文部科学省大学入学者選抜改革推進委託事業「情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発」
第3回シンポジウム「2025年度 高校教科「情報」入試を考える -思考力・判断力・表現力を評価する試験問題の作問方法- 」講演
法/制度・倫理
放送大学 辰己丈夫先生
法/制度・倫理というのは、扱いがなかなか難しい分野です。情報Iの学習指導要領では、「(1)情報社会の問題解決」に「情報に関する法規や制度、情報セキュリティの重要性、情報社会における個人の責任及び情報モラルについて理解すること」ということが書かれています。
内容的としてはある程度他の科目にもちりばめられていますが、「情報社会の問題解決」ではきちんとまとめて書かれています。
法/制度・倫理のルーブリック
こちらが、法/制度・倫理のルーブリックです。レベル1からレベル3は、質問を理解して答えられる、具体的な場面に適用する、自分から提案する、といった内容になっています。
レベル2の「法/制度・倫理に関する技術を具体的な場面に適用する」というのは、法や制度・倫理といった抽象化された文章を、目の前のインスタンス(事例)に対してうまく適用できるかどうか、という意味です。あえてここには書きませんでしたが、実はモデル化の能力は、こういったところでとても大事なことなのです。
レベル3の「与えられた目的を満たす規則/制度・倫理基準を提案できる」は、反対に事例を抽象化することになります。具体的な場面を見て、倫理基準などを提案しましょう、ということです。
レベル4-1は、基準同士でジレンマが起きたらどうするのかという話です。さらにレベル4-2では、様々な価値観を持つ多くの人が合意できる規則/制度・倫理基準の提案ができるということが書かれています。ここまでできればすばらしいと思います。
では、それぞれの項目について、問題例を挙げながら見ていきましょう。
<レベル1>法/制度・倫理に関する記述を理解し、質問に答えられる
(1)~(5)の選択肢から、「誤っているもの」を選べという問題です。
(1)何が違法かということ知らなくても違法行為は有罪となる。(2)法律に書かれてなくても、実は条例で違法になることがある。
この二つの選択肢、実は、非常に当たり前のことなのですが、ここでは、「知識」として答えられないといけません。(5)の「法令に違反していなくても、所属する集団や地域の慣習に反する行為はなるべく行わないほうがよい」については感覚的にそう思いますし、当たり前のことと受け止めるのが一般的です。
こちらは「もっとも誤っているものを選ぶ」問題です。著作権法、特許法、商標法、不正アクセス禁止法、個人情報保護法、これらはいろいろな場面において、例え知らなかったとしても罪になります。その法律を知っているかどうかが、非常に重要と言えるでしょう。
<レベル2>法/制度・倫理に関する記述を具体的な場面に適用して考えることができる
レベル2の「具体的な場面に適用して考える」の問題例ですがこちらです。
生存する個人の名前と住所が個人情報であるかどうか、また、ある行為をしたときに、どの法律を使うとこの人は罪になるのか、といった個々のパターンについて、たくさんある法律の中から探してきてくださいという問題です。探すからにはやはり知識が必要です。どうしてもこの分野は、知識を持っていなければならない場面が多くなります。
<レベル3>与えられた目的を満たす規則/制度・倫理基準を提案できる
レベル3では知識に裏付けられた「思考」が求められます。
ある人が駅の周りで写真を撮り、その写真をSNSに貼りました。さて、この事柄に関連する法律はどれでしょうかという問いです。
関連する法律のことも知っていて、かつ思考力がないと解答は出せません。例えば、撮影場所、つまり、所在地の公表は著作権法に関係あるのかどうか。
この行為は、特に著作権法違反にはあたりません。しかし、背景に映っている人の画像の公表は個人情報と関連します。自動車が映っていたら、その自動車の車名の公表は、商標と関連するのでしょうか。これは、商標法のルールでいうと関係ありません。このように、基本的な知識がないと答えを出すのは難しく、さらに、具体的な側面に応じて判断力をつけていなければなりません。
<レベル4-1>法/制度・倫理に関してジレンマがある状況において、優先度を考慮して判断できる
レベル4-1のジレンマについての問題例です。
人命尊重をもっとも優先すべきという状況を前提において、著作権法に引っかかることなく、人命を救うことはできるのか、という問題です。いきなり難しくなってきました。しかも、記述問題ですから、そう簡単には答えられないでしょう。しかし、こういう問題に答えられるようになるのが、個人的には理想だと思います。採点するのは非常に難しいですね。
<レベル4-2>多くの人が合意できる規則/制度・倫理基準を提案できる
授業で先生が生徒に見せたい動画教材があっても、学校のコンピュータ教室では、動画サイトへのアクセスが禁止されていて見られない、ということは、YouTubeを禁止している学校ではよく起こります。先生は、「コンピュータ教室から見せることができない」と言っていますが、このルールが制定されている理由は何かということを述べなさいというのが(1)の問いです。
(2)では、この先生が勧める動画を、学校のコンピュータ教室で見せるために、どうすればよいのかという問題です。
(a)はルールを変更しないという条件、(b)は新しいルールを追加するという条件があり、その条件のもとで、どのようにしたらできるかということを考えます。
(a)の解答は、「学校でパソコンを使うのは教育用であり、動画サイトは教育目的ではないものが多いため、基本的に禁止しているのだろう」といった内容であればよいでしょう。
それから、先生が動画をパソコンにダウンロードして、それを見せればYouTubeを見ていることにはならない、あるいは、教卓のパソコンに限ってフィルタリングをカットすればいいといった、技術的な提案もOKです。ただし、ダウンロードの可否は話題にすべきです。
一方、(b)の方は、ルールの追加ということです。例えば、動画サイトを見る生徒は教育目的の動画しか見ないという誓約書を書く。こういうルールを追加することによって、全体で新しいルールに慣れていこうという解答です。
高校生が、こういう提案をすることができるのを、試験の中で見てみたいとは思いますが、これも記述式ですので採点はかなり大変になるでしょう。
最後に、下図は、既に描かれた有名な絵画を題材に、人工知能で新しい画像を作成するとき、現状で不備のある法制度を指摘した上で改善案を出しましょう、という問題です。これは大学院レベルの問題です。プロジェクトの中では「難し過ぎる」という意見も出ましたが、あえて残しました。
正しい解答を出すには、現行法をきちんと把握していて、現時点で人工知能がどの程度のことまでできるかがわかっている必要があります。また、著作権と絵画の価値の関係、それを基に、不足している条件・ジレンマ・芸術産業との関わりまで含むような小論文が書けていればすばらしい解答になると思います。