パネルディスカッション

プログラミング教育が目指すもの ~本当に必要な教育内容や体制とは

東北大学大学院情報科学研究科 堀田龍也先生

宮城教育大学教育学部 安藤明伸先生

相模原市立総合学習センター 渡邊茂一先生

草津市教育委員会 西村陽介先生

 

vol.5 パネルディスカッションまとめ

現場の先生の意見を取り入れ、やり方を認めることで普及を図る

安藤先生:それでは、お二人の先生のお話をうかがって、ご来場の皆さんを代表していくつか質問させていただきます。

 

まず、どの学校にもいわば「反対勢力」という先生はいらっしゃると思いますが、こういった方にはどのように対応されましたか、ということが一つ。

 

二番目に、プログラミングをすることで、どこで正の数・負の数を教えるのかとか、どこで座標をやるのかといった指導の順番が狂う可能性がありますが、そのことに対してどのように対応されたのか。三つ目に、いくつかの小学校から生徒が集まる中学校で、小学校では、おそらくバラバラにプログラミング教育を受けてきた子たちが入って来たときに、1年生の段階でそれをどのように吸収するのかということもお聞きしたいと思います。

 

さらに、私自身がたまに受ける質問で、現場の苦労を反映していると思うのが、「結局、小学校でプログラミング教育をどの程度やれば、やったことになるんですか」というものがあります。これらについて、いくつかピックアップしてお答えください。

 

渡邊先生:相模原市は規模が大きいので、小学校による違いが起きてしまうと大きな問題です。私たちが考えたのは、まず一つは「市としてはこういうふうに授業をやっていきます」ということを統一して出すということです。まだ検討中の内容ではありますが、なるべく簡単に提示できるよう、今回は二つだけ提示しました。

 

 

二つ目は、その際にトップダウンではなくて、先生や行政やいろいろな企業の方々と協力をしながら、先生たちをサポートしますよ、ということをアピールして、安心して取り組めるようにしました。そして、小学校で学んだことがどのように中学校につながるのかということを、中学校でプログラミングが必修化されている技術分野を軸として示すことによって、全ての小学校で同じような力を身に付けられるようにできないかと考えています。

 

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西村先生:反対勢力と言いますか、自分で取り組むことにいろいろな意味で抵抗感を感じられる方については、私は「褒め殺し」というやつでアプローチしました(笑)。例えば「思考力の向上は、もうやっている」という先生がおられたら、「でしたら、プログラミング的思考の観点からキーワードを選んでみたのですが、この中だったら先生がなさっているのはどれに当たりますか。今の若い人にわかるように、説明していただけますか。あっ、先生本当にやっていらっしゃいますね。すごいですね」という感じで持ち上げて皆を巻き込むように仕向けるのです。そうすると、初めは抵抗感を抱いてられた先生がいつの間にか一番協力的になったりします。

 

もちろん、口で言うほど簡単なことではありませんが、それでも何か自分で作ろうとする若い先生は増えていきますし、自分なりの方法で実践できている先生は絶対にいると思います。そういった人を味方に付けることで、うまくスタートできると思います。

 

「プログラミングを学ぶこと」と「プログラミングで学ぶこと」

安藤先生:ありがとうございました。おそらく、ここではお話しできないようなご苦労もあったかと思います。私の方では、少し抽象度を上げたお話をします。

 

下図は、国立教育政策研究所でつい先日出た資料の中の一部ですが、プログラミング教育として何を目指すか、ということをまとめたものです。これは、学校教育に限ったものではありませんし、1~5の順番は関係ありませんが、五つのことを目指すというものです。

 

世の中のプログラミング教育に関心のある皆さんには、いろいろな目的があると思います。1のプログラマーの育成はもちろん必要ですが、義務教育が特定の職業指導をするわけではないので、ここが直接的な目的になることはありません。

 

2の教科等の学習促進について言えば、今の二つの市の話で主にこの部分が非常にフィーチャーされているということかがわかります。3の「高次認知能力」はつまり「アルゴリズミックな思考力や協調的な問題解決能力」ということだそうですが、この2とか3に書かれていることこそ、学校教育の中で目指したいところであり、かつ、4の新しい学習メディアとして各教科で扱うということが、二つの市の実践につながるのかなという気がしています。

 

安藤先生
安藤先生

そして、5のデジタル社会の創作活動については、例えば「YouTuberになりたい」という子どもに対して頭ごなしに「それはだめだ」と言うのでなく、YouTuberになるとして、健全なYouTuberとは何なのか、どんなコンテンツなら外に発信でしてよいのかということも、考えていく必要があるのかと思います。

 

この中で1から5を貫くものとして、「コンピュータを知る」ということを欠かしてはならないと思います。情報活用能力における「情報の科学的な理解」は、残念ながら教科としては体系付けられていませんが、各教科でこういうこともしっかり育てていかなければならないと思います。

 

プログラミング学習には、プログラミング「を」とプログラミング「で」という二つの目的があると思います。「プログラミングを学ぶ」と言うと、過敏に反応される方もいますが、どこかで、Scratch ならScratchの使い方を学ばなければならない段階があります。では、それをいつ・どの段階で・どうするとよいのかということについては、議論をする必要があります。

 

「プログラミングで」では、先ほどお話ししたように、教科教育の指導観をどう変えていくのかというところがポイントです。今のプログラミングの議論を聞いていると、ICTが最初に導入された頃の議論に近いところがあります。西村先生が「まずはやってみよう、あとはやりながら考えよう」とおっしゃったのが、まさにプログラミング的な思考に近いところがあると思います。ただ、世の中が「とりあえずやっておけ」ばかりになるのは怖いので、その辺りのバランスをどのように取っていくかということも大事だと思います。

 

そしてプログラミング教育のアプローチ法として、段階的な目標設定をして少しずつレベルを上げていくというスモールステップと、最後に何か意味のある何かを作るという二つがあると思います。

 

スモールステップであれば、問いがあって子どもたちはそれを解いていくことで知識の定着を図ります。一方、何か意味のあるものを作る時には、子どもたちが何かをしたいというモチベーションが非常に高まります。でも、その場面をどのように作るかというところが問題になるので、ブルームの分類学の体系に当てはめてみます。

 

最終的に何かを作るという活動は、認知の次元としては高度ですが、すぐにできるものではありません。ではどうするか、というのがカリキュラムマネジメントです。プログラミングをスモールステップで少しずつレベルを上げながら身に付けて行き、理解したことをまとめます。

 

そして、身に付けたプログラミングを使って、最後に何か作ってみよう。例えば季節を表現するのに、プロジェクションマッピングを使ってもいいし、光るロボットで表現してもいい。自分たちで考えてみようという形で、単元の最後にまとめとして行うというのも効果があると思います。

 

プログラミング教育の「持続可能性」を考える

下図は有識者会議の議論の取りまとめです。ここには、従来のICT活用から、今度はコンピュータの働きを理解しようというところまで概念として踏み込んだということ、そしてプログラミング的思考というのが、コンピューテーショナルシンキングをもとにしているという注釈が入っています。

 

コンピューテーショナルシンキングというのは、様々な解釈がありますが、この赤で示した部分がコンピューテーショナルシンキングに含まれる要素で、この文章の中にもいくつも埋め込まれています。

 

そして、水色で示した「深い学び」にどうつながるのかという辺りが一番大事であると思います。つまり、プログラミングをすることが深い学びにつながるということを、先行事例をまとめて教育委員会などで出していただくと、先生たちがイメージしやすいと思います。

 

「持続可能性」については、まだ始まってもいないのに、いきなりこんな話をするのもどうかとは思いますが、先ほどのお話の中に出てきたように、企業の協力が途切れたらどうするのかというのはけっこう大きな問題だと思います。

 

企業が学校教育に協力するのは、CSR(Corporate Social Responsibility: 企業の社会的責任)の一環なのです。ですから、「来年はCSRしてください」と言うのは、実はおかしい話なのです。そうなると、外部の団体とどのようにお付き合いをしていくのかが問題です。場合によっては、地域中同士で取り合いになってしまう可能性もあります。その辺りをどうするのかということも考えなければなりません。

 

「それでは何をしたらいいの」という質問を、先生方からよく受けます。教員養成課程の時にはそういうことは習っていない、と。しかし、プログラミング教育というのは、まさに先生が学び方を教えて、子どもたちが主体的・対話的に学んでいくものなのです。今、ネット上にはいい教材が本当にたくさんあります。あるいは、子どもたちが課外で習っているところにちょっと顔を出してみるとか、いろんなチャンスやリソースがあるのです。

 

そういったコンピュータのプログラミングのNPOや、課外活動でメンターをしている人に相談することをスタートにしていただくとよいのではないかと思います。

 

堀田先生
堀田先生

堀田先生:ありがとうございました。プログラミング教育はこれから始まるのに、課題としてこのような持続可能性があるというのは、そのとおりですね。しかし、来年もしこれと同じパネルディスカッションがあったとしたら、「始めてみたら、いろいろ考えていたことは杞憂だった」という話が共有できるかもしれません。その上でやっぱり持続可能性ってどうやってやるのかな、たしかに取り合い起こったな、といったことはあるかもしれないと思います。ですから教育委員会レベルでコントロールすることは、ある一定の割合で必要だと思います。

 

それでは、渡邊先生と西村先生に、これから二つの市が取り組もうとしていることを一言ずつお話しいただいて、最後に私の方でまとめをしたいと思います。

 

渡邊先生:持続可能性ということについて言えば、子どもたち皆が必要な能力を身に付けるための教育を、教育課程内で実現するということとは別に、プログラミングが大好きでもっと学びたいという子どもの、いわば「受け皿」を何とか用意できないかと考えています。そのときは、産業界や、高専、大学といったところと組む必要があると思っています。そのために、また皆さんからいろいろな情報をいただければと思います。

 

西村先生:二つあります。一つは、教育委員会と現場の学校が良好な関係であるということです。今年度も現場の先生には、とにかくいろいろやってくださいと言っていますが、先生たちがしたことを表にして位置付けたり関係付けたり、理論付けたりするのは教育委員会の役目だと思っています。今日お話ししたことを、今年度中にはきちんと表にまとめて、いずれ全国の先生方に見ていただきたいと思っています。

 

もう一つは、今回はコンピュータを使わない活動を中心にお話ししましたが、実は草津市はICTの環境整備は非常に進んでいると自負しておりまして、ICT機器を積極的に活用した実践報告は本日は割愛した、ということはご承知おきください。

 

堀田先生:ありがとうございました。必ずしもタブレットが十分になければできない活動だけではないということを見せていただけたので、全国のいろいろな環境の先生方に参考にしていただけると思います。

 

先ほどお見せした小学校の学習指導要領の総則には、二つのことが書かれています。一つは、プログラミングを体験するということ。これはコンピュータなしではできません。そして、プログラミングを体験「しながら」、その後に書いてあるように、「プログラミングに必要な論理的思考力を身に付けるための学習活動をする」と書いてあります。「(プログラミングを)しながらやる」というのは、プログラミングをしている時にずっと論理的思考力のための学習をするのか、それができるのかはわかりません。今回お話ししていただいた事例では、プログラミングも論理的思考のための活動も両方とも同時に行うものもあれば、後者だけをノンコンピュータで行うものもありました。先生方にとっても、そのほうが取り組みやすい先生もいるし、いろんな教科の場面で意識させることもありますよね。

 

プログラミングを体験させるというのは、機材を与えればできることです。しかし、そこだけで論理的思考を身に付けさせるとしたら、何十時間もかかることでしょう。つまりそれは、コンピュータを使いながらだけで身に付けることはおそらく無理なのです。

 

一方で、もしここに「しながら」と書かれなかったら、コンピュータを使う体験もさせずに、ノンコンピュータだけで論理的思考をやっていこうとするところが出てきたかもしれません。しかし、その「論理的思考」というのは、本当にコンピュータに意図した処理を行わせるために必要なものであるかどうかは、コンピュータを使ったことのない人にはわからないのです。だからコンピュータを使う体験はマストであるけれど、その上で使わない部分でもいろいろ意識させましょう、という一つの解決方法を示してあるのです。

 

また、先ほど安藤先生がおっしゃったように、コンピュータ教育の持続可能性や協力団体の必要性というのは大きな問題です。国としても、こういったことは産官学一緒にやらなければ、ということで、文部科学省だけでなく、総務省と経済産業省が組んで、さらに企業やNPOの皆さんにたくさんご協力をいただいて今年2月に「未来の学びコンソーシアム」というものを作り、そこでプログラミング教育を様々な角度から支援しましょう、ということになりました。個別の企業やNPOに頼むのではなく、大きな窓口ができたわけですね。このように、社会総がかりでプログラミング教育を届ける仕組みができつつあることを、ぜひ知っていただきたいと思います。

 

また、例えばEテレのような教育番組でも、実験的な放送で評判がよかったので、定時放送になっているものもありますね。そういう外部のリソースをうまく使いながら、先生方がやれるところからやってみるというのが、まずは大事ではないかということになります。

 

今日のお話で、とりあえずやってみた方がいい教育内容とか、とりあえず作ってみたらいい教育体制というのは、何となくわかっていただけたと思います。ありがとうございました。

 

おわり

 

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vol.4 草津市のプログラミング教育の「これまで」と「これから」

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※New Education Expo2017 東京会場 (2017年6月3日)