情報処理学会第81回全国大会

「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜における評価手法の研究開発」(3) 

2018年度事業概説

大阪大学 萩原兼一先生

「情報学的アプローチ」の意味

このタイトルでお話をするのは今回が3回目、最終回になります。3年間、このタイトルを出していますが、考えてみれば、「情報学的アプローチとは何ですか」という質問は一回もありませんでした。

 

例えば、私が小学生の頃の生物の授業では、桜の花を観察して花弁が5枚あるね、といった分類学的な内容でした。やがてそこに物理学的な考え方が入ってきて、生物学は飛躍的に発展しました。さらにコンピュータサイエンス的なものが入ることでシミュレーションや分析をするようになり、さらなる発展を遂げました。

 

この事業では、「情報学的アプローチ」を最初に付けて、テスト(試験)の世界もComputational Thinkingという考え方を入れることで、この生物学と同様に飛躍的に発展してほしいという願いを込めました。どなたも質問してくださいませんでしたが、気がついていただけていたでしょうか。

 

今日は私から3年間の事業全体やバックグラウンドについてお話しして、その後に3名の方からそれぞれ今年度の詳しいお話をいたします。

 

新しい学習指導要領では「情報I」が必修に

高校情報科の新しい学習指導要領が、2022年の高校入学生(現在の小学6年生)からスタートします。皆さんもすでにご存じのように、現在の学習指導要領は『社会と情報』か『情報の科学』のいずれか2単位を履修するという構成で、両方やってもよいけれど、どちらかを必ず学ぶ(選択必修)ことになっています。

 

ただし、本来は両方の科目が開講されて、高校生が履修したい方を選択する、という状況でなければならないのですが、高校の現場では実質的にはどちらか一方しか開講していないことが多く、高校生はその学校で開講されている科目しか受けられないという状況です。統計によれば、『社会と情報』を高校生全体の8割、『情報の科学』を残り2割が履修しています。いわゆる「プログラミング」が履修内容になっているのは『情報の科学』だけですので、プログラミングだけを見ると、高校生の2割は学んで卒業しますが、8割はほとんど学ばずに高校を卒業するのが現在の状況です。

 

 

これが新しい学習指導要領では、情報の科目構成は『情報Ⅰ』と『情報Ⅱ』の二つとなり、『情報Ⅰ』は共通必履修科目で高校生全員が受講することになります。『情報Ⅱ』は発展的選択科目となり、我々としてはこちらも受講して欲しいのですが、受講しない生徒も出てきます。情報Iにプログラミングが入っていますので、高校生全員がプログラミングを学んで卒業することになります。もう一つの特徴的な内容として『情報Ⅱ』にデータサイエンスが入っています。このような科目構成に変わることになります。

 

本事業では、彼らが大学入試を受ける2025年の段階で、科目「情報」を入試科目にする場合の試験問題を考えています。

 

高大接続改革によって情報入試が現実に

昨今、大学入学共通テストに情報科を入れる、ということが言われていますが、これは現在行われているセンター試験に代わる共通テストについてのお話で、我々の事業とは直接には関係がありません。これについて申しますと、文部科学省に高大接続改革会議というものがあって、ここで「2025年の大学入学のタイミングで、情報の内容を何らかの形で入れますよ」言っているということです。「何らかの形で入れる」というのは、数学や理科の一部として入れるということも含むという意味です。昨年2018年5月の未来投資会議で、安倍首相が「国語・数学のような基礎科目として情報を追加するべき」と、まさに我々情報関係者が思っていることを言ってくれたのですね。また、林文科大臣が「2024年度の入試からの実施を目指す」さらに「コンピュータを使ったテストも検討する」ということを言われました。これは、繰り返しますが共通テストの話です。

 

 

我々が委託事業として研究開発しているのは、各大学が実施する個別テストが対象です。下図は3年前に出された文部科学省の委託事業の概要です。高大接続改革の推進という形で、内容が大きく三つに分かれます。一番上が大学の教育改革、一番下が高校の教育改革、そして真ん中の二つ、緑の部分が大学の入試の改革です。

 

このうち下の方が大学入学希望者学力評価テスト、つまり共通テストの改革のフィジビリティに関する研究です。我々が実施しているのは、上の『先進的評価手法の共同開発』の方で、10年後を見据えた入試改革に関する研究をしましょうという委託事業です。

 

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2016年10月にこの図に示した五つの代表大学が採択され、情報分野は大阪大学が採択されました。

 

下図は各事業の連携機関を示しています。我々のところは、大阪大学が代表機関で、東京大学と情報処理学会の情報入試委員会が連携機関として参画して、実質2年半の期間研究しました。

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思考力・判断力・表現力を問う作問方法の提案とルーブリックの作成、CBTの開発

情報分野のアプローチの特徴がこの図です。一つは、試験問題そのもの提案するのでなく、作問方法、問題作りの手続きを提案することです。これについては、現在の情報分野というのは、小学校・中学・高校と一貫して筋の通ったカリキュラムというものが提示されているわけではないので、中学生がどの程度の情報活用能力を持って高校に進学してくるかを仮定できないという辛い状態にあります。ですから、2018年7月に新しい学習指導要領の解説が出て、『情報Ⅰ』『情報Ⅱ』の具体的内容がわかったタイミングで、どのような内容を勉強すべきなのか、そのレベルがどうなのかということを分析し、さらにその中に思考力・判断力・表現力等を問う部分がどれだけあるのかなどを考えて、作問のためのルーブリックを作成しました。これが二つ目です。

 

三つ目がいわゆるCBT(Computer Based Testing)、コンピュータでテストをするということです。

 

 

本日は、この後、久野先生が作問方法について、松永先生がルーブリックについて、西田先生がCBTについてお話ししていきます。

 

CBTに関しては、初年度は開発期間が実質半年くらいしかありませんでしたが、そこでCBT v1を開発し、それを使って東大と阪大の1年生を対象に模擬テストの実証実験をしました。その後高校生対象に実証実験をしました。それと並行して、2017年度にはCBT v2を開発し、今年度(2018年度)は同様に大学生と高校生を対象に実証実験をしました。

 

この委託事業では全体として思考力・判断力・表現力を評価する大学入学試験を、コンピュータ科学者の考え方で研究したということが大きなポイントです。

 

我々が取り組むべきものは「知識・技能を用いて課題を解決するために必要な『思考力・判断力・表現力』を測定する試験」ですが、この『思考力・判断力・表現力』というのは、いわゆるバズワード(buzzword)で、日本語としての意味はわかるけれど、具体的に思考力を評価するには何をしたらいいかに関しては、よくわからないということになります。コンピュータの世界でソフトウェアを開発するときも、実際にこうような「もやっとした」仕様が与えられたときには、それをもっとブレークダウンして仕様を明確にしてからソフトウェアを作ります。我々の委託事業でも、思考力・判断力・表現力の内容をいろいろブレークダウンしながら、これは試験で評価可能となったらそこで止めるし、まだ漠然としているところはさらにブレークダウンしながら形にしていく、というように研究を進めました。この辺りはこのあと久野先生が詳しくお話になります。

 

CBTについては、4択問題があるとか、採点が簡単とかいったイメージを持たれることが多いと思いますが、我々はそのような観点ではなく、あくまでも思考力・表現力・判断力を評価するためにコンピュータを使うという立場で作りました。CBTを使う意味は、ペーパーテストに比べてコンピュータ環境での出題の方が、測定できる能力の幅がもっと広がるということです。

 

 

例えば、音楽の能力を評価するのにペーパーテストでできるとはたぶん考えないでしょう。情報も同じようなところがあって、ペーパーテストでは評価しにくいポイントがいくつもあります。

 

一例ですが、プログラミング、シミュレーション、データサイエンスに関する能力を紙ベースで十分に測れるかと言えば、たぶんそうではないので、コンピュータをベースにして試験をしてみようと考えました。そして、その観点での試験問題やCBTシステムをを一つの形を示したわけです。

 

 

そしてもう一つ、我々は思考力・表現力・判断力を問う試験問題を作ったつもりですが、果たして本当に測れているかということを、別の思考力等評価試験も実施することで評価しました。これは実証実験の時間の都合で、大学生対象の実証実験でのみ実施しました。

 

プログラミングの環境で工夫したこととしては、皆さんもご存知のように、プログラムの完成版を一回で作るのは難しいですよね。プログラムを作って、実行してみて、うまくいかなかったらデバッグして、ということを繰り返すことができる環境を作りました。

 

そして、今はif、then、else、whileなどの基本命令だけで作ることができる比較的小さな問題のプログラムを作っていきますが、次期学習指導要領の総則では、情報科の中だけではなく、数学や理科といった他教科の中でも情報を活用していくことが求められています。ですから、そういうところでも使えるような情報教育をする必要があります。そのためにはデータ分析のライブラリーのようなものを準備して、これを使えるようなCBT環境も必要です。高校で、このようなライブラリーが完備したプログラミング環境で教育されれば、理科などの科目でデータ分析ができるということも十分ありうるわけです。そのような環境をCBTで作る必要があると思っています。

 

今後へ向けて

今後の課題ということで、この事業の2年半でも全然やりきれなかったことが多々あります。

例えば、思考力等をCBTで評価するとすれば、図などを解答するためのインターフェースをさらに研究しなければなりません。また、たくさんの図や表を見せて、それを総合して考え、解答するということが求められていますが、コンピュータの画面は相対的に小さいのでそういうところをどうするのか、という表示インターフェースの研究も必要です。

 

 

今は技術者が設問をCBTに搭載させていますが、それでは出題者の意図通りにCBT化するための時間がかかりすぎます。試験問題の雛形を作ったら、それをコンバートしてCBT化するソフトウェア開発する必要があります。

 

また、複数回受験ということを考えると、項目反応理論に即した出題が必要なので、そのための問題作りに関して研究する必要があります。それからプログラミングを出題する際に、言語として何を選ぶかということもあります。

 

さらに何と言っても、多くの大学が情報入試を受験科目としてくれるかどうか、ということが非常に大きな問題なのですが、大学の先生方は高校でどのような情報教育をしているということをあまりご存知ないので、どのような試験問題を出題したらいいのか、高校でどんな情報教育をしているのか教えてほしいと言われています。だからまずはよい情報の試験問題がはこういったものだという模範問題を、わかってもらうことが必要かと思います。

 

情報処理学会第81回全国大会 「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜改革における評価手法の研究開発」(3)講演より