公開シンポジウム「情報教育の参照基準」
「情報教育の参照基準」~高等学校の情報科
九州工業大学 西野和典先生
私からは、高校での情報教育を振り返りながら将来を展望するという形で話を進めたいと思います。後半は、高校の授業の現場と参照基準とを対照して、対応している部分と対応していない部分についてお話ししていきます。
これまでの情報教育
高校での情報教育は、1970年代から工業科や商業科など、いわゆる専門学科から始まりました。これを、第一世代と呼ぶことにしましょう。この時代は、ハードウエアやプログラミング(Fortran、COBOL)といった内容で、コンピュータの設備がある教育センターに行って学ぶということもありました。
第二世代の始まりは1985年、普通科での情報教育元年と呼ばれている年です。ちょうどこの頃は、初等中等教育で生涯学習体系へ移行するという流れができつつありました。
この流れの中で、調査研究協力者会議の第一次審議のとりまとめで情報教育のあり方が話し合われ、さらに1986年の臨時教育審議会の第二次答申で、今後学校教育では、情報活用能力の育成を柱に情報教育を進めるという方向性が確認されました。
そして1989年(平成元年)の学習指導要領の改訂で、中学校の技術・家庭科の領域に「情報基礎」が加わり、中学校から体系的な情報教育が始まりました。安価なパソコンが登場し、インターネットや、ワープロや表計算など便利なアプリケーションソフトを利用する機会が増えてきていました。
高校では情報はまだ教科とはなっておらず、「教科埋め込み型」として数学や物理などの中でプログラミング教育を行ったり、家庭科で情報技術の内容を扱ったりする場合もありました。
また「専門教科導入型」として、商業科の「情報処理」や「文書処理」といった科目を普通科で教えることも行われました。特に、高校卒業後就職する生徒には有利に働いたようです。当時大阪府で調査したところ、約半数の普通科高校で、専門教科を取り入れて情報教育を行っていました。また、特定の研究指定校では「学校設定科目」として、独立した教科で「情報」を設置していました。
1997年に「情報教育調査研究協力者会議」が開催されました。第1次報告の「体系的な情報教育の実施に向けて」では、情報教育の目標の観点を「ア. 情報活用の実践力」「イ. 情報の科学的な理解」「ウ. 情報社会に参画する態度」と定め、これらを相互に連携させ、バランスを取る必要があるとしています。また、高校では、普通教育として情報を学習するのが望ましいということも盛り込まれました。
そして、2003年から高校での情報科の授業が始まりました。これが第三世代です。第二世代の情報教育では、アプリケーションの活用が主でしたが、第三世代では、「問題解決を行う手段として情報を活用する」「体系的に学習していく」ということが主体になっているのが特徴です。
2003年のスタート時には、情報教育の三つの観点にそれぞれ対応した「情報A」「情報B」「情報C」という科目がありました。それが2013年の改訂、つまり現行の学習指導要領では、「情報B」が「情報の科学」、「情報C」が「社会と情報」となりました。そして2022年度から共通必履修科目になる「情報Ⅰ」は、どちらかというと情報科学・技術寄りです。それを発展させたのが選択科目の「情報Ⅱ」となります。この改訂でいよいよ第四世代となり、これまでとは違うステージに入ると感じています。
まず、「理系文系を問わず、情報活用能力が全ての教科・科目の基盤という位置づけになっている」こと、それから、「情報技術を活用して問題解決を行い、思考力・判断力・表現力を育成する」という2点が大きな特徴になっています。
今後の情報教育~大学入試の必履修科目に
情報科のこれからについて、やはり気になるのは2025年からの大学入試です。昨年6月に、安倍首相も出席した「未来投資会議」で、大学入学共通テストに情報を入れましょうという話が出ました。それを受けて、昨年7月には、大学入試センターで、CBT(Computer Based Testing ) に向けた試験問題の募集が行われました。
また、教員研修も必要です。今年の5月15日、この情報Ⅰの教員研修用資料が文部科学省のホームページにアップされました(※現在は、「準備中」となっています)。
こちらが情報入試に向けてのスケジュールです。今後教員研修も始まっていきますが、これに関しては内容が非常にもりだくさんなので、都道府県の教育センターだけではまかないきれないところがあると思いますので、我々のような学会で支援することが必要であると思います。
高校現場での実践から見た情報教育の参照基準
ここからは、高校の現場に照らして「情報教育の参照基準」を見ていきます。まず高校教員はこの「情報教育の参照基準」をどのように活用できるか、ということですが、これを見ることで、大学で行われている情報教育を体系的に理解することが可能です。ただ、それぞれの大学で、具体的にどんな内容で、どの程度・レベルの情報教育が行われているのかについてはわからないため、そういった調査があればと思います。高校の先生が大学の情報教育を知ることで、生徒たちが大学で学ぶ際に、今教えていることがどのように発展するのかということがわかった上で、指導できるようになるでしょう。
また、逆に小学校・中学校で、これまでどのような関連事項をどこまで学んできたかもわかります。つまり、高校の前と後の接続関係がわかるので、教員はそれに応じて授業の内容や教材を工夫することができるようになるわけです。例えば、小学校・中学校で取りこぼした学習内容があればリメディアルを行い、逆にもっと発展的に学習したいという子どもたちがいたら、それを意識した授業展開をすることが可能になります。
情報教育の参照基準の項目のうち、L1、L2、L3、L4は、それぞれ独立しているとはいえ、関連する内容です。また、「高校については内容・水準を、高等教育に進む生徒に求められるものと、全員に求められているものに区別する。」とありますが、これは、いわゆる大学入学時に求められるアドミッションポリシー、つまり大学入試の指針になるものです。
さらにこれは情報Ⅰ・情報Ⅱの内容とは、必ずしも一致してはいないと書かれています。従って、情報科での教育内容が、参照基準に対応しやすい部分と、対応しにくい部分が出てくるのも事実です。
高校現場で行われていることは、参照基準に対応しやすいものが多い
そこで、高校での実践の観点から、この「情報教育の参照基準」の項目で、対応しやすいところと対応しにくいところを分けてみました。下図のように、対応しやすい部分の方が多いです。
若干、「E:計算モデル的思考」と「I:論理性と客観性」が捉えにくいですが、授業で行っていることと対応させて考えると、授業目標にしやすい部分が多いという印象です。つまり、高校の先生方が、今授業で実際に行っていることがどこに対応するのかは、比較的わかりやすいということです。
下図は、高校情報科での学習内容と、「情報教育の参照基準」を照らし合わせた図です。左側が高校情報科の学習内容で、右側が「情報教育の参照基準」の全体、左側の灰色の部分が情報科の授業で参照基準には含まれない内容です。そして、真ん中の部分が高校の情報科と参照基準の両方に含まれる部分です。右の方は、高校の情報科から見ると、小学校・中学校、あるいは大学で学習する情報教育の部分になると思われます。
現行の学習指導要領(「社会と情報」「情報の科学」)のキーワードで、参照基準の中を検索してみました。
例えば、信頼性、信憑性、ネット依存、いじめ、情報発信の責任、有害情報などです。引っかかったワードもありましたが、思っていたほど多くはありませんでした。
その他、気になった点を挙げてみますと、まず、ユーザー側から見ると、情報の取り扱いの部分が、少し薄い感じがするところです。また、表計算は、大学でも高校でもかなりの時間を使って学習しますので、そういった関連のアプリケーションの活用を、もう少し手厚くしてもよいかと思いました。
さらに、マルウェアや不正アクセスなどの、ユーザー側からの情報セキュリティの部分が参照基準のどこに含まれているのかというのが気になる点です。A4・L3の「安全教育」やH1・L2の「サイバー犯罪」に包括されていのでしょうか。
アクセシビリティや、ユニバーサルデザインなど情報デザインの内容についても、先生方はかなり工夫されていると思うのですが、そういった各学校で工夫されている情報デザインの部分も、この参照基準で考えていけるとよいのではないかと思います。これはJ2・L2の「ユーザインタフェース」に入るのでしょうか。
また、メディアの特性や静止画・動画の編集などコンテンツ制作に関する部分ももう少し入ってよいと思います。
さらに情報学の基礎となる2進法や基数変換、デジタル化なども情報Iで学ぶことになると思いますが、これもどこに入るのかがはっきりしませんでした。A1・L3(情報およびコンピュータの基礎)で扱われるのでしょうか。
このほか、分野としてはハードウエア(情報機器)や基本ソフトウエアについて、また専門学科情報科や高専の参照基準もあってもよいと思います。
このように作っていただいた情報教育の参照基準は、これでおしまいというのでなく、評価や更新、追加が可能であり、こういったシンポジウムを通して衆知で改良を加えつつ、実践の場で活用できるものであってほしいと思っております。
公開シンポジウム「情報教育の参照基準」(主催:日本学術会議情報学委員会情報学教育分科会)
2019年5月18日(土) 東京大学山上会館