パネルディスカッション
プログラミング教育が目指すもの ~本当に必要な教育内容や体制とは
vol.4 草津市のプログラミング教育の「これまで」と「これから」
草津市教育委員会 西村陽介先生
私は、昨年度までは小学校の教員をしておりましたが、今年4月からは滋賀県草津市の教育委員会に来ております。
今回は、二つの観点からお話します。まず、草津市の教育ICT化の取り組みや計画、整備状況、連携や推進についてお話します。次いで、志津南小学校教員時代の、プログラミング教育を含む情報活用能力育成のための研究について、お話しさせていただきたいと思います。
良いところ取りの「ハイブリッド」が鍵
キーワードとなるのは「ハイブリッド」です。これは異なるものを組み合わせることですが、草津市としては、文部科学省の委託事業を受ける前から重視してきた考え方です。
まず、草津市の教育ICT化についてお話します。草津市には小学校が14校、中学校が6校あります。人口13万人の市ですが、特にICT教育について大きな予算を付けてもらっており、平成21年度から、様々なICT機器を整備してきました。
今年度始めには、割合にすると児童生徒2.3人に1台のタブレットが配置されており、無線LANでネットワークに接続できるようになっています。草津市では、1人1台タブレットを使った学習をしようと思えば、日常的にいつでもできる環境にあると言えます。
下図は草津型AL(アクティブ・ラーニング)の概要です。草津市はタブレットなどのICTの機器を取り入れるだけでなく、今までのアナログの学習の良いところも活かして、ハイブリッドな授業カリキュラムを創造しています。
草津市教育委員会では、プログラミング教育を含む総合的な情報活用能力の育成に関して文部科学省の委託事業を実施しており、2校を推進校としています。この2校が先行して様々な実践をし、年間指導計画の作成に取り組んでいます。今年度の推進校は志津南小学校と玉川小学校で、その成果を、来年度には市内の全学校に広げる予定です。
さらに、草津市には立命館大学のびわこ・くさつキャンパスがあります。草津市と立命館大学は、包括協定を平成15年に結んでおり、これによって様々な協力をお願いできる関係にあるため、それを活かして立命館大学の先生や数多くの学生さんから子どもたちにプログラミングソフトの指導をしていただいています。
下図はカリキュラム編成の考え方です。左側にあるようなICT機器を活用して行うプログラミング教育以外にも、右側にあるようなICT機器を使わず紙と鉛筆で行う「コンピュータサイエンスアンプラグド」の両方を行うことで相乗効果をねらおうというものです。
ICT機器を使う授業には、ソフトの名前や、どの授業で実施するかといったことも示しています。基本的な知識やスキルを高めるためにICTを活用したプログラミングを経験させることは、教科の中では難しいので、総合的な学習の時間に位置付けたりなどして工夫しています。
タブレットPCは、3学級に1セット(35台)の割合で配備しています。1日の授業が6時間とすると、そのうち3分の2の4時間くらいは、通常通りアナログの授業となります。アナログの授業をどのようにプログラミング教育に結び付けるのか、どのように年間指導計画に位置付けるのかを考えることが、今年度の草津市教育委員会の役目となります。
小学校の現場での初期の受け止め方は「戸惑い」
次に、昨年度の取り組みをご紹介します。正直、大変でした。タブレットPC自体はあっても、プログラミング教育に取り組むのは、ほぼ一からスタートという状態でした。平成26・27年度に、市内のいくつかの学校で取り組んだ実績はありましたが、市内全体で共有することは難しかったです。
教育委員会から文部科学省の委託事業を受けたと聞いたのが夏休みぐらいでしたが、職員みんなで話し合っても具体的なイメージがつかめず、どんな場面で使うのか、どんなことができたらいいのか、取りあえずプログラミングソフトを使っておけば良いのかなど相談しました。今から考えてみると、「プログラミングソフト」という言葉が出てくるのも、もう少し後のことだったように思います。
他にも、プログラミングでどんな力が付くのか、それは本当にしないといけないのか、といった根本的な話も出ました。また、新しいものが入ってくることにあたっては、私たちがこれまで大事にしてきたことが損なわれるようなことはないのか、そしてそれとどう関わらせていくのかというところも、大きな悩みどころでした。これは、恐らくどこの学校でもいずれ出てくる悩みだと思います。
昨年度は、とにかくいろいろやってみよう、ということで、コンピュータを使ったプログラミング教育、コンピュータを使わずにプログラミング的思考の育成をねらう授業など、様々な学習を実践してみました。
例えばコンピュータを使ったプログラミングでは、タブレットで無料のソフトを動かしてみました。1年生はViscuitを、2年生はCode Studioを、そして4年生は、Scratchを使いました。一通りやらせてみると、ソフトにも学年や子どもの発達年齢に応じて適したものがあり、それをどのように選ぶかが大切だと実感しました。
レゴWeDoを使ってロボットを走らせる活動では、6年生が1年生と一緒に学習しました。1年生がうまく動かせないでいると、6年生が「ちょっと直させてね」などと言いながら、どこが良くなかったのかを考え、もう一回やってみるという試行錯誤を自然に繰り返していました。やり直しは嫌なことなのですが、今回の活動は別物です。実際にモノが動くので検証しやすいことと、実物があることで学年が違っても体験を共有できるので、とてもいいと感じました。
コンピュータがない状況での「プログラミング学習」とは
さて、ここからは「コンピュータを使わないプログラミング」の活動です。草津市はたくさんのタブレットPCがありますが、文部科学省の委託事業を受けていますので、ICT機器の整備環境が様々な全国の公立学校で教育課程に取り入れられるようなカリキュラムを作る必要があります。
そこで取り組んだのが、「クラスの仲間をプログラミングしよう」という活動です。立つ、挨拶する、喜ぶ、といった一つひとつの動作に分けて記述し、クラスの仲間をロボットに見立てて動かすというものです。それだけと言えばそれだけですが、やってみると、例えば、「立つ」という動作でも、「椅子を後ろに引く」とか、「少しだけかがむ」など、意外と細かい点の指示が必要なことに気付きます。それらをワークシートに書き出してみました。実際の授業では、私がいろいろな動きをプログラミングされて踊ったという時間もあり、楽しみながら取り組みました。
また、条件によって結果がどうなるかを予想してワークシートに書くという学習をしてみました。例えば、「植物に水をやらなかったら、こうなる」「たくさんやったら、こうなる」など、分岐を表すものです。こういったことは、今までも理科の授業の中で実践してきていたものですが、このワークシートなら、他の教科等でも汎用的に使うことができます。これを使って、体育や音楽でもプログラミング的な思考の過程を経験させました。
一方下図は、教科の中でプログラミングソフトを活用することを目指したものです。6年生の理科で、つめ切りの仕組みを説明するのにプログラミングソフトを使って「力点から支点を経由して作用点に力が伝わる」様子を可視化したいと考えました。
実はこれは、考えるのにものすごく時間がかかったのですが、すぐに不採用となった失敗例です。なぜかと言えば、実物のつめ切りでやった方がずっとよくわかるからです。
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汎用的な「型」を作って必要項目をもらさない
しかし、この失敗には一定の成果もありました。「型」を作っておくと、大事なポイントを見落とさずにすみます。
下図の上部には評価の目標単元計画、下部にはプログラミングソフトについて書いています。今回はScratchを使うので、Scratchの特徴などもいくつか書いています。中段の左右には、この授業で必要なプログラミングソフトと理科の既習事項が明記されており、中段の中央に、この授業でプログラミングソフトを使う利点が書いてあります。型を作ることで、重要な項目の見落としがなくなります。
下図は、志津南小学校で昨年度まとめた思考スキルの系統表です。プログラミングソフトの活用ばかりに重点を置くと、結局どんな力をいつ付けたいのかというのがわかりづらくなります。このように整理することで、プログラミングソフトの活用も含め、計画的に思考力を高めるための実践を行うことができます。
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下図は、プログラミングソフトやサイトを、どの学年で使うかがまとめられています。下の方に書かれているのが、コンピュータを使わない状況下での思考力を高めるための学習です。
最初は、ロボットが動いたりしゃべったりすることが楽しいと感じることも大切ですが、その後「何のために」ということを実感し、「これはこんなことに役に立っているんだ」「こんなことをしてみたい」という意識につながるように、徐々にステップアップしていく道筋を示す必要があると考え、表にまとめました。
それを具体的な活動や目標と結び付けたのが赤い枠で囲った部分です。低学年ではいろいろなソフトを使いながら「順序立て」て考える、中学年になったら「比較する」など、各学年でキーワードを設定しました。通常の授業の中でも、それらのキーワードを意識した声かけや指導をしていきます。プログラミング教育と通常の授業とリンクさせてみると、取り組んでいることが、つけたい力の向上につながっているという実感を持てるようになると思います。
プログラミング的思考を向上させるためには
今年度、志津南小学校では、プログラミングの技術だけでなく、思考過程を意識化することでプログラミング的思考を向上させようという目標が立てられました。
子どもは「したいもん」という言葉をよく使います。何かを考える時には、「し = 主体的」「たい = 対話的」「もん = 問題解決的」を合言葉にし、研究主題を立てました。
下図は研究構想図です。プログラミングソフトを活用した活動と、それ以外の国語や社会などの通常の授業を、両方とも「思考を意識化する」というキーワードで結び付けます。
具体的な研究を進めるために、平成29年度は次の三つを重点的に取り組もうということになりました。
一つ目は、高めたい思考の過程を「視覚化」することです。下図の左下にあるのは、様々な「思考の過程」で、「繰り返す」「構造化する」「比較する」といったものを、整理して表にしたものです。表にすることで、指導案にも位置付けやすくなり、日々の授業においても高めたい思考スキルを意識することができます。
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二つ目は、子どもたち自身にも「し・たい・もん」を意識化させることにしたことです。この図は、全ての教室に貼ってあります。
三つ目は、各教科学習の中でのプログラミングソフトの活用です。教科の中では、やはり算数が一番活用しやすいです。拡大図や縮図の作図をする際に、子どもが鉛筆と定規を使うとかくのに非常に時間がかかりますが、Scratchでやると一瞬でいくつもかいてくれます。さらに、音楽や図工でもできることが多くあります。
様々な実践を通して、プログラミング的思考を向上させるためのサイクルをまとめたのが下図です。
まず、「つけたい力」があることはこれまでと同様です。従来とは違うのは、この「つけたい力」を「比較する」「順序立てる」といったプログラミング的思考の観点から整理することです。そして、重点的に向上させる思考スキルを設定します。すると、コンピュータを使ったプログラミング学習の活動でも、コンピュータを使わない活動でも、「つけたい力」を育てているという実感を持つことができ、相乗効果を生み出せると考えています。
■堀田先生からのコメント:「とりあえずやってみる」で杞憂を拭い去ることも大事
堀田先生:プログラミング教育が目的化しないためにも、プログラミング的思考の観点から「つけたい力」を最初に設定しているところが大変良いと思います。
問題は、プログラミング的思考の観点が整理できるかということです。このためには、先生方自身のプログラミング経験や、成功・失敗にかかわらず実際にプログラミング教育を子どもにやらせてみた経験があるかという、経験値の積み上げがあることが大切です。
草津市の特徴としては、ICTの環境整備が進んでいたということがあります。つまり、プログラミング教育より前に、「ICTについて何らかの取り組みを行おう」という思いがあったと思います。また、「プログラミングを含む情報活用能力」というお話があったと思いますが、そういったICTを重視する土壌がもともとあったのではないかと思いますが、その点はいかがでしょうか。
西村先生:昨日も、ロボットでプログラミング教育を実施する学校で授業の様子を見ましたが、そこで感じたことは、ICT機器の操作技能やローマ字入力など基礎的なことができると、ロボットを使う喜びや、動いたときの楽しみが増えるということです。例えば、キーボードの入力でつまずくと次に進めません。プログラミングのもっと手前のところです。あとは、少し話が違いますが、モラルの問題なども出てきます。例えば、ロボットに何でもしゃべらせて良いかというと、そうはいきません。そのような、「手前のところ」も、伝えたり系統立てたりしておかないと、使うハードルが上がってしまったり、効果的な活用ができなくなったりします。このように、プログラミング以外にも様々なことが年間計画に位置付いている必要があります。
堀田先生:草津市の取組では、国の委託事業を生かすことや、大学とタイアップを図ったことなども特徴的でした。これは、その地域の特性や、事業の委託を受けられるかどうかということにもかかわりますが、学校だけで解決しようとするのでなく、各地域で可能な限りの協力体制を考えることは重要であると思います。
また、プログラミングとアンプラグドの話がありました。コンピュータが行き渡らない状況はどうしても出てくると思いますが、コンピュータがない時にどうするかということを考える意味を教えてください。
西村先生:必ずしもICT機器を使わなくても、同じ力を育てられるという確信を持って取り組むことが大切だと思いました。逆に、ICT機器だけでも、アナログだけでもいけない。両方の良いところを活かす方法を生み出すことが大切であると思います。
堀田先生:「とりあえずやってみる」という方針は、プログラミング教育の導入では一番良い進め方だと思いました。実際、最初は心配していたけれど、やってみたら杞憂だったことはあったのでしょうか。
西村先生:杞憂だったことはいろいろありますが、何と言っても先生は子どもの笑顔を見ると安心します。先行して実施いただいた学校で授業公開をしたのですが、子どもが取り組んでいる様子を参観いただくと、「あ、そういうものなのか」「子どもはよく楽しんでいるな」と実感してもらえて良かったです。
堀田先生:ありがとうございました。西村先生のお話の中に、多くの子どもたちが確実に取り組むためには、ワークシートのような一つの型が必要で、それらを普及させることが一つのコツかもしれないというようなお話もありましたが、この点も重要であると思います。
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