文部科学省大学入学者選抜改革推進委託事業 「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜における評価手法の研究開発」
「情報科」の情報学参照基準による知識体系化
東京大学 情報理工学系研究科 萩谷昌己先生
情報科の新体制に向けて情報学を体系化
私は、自分自身が情報学の参照基準(※1)の策定に関わってきた経緯もあって、この事業では情報学の参照基準と、次期学習指導要領の高等学校の共通教科情報I・IIの対応付けを行っています。現在は「社会と情報」「情報の科学」の2科目からの選択必履修の体制ですが、次の学習指導要領では情報I・IIという体制に変わって、情報Iが必修で情報IIが選択という形をとり、他の教科にかなり近い設定になる予定です。それに伴って情報Iの内容の検討が行われており、2017年度中に学習指導要領の詳細が発表されようとしています。
※1 「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照規準」情報学分野
高校の情報I・IIと、その親学問としての情報学の対応付けについて具体的に説明すると、高等学校の教科である情報I・IIの各項目と情報学の参照基準における固有の知識の体系・固有の能力・ジェネリックスキルを対応付けることによって、情報分野の知識や技能を整理していこうという試みです。
日本学術会議の参照基準は、情報学のみではなく最終的には全ての学術分野で策定されようとしています。従って、上記に加えて情報学以外の参照基準も精査し、情報I・IIの各項目が現れている箇所を網羅することが必要となります。さらに、各分野の学部教育で実施されている専門基礎教育内の情報教育も参照しています。要は、情報学以外の各分野で求められている情報に関する知識や技能はどういったものかということを調べているのです。
情報学を大学入試に入れるということは、数学のようにほとんど全ての学問で活用される可能性があるということですね。全ての学術で活用されるから大学入試で必要なのだということを、実際に確認していく活動だと理解していただけるとありがたいです。
全ての学問で活用されるメタサイエンスとしての情報学
情報学分野の参照基準は平成28年3月に公開されています。日本学術会議の30の分野別委員会で行われている活動の中の一つです。情報学分野の参照基準では、「情報は物質から成る世界に意味を与え、秩序をもたらすものである」という考え方をしており、「情報学は情報によって価値、特に新しい価値を生み出すことを目指す」と書かれています。新しい価値は、新しい幸福の形と言うこともできます。
さらに参照基準では、情報学の特性として、文系と理系に広がる点と、ほとんど全ての学術分野で活用されるような原理や技術を提供する学問であることを挙げています。その原理が普遍的であるがゆえに、諸科学において活用されるという情報学の有するメタサイエンスの部分を中核としています。
左図は、情報学の中核部分と、それをもとに様々な領域で生まれた領域情報学というものの関係を示しています。情報学がメタサイエンスであるからこそ多くの分野で活用され、様々な領域情報学を含んだ広い意味での情報学に至るという認識です。
情報学の参照基準では、情報学に固有の知識の体系としてア〜オの5つの分野を定めています(下図)。「情報一般の原理」、「コンピュータで処理される情報の原理」、「情報を扱う機械および機構を設計し実現するための技術」、「情報を扱う人間社会に関する理解」、「社会において情報を扱うシステムを構築し活用するための技術・制度・組織」、この5つです。
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さらに参照基準では、情報学を学ぶ学生が獲得すべき能力を、情報学固有の能力とジェネリックスキルに分けた上で、次のように定義しています。
固有の能力として、情報処理・計算・データ分析、システム化、情報倫理・情報社会。ジェネリックスキルとして、創造性、論理的思考・計算論的思考、課題発見・問題解決、コミュニケーション、チームワーク・リーダーシップ・チャンス活用、分野開拓・自己啓発といった力です。
これらの分野や能力については参照基準に詳しく書かれていますので、ウェブサイトからダウンロードしてご覧いただければと思います(※2)。
※2 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-h160323-2.pdf
新たな情報科目と情報学の参照基準を対応付ける
次に示すのは高等学校の情報科の新しい科目である情報I・IIの詳細です(※3)。ただし、既に“仮称”は取れていて「情報I」「情報II」と決定しています。ちなみに情報Iと情報IIでは分野が違うのではなく、情報Iで基礎的なことを学んで、情報IIでさらにそれぞれの分野を発展させるという内容になっています。重要な点としては、情報Iでプログラミングが本格的に入ってくることです。情報Iは、現在の「情報の科学」をベースにしつつ、「社会と情報」の内容を取り入れたものになっており、情報IIでは、『情報とデータサイエンス』といったデータ分析に関する項目も入ります。
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※3 第9回全国高等学校情報教育研究会全国大会 教科調査官鹿野利春先生講演資料
http://www.zenkojoken.jp/pdf/20160809_zenkojoken_kanagawa_kano.pdf
現在は、先ほど説明した情報学の参照基準と、新しく情報科で扱われる諸項目を対応付ける作業を行っています。情報学を文系・理系に広がる学術と定義しているため、非常に自然な形で2つを対応付けることができています。実は高校で学ぶ項目のいくつかは、知識というより能力に関係するものになっているということがわかりますね。固有の能力やジェネリックスキルと対応しています。
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他の学術分野における情報学の記述を調査する
対応付けの次のステップとして、他の分野の参照基準を見てみるということも行っています。日本学術会議は30の分野別委員会で構成されていますが、その30分野それぞれで策定された参照基準を見ていくと情報に関係する記述がいろいろと見つかってきます。
参照基準がどのような作りなのかを少し説明します。まず一般的な構成要素として、当該分野の定義と固有の特性が挙げられます。さらに当該分野で学生が身に付けるべき基本的な素養ということで、知識と能力を定めています。能力に関しては、先ほど説明したように分野固有の能力とジェネリックスキルの2種類に分かれています。そして学習方法と評価方法がまとめてあります。このような構成要素の中から情報に関する記述を調べていくのです。
文系分野の参照基準をいくつか取り上げていきます。例えば言語・文学では、学修方法の箇所でインターネットや情報通信技術の発展について言及されています。さらにリテラシーの学修についての記述もありますが、この「リテラシー」というのは情報リテラシーのことを指しています。
次は心理学ですが、ここではもう一歩進んで脳科学などを参照しています。また、ジェネリックスキルとしてコミュニケーション能力や情報リテラシーがこの分野でも出てきます。ちなみに、この2つに関する記述はほぼ全ての分野で見ることが可能です。
社会学では、固有の特性についてもう少し進んだ記述があります。さらに注目すべき点としては、“現在の新しい研究法としてシミュレーションがあり、これは、コンピュータを用いて数理解析では困難な複雑性の介在するシステムについて、エージェント間の相互作用の集積プロセスを可視化できるという特徴をもつ”とあります。
理系分野では、特にコンピュータのシミュレーションといったことが、ほぼ全ての分野で参照されています。
物理学や天文学は当然のことながら「大量のデータ」や「高性能コンピュータによるシミュレーション」といった言葉が出てきています。
下図は具体的に東京大学の物理学科と天文学科で行われている教育ですが、計算機実験やUNIXやFortran、C言語などを教えています。さらに統計解析や微分方程式の数値解法などの授業もあります。
機械工学でも当然ソフトウェアや情報技術が教えられています。
生物学の参照基準です。この中には当然「ゲノム情報」という言葉が出てきており、情報学の素養が不可欠であることを示しています。
学問分野と情報Ⅰ・Ⅱの項目を対応付けてグループ化
下図では、各分野の参照基準と情報I・IIの各項目との対応付けを行っています。縦に情報I・IIの項目、横に学問分野を並べて、各分野でどういうことが教えられていてどういう項目が重要視されているかをプロットしたものです。参照基準以外にも、情報処理学会・J17カリキュラム標準策定のための調査や、自分の所属する東京大学の実際の学部教育も取り入れています。項目や分野をいろいろと並べ直して左上から右下に並ぶようにまとめ直すことで、項目や分野のグループ化が同時に可能となるようにしました。
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今後は専門基礎教育や分野の現状をより詳細に調査して、それぞれのグループ化を実証していきたいと思っています。つまり、先ほどのようなマトリックスを大学入試の評価項目へ反映させて、大学入試に情報科を入れる際の動機付けにしたいということですね。また、各分野の専門基礎教育での情報教育にも反映したいと考えています。
最後になりますが、この事業で東京大学には、「試験問題作成段階でのAIやビッグデータ技術の適用可能性を研究する」というミッションがあります。そのために、情報入試委員会が過去に実施した4つの大学情報入試の全国模擬試験を分析しているところです。具体的にはクラスター分析や因子分析をやってみましたが、残念ながらあまりうまく進んでいません。本来だと同じような能力を問う問題が同じクラスターに分類されるべきところに、全く関係のない分野の問題が混ざってくる状況になっています。同様に因子分析もあまり良い結果が出ていません。従って、既存の問題を分析することによって問題から評価できる能力を抽出するというのは難しいので、今後は問題数を増やす、もしくは思考力・判断力・表現力はこのようなものだ、ということを意識した問題作りを行っていくのが有効ではないかと思われます。
情報処理学会第79回全国大会/文部科学省大学入学者選抜改革推進受託事業シンポジウム講演より