文部科学省大学入学者選抜改革推進委託事業
「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜における評価手法の研究開発」第2回シンポジウム
次期学習指導要領にもとづく「大学入試改革」の事業概説
~情報学的アプローチで「思考力・判断力・表現力」を評価するために
大阪大学 情報科学研究科 萩原兼一先生
本日のシンポジウムは、3月に次いで2回目の開催となります。そのため、基本的には3月の発表との差分をお話していくのですが、重要な部分については前回の発表を適宜復習しながら、事業の概要をお話していきます。
一昨日の段階で、参加登録をされたのは約160名、そのうち80名ほどが高校の先生方です。また、わざわざ韓国から5名来ていただいており、さらに、15名ほどは塾や出版関係の方、残りは大学の方という参加者の構成になっています。たくさんの方に興味を持っていただけて、嬉しく思います。
次期学習指導要領と連動した大学入試が始まる
大阪大学は、「大学入学者選抜改革推進委託事業」の代表校として文部科学省から委託を受けています。また、東京大学と情報処理学会が「連携大学等」ということになり、一緒に研究を行っています。
こちらが次期学習指導要領にもとづく大学入試のスケジュールです。次期学習指導要領は2022年4月に入学する高校生から実施され、ここから情報科の新しいカリキュラムがスタートすることになっています。
既に皆さんもご存知のように、共通必履修科目の「情報Ⅰ」と選択科目の「情報Ⅱ」という科目ができます。具体的な内容は2018年の3月ごろに確定することになっています。
そして、2022年に入学した高校生が3年後の2025年に受ける大学入試から、情報の試験が何らかの形で入ってくるのではないかと考えられています。高大接続システム改革会議の最終報告では、「次期学習指導要領における教科『情報』に関する中央教育審議会の検討と連動しながら、適切な出題科目を設定し、情報と情報技術の問題の発見と解決に活用する諸能力を評価する」となっています。「適切な出題科目」というのがどういうことなのかは、現時点では何とも言えない状況です。
本事業の位置付けが下図です。高大接続改革の推進のために、昨年度文科省は大きく四つの委託事業を募集しました。スライドの表中、一番上が大学教育に関して、一番下は高校教育に関して、そして真ん中の二つが大学入試改革に関する話です。本事業はそのうちの上側「大学入学者選抜改革推進委託事業」で、先進的な評価指標の共同開発という内容で実施しています。
※クリックすると拡大します
昨年度、出された委託事業のポイントについて、「背景と課題」、ここは大変重要なところなので、読み上げます。
「高大接続改革を実現するためには、高等学校教育と大学教育の接続面である大学入学者選抜において、学力の3要素を多面的・総合的に評価し、大学教育における質の高い人材育成につなげていくことが重要である」。
皆さんは既に十分ご承知の通りですが、この「学力の3要素」とは、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体的に活動する」で、この三つが高校教育の大きな柱になっています。
※クリックすると拡大します
その次が、当の大学としては少し辛いのですが「しかし現状では、各大学の入学者選抜において、『思考力等』や『主体性等』の把握・評価が十分に行われていません」と言われてしまっています。
「思考力等」というのは「思考力・判断力・表現力」のことです。ここを何とかするためによい方法を考えなさい、というのがこの委託事業の内容です。
下図が、2016年の6月に、文部科学省から出された委託事業の公募要領です。真ん中辺りに赤字で書いてある「各大学における…」というのは、個別入試のことです。個別入試を進める上で、「思考力・判断力・表現力」「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」について、多面的・総合的な評価を行うための実践的で具体的な評価手法を構築すること、そして、その成果を全国の大学に普及することで、各大学の入学者選抜改革を進めていくということを考えてくださいね、というのがその内容です。
ここから先は、第1回のシンポジウムに来られた方にとっては、同じ内容になってしまいますが、初めての方もいらっしゃるので、説明を続けます。
それぞれの力を測るため、各教科で重視されること
対象となる分野は、
(1)人文社会分野
(2)理数分
(3)情報分野
(4)主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度
の四つです。
人文社会分野は、国語科が北海道大、地理歴史科・公民科が早稲田大、理数分野が広島大、情報分野が大阪大、主体性分野は関西学院大が、それぞれ代表校として受託しています。
下図が中央教育審議会の資料です。一番上に問題発見・解決のプロセスが書いてあり、上から下へ向かって思考・判断・表現の流れの中には、こういった要素がある、ということがまとめられています。問題を発見してから解決するまではこのような過程があります、ということです。
※クリックすると拡大します
下図にはセンター試験の後継となる「大学入学共通テスト」の各科目については、どのようなポイントを重視すべきか、ということが書かれています。
※クリックすると拡大します
ここで例示されているのは、国語、数学、理科、地理・歴史(世界史)、英語の5科目で、情報についての記載はありませんが、一例として国語について見ておきましょう。
ご覧のように、こんなことをきちんと高校生ができたらすごいだろうなと思うようなことが書いてあります。
他の教科についても、国語同様に重視すべきプロセスが挙げられています。
評価手法の研究開発についての大きな流れ
本事業の土台となる、大きなテーマはこちらの四つになります。
・「情報科」入試実施における評価手法の検討
・「情報科」CBT(Computer Based Testing)システム化に関する研究
・情報技術による入試の評価に関する研究
・広報活動と動向調査研究
図表中の赤字で示したところが、現在何らかの成果がでているものです。
※クリックすると拡大します
まず、このプロジェクトのスケジュールですが、昨年の2016年10月にスタートして、2017年3月の段階で第1回目のシンポジウムを実施しました。この第1回は、2016年度中に実施した内容を皆さんにお知らせし、理解していただく位置付けでした。そして、現在が、2017年11月に相当します。
この事業全体には、大きく三つの柱があります。まず、第一の柱は「試験問題の開発」です。これが一番重要で、情報分野の内容に関して「思考力と判断力と表現力を評価する試験問題を開発する」というものです。ただ、「思考力・判断力・表現力」と言われても、具体的にどのような力かというのが、よくわかりません。そこで、この部分を定義し、その上でこれを評価するための問題はどんなものかということを考えていきました。これについては、また後ほど説明します。
第二の柱はCBT、つまりコンピュータを使ったテストの研究開発です。「思考力・判断力・表現力」を評価するためにコンピュータを使ったテストを導入し、幅広く新たなタイプの問題を作ろう、という立場での研究になります。さらに第三の柱として、CBTならでは試験問題を開発していきたいと考えています。
スライドにある
(4)模試を実施するCBTシステムについて
(5)模試分析
(6)情報教育の参照基準
(7)ルーブリックに関する研究
については後ほど、それぞれの担当者から詳しくご説明します。
前回シンポジウムの復習~「思考力・判断力・表現力」とは
説明の前に、第1回シンポジウムのおさらいをしておきたいと思います。この「思考力・判断力・表現力」というのは、いわゆるバズワード、わかるようでわからない言葉です。ここをきちんと定義しないまま議論していくと、結局、Aさんが思っていることと、Bさんが思っていることが大きく違ってしまうという可能性が大きくなるので、まずここを明確にする必要があります。
これについては、電気通信大学大学の久野靖先生が中心になって定義を作ってくださいました。もちろん、これですべてを網羅できているわけではありませんが、足りない部分が出てきたら、新たに追加していこうと考えています。
「思考力」は、検討した結果、
・(Tr)reading : 記述を読んで意味を理解する力
・(Tc)connecting : 結び付きを見出す力
・(Td)discovery : 直接に示されていない事柄を発見する力
・(Ti)inference : 事項・事柄の集まりに対し推論を適用する力
の四つになりました。
「判断力(Ju):judgement」は、複数の事項があったとき、優先順位をどのように決めるか、という力、と定義しました。これについては、ほかの定義の仕方があるのかもしれません。
それから「表現力(Ex) : expression」は、表現を構築・考案・創出する力、としています。先ほどの中央教育審議会の資料で、例として挙げた国語のところで書かれていたような内容です。
このように、それぞれを定義して、こういうものを評価するための問題を作ったらどうかという方向付けをしたのが、昨年度の大きな成果です。
これからの研究・開発スケジュール
では、昨年度の成果を踏まえ、今後の研究・開発のスケジュールについてお話していきます。
まず、「情報教育の参照基準」についてですが、こちらは、東京大学の萩谷昌巳先生が中心になって実施されています。
「情報学の参照基準」は、大学の情報工学科のような情報系専門学科で学ぶべき情報の内容があり、そこに向けて小学校から大学までの間に情報に関わる共通教育を、何を・どの段階で・どこまで行うべきかを情報教育の参照基準として体系化していく、というものです。こちらについては、後ほど萩谷先生から詳しく説明していただきます。
「ルーブリックに関する研究」については、次期学習指導要領の「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」の各項目に関してルーブリックを作ります。スライドの赤く囲んである部分を、ルーブリックの観点として考えます。
下図がプログラミングに関するルーブリックのイメージです。左端の縦軸が、ルーブリックのレベル、横軸が思考力・判断力・表現力で、黄色の部分が各レベルで必要となりそうな思考力・判断力・表現力の内容で、ここではマトリックスとして見られるようにしています。こちらは、「ルーブリックの各レベルに関連する思考力等がある」というイメージを直感的にわかっていただくために、少し前のバージョンのものでお見せします。新しいバージョンのものは、このあと松永先生のご発表でご紹介します。
※クリックすると拡大します
こういう関連を意識すれば、よりよいプログラミングを問題が作ることができる、という方針で、ルーブリックの開発を進めています。
CBT模擬試験の実施、および成果の普及への取組
最後はCBTシステムの研究開発についてです。CBTを使えば、思考力・判断力・表現力を評価する設問の幅が広がるだろうという考えです。今年の7月から8月にかけて、模擬試験を実施しました。情報の入門科目を履修した東京大学と大阪大学の1年生からボランティアを募り、彼らを「『情報Ⅰ』と『情報Ⅱ』を勉強した仮想の高校生」と見なして、試験を受けてもらいました。
2016年度に開発したシステムをCBT V1、現在開発中のものをCBT V2と呼んでいますが、この模試ではCBT V1を使用しました。このシステムについては植原先生から、模試の結果及び分析については、角谷先生から後ほどご説明します。
今後の普及活動についてまとめます。本日のようなシンポジウムも普及活動の一つで、既に実施したイベントはスライドの7.までです。
今後について、注目していただきたいのは、9.の高校生を対象にした模擬試験です。高校の先生方にも、ぜひご協力いただきたいのですが、いくつか制約があります。
まず、これは研究開発事業なので、研究倫理委員会というのを通す必要があり、またCBT V1の機能の制限等の関係で、受験していただく高校生やその親御さんに同意書を書いていただかなければなりません。また、研究倫理等の問題で、誰が受験したのかわからないようにする必要があるので受験者自身に自己採点をしてもらわなければならない、一つの高校で数人以上の受験者がいなければならない、などといった面倒な部分もありますが、それらをクリアしていただくという条件で、現在募集をしているところです。今のところ、募集は20校程度の予定です。詳細については、以下のサイトでご確認ください。
また、「10.事業紹介」として、2018年3月に早稲田大学で開催される情報処理学会全国大会で、本事業についてご説明します(3月14日(水))。また、日本学術振興会会長の安西祐一郎先生や、明治大学の長岡亮介先生、全国高等学校情報教育研究会副会長の佐々木修先生(神奈川県立二宮高校)をパネリストに迎えてパネルディスカッションをしていただく予定です。
今後の課題です。思考力・判断力・表現力の評価法の検討およびルーブリックの整備は、継続して行っていきます。
CBTシステムについては、7・8月に行った試行試験からCBT-V1版の問題点を洗い出した上で、よりCBTの特長を活かしたインターフェースや機能の開発を進めたいと考えています。同時に、システムによる自動採点や、教員が手動で採点する際の支援機能についても開発できればと考えています。
そして、問題そのものについても、単に紙ベースの問題をコンピュータで解かせるのではなく、CBTシステムならではの内容や形式の試験問題を検討していきたいと思います。その中で、IRT利用の可能性や、自動作問についても考えていきたいと思います。
文部科学省大学入学者選抜改革推進委託事業
「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜における評価手法の研究開発」
第2回シンポジウム 講演より