を書いてもらいます。

 

例えば、クラスが1年1組、クラブが野球部など、どのようなグループでもよいことにして、6つ全てを埋めてもらいます。グループの人数は大人数でも小人数でも構いませんから、「京都市民」とか「仲良しの2人組」でもけっこうです。皆さんも、ぜひ考えて埋めてみてください。

 

 

次に、生徒たちに「ある1つの組織やグループ内でしか通じないような、内輪ネタはないですか」と問いかけます。先ほどの例で言えば、1年1組限定でしか通じないような内輪ネタ、野球部でしか通じないような話題でもよいですし、京都人にしか分からない価値観のようなもの、仲良しの2人組の間でしか共有できないワードなどでもOKです。これを授業で共有すると、結構盛り上がりますので、ぜひお試しください。

 

この内輪ネタを生徒に発表してもらうと、そのグループ外の人には、意味がよく分からない、という状況が生じます。このようにしてコミュニケーションがうまくいかない状況を、わざと体験してもらうわけです。逆に、内輪ネタが通じる者同士だと、コミュニケーションが盛り上がります。つまり、お互いに意味が分かると、論理的に理解し合えるということが実感できます。この内輪ネタが成果メディアの例です。

 

 

こういったワークを通じて、成果メディアによって円滑なつながりが生じ、コミュニケーションの誤解が生じにくくなり、情報がうまく伝わることが実感できます。これが、成果メディアの本質的な役割です。

 

これは、お互いが前提としている価値観のようなものをイメージすると分かりやすいと思います。

 

 

成果メディアの背景となる「価値観」

ここで、ドイツの社会学者、ニクラス・ルーマンの「機能的分化社会論」を簡単に紹介します。

 

ルーマンは、「絶対的で統一された価値観は存在せず、分化され、多様化した価値観しか存在しない社会に、われわれは生きている」と述べています。ここでいう「価値観」が、成果メディアにあたります。

 

ルーマンは、成果メディアの例として、真理・愛・貨幣・法・権力・宗教などを挙げています。これら一つひとつが、いわば価値観です。

 

 

授業では、次のようなワークを行うと効果的です。

 

はじめに、生徒に「最近うまくいかなかったことは?」と発問します。

 

例えば、「昨日の晩ご飯に嫌いなおかずが出た」という答えが出されたとします。それに対して、「それはどの成果メディアから制約を受けていたと思うか」と発問します。この例では、「嫌なおかずであることを考慮してもらえなかった」ということであれば、これは「愛」という成果メディア。「好きなおかずにするお金がなかった」であれば、「貨幣」になります。さらに「宗教上の問題」など、さまざまな成果メディアを想定することができます。

 

つまり、どの成果メディアに着目するかによって、いろいろな解釈ができることがわかります。これがルーマンのいう「多様化した価値観」です。このように、いろいろな事例を出しながら、成果メディアについての理解を深める工夫をすることが大切です。

 

 

われわれのコミュニケーションは成果メディアの影響を受けていることを理解した上で、生成AIと向き合う

最後にまとめます。

 

今回の発表では、3つの情報概念とコミュニケーションの関係を土台として、2つのメディア、特に社会情報を論理的に媒介する役割を果たしている「成果メディア」について説明してきました。

 

昨今、生成AIが大きく注目され、教育現場での導入も始まってきていますが、私は、単に生成AIを使いこなすだけではなく、生成AIを含むICTのもつ有効性と限界を本質的に考察する力を身に付けることがとても重要だと考えます。

 

それは、われわれのコミュニケーションは、成果メディアからの影響を強く受けているということを、きちんと理解することから始まります。成果メディアによって、われわれは一人ひとりの現実イメージを作り出しています。決して、客観的な現実を見ているわけではありません。

 

 

急速に変化する情報社会を、俯瞰的に理解するためには、何より、3つの情報概念とコミュニケーション、そして2つのメディア、すなわち伝播メディアと成果メディアについての深い理解が必要です。

 

今回は、成果メディアに焦点を当てましたが、基礎情報学は、「情報の意味」にスポットライトを当てているのが最大の特徴です。今後、生成AIは私たちの社会における主要なメディアの一つに位置付けられていくでしょうが、情報の意味について深く考えることで、SNSや生成AIなどの持つ可能性や課題も見えてきます。

 

 

私が実践に取り入れている授業のネタは、東大名誉教授の西垣通先生の、「生命と機械をつなぐ知―基礎情報学入門」をもとに構成しています。関連リンクを下記に置きました。こちらもぜひご覧ください。

 

基礎情報学関連の教材 

 

西垣通先生の著書:「生命と機械をつなぐ知―基礎情報学入門―」 

 

西垣通先生の記事:「AIの可能性と限界 妄信は人類の自律性脅かす」 

 日本経済新聞電子版 2024年2月20日  [会員限定記事]

 

神奈川県情報部会実践事例報告会2024オンライン オンデマンド発表より