大学入学者選抜改革推進受託事業シンポジウム 主催者挨拶

全ての国民が十分な情報教育を受けられる機会の実現を目指して

大阪大学総長 西尾章治郎先生

本日はお忙しい中、文部科学省大学入学者選抜改革推進受託事業の下で実施する、「2025年の高校教科『情報』入試を考える」シンポジウムに多数の方々にお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。満席という状況からもわかるように、このシンポジウム並びに事業に対して多くの方々が関心をお寄せいただいていることを、本当に嬉しく思います。

 

今回ご講演をいただく方々は、情報入試においてまさに日本の牽引役をお務めいただいております。その方々にこのように一堂に会していただく機会を持てましたのは、たいへん光栄なことであると思っております。

 

今回のシンポジウムは、ぜひとも高等学校関係の方々に多くご参加いただいて、忌憚のない意見交換をしたいという思いから、あえて休日に開催させていただきました。本日は、皆様が日頃抱いておられる様々な課題や問題をぶつけていただければと思っております。どうかよろしくお願いいたします。

 

さて、私たちは日常生活の多くの場面で情報技術の恩恵を受けています。米国のホワイトハウスは、「2020年までに科学、技術、工学、数学関連の職業の50%が、情報工学関連の分野に含まれる」という予想を出しています。また近年、日本再興戦略2016など、様々な政府の方針において、「各種のイノベーションを起こしていくためには、情報技術の活用は必要不可欠であり、大前提である」ということが記されています。

 

また、プログラミングや情報セキュリティ等、情報の科学的な理解に裏打ちされた情報活用能力を身に付けるということに関しては、実に様々な観点からその重要性がうたわれています。大学では、全ての学部・学科で情報の素養が必要であると考え、学部1年生に対して情報教育を実施しています。しかし、高校生の全員が大学に進学するわけではありません。

 

そのため、社会の中で生活していくために必要な情報教育を、高校の段階で実施することが非常に重要になってきました。そこで、2003年度からは、高等学校で共通教科「情報」が必履修教科として新設されました。その後、2009年度の高等学校学習指導要領改訂において、「社会と情報」「情報の科学」が選択必履修科目となり、現在に至っています。そして次の改訂となる2022年からの学習指導要領でも、「情報I」「情報II」の科目で、このような情報活用のための資質・能力を教育しようとしています。

 

情報活用能力の育成は、我が国が今後も国際競争力を維持するためにも重要な事項となっています。この国際競争力ということで言えば、例えば日本の情報通信分野の国際競争力はどのくらいのものとお考えでしょうか。せめて世界の5番手くらいまでに入っているだろう、とお考えかと思いますが、あにはからんや、実際は20番手を割る程度の位置だというのです。では、トップはどこかと申しますと、ほとんどが北欧の国々です。そしてその中の一つ、デンマークでは、小学校の段階から情報機器を駆使した情報教育が徹底的に行われています。

 

こういった状況を考えますと、日本において小学校から高校までの段階における情報教育の重要性と必要性は、もはや言うまでもないことだと思います。そしてそれこそが、今後日本がイノベーションを起こしていく上でも非常に重要な課題となってきていると言えるでしょう。

 

 

一方、大学入学者選抜試験においては、現在「社会と情報」「情報の科学」はセンター試験の出題対象には位置付けられておりません。「情報関係基礎」として、主に工業や商業など専門学科の生徒を対象として数学の中に置かれており、選択する受験生もごく一部で、出題内容もそれに準じたものとなっております。このギャップをどのように考えたらよいのでしょうか。

 

また、国公立大学・私立大学でも、入学試験に情報関連科目を採用している大学もわずかながらありますが、広く一般の受験者を対象としたものは非常に少なく、AO入試など、いわゆる特別な選抜の枠組みで扱われているのがほとんどです。大学が「情報科」を入試科目として採用していないことが、高校の情報教育に非常に大きな影響を与えているとの意見も多々あります。

 

大学の全ての学部が、情報教育が重要であると考えているにもかかわらず、「情報科」を入試科目とすることができないという、このジレンマ。それに対して情報処理学会の情報入試会、あるいは日本学術会議の情報学委員会では、この問題を非常に深刻に考え、いろいろな活動を展開してきています。ただし、どこから手を付けていったらよいのか、状況は一筋縄ではいかずなかなか難しく、もどかしさを感じているというのが実情です。

 

この状況を何とか打破して、日本の全ての国民が十分な情報教育を受けられるようにならなければ、例えば政府から今年度から打ち出している「超スマート社会」の実現に向けた取り組み『Society5.0(※)』のような、今後の日本の新たな社会の構築も危うくなってくるという危機感を、私は常日頃から感じています。

https://www.jst.go.jp/crds/sympo/20160226/pdf/20160226_01.pdf#search=%27Society5.0%27

 

大阪大学でも、一部の入試への「情報科」導入を検討する必要があります。このことに関しては、今後真剣に対応していきたいと考えています。さらに、今後の大学入学者選抜においては、「知識・技能」に加えて、「思考力・判断力・表現力」のいわゆる三つの力や、主体性を持って多様な人々と協力して学ぶ態度に関する評価も重視する必要があり、今回我々が取り組むこの事業では、一つの柱として大学入学者選抜試験における「思考力・判断力・表現力」の評価方法をも検討しています。

 

さらに二つ目の柱として、この評価をCBT、すなわちComputer Based Testingで実施する場合、何が実行可能で、同時に何ができないのかということを研究するという、チャレンジングな研究・開発も行います。なお、このCBTに関する研究は、情報科に限らず、全ての教科に関する試験の在りようとして、今後我々が真剣に考えるべき問題であると思います。コンピュータ技術と密接に関連する情報科の選抜試験では、その特性を最大限に活用する評価手法がどのような形で表れるのか、私自身も非常に期待しているところです。

 

最後になりましたが、毎月長時間非常に熱心に議論をされている、この事業の担当者の皆さま方には深甚なる感謝の意を申し上げるとともに、来年度も引き続き本事業へのご支援を賜りますようお願いいたします。この事業は、今日本が国をあげて取り組まなければもう時期を逸する、という勢いで真剣に考えていかなければならない問題であると思います。

 

また、本日お越しになった皆さま方には、ぜひ本事業の成果をお確かめいただくとともに、今後もご支援いただくと同時に、ぜひともいろいろなご意見を賜り、この事業を実りあるものとすべく、盛り上げていただければと思います。どうかよろしくお願いいたします。ありがとうございました。