文部科学省 大学入学者選抜改革推進委託事業 「情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発」 シンポジウム講演より
高等学校情報科の次期学習指導要領
鹿野利春先生 国立教育政策研究所 教育課程研究センター研究開発部 教育課程調査官
新しい学習指導要領が育成を目指す資質・能力
下図は今回の学習指導要領改訂の根本となる、「未来の創り手となるための力」というものです。ここで、具体的に挙げられている力を見ると、「必要な情報を見いだす」とか「相手にふさわしい表現を工夫する」といった、いわゆる思考力・判断力・表現力に関わることは書かれていますが、知識とか技能は、実はあまり強調はされていないのです。こうした力を身に付けさせる授業を行うためには、今までのように先生が前に立って教えるだけでなく、横に立って子どもの様子を見たり、後ろに立って世話をしたりという、今まで皆さんが受けてきた授業とは異なる形の授業が必要になるかもしれません。
下図はよく出てくる図ですが、今後育成すべき資質・能力の三つの柱です。今まで重視された知識、技能だけでなく思考力、判断力、表現力もしっかり身に付けられるようにして、そこも評価していこうということです。さらに、学びに向かう力や人間性といったものは、測定できないものもあるけれど、これを育てていくのは大切だねという形になっています。
共通教科「情報」の変遷と今回の改訂の目標
共通教科「情報」の科目は、下図のように変遷してきました。教科ができたときには情報活用の実践力を重視する「情報A」、情報の科学的理解を重視する「情報B」、情報社会に参画する態度を重視する「情報C」の三つの選択科目がありました。前回の学習指導要領の改訂では、実践力については大体ついてきたね、ということで「情報A」は発展的に解消し、現在の「情報の科学」と「社会と情報」の二科目になりました。科目の選択割合として「情報の科学」が20%、「社会と情報」が80%です。プログラミングを行うのは「情報の科学」の方ですから、現在の高校生は8割がプログラミングを学ばず大学に来ているという状態です。
次の学習指導要領では、「情報の科学」と「社会と情報」を一本化して全員必修の「情報I」として、ここにプログラミングを入れます。ですから、次の学習指導要領で育った子どもについては、小学校でプログラミングを体験し、中学校で計測・制御と双方向性のあるコンテンツのプログラミングをしっかりとやって、高等学校ではそれをさらに深めて大学に進学する、ということになります。
さらに情報Iの発展となる選択科目の情報IIでは、データサイエンスなども入れて、従来よりもさらに進んだ内容を学びます。ですから、これがうまくいけば大学の教育もずいぶん変わるのではないかと思います。
共通教科「情報」の目標がこちらです。「情報と情報技術及びこれらを活用して問題を発見・解決する方法について理解を深め技能を習得する」、「情報社会と人との関わりについて理解を深める」とありますが、その中には法規や制度、あるいはモラルといったものも含まれます。
それから、思考力、判断力、表現力に関わる点としては、まずは「様々な事象を、情報とその結びつきとして捉える」ということです。そして、その解決に向けて、「情報と情報技術を適切かつ効果的に活用する」際には、コンピュータももちろん用いますし、そうでない形もあります。プログラミングもありますし、モデル化やシミュレーション、いろいろな形がありますが、これを情報の科学的な理解に立って行っていくということになります。
そして、情報と情報技術を「適切に活用」とあるのは、この中には当然情報モラル的なところが入ってくるということです。最終的な目標は、「情報社会に主体的に参画する態度を養う」ということであって、技術者を育てる基礎教育をする教科ではない、ということです。共通教科「情報」は高校生全員が学ぶものであるので、この学習指導要領が実施されたときには、このような形の「情報の科学的な理解」を国民全部が行い、ある程度できるようになるということです。
新科目「情報I」「情報II」の内容
下図が必履修科目の「情報I」の内容です。
「(1)情報社会の問題解決」は、小学校・中学校までの学びを受けて、情報モラルも含めて問題解決のやり方を振り返ろうというものです。
「(2)コミュニケーションと情報デザイン」も大切なことです。「(3)コンピュータとプログラミング」では、コンピュータサイエンスももちろんこの中に入りますし、プログラミングだけでなくモデル化やシミュレーションも入ってきます。
プログラミングは、中学校でやってきたところの上に立つことになりますので、計測・制御やネットワークなどをさらに応用していく形になります。中学校までは「簡単なプログラムを作る」ということですが、高等学校では問題解決のためにプログラミングを使う、使いこなすということが求められます。
「(4)情報通信ネットワークとデータの利用」。ネットワークについては中学校でも基礎的な部分は学びますが、高校ではそれが実際にどんなことかをさらに深く学びます。具体的には、教室内くらいのスケールで、セキュリティも考慮した上で小規模なネットワークを構築する程度の知識や技能はここで付けてほしいと思っています。これからは家庭内にもネットワークがどんどん入ってくるので、そういうことに対応できる力は全員必要であろうということです。
データの利用については、小学校・中学校・高等学校を通して統計教育が強化されており、高等学校では「数学」と「情報」で統計をやっていきましょう、ということになっています。「数学」で理論を学んだら、「情報」でそれを目に見える形でコンピュータを使って活用する。さらに「情報」では、「数学」でやっていないような、理論的にはかなり難しい統計処理も可能です。それらの意味を知って、使いこなしていくことができる力が必要になるので、そういったことの基本もこの(4)に入れていくということを考えています。
「情報II」の「(1)情報社会の進展と情報技術」では、情報Iの学びの、さらにその先のこと、例えばコンピュータが発展していったときに、人間の知的活動はどうなるのか、そのときのシステムとはどんなものなのか、ということについて、AIとの関わりも含めて考えていきます。
「(2)コミュニケーションと情報コンテンツ」につきましては、情報Iで情報デザインを学んだのであれば、やはり具体的に物を作ってコミュニケーションしましょう、ということです。
「(3)情報とデータサイエンス」で、データサイエンスの定義はまだ定まっておりませんが、これは確実に必要なものだと考えております。「(4)情報システムとプログラミング」につきましては、情報システムということで、一つのシステムを構想して、それを分割して作成し、最終的に統合するというところまで考えております。
またこのスライドの「課題研究」は、学習指導要領上では「(5)情報と情報技術を活用した問題発見・解決の探求」という名前になっています。ここでは、これまで学んだこと全部を統合して新たな価値を作る体験、あるいはそこまでいかなくても子どもたちが創意工夫を発揮するような機会を作ろう、ということで入れました。
これは、授業で習ったことをそのまま実行するだけで、高等学校を出た子どもがこの先日本を背負っていけるのかというと、それはやはり難しいだろうと思います。教科の中でそれを実現するためには、この学びは絶対に必要であると思います。具体的にどのような形にするかということについては、これから学習指導要領解説に書いていくことになります。
各項目で育成を目指す思考力、表現力、判断力
こういったことが情報I・IIの内容です。各項目の思考力、判断力、表現力はどうなるかということで、例えば情報Iの「(1)情報社会の問題解決」については、下図のような形を考えております。
情報と情報技術を適切かつ効果的に活用して、問題を発見・解決する方法を考えること。これは中学校までに学んだことを応用して、出てきた問題について考えようということになります。
また、マナーやモラルについては、「してはいけないと習ったから」ではなくて、その意味や意義を科学的な理解の上に立って考えていこうということです。それをこれからの情報社会の構築にしっかり生かしていこうと。
情報IIでは、上記に加えてさらに情報社会のあり方まで踏み込んでいきます。例えば、3番目に挙げてある知的活動ということについて言えば、情報あるいはそのシステムが進化したときに、当然人間の役割というものは変わってくるはずです。それを考えたときにシステムはどうあるべきなのかとか、どういったデータの活用方法があるのか、ということを考えます。今後いろいろな技術を学ぶとき、世の中が変化しても、こういったことをしっかり捉えていきましょうね、ということになります。
また情報Iの「(3)コンピュータとプログラミング」について言えば、アルゴリズムを考えるにあたってはフローチャートだけではなく、いろいろな表し方があるはずです。「適切なもの」というからには、それを吟味し、選んでいくための思考及び判断が必要です。
それから、「プログラミングによりコンピュータや情報通信ネットワークを活用する」とありますが、中学校までで簡単なプログラミングができるようになったら、情報Iのプログラミングは、問題解決のために自分で作成することになります。見て写すプログラミングではなく、考えて実行するプログラミングを狙いとします。もちろんモデル化やシミュレーションもしますし、これらをプログラミングで行うということも考えられます。
情報IIの「(4)情報システムとプログラミング」では、情報システムの開発ということを構想しますが、機能単位に分割してシステム開発をするということ、さらにマネジメントという部分も入れていきたいと思っています。当然システムの評価・改善も行います。
情報Iの「(4)情報通信ネットワークとデータの利用」でどのくらいのところをやるのかということですが、小規模なネットワークに必要な構成要素を選択するとともに、先ほど申しましたように、情報セキュリティを確保して、実際にネットワークを構築するぐらいのところはここでやっておきたいと思います。さらにここではネットワークが提供するサービスといったことについても考えていきたい。
データについては、収集・整理・分析について、「数学Ⅰ」と連携しながら、統計的な内容も入れていきます。このとき、結果の表現や量的な尺度についても教えていきたいと考えております。
情報IIの「(3)情報とデータサイエンス」については、まず目的に応じて適切なデータを集めるところから考えなければいけないので、それにはどういう収集、整理、整形が必要かということがあります。整形については、例えば欠損値があったらどうするか、という話も出てくるかと思います。
さらに統計を使うことで、将来の現象を予測したり、複数の現象間の関連を明らかにしたりすることもできます。実は高等学校の数学では、ここまで踏み込むのはちょっと難しい部分がありますが、情報科では、理論については一部ブラックボックスとしつつ、こういうこともできるよ、という形で扱っていきたいと思います。できれば、関連して機械学習など人工知能的なところも入れていきたいと考えています。
情報IIの「(5) 情報と情報技術を活用した問題発見・解決の探求」については、これまで身に付けた情報と情報技術を活用する資質・能力を総合的に用いて、新たな価値の創造を目指した問題発見、解決の探求を行っていきたいと思います。
喫緊の課題は情報科教員の育成
ここで問題になるのは、情報科教員の状況です。現在、情報科の専任の教員は2割しかいません(円グラフの青分)。他教科との兼任が5割(緑の部分)です。これらの方々に、「あなたは何の先生ですか」と聞いたときにどう答えるか、これはとても不安なところです。そして、残りの3割が免許外で担当している方という割合です(赤部分)。先ほど申しましたように、情報I・情報IIではかなり高度なことをやろうと構想しています。そして、ここまでやればこの国は確実に変わるとも思っています。ですからぜひ実現させたいのです。教える側に問題があるから、そこで諦めるのではなく、これをどう解決していくかということが今後の課題となります。
共通教科「情報」が始まった頃に免許を取った方は、もうかなり年齢が上がって、退職されたり、管理職になったりして現場を離れる方が多くなっています。その結果として、免許外で情報科を担当する方が3割おられます。大学の方で今お話ししたようなことを教えられる教員をどんどん育成して、そしてこの赤の部分を入れ替えていただきたい。また、緑の部分(=兼任)もかなり高齢になっているので、情報科教員の採用と配置についてしっかりやってくださいという通達を各都道府県に出しております。
入学してくる学生の変化に合わせて、いずれ大学教育も変革を迫られる
今後についてですが、現在情報科教員のほぼ全員に対して現況調査を行っています。
また、情報Ⅰ・情報Ⅱを教える先生方のための研修資料を作って各都道府県に提供し、実際に授業が始まるまでの3年間、みっちり研修をしていただくということを考えています。この研修資料は、PDFでダウンロードできる形にして、大学の教員養成課程でも「情報科の教員としてはこのくらいの内容は必要ですよ」というメッセージとしたいので、大学の皆様にもぜひしっかりと受け止めていただきたいと思います。
高校では、次期学習指導要領のもとでの授業は2022年度から学年進行で始まります。高校と大学の接続を考えた際に、情報科の大学入試をぜひ実施していただきたいと思っています。
こちらが今後の課題と、それに対する対応策です。指導事例を蓄積することについては、情報系の各学会のご協力は欠かせませんし、先ほど申し上げた教員の研修についてもご協力をお願いしなければいけないと思います。情報処理学会からは、研修の講師をお願いする窓口を既にご紹介いただいています。
情報入試につきましては、丁寧な発信と適切な対応が必要です。
最後になりますが、大学の教育におきましても、新しい指導要領で学んでくる子どもたちは確実に今までとは変わってきますので、それに対応した教育内容が必要になります。ですから、今回ご紹介した内容を参考にしていただき、次に向けての教育を準備していただきたいと思っております。