小学校プログラミング教育の現状と展望
~産官学民で進める、戸田市のプログラミング教育
戸田市教育委員会教育政策室指導担当課長 川和田亨氏
戸田市「教育改革」の概要~多様な産官学民との連携
私からは、少し視点を変えて、教育行政としてどのようにプログラミング教育に取り組んでいくのかという部分について、お話をしていきたいと思います。
戸田市は埼玉県の南部に位置していて、東京都に隣接しているため交通の便がよく、いわゆるベッドタウンとして30歳代の子育て世代が多い、活力のある町です。人口の増加に伴って児童生徒数も年々増加していて、多くの学校で教室不足という状況にあります。学校数は小学校12校、中学校6校という規模の自治体です。
最初に、戸田市として知り組んでいる教育改革の概要をご説明します。
戸田市では現在、「人工知能では代替できない能力」と「人工知能を活用できる能力」、つまり21世紀型・汎用的・非認知という三つのスキルを育成することを目指して教育改革を進めています。特に、産官学民の知のリソースを活用した新しい学びの推進や、エビデンスベースの指導改善サイクルの確立などを積極的に進めているところです。
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こちらは具体的な施策と、既に連携を進めている主な産官学民の例です。連携している企業や大学など関係機関は70を超えています。このようにして、効率的かつ最先端の教育を目標としています。
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現在、多くの自治体から毎日のように視察の依頼を受けていますが、そこで「戸田市は、なぜこれだけ多様な産官学民の連携ができているのか」ということ必ず聞かれます。それには、ここに掲げた四つの大きな理由が考えられます。
一つ目は、教育委員会や学校が単なる受益者としてではなく、自立的な教育意思を持って企業や大学等とのインタラクティブな関係を構築するという意識を持っているということ。
二つ目は、子どもたちの1年間の学力の伸びを測ることができる「埼玉県学力学習状況調査」に基づいて、エビデンスに基づいた効果検証ができる基盤があるということ。
三つ目が、学校や教室を実証の場に提供して、成果を企業に還元していくということ。本誌では、この形態を「クラスラボ」と呼んでいます。
そして四つ目が、教育委員会や各学校、教育長のFacebookなどで、取り組みの様子を積極的に配信していること。これらによって、「戸田市とタッグを組みたい」という企業が次々に出てくるのではないかと思っています。
また、前市長の尽力で、全小中学校の全学級に無線LANを整備するなど、インフラ整備にも力を入れているところです。
プログラミング教育の導入の課題を四つにまとめ、体制づくりとボトムアップの両面で進める
本市では、プログラミングを導入するにあたって、現場におけるプログラミング教育の導入の課題を、
・何を教えるかという指導内容
・どの教科の時間で教えるかという指導場面
・指導のスキルを高めるための教員研修
・パソコンやプログラミング教材など、ICTの環境整備
の四つにまとめました。まとめたとはいえ、内容的には多岐にわたりました。
下図は、文部科学省のプログラミング教育の在り方に関する議論のとりまとめです。プログラミング教育の必要性については、多くの方が理解しているところですが、どのように実践するのかということが重要です。
先ほどお二人の先生から、たいへん素晴らしい実践を伺いましたが、多くの学校や教育委員会では、まだ戸惑っているのが現実なのではないかと思います。
また、3月には「小学校プログラミング教育の手引(第1版)」が示されました。この手引きはとても素晴らしく、今後ホームページ等で実践が蓄積されていくと、学校現場、また教育委員会でも、大変活用されるものになるかと思います。
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ただ、プログラミング教育の導入まで残りわずかという中で、自治体がどのように予算編成をしていけばよいかという問題もあります。これは再来年のことですので、時間があるとは言えない状況です。ここは、まず教育委員会が本気にならなければならないと考えているところです。
そこで本市では、平成29年度から小中一貫カリキュラムの作成を進めるとともに、産官学民と連携した教員研修や教材の整備を進めています。
またプログラミング教育研究推進委員会や、戸田市教育センター研究員のプログラミング部会といった自主研究会を立ち上げ、ボトムアップで推進する体制づくりを進めてきました。
最初はやや重い雰囲気がありましたが、産官学民の有識者による師範授業を参観したことで、先生方自身がたいへん前向きになってきて、「自分でも授業をやりたい」というふうに意識が変わってきているように感じました。スタートアップのきっかけさえあれば、先生方も、可能性のあるものはどんどん受け入れると認識しています。ボトムアップも大事ですが、新たなことについては、こういったリーダーシップの部分も必要なのかなと思っております。
市内の教員の25%が参加する教育センター研究員がプログラミング教育を推進
戸田市教育センター研究員には、プログラミング部会に限らず、様々な部会が存在しています。勤務時間外に定期的に集まり、教科部会ごとに自主的に研究活動を行っています。市内の教員の約25パーセントが参加していて、本市の教員改革の屋台骨になっています。また推進委員会では、ベネッセやインテルなどの有識者の指導の下、プログラミング教育で育てたい力を、文部科学省が示す三つの資質・能力に沿って、学年の段階に応じて設定しました。
また教科におけるプログラミング教育を行うにあたって、前提となる操作スキル育成をミニマム・スタンダードとして設定しています。プログラミング教育は各教科の中で進めるという考え方が主流になっているようですが、教育委員会では、そこだけに期待していては、市内の全小学校・全学級で同じレベルで進めるのは難しいと考えています。そのためには確固たる教育意思を持って進めることが重要であり、基本となるスタートアップ部分をしっかり進めた上で、教科におけるプログラミング教育は発展と捉えて、各学校が産官学民と連携しながら、主体的に進めていくことができればと考えています。
体系的な授業プランや市のオリジナル教材も教育センターが準備
こちらが戸田市のプログラミング教育推進プランです。今年度は、4年生から総合的な学習の時間で3時間程度Scratchを学んでいます。時間数は少ないのですが、全学校・全学級で実施することに大きな意義があり、先ほども申し上げたように、スタートアップを一斉に行うからこそ、その後の教科での取り組みがスムーズにいくものと考えています。
こちらは、全小学校の1・2年生の児童が使用するために配布しているアンプラグド教材です。戸田市では、全市で統一してこういった教材を配布しています。
こちらは、全小学校の1・2年生の児童が使用するために配布しているアンプラグド教材です。戸田市では、全市で統一してこういった教材を配布しています。
また、先ほど4年生から総合的な学習の時間でScratchを学ぶというお話をしましたが、こちらがそこで使用する、戸田市オリジナルのScratch教材です。
こちらは推進委員会で作成したプログラミング教育の年間指導計画です。これを基にして、各学校がプログラミング教育の年間指導計画を作成しています。
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また、管理職研修や教員研修においては、日本のプログラミング教育を代表する方々に研修、講師を行っていただいています。
これは具体的に各学校が共同研究している企業の一覧です。先ほど「産官学民の知のリソースの活用」というお話をしましたが、このように各学校に様々な企業に入ってもらい、プログラミング教育を実践しているところです。
また、市の広報誌で市民向けにプログラミング教育の取り組みを周知するとともに、プログラミング教育の必要性と、これに対する市長の熱い思いも掲載しました。
プログラミング教育の実践報告
実践事例として、昨年度から実施している低学年の生活科におけるアンプラグド、いわゆるパソコンを使わない、プログラミングの授業をご紹介します。
上の写真は、1年生の児童が友達と話し合いながら、細分化されたダンスの動きを組み合わせてオリジナルのダンスを作り、実際にダンスをしている様子です。
下の写真は、2年生の児童を対象に本市の指導主事が出前授業を行っている様子です。先生方に実際の授業を見ていただくのが第一段階だということで、今年も本市の指導主事や産官学民の方々に見てもらいながら、出前授業を行っているといます。
またアンプラグドだけではなく、3年生ではBee-Bot(※)というロボット教材を取り入れています。これはプログラミングをしながら、ロボットに自分たちの思うような動きをさせていくもので、発達段階に合わせていろいろな活動に使っています。
※1 http://www.uepshop.jp/SHOP/T1-ITSPACK.html
こちらは、ソニーのKOOV(※2)というロボット教材を用いて、「戸田市のイルミネーションを考える」という課題で、3年生が取り組んでいる授業の様子です。子どもたちは、友達と相談しながらLEDライトの光らせ方をプログラミングを考えました。話を聞いていると、「LEDの光らせ方を0.1秒短くしよう」といった、細かいところまで考えて協力しながら考えている様子がうかがわれました。
また、この実践については、昨年度の総務省のプログラミング実証事業授業研究会でも発表しました。
[中川先生との質疑応答]
中川先生 : 私は個人的にいろいろな所を見て回っているのですが、戸田市がすごいなと思うのは、市内の全学校の全学級で実施していることです。そこまでやっている所はなかなかないのではないかと思いますが、その中で、お聞きしたいことがあります。
先ほど、生活科と総合的な学習の時間で、プログラミングの基礎教育をしっかり行い、他教科はその発展であるというお話でした。そうなると、おそらくそこの部分はどうしても学校格差が出てくると思いますが、これはOKなのでしょうか。
それからもう一つは、産官学民による知のリソース活用というのは、すばらしいと思われた方が多いと思うのですが、それにあたって「ここはポイントだ」とか「気を付けたほうがいい」というような話があればぜひ教えていただきたいと思います。
川和田氏 : 学校格差については、これは、すべて校長のカリキュラムマネジメントに関わっていると言っても、過言ではないと思います。これからの時代、すべての学校で、すべて同じ教材、同じようなことをやるということが果たしてよいのか、ということです。これについては答えがあるわけではありませんが、教育委員会でも考えているところです。学習する目的等は同じであるとしても、アプローチの仕方は、学校ごとに創意工夫をしてほしいと考えています。産官学民についても、いろいろなメニューを各学校で主体的に選んでいただきたいということで進めています。
学校格差ということについては、何をもって格差というのかという面もあるため、なかなか答えづらいものがあります。教育委員会としても「学校格差OKですよ」とは言えません。しかし、見た目でやっていることが違うという部分については、各学校のカリキュラムマネジメントということでよいのではないかと思っています。
指導主事についても、先生を指導をする人というイメージがあるかもしれませんが、本市の指導主事は、わりと営業マン的に企業とミーティングを行い、そこで練り上げた取り組みを各学校に「お宅の学校でやりませんか、どうしますか」と声をかけていくコーディネートのようなことをしています。
これからは、学校が主体的に選べる環境を教育委員会が作っていくことが、一番の留意点なのかなと捉えています。
中川先生 :その選択肢を用意するのも、準備がいるという意味では、大変なのかもしれませんね。ありがとうございました。以上、一巡目はそれぞれのお立場からお話をいただきました。二巡目は、それぞれのお立場から、今後の課題と展望を語っていただきたいと思います。