第10回全国高等学校情報教育研究会全国大会(東京大会)
共通教科情報科ルーブリックにおける思考・判断・表現の位置づけ
専修大学ネットワーク情報学部 松永賢次先生
大阪大学が代表機関となって東京大学・情報処理学会のメンバーが30人ほど集まって、文部科学省大学入学者選抜改革推進委託事業で、共通教科情報での大学入学者選抜のための評価手法を作るというプロジェクトに取り組んでいます。
ここでは、思考力・判断力・表現力を評価する試験を作ろうとしているわけですが、共通教科情報のルーブリックを作成して、それが思考力・判断力・表現力とどのように対応付けができるか、ということを現在検討しています。情報処理学会では、大学情報入試全国模試の問題というのを過去10セットほど作っているので、それを使ってルーブリックを作りながら検討・検証しているという感じです。
思考力・判断力・表現力の分類
思考力・判断力・表現力の定義は、検討メンバーがボトムアップアプローチで作ったものを公表しているところです。これについて、メンバーの久野靖先生(電気通信大学)が解説を書かれたものが、情報処理学会の学会誌「情報処理」の無料で読めるサイト(※)に掲載されていますので、ご覧になってください。
※http://www.ipsj.or.jp/magazine/9faeag0000005al5-att/58-8peta.pdf
順番に見てみましょう。思考力(T:Thinking)は、Tr・Tc・Td・Tiの4つに分解されています。Trのrはリーディング(reading)で、読んで意味を理解することです。この場合、その記述が自分にとって必ずしも身近なものでなくても、読んで意味をくみ取ることができる力を指します。cはコネクション(connection)で、何か別の事柄との結び付きを生み出すこと。dはディスカバリー(discovery)、発見です。Tcで結び付きを発見したものを含めた事項の集まりに関して、直接に示されていない事柄を発見する力です。cとdは明確に分かれるものではなく、おおよそこのような違いがある、というところです。iはインファレンス(inference)で、事項・事柄の集まりに推論を適用して解決を図るということです。
次に判断力(Ju:Judgement)です。判断力というのは、複数のものから、与えられた基準に従って優先順位を付けるというものです。トレードオフのように、この場合はこちらが上位だが、別の場面ではどうなるという、状況に応じて何がベターかを選択する力です。
表現力(Ex:Expression)は、文章だけでなく、例えば画面の構成とか図表における項目の配置のようなものも含めた様々な表現を構築したり考案したり創ったりしていく力です。
以上のような力を評価するとき、普通の筆記試験で測るのは難しいため、大学では通常レポートを書かせます。しかし入試で測定するとなると、記述式だけではなくて、もう少し違う形の、例えば選択肢を並べ替えるような方法でできないかということが、我々に問われています。
その意味で、この思考力の分類はまだ改善の余地があるものですが、これに含まれるか否かのレベルで議論していくと、分類をどんどん追加することになってしまうので、ある程度は見切りでやっていかなければならないかなと考えています。
次期学習指導要領の情報I・IIを13分野に分類、ルーブリックを作る
ここからは、学習内容と思考力・判断力・表現力の紐付けについて説明します。
次期学習指導要領の情報I・情報IIの内容をざっくりと13の分野に分類し、その各々に対して、ルーブリックを作っていこうということにしました。
下のスライドがその一覧です。
「プログラミング」を例に説明します。おおよそ4つの段階に分かれていて、それぞれにその1(-1)、その2(-2)が加わる場合があるということです。これで言えば、1というのは、まずそのまま追いかける(トレースする)ことができるということですね。
2-1になると、どういうことなのかをもう少し意味付けして説明や抽象化ができ、2-2であれば、それを修正できるということなので、いわゆるパラメータ化できる、ということになっています。その他の部分についても、各段階で「基本的にはこういうことができますよ」ということが明示してあります。
ルーブリック×知識の多さ・対象の複雑さなど多次元の組み合わせで求める能力のレベルを表現する
ここで提案しているルーブリックは、1枚で全てを表せるものではなく、別の軸との組み合わせで表現するものだと思います。具体的には、どのような文法事項を使用できるか(=知識の多さ)、あるいはどのような対象・目的のプログラムを作るか(=対象の大きさ、複雑さなど)、多次元で構成されると考えていただければよいかと思います。
ですから、この軸の組み合わせ方によって、それぞれの大学が求める人材に合った力を測ることができます。例えば、専修大学のネットワーク情報学部は文理融合系の学部ですが、文系志望の生徒に対しても理系志望の生徒にも、知識とは別に同じような思考力を持っているかどうかを測ることが可能になるということです。
つまり、こちらの軸というのはあくまで対象の与えられ方とそれに対してどのようにできるかを示したものであって、対象の大きさや計算概念の複雑さ、問題の難易度といったものは、また別の話になります。
このルーブリックに思考力・判断力・表現力をそれぞれ当てはめたのがこちらになります。
例えば、1-1「与えられたプログラムの構文を認識できる」ということは、このプログラムはどんな要素で構成されているのか、ブロック構造はどこからどこの範囲なのかということが理解でき、設問に答えられるということですね。
2-1の「与えられたプログラムの動作を説明できる」で言うと、このプログラムはどういうことをしているのかを、仕様の各部とプログラムの各部の関係性を理解して説明するということですね。そうすると、今の1-1や2-1では、TcやTdのようなものを測っているということができます。
4-1「与えられた問題を解くプログラムが書ける」になると、より応用的な推論(=Ti)、 4-2「与えられた尺度でより良いプログラムが書ける」になると、より良いものを選ぶということなので「判断力(=Ju)」というように、より高いレベルが求められるということになります。
また、「表現力」は比較的大きな範囲で必要なものになっていて、ルーブリックのどの段階でも出てきています。
実際の試験問題にルーブリックを当てはめてみる
ここからは、情報入試模試のプログラムとアルゴリズムの問題が、先ほどの思考力・判断力・表現力とかルーブリックの段階とどのように対応付けられるかということを説明したいと思います。
問題の詳細については、「大学情報入試全国模試問題」(情報入試研究会)のホームページ(※)をご覧ください。
第4回(2016/2/27実施、#005) セットA第2問
プログラミングとアルゴリズムは、細かい区別が難しいので、だいたい似たようなものだとお考えください。
この問題はいくつかの小問からできています。はじめに太い矢印が置かれていて、その後、図を描くためにア・イ・ウの3種類の命令があります。
上段の真ん中に作図の例が与えられて、これは
みぎ
まっすぐ
みぎ
と置けますね。そうすると、問題を解く人は、「ああ、同じ方向につなぐときでも、『みぎ』と『まっすぐ』があるんだな。同じ『右』でも進む方向が違うことがあるんだな」と気付くわけです。これは、前の動きとの相対的な位置関係であって、絶対的な方向ではないことをここで理解していく必要があります。
そして問1は、下段の左の矢印がつながった図に対して、こういう動きになる命令図を自分で考えて答える、という問題になっています。
これは、「Tr(命令列を解釈する)」「Tc(図と命令列の関係を見出す)」「Ex(命令列を表現する)」ということができることが求められているということになります。
問2は、例として左上の、縦1個、横n個の矢印で描かれた図が示されます。これを命令列で表現するのですが、問題としては、まず日本語の文章の穴埋めを行います。例では、nとして3個の矢印が与えられていて、「まっすぐ」は2個だということがわかります。
ということは、3個の場合は3より1個小さい2個だから、一般化すると、n個の場合の「ま」はn-1個なんだな、ということを考えるわけです。
問2は日本語の問題ですが、問3は、このような繰り返しができる、つまりn個ステップをつなぐというのは「繰り返し構文」でできるよ、ということが与えられます。この構文を使って命令列を表すという問題です。
そうすると、これはルーブリックの3-1「アルゴリズムのプログラム表現」で、「命令列をどう組み合わせるか(Tc)」、さらに「その命令列をどう表現するか(Ex)」を測っているということになります。
問4は縦の矢印もn個 (=問3では1個だったもの)とした場合の問題で、このプログラムのステップ数を12以内としなさい、という問題です。先ほどの問3で作った構文をそのまま貼り付けると15列になってしまうので、収まりません。
そこでどうするか。下段の真ん中の図で〇で囲んだところに、どうやら同じものが3つ繰り返されていることに気づくとよいですね。3つの式はどこで区切ってもよいですが、とにかく3つ繰り返されていることがわかると、これをさらに束ねて3回繰り返しで挟むと、単に貼り付けるより短くなることがわかります。
このように、同じプログラムが3回繰り返されていることに気づく(Td)、繰り返し構文を使うとより短くなるんだろうなということを推論する(Ti)、短いほうがいいよねということを判断する(Ju)、それをプログラムに表現する(Ex)という能力を測る問題になっていることがわかります。先ほどのルーブリックレベルでいうと、この問題は4レベルぐらいかなと考えられます。
さらなる体系化を経て実際の試験での活用を目指す
このように、我々がこれまで出題してきた情報入試模試の問題と照らし合わせながら、ルーブリックの段階と、思考力・判断力・表現力の評価の方法をいろいろ調べているというところです。
今後、分野と評価尺度が与えられたとき、それらについて思考力・判断力・表現力を問う問題の体系化をするための手法を集めて、それぞれの分野で作っていくことことが必要になります。
さらにそういうものができたときに、今度は試験問題として有効な問題をどのように作るのかということについて、研究していくことも必要であると思います。
[質疑応答]
Q1(高校教員):思考力のTcで「結び付きを見つけ出す力」が入っていますが、認知心理学では、人間の考え方で問題になるのは、結び付きを見つけられないことではなくて、勝手な因果関係を作ってしまうところだという話があったと思います。そうすると、単純に思い込みが強い生徒がなんか高い評価を得てしまうのではないかと、危惧するのですが、いかがでしょうか。
松永先生:つながりがあると感じたものの中から適切に取捨選択できるかどうかということは、学力と関係があると思います。例えば私の大学の学生で試験をすると、これは違う、というものを排除していって最後の2個のうちどっちだろう、という状況までは持っていけるものの、2つから選択する段階でランダムになる学生が多くいますが、学力が不足していると見ることができます。
Q2(高校教員):ペーパーテストでは測りにくい思考力・判断力・表現力を、こうやってルーブリックで評価していくのは、これから非常に大事なことになると思います。その上で質問ですが、一つは学校現場の感覚でのルーブリックは、A、B、Cの3段階があって、Bが基準で、その上にAやSがあるというものであれば、何となくとっつきやすいのですが、そういう方向で進んでいくことはあるのでしょうか。
また、情報I・IIの単元の中で、いろいろなキーワードを拾っていただきましたが、「情報デザイン」は情報Iの中で単元に示されていますので、この辺もぜひやっていただけると非常にありがたいなと思いますが、いかがでしょうか。
松永先生:1つ目の質問については、確かにこのルーブリックは出題サイドの立場を言っているように思います。例えば、「私の大学ではプログラムに関しては3のレベルまでできる人がほしい」といった使われ方です。ですので、今おっしゃったように、ある授業で4の段階までいくとS評価、3の段階だとA評価ということには使いづらいかもしれません。
ですので、この我々のルーブリックに関しては、今後現場の先生をはじめ、いろいろな方々とコミュニケーションが必要かと思います。
2つ目のご質問の情報デザインに関しては、今後当然入ってくると思います。先ほど私の学部のことをお話ししましたが、そこでも当然必要になります。ですので、必ずどこかの分野に入れることを検討したいと思います。
※第10回全国高等学校情報教育研究会全国大会(東京大会)(2017年8月8日・9日)の講演より