公開シンポジウム「情報教育の参照基準」
中学校の技術・家庭科から見た「情報教育参照基準」
静岡大学学術院教育学領域/静岡大学教育学部附属浜松中学校校長 紅林秀治先生
現場の先生は「小学校でどこまでやってくるか」「高校にどうつながるか」を知りたい
今日は情報教育の参照基準を読ませていただいて、中学校の技術科の授業に当てはめたとして、適当かどうか、あるいは他の教科で行った方がよいのではないか、など感じたことについてお話ししたいと思います。その時に、今私の中学校の技術科の教員が、非常に一生懸命授業をしているのを見ておりますので、その実践の様子を踏まえてお話ししていきたいと思っております。
この参照基準の策定の背景には、小学校から大学の共通教育までの情報教育を体系化し、一貫した情報教育の理想形を提示することであると聞いております。それを中学校の現場から見て、私がどのように感じたかについてお話しします。
まず、この情報教育の参照基準にざっと目を通してみて、非常にいいなと思いました。というのは、私は小学校や中学校の技術科の情報の授業実践に、助言者としてよく招かれるのですが、そういったところで熱心な先生ほど「高校とのつながりをどう考えたらいいですか」と聞いて来られます。高校の新しい学習指導要領で情報科が大きく変わったけれど、中学校で習ったことがどのように生きてくるのか見えてこないとおっしゃるのです。
また、「小学校でプログラミングが始まったら、どこまでやってきたと考えらよいでしょうか」という質問もよく出ます。つながりならば学習指導要領を読めばいいじゃないかと言う方々もいらっしゃいますが、現場の先生方は、もっと具体的に、どんな形や内容の実践をしてきたか、またどのレベルまで経験してきて、どんな評価をされてきたかという情報が欲しいのです。現状では、そこがまだ非常に不明確です。今回の情報教育の参照基準は、「小学校のプログラミングでは最低ここまでを狙っている」とか、「高校(特に普通高校)ではここまでやろうとしている」ということが一目瞭然です。学習指導要領は10年に1回改訂されますが、長い目で見たときに、この発達段階ではここまでやっておいてほしいということが、わかりやすく示されていると思いました。
中学校の情報教育には30年の歴史があるが…
実は中学校の技術・家庭科に情報教育が入って、ちょうど30年になります。1989年に改訂された学習指導要領で、中学校技術・家庭科の学習内容の中に、「情報基礎」が新設され、各中学校にコンピュータ室が設置されました。40人に対して20台、つまり2人に1台でコンピュータの操作をして授業をする形でした。ちょうどNECのパソコンが出て来た頃です。そして、1998年に「情報とコンピュータ」、2008年に「情報に関する技術」となって、今回2018年度の改訂、2021年度開始の新しい学習指導要領にも「情報の技術」が入っています。
ただし中学校の技術・家庭科というのは、情報だけやってるわけではありません。技術科には「材料と加工」「エネルギー変換」「生物育成」「情報技術」という四つの学習領域があって、それを3年間で87.5時間、約90時間の授業をします。1年で35時間、つまり授業は週1時間しかないのです。そこで四つの学習領域を勉強して、情報はさらにそのうちの一つなのですね。だから、中学校の技術・家庭科の中で学ぶ情報は、決して十分にできる環境にはありません。
「情報およびコンピュータの原理」「情報の制御と創造」は現行でも十分扱っている
そういった中で、きょうは情報教育の参照基準で提案されたAからKまでのそれぞれの分野について、中学校での実施状況をお話ししていきます。
まず「A 情報およびコンピュータの原理」です。中学校の技術科で目標とするのは、そのうち「A5.コンピュータやそこで動くプログラムの記述を通じて情報を取り扱ったり機器を制御する技能」のところです。これは既に中学校の中でよく行われています。
図にあるような制御基盤の教材を使って、センサーによってLEDを制御したり、ちょっとしたフィードバック制御を取り入れたりする学校もありますし、ロボットキットを操作させて、シーケンス制御くらいで済ませている学校もあります。学習指導要領には「プログラムの計測制御」と明記されているので、全ての学校で一応は何らかの形で行われています。ですから、このA5の「L2: センサーによる環境情報の自動計測や調温・調光等の自動制御の原理」については、基準を満たしていると言えます。
次に「B 情報の制御と創造」です。この一つが、「B4.受け手にとりわかりやすく魅力的な表現を構築する技能」として、中学校段階ではプレゼンテーションを使って発表したり、あと検討したことをメモで記録して保存したり、という活動とされています。中学校の情報で行うとされている、「L1:伝えたい事柄が伝わるプレゼンテーションを準備し実施できる」については、私の中学では、情報科に限らず総合的な学習の時間の発表会でポスター発表も行っていますし、ふだんでも子ども達は、どんどんパワーポイントを使って発表したり、自分の考えをまとめたりすることを行っています。
また、「B5. 適切な情報手段を用いて情報を整理/保管/検索/分析/構築する技能」で中学校レベルとされている「L1見聞した事項(複数) の記録・メモを保存し必要な時取り出せる情報を記録し、保存し、メモする」ということは、国語や社会、理科、総合的な学習の中で日常的に行っています。ですから、これも中学校の情報、技術科で取り立てて行わなくても、他教科でも十分やっていることです。
「モデル化とシミュレーション・最適化」「データとその扱い方」「計算の論理的思考」は中学校でもっと踏み込んでもよい
「Cモデル化とシミュレーション・最適化」です。この中の「C1.モデルとは何かということや、汎用性のある代表的なモデルおよびモデル化手法に対する知識・理解」については、中学校では「L1: プラモデル・地図・路線図などがモデルであると理解している」レベルが示されています。ここは高校の情報科の中でいろいろやっているとされていますが、この辺りは、中学校の技術でやれば、特に情報や数学、理科が好きな生徒には非常に面白くなるところだと思います。モデル化という、一つの処理の形態をパターン化しながらプログラミングに発展していくということを学ぶのはとてもよいのではないかと思います。
ただ、中学校で今やっていることで私がやや問題に感じているのが、フローチャートを書かせることです。フローチャートというのは、処理の流れや出来上がったプログラムを説明するには非常によくできているのですが、これで事前にモデル化を考えて、構想するにはちょっと難しいと思います。ですから、これからは状態遷移図やアクティビティ図などもどんどん取り入れて、モデル化をするときの図案化をもっと明確にしていくようにすれば、この部分はもっと浸透するのではないかと思っています。
「Dデータとその扱い方」と「E計算の論理的思考」については、中学の情報には入っていなくて、高校の情報科で行うとされていましたが、私は、あえて中学校で取り入れた方がよいのではないかと思います。
深く難しいことは無理としても、例えば、人工知能は基本的に確率や統計で判断していることや、アルゴリズムを考えて問題解決を図っていることは知っておくべきであると思います。先ほどのモデル化と同じように、いろいろ処理の流れを前もって作っておいて、それに沿って処理していくことは、今の中学生でもできるのではないかと思います。
さらに中学生では3年生の数学に確率や統計が入っていますので、人工知能の説明も理解できると思います。そういうトピックスを入れてみたら、確率や統計の学びもかなり面白い内容になるのではないかと思います。
「プログラミング」は技術科で、「コミュニケーション」「倫理・法・制度」「論理性と客観性」は他教科で扱えている
「F プログラムの活用と構築」では、まず「F1 .プログラムとは何かを理解した上で、プログラムを自分や社会の問題解決に役立てられる技能」で、中学校では「L2:プログラムで動く対象物を認識しソフトを入れ換えたり動作を調節できる」とあります。これは、先ほど出てきた計測・制御の学習で必然的に触れているので、中学校でも大方できています。
また、「F2.プログラミング言語が持つ機構を適切に活用して、意図する動作を実現できるプログラムを設計・構築できる技能」については、プログラムの設計における計画性や、作成したプログラムの振る舞いを検証し、必要によって手直しや改良を進めるということも行っています。ですから、このレベルは、中学校の計測・制御の学習の中で十分行われていると思います。
「G コミュニケーションとメディアおよび協調作業」については、私の中学校の生徒は、ふだんの授業の中で少人数で議論して、全体の議論に発展させていくことを常に行っています。
ですから、取り立てて技術科の情報の授業としなくても、既に普通の学習の中で行われていると言ってよいと思います。ただ、既に行われているから外すべきというのでなく、目標と言うより一般的に行われていると、見てよいのではないかと思います。
「H 情報社会・メディアと倫理・法・制度」です。ここでは「H1.情報技術が持つ特性と、それに法・制度がどのように対応しているかの理解」について、中学の情報の授業の中で「L1:情報技術が人間の行動と隔たっていることを前提とした行動の必要性の理解ができる」ことになっていますが、これは基本的には、プログラムを作って、何か動かして検証していく中で自然に出てくることなので、達成できていると思います。
また残りの二つの「H2.伝えられたことと伝達者の真意に不一致があり得ることを知っている」と「H3.情報社会の法・規則・秩序を理解した上での倫理的判断ができる」については、社会科や道徳の授業でも行っているので、この辺りも中学校の一般的な授業の中で達成できていると思います。
「I論理性と客観性」に出てくる「I1-L2:帰納的・類推的・演繹的な推論」については、数学の授業で学んでいます。特に演繹的な思考については、証明問題などでかなりきちんとやっています。また、理科の授業でも一つひとつの現象から類推して次もこうなるだろうという帰納的な考え方はしていますので、これも情報の授業というよりも他の教科の中で学べています。
また、「I2-L1:人や自分の判断が必ずしも一貫していないことを認識すること」については、これは話し合いのなかで日常的に行っています。また「I3-L2:主観的な意見や希望に対し、理由を聞くなどして明確化して受け取る」ことについては、あらゆる授業や話し合いの中で行っていることです。ですので、私の学校を見る限りですが、こういった情報に必要な基本的な姿勢については、他の教科でも十分できているのではないかと思います。
これからのモノ作りのために「システム的思考」は中学校でもっと学ばせたい
私があえて、中学校技術科の情報の中でもっと高いところを目指してもよいのではないかと思っているのが、「Jシステム的思考」です。システムとしてものを考えるということについては、新しい学習指導要領の技術科の授業では、双方向性のあるネットワークを扱い、インタフェースの役割については軽く触れる程度となっています。
私はコンピュータを勉強する上で、システムの理解は非常に重要だと思っています。技術科は大体ものをつくることを教えていきますが、これからはゼロから作るというよりも、あるものを組み合わせて作っていく発想が重要になると思います。
子ども達はコンピュータを作ることはできませんが、コンピュータの処理能力を利用して、他のセンサーや電気回路、あるいはちょっとした装置を積み上げることによって、目的を自動で達成する仕組みを作ることができることを学びますが、そこで要素を組み合わせていくことによって、新しいシステムを作るというのは設計の基本的なところなので、これからはプログラミングがその中核となる重要な役割をはたしていくのではないでしょうか。
私がここを強調してお話ししているのは、今私の中学校で、計測・制御の基板を今まで一人ひとりばらばらに作っていたのを、ドリトルを使って、それぞれ機能を持った基板同士をつないで、全体としてもっと高度な目的達成ができる授業を模索しているからです。
そうすると、一人ではできなかったような複雑なことができるようになります。センサーを自由に選んでつないで、例えば土壌の酸性・アルカリ性を調べたいとか、遠隔地の温度を複数調べたいとか、子ども達の方から要求が出てくるようになります。
昨年は授業実数が足りなくてここまで到達できませんでしたが、そういった要求に応えるためには、単に装置同士をつなぐのでなく、システムを前面に出して、「システムはどのように組んでいけばいいのか」ということを考えさせる必要があります。
下図はG.Pahlさんの「機能というのはいろいろなシステムの集合体である」という図ですが、こういった概念がわかった上で高校・大学へ進むと、情報やプログラミングの授業がもっとおもしろくなるのではないかと考えています。ですから、システムのところは中学の情報にもっと加えてよいのではないかと思っています。
最後に「K問題解決」は、どの教科でも行っているので、あえて中学の情報をことさらに取り上げることはないでしょう。
ここまでお話ししたことを表にまとめてみました。特に加えてほしいと思ったところは、一番右の列で◎をつけたところです。「モデル化とシミュレーション」のところは、あえて中学校でももっと掘り下げたところまで学ばせたい。今お話しした「システム的思考」も、もう少し目標を上げたら、子ども達はもっと情報というものに興味を持つと思います。
大学に進学しない50%の生徒に対する基準も必要か
今回、久野先生の最初のご説明で、この情報教育の参照基準は、大学の学士課程の参照基準を基に、それを高校、中学校、小学校と順番に下ろしてみた一つの叩き台とおっしゃっていました。非常に良い試みで、面白いと思いましたが、実はこれは「大学生ではここまで習うから、その前提条件として、小中高はここまでやっておいてね」ということなのですね。
ただ、大学進学率は現在約50パーセント、つまり2人に1人は大学に進学しないのです。ですから、18歳で社会に出たときに最低限は欲しいものが、今の普通科高校の情報の授業で満たされているのかは、考えなければならないと思います。
その辺りを基準にしながら、小学校や中学校・高校に加えて、一般社会で働く人達に持ってほしいリテラシー、あるいは情報について最低限こんな考えを持ってほしいということを基準にしたら、さらに確実な、面白い参照基準になるかと思いました。
公開シンポジウム「情報教育の参照基準」(主催:日本学術会議情報学委員会情報学教育分科会)
2019年5月18日(土) 東京大学山上会館