「未来の教室」と「EdTechの未来」
経済産業省サービス政策課教育産業室 坂本和也氏
経済産業省が教育分野を強化するのは…
私が今所属している教育産業室は、2017年7月に立ち上げられた非常に若い組織で、省内でもベンチャー企業のような存在です。そのため、今日お話しする内容は理念的な部分も多くなっていますが、その点ご了承いただきたいと思います。
まず、私自身もいろいろなところで説明をする際に必ず聞かれることなのですが、経済産業省がなぜ教育分野に取り組んでいるのかということについてご説明します。
この理由は大きく分けて二つあります。一つは、未来の経済・社会・産業において、「価値」を生む人材がもっと必要だと考えていることです。そしてもう一つが、公教育、学校外教育、産業人材育成というものは、今後一層融合して進める必要があると考えているからです。
経済産業省としましても、日本が新しい価値創造やイノベーションを起こすことができず、世界の中での存在感があやうくなるのは、危機的なことであると思っています。そういう時に、国を担う人材育成の根幹は、やはり教育にあると思っています。未来の社会を切り開いていく今の子どもたちが、大人になってから必要になる能力とはどういうものなのかを考え、その能力を身に付けるためにどのような新しい教育の姿があるのかということを、しっかり検討していかなければならないと思っています。
スライドに米印で示してあるように、経産省はもともと塾などの学習支援業を所管していますので、そういう意味では教育と無関係だったわけではありませんし、先ほど申し上げたように、産業人材という観点からの人材育成にはずっと取り組んできました。例えば、「社会人基礎力」の改定や「第4次産業革命スキル習得講座認定制度」の創設がこれにあたります。現在、「人生100年時代」と言われていますが、経済産業省ではそれを見据えて、産業人材の育成を重要なミッションととらえ、取り組んでおります。さらに幼少期から就学前教育、初中等教育も含めてしっかりとコミットしていくために、教育産業室を立ち上げました。
キーワードは「超高齢化と人口減少」「第4次産業革命」「低生産性経済」
現在の日本の経済が直面している状況にはどのようなものがあるかということを、我々なりに考えたのがこの三つです。一つ目が、超高齢化と人口減少です。人口は急に増えるわけではないので、社会の中の一人ひとりの役割がより重要になり、人材育成の重要性がますます増していくと考えられます。このためには、社会システムの再デザインが必要な状況となっていると考えられます。
二つ目が「第4次産業革命」です。IoT やICT、AIの技術は我々の想像もつかない進化を遂げています。こういった進化によって、世の中が想像を超えるスピードでどんどん変わっていく中で、10年後の世界の姿や技術の状況を正しく想像できる人はおそらくいないと思います。そういう社会を生き抜くということを考えれば、イノベーションの作法もまた変化していくのではないかと思っています。
三つ目が「低生産性経済」で、これは日本の課題としてずっと言われていることです。日本の労働生産性(※1)は、OECDの平均以下でランキングとしては20位前後、G7の中では最下位であると言われています。そのため、政府全体としても「生産性向上国民運動」という取り組みを進めています。
そのためには、「付加価値」を生む人や組織の向上、あるいは無駄の解消に向けたイノベーションの余地が大きいのではないかと考えています。こういったことが言われながら、なかなか実際に進んでないからこそ、少し語弊はありますが、国民運動という形で政府としても取り組んでいくという問題意識の表れであると思います。
付加価値をしっかり生むと同時に無駄な仕事を消すというのは、ちょっと強い言い方かもしれませんが、必要なものはスクラップしていくことができる人材や組織が必要になってきており、そういった社会の雰囲気を醸成していくことも必要であると思います。
※1労働投入量に対する産出量の割合。就業者一人当たり付加価値額や生産数量などで表現される
公教育、学校外教育、そしてEdTechのトライアングルを作る
公教育がこれまでどのような役割を果たしてきたか、というのがこちらのスライドです。公教育の役割は、社会や経済、産業に対して市民や労働力を輩出することが役割と考えられてきました。そして、教育というものは公教育がヘッドとなり、これを塾や通信教育、習い事といったものが下支えしてきました。そして、ここにEdTechという言葉が出てきていますが、今後はこれらにテクノロジーがうまく関連し合ってトライアングルを作り、市民と労働力の輩出の役割を果たしていかなければならないと考えています。そして、先ほどお話ししたように経済産業省は塾などを所管していますので、この仕組みがうまく回っていくよう、公教育と一緒になって取り組みを進めていくことを推進したいと思っているところです。
世界の教育の動向
やや理念的なお話になりますが、世界の教育の潮流は、こちらのスライドの三つがポイントとして挙げられるのではないかと思います。
まず、一つが「学習の個別化」です。これは、関心や理解度に応じたアダプティブ学習で、アメリカやオランダにこういった事例があるようです。
二つ目が、「プロジェクトを通じた文理横断的な知識理解と活用」とありますが、STEAM教育(※2)がこれにあたります。私は今年3月に上海市の視察に行きましたが、公的機関の一つの中に、STEM+教育研究センターという上海市と民間団体が半官半民で運営する組織があり、そこSTEM教育のプログラム開発と教員養成を、市主導でしっかりと行っていました。実際に小中一貫校の授業を見学しましたが、こういった素養を身に付けるための設備があり、STEMという授業がある学年もありました。
三つ目が、今申し上げた二つを効果的・効率的に行うためにテクノロジー、つまりEdTechの活用が至るところで進んでいるということです。このように、世界の動きにも目を向けつつ、取り組みを考えているところです。
もちろん、こういった取り組みが日本で行われていないというわけでもありませんし、逆に日本にそのまま導入してよいものかという議論も当然あると思います。ですから、その部分については冷静に判断していかなければなりませんが、世界の潮流をしっかり見つつ、良いところは取り入れる、あるいは検討していくことが必要ではないかと思っています。
※2 Science、 Technology、 Engineering、Art、Mathematicsの頭文字をとったもの。教科横断的な学習を指す。
「未来の教室」とEdTech研究会の活動
これまでお話ししてきた背景を踏まえながら、2018年の1月から経済産業省に「「未来の教室」とEdTech研究会」を設置し、議論を始めています。このスライドにもあるように、日本は、社会構造や産業構造が変化していく中で、超高齢社会で低生産性経済という、いわば課題先進国と考えられていますが、現状ではその課題を解決するようなすべを持っているわけではないのが実情です。企業や地域のような、本当に小さいレベルで、様々な改善やイノベーションを重ねていくことが必要な状況ではないかと考えています。
そういった時代を迎えて、世界が大きく変化していく中で、どういう人材の資質が必要かと考えるときに、われわれがシンボリックな言葉として使わせていただいているのが、「チェンジメイカー」です。この研究会では、チェンジメイカーを育成するための、未来の教室の姿や、そこにEdTechがどのように活用できるかということの議論を行っています。
今ほしいのは「チェンジメイカー」たりうる人
チェンジメイカーという言葉を具体的に説明させていただきます。この言葉を聞かれた時、皆さんが想像するのは、例えばビル・ゲイツとかスティーブ・ジョブズとか、ザッカーバーグとかいった方々かもしれません。もちろん、そういった方々は必要ですが、やはり先ほどお話ししたような日本の社会状況を踏まえると、本当に必要なのは、どんなに小さくてもいいのでチェンジを起こせる人、身の回りのことをしっかりと疑問に思って解決すべき課題を発見し、そしてその解決に向けて実際に動きだして、その時には周りも巻き込みながら、最終的にやり遂げていける人なのです。
今、「やり遂げる」と申し上げましたが、当然のことながら、実際には成功しない場合もあると思います。しかし、結果的に解決や成功に結びつかない場合でも、常に考えて学び続け、解決に向けて試行錯誤してやり切ることが大事だと思います。そして、できる限り多くの人が、そういった素養を付けていただく必要があると思います。
変化は小さくても、つながれば大きなものになりますし、逆に人口減少という課題がある中で、誰もがその変化を起こせる人材にならなければ、日本としてもなかなかうまく立ちゆかなくなるのではないかとも思っています。
チェンジメイカーの素養というのは一朝一夕に育成されるものではありません。そのため、子どもの頃から学びの中で身に付けていけるような社会システムを構築していかなければならないと考えています。我々の研究会では、これを「未来の教室」と名付けました。これは、もちろん今の教室を否定するわけではなく、いいところはしっかり踏まえつつ、新たな視点で取り入れるべきところは何か、テクノロジーをどこに・どのように使ってどんなことができるかということを検討しています。
研究会は、下図にあるように、就学前教育から社会人になってからのリカレント教育に至るまで、幅広い分野の専門家の方々にお集まりいただいて検討を進めています。
※クリックすると拡大します
開催経過を簡単に書かせていただきましたが、第1回から第3回までの資料については経産省のホームページ(※3)に公開しておりますので、ぜひご覧いただきたいと思います。ボリュームがある資料ですが、内容としても非常に示唆に富んだものになっております。
※3「未来の教室」とEdTech研究会第1回配布資料
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/mirainokyositu/001_haifu.html
「未来の教室」とEdTech研究会第2回配布資料
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/mirainokyositu/002_haifu.html
「未来の教室」とEdTech研究会第3回配布資料
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/mirainokyositu/003_haifu.html
「未来の教室」とEdTech研究会第4回配布資料
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/mirainokyositu/004_haifu.html
ワークショップ形式の研究会を実施
この研究会では、ワークショップ形式での議論も取り入れました。私も役人を十数年やっておりますが、このようなやり方は初めてです。写真にあるように、計5回、侃々諤々と議論しました。2月から3月にかけてはまず4回、学校の先生や塾を経営されている方、民間教育に携わっている方々、EdTechのベンチャーの方などにお集まりいただいて、非常に熱い議論をしました。
この一方で、有識者の方々の本音の意見をお聞きすることも行いました。ここでは、「未来の教室・教育に向けてどういったことが必要か」ということについて、多くのキーワードや示唆をいただけました。これらが、後ほどお話しする研究会の第1次提言につながっています。
5月には、中学生、高校生、大学生という、今まさに学習者の立場にある約30名にご協力いただき、学習者の視点でのご意見をいただきました。役所の中で開催したので緊張されるかなと思いましたが、全くの取り越し苦労で、非常に多くのご意見をいただきました。
これらのワークショップや有識者の委員の方々の意見を踏まえて、6月4日の日に第4回の研究会を開催し、そこで第1次提言案というのを示しました。ここでは非常に多くのご意見をいただいています。現在修正作業を進めており、6月中旬に公開の予定です。
※4「未来の教室」とEdTech研究会の「第1次提言」
http://www.meti.go.jp/press/2018/06/20180625003/20180625003.html
「50センチ革命」を起こすチェンジメイカーを育てる
提言の内容を簡単に説明いたします。
第1章は、最初にお話ししたような前提や背景です。さらに特徴的な言葉として、図中では太字になっている「50センチ革命」があります。
この言葉で、身の回りのどんな小さな課題にも気付いて、小さくても一歩進むということを表しました。その課題にはいろいろな要素・要因が絡んでいると思いますので、産業や技術、学問などで分野を越境していく、そういうことが大事であると考えています。さらにその解決に向けて、データやファクトをいろいろ使った上で問題全体を見て、分野横断で様々な要素を組み合わせて組み立てていくことを、試行錯誤しながら繰り返していくことになる。こういったチェンジメイカーの資質を育てる必要がありますよ、ということを1章で書いています。
第2章では、先ほど少しご紹介しましたが、海外の状況も意識しながら進めていこう、ということを書いています。繰り返しになりますが、海外でやっていることをそのまま日本に入れられるわけではありませんし、現地でもいろいろな評価があることは承知しています。しかし、やはりそういったものも仮説の一部として、取り入れるべきところは取り入れるということも考えていく必要があるかと思います。
さらに、こういう未来の教室をもたらすために、どういった具体的検証が必要かということについて整理しました。例えば、「今」を前提としない「未来の教室」というのは、どういう方向性であるべきかを簡単に示しました。学習者を中心にEdTechのようなもので公教育と民間教育、産業、研究をつなげるような学びの社会システムを構成します。そして、学校の教室に限らない様々な教室空間と先生がうまくつながって、それがSTEAM教育や教科学習のプログラムなどと有機的に関与していくサイクルが必要ではないか、という方向性を示しています。
「未来の教室」実現のために具体的に何をするべきか
教育実践者・産業人・学生とのワークショップなどから抽出された「仮説」については、期待される具体的変化としてまとめました。
教育実践者・産業人・学生とのワークショップなどから抽出された「仮説」については、期待される具体的変化としてまとめました。
先ほどお話ししたような「50センチ革命」「越境」「試行錯誤」などは幼児期から始まるのではないか。課題を発見するという前提として、誰がどこにいても、どんな年齢であっても、『ワクワクする気持ち』に出会うことが必要ではないか。また、学習者個人が、自分に最適なプログラムや先生を選ぶことができるような形が取れるとよいのではないかとしています。
これは、学びというものが、ものごとに疑問を持ち、「なぜこのような言われ方や考え方がされているのか、他に有効な考え方ないのか」と突き詰めていくものであるので、既存の学習環境の枠にとらわれなくてよいのではないかということになるためです。
さらに、「文理横断」という言葉が出てきています。文系・理系という概念があるのは日本だけと言われていますが、STEAMに時間をかけて、文理横断の知と行動で社会課題や生活課題に取り組み、試行錯誤する経験を積む必要があるのではないかということです。
一方、教科学習については、人によって必要なものが変わってくるので、個別に最適化した上で、短時間で効率化された学びになる必要があるのではないかということになっています。
そうなると、学力とか教科、学年といった既存の概念が変化していくのではないかという仮説も生まれます。先生の役割についても、教える先生というのは当然必要ですが、それ以外にも、いろいろなものの見方に対して補助線を引いてくれる先生であるとか、寄り添う先生であるとかいったタイプの先生も求められることになるでしょう。EdTechが入ってくることによって、先生の役割も多様化し、学校のあり方も当然変わっていくのではないかということになります。
その次はテクノロジーの活用の話になります。テクノロジーの活用で、教室は学びの生産性を高めるために「カイゼン」するラボとなってもよいのではないか。そして、学校の中に、研究者であるとか民間教育、企業やNPOの方がどんどん入っていくような必要があるのではないかということです。
こういったことがワークショップで出てきた声ですので、我々はこれらを仮説として実証事業に取り組んでいきたいと思っています。そして、結果を第2次提言として出すことを考えています。これは、実際に事業を行い、効果検証を行ってからになりますので、ある程度先になるのではないかと思います。
「学びと社会の連携促進事業」の具体的な内容
最後に、予算事業の説明をいたします。経済産業省は、平成29年度の補正予算で、「学びと社会の連携促進事業」を計上しました。これは、今までお話ししたような未来の教室の実現に向けて、EdTechの活用も含めて様々な革新的な実証事業を行うために用意したものです。実証事業ですので、打ち上げ花火的なものでなく、最終的には全国のどこでも行うことができるモデルとなることを想定しています。
実際に実証事業に取り組んでいただく事業者さんや教育委員会さん、学校の方々には、全国展開する場合の課題や費用面も含めた手法の検討といったことまで視野に入れていただくことを考えています。
※クリックすると拡大します
実証事業は、このようなイメージで行います。事業全体をボストンコンサルティンググループに委託して、そこからさらに再委託という形で、様々な事業者や学校、教育委員会で実証を行っていただくことになります。学習者のワクワクを喚起し、興味や関心に出会うということをやった後で、さらにそれを課題発見につなげて、それから効率的に学び、学びを深めて生かしていくというサイクルを廻していくということをやっていきたいと思います。イメージとしては、下のスライドがよりわかりやすいかと思います。
こちらの公募はすでに締め切りましたが、非常に多くの事業者さんからご提案いただきました。現在こちらの精査を進めています。
通常、役所の実証事業では、「A」という提案をいただいた団体が採択されたら、そのまま「A」の内容をやっていただきますが、今回の我々の事業では、「A」と提案いただいたものを、例えば「Aダッシュにできませんか」とか、「似たような『B』と『C』という提案があるので、三者が組んで『D』ということはできませんか」といったプロジェクトの組み方で実証を行っていきたいと思います。
もちろん、地域的な問題や企業の事情もありますが、そういったところを調整した上で、6月末ぐらいまでには実証事業の全体像を固めたいと思っています。また、こういった事業で実践が蓄積されて具体性が出てくると、他の地域でも応用しやすくなりますので、ホームページなどを準備して、実証をどのように行うのか、その進捗はどうなっているのかについても、できる限り詳細かつタイムリーに情報発信していきたいと思っています。その時点で参考になる部分があれば、ぜひ参考にしていただければと思っています。
我々は最初に申し上げたとおり若い部署ですが、だからこそ過去に縛られることなく考えられる部分もあるかと思います。チェンジメイカーを育成するためにどういったことが必要なのかということを、皆さんと一緒に考えてまいりたいと思います。