パネルディスカッション
プログラミング教育が目指すもの ~本当に必要な教育内容や体制とは
東北大学大学院情報科学研究科 堀田龍也先生
宮城教育大学教育学部 安藤明伸先生
相模原市立総合学習センター 渡邊茂一先生
草津市教育委員会 西村陽介先生
vol.1 プログラミング教育の必修化
東北大学大学院情報科学研究科 堀田龍也先生
小学校でプログラミングが必修化された背景
今回私がこのセッションにキャスティングされたのは、「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」という非常に長い名前の有識者会議の主査を務めていたからであると思います。この会議では、小学校にプログラミング教育を入れるにはどうすればいいかということを検討し、その結果が中教審に申し送られ、学習指導要領に反映されました。
この辺りのお話については、先ほど「次期学習指導要領と教育の情報化」というタイトルでお話ししています。プログラミング教育について本当に必要な教育内容、教育体制とは何かということについては、現段階では絶対的な正解があるわけではありません。しかし、国としてプログラミング教育でどのようなことを目指しているのか、それに対していち早く取り組んでいる自治体や研究者は、それをどのように捉えているのかということを、皆さんにお伝えするというのが、このパネルディスカッションの役目と考えています。
ここからは、いわば前座として、プログラミング教育を取り巻く状況をお話しします。
「プログラミング教育の必修化」は、今ほうぼうで話題になっていますが、中学校の技術・家庭科の技術分野ではすでに必修ですし、高校の教科「情報」で「情報の科学」を選択すれば、プログラミングは必修ということになっています。しかし、中学生や高校生がプログラミングをすることは、今までもそれほど大きな話題にはなりませんでした。
今回は「小学校でもやります」ということで、注目を集めたのかと思います。小学校でのプログラミング必修というのは、小学校段階からゴリゴリとプログラムを書くというのではなく、小学生にふさわしいレベルと程度で経験するという方針を国が示したということです。「必修化」と言いますが、これは『プログラミング』という教科ができるのではなく、学習指導要領で「教科の授業の中でプログラミングをやってください」と書いてあるということです。小学校の各教科は必修ですから、そこに「やってください」と書いてあるということは、結果的に必修になるということですが、マスコミでは「必修化」という言い方で書かれることが多いです。
例えば、あるウェブサイトでは「政府・首相官邸は2016年6月、『日本再興戦略2016』の中で2020年からの小学校でのプログラミング教育必修化をうたいました」と書いています。また、2016年1月の日本経済新聞では、小中学校のプログラミング教育を紹介する際に、「政府の産業競争力会議は(議長:安倍晋三首相)は」と、主語が「文部科学省」ではなく「政府」となっています。これは、文部科学省がプログラミングを入れましょうと言う前に、まず国として、これからの日本を支える人材を育成していくにあたって、プログラミングが不可欠であるということが政府方針としてまず示され、それを受けて文部科学省が先ほどの長い名前の有識者会議を作って「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について」という議論を行い、そのまとめを2016年6月16日に提出したということです。
昨年、私がこのNew Education Expoでお話しした時点では、この議論のまとめは出ていませんでした。今年は「ここにこう書いてある、また中央教育審議会の最終答申にこう書いてある、そして学習指導要領にこう書かれた」というお話ができ、さらにすでに実践している事例もご紹介します。これだけから見ても、この1年間ですごい速度で状況が動いているということがおわかりいただけると思います。
学習指導要領にも「プログラミング」が明記された
実際に学習指導要領では、中学校・高校では当然今までより膨らむ形で書かれています。小学校には初めて「プログラミング」という言葉が書かれました。横文字を嫌う、法令文書である学習指導要領に「プログラミング」という言葉が入ったのです。「アクティブラーニング」という言葉は入らなかったことから考えると、やはりそれぐらいの決意があるというわけです。
「プログラミング」の言葉が入ったのは、各教科の内容に先立って「教育課程全体でこういうことを考えていきます」ということを書いた総則で、「児童がプログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付けさせるための学習活動」(上図の赤枠)の部分です。各教科に無理やり入れるのではなく、各教科等の特質に応じて、ふさわしい場面でプログラミングの学習活動を計画的に入れていくのです。それらを通して、プログラミングを体験させること、そしてコンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付けさせましょうということが書かれています。
「プログラミング必修化には課題がある」とマスコミでも言われています。確かに、3年後の2020年から必修化を全面実施するまでの間に、解決すべきことはいろいろあります。カリキュラムや授業への取り入れ方、ICT環境の整備に加えて、昨今の「働き方改革」で教員の仕事を楽にしなければいけないということもあります。そのようないろいろな課題の中で、この新しく入ったプログラミング教育をどういう形でやっていくのか。社会に開かれた教育課程というスローガンで言えば、学校外の人の協力は不可欠です。それについても、手伝ってくれそうな人は東京にはいっぱいいるけれど地方の町にはいない、それについてはどうするんだというのも課題ですよね。それらをどうやって克服していくのかという議論も始まっています。
実際に一からプログラミング教育に取り組んだ小中学校の事例を通して
本日は、この3人の方に登壇していただきます。
安藤先生は、文部科学省の施策等の中でプログラミング教育について中心的に動いていらっしゃいます。中学の技術・家庭科にも高校の情報科にも詳しいし、小学校のプログラミング教育もいろいろな形でお手伝いをされています。
渡邊先生は神奈川県相模原市の、西村先生は滋賀県草津市の教育委員会にいらっしゃいますが、お二人とも、もともと小学校や中学校の先生でした。今は市全体の動きをリードされていらっしゃいます。相模原市と草津市は、自治体の規模は違いますが非常に先進的な取り組みをしていますので、お二人には具体的にどのような取り組みをしていたのか、どんな苦労があったのかということをお話しいただきたいと思います。
パネルの流れとしては、まず私が今お話ししているのが趣旨説明です。次に安藤先生に「プログラミング教育とは具体的にどのようなことをするのか」ということを解説していただきます。
それから、相模原市と草津市で実際にプログラミング教育に取り組んだ時、まさに現場にいらっしゃったお二人の先生にお話ししていただきます。その後3番目として、私からこの二つの市に共通する、あるいは異なる特色について、苦労したこと、工夫したことなどのポイントについて質問し、検討していきます。そして4番目に「それでは、これから私たちはどうすればいいのか」ということについて、安藤先生に具体的にいろいろお話をいただき、最後にまとめるという形で進んでいきたいと思います。
それでは最初に、プログラミング教育とはどういうものなのかということを、安藤先生にお話ししていただきます。
※New Education Expo2017 東京会場 (2017年6月3日)