New Education Expo2019
【パネルディスカッション】
ICT環境の充実を目指して ~1人1台の端末整備やモデル校での取組~
東北学院大学 稲垣忠先生
文部科学省の「ICT活用教育アドバイザー派遣事業」
初めに、今回の話の前提となる「ICT活用教育アドバイザー派遣事業」についてご説明します。これは平成27年度に始まった文部科学省の事業で、今年度も実施することになっています。
この事業では、ICT活用教育アドバイザーということで、私のような研究者や、先進的なICT環境整備をしている自治体の指導主事の方や校長先生といった方をアドバイザーに任命し、そのアドバイザーが、各自治体の教育委員会に年2回または3回訪問して、ICTの環境整備をどうしたらよいのかとか、環境は整備したが活用は進んでいないのはどうすべきか、といったことの相談に乗ったり、お手伝いをしたりするという趣旨の事業です。
利用自治体数が、初年度が31、次が41、48と順調に増えてきています。平成30年度は、そこまで事業が続くと思われていなかったので数としては若干減っていますが、それでも33自治体ありました。今年度も実施するので、また公募がかかると思います。これからICT環境の整備を考えている教育委員会の方は、ぜひこの情報をチェックしておかれるとよいと思います。少なくとも、5年間もこういった形で外部の有識者が入って整備のお手伝いを続けているのはすばらしいことであると思います。
平成30年度の報告書は、まだ出ておりません。今、ICT環境整備に関して様々な議論が出ていますので、それも踏まえて多少調整がかかるのかもしれませんので、平成29年度の報告書に書かれていることをご紹介します。下図が最初の数ページです。非常に細かく書き込まれていますが、このページを見れば、新しい学習指導要領の方向性や、どのような環境整備が求められていて、何がポイントになっているかということが全て一覧できますので、教育委員会の情報関担当の方は、まずこの資料に関して理解しておくのがよいと思います。特に小規模の自治体の場合は、多分お一人でいろいろな業務を兼務されている方も多いと思いますが、今は文科省からも様々な冊子やパンフレットがいろいろあり過ぎて、全てに目を通すのは大変ですので、この1枚で概要をつかんでおかれるとよいでしょう。
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新しい学習指導要領に明記された「ICT環境の整備」
その中で、例えば情報活用能力やICT環境の整備、プログラミング教育について新学習指導要領にどのように書かれているかをまとめたのが下図です。
これまでのICT環境の整備は、もちろん文科省の方からいろいろな目安が出されたり、予算措置も含めた推進が図られたりしていましたが、新しい学習指導要領では、総則の中にICTの環境整備をすることが明記されました。これまでは努力目標、あるいは推奨程度でしたが、本当にこれをやらないと、新学習指導要領に対応できないという状況に変わってきたわけで、これは非常に大きな変更です。
先ほどの報告書には、下図のようなフローチャートが載っています。これは、教育委員会の情報担当の方が、ICTの環境整備にあたって何を確認すればよいのか、今何ができていて何ができてないのか、まずどこから取り組めばよいのか、といったことが整理されているので、これを見て、どこから手を付ければよいかが自己診断できるようになっています。
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教育の情報化の推進について、どのようなどん過程を想定しているのかというのが、こちらの7つのステップです。一つ目から見ていきましょう。
一つ目、推進担当者・体制を決めます。まず、担当者いないと仕方がありません。それすらなかなか難しい自治体もあるのは承知していますが、まずとにかく誰がリーダーシップを取るかを決めることがスタートです。
次に目的を明確にします。目的に関しては文科省もいろいろな資料を出していますが、自分たちの自治体は具体的に何を目指して、どのような状況を狙って環境整備を行っていくのかを整理する必要があるのです。
三つ目が教育の情報化推進計画の策定です。この策定が、今非常に大きな議論になっていて、自治体によってこれがある所とない所がまだ混在している状況です。現在教育の情報化の推進に関する法律が国会で審議されていますが(※)、その中ではこの推進計画を各自治体でしっかり定めることとされています。ですから、この推進計画がないのであれば、その自治体は、まず推進計画を策定することを目指してください。
※学校教育情報化推進法 2019年6月21日成立
四つ目が予算要求のための説明です。実は、この3と4が逆になっている自治体がたくさんあります。「とりあえず、予算がついたから何かやらなきゃ」という話であったり、逆に「予算もないけどとりあえずタブレットを入れなきゃいけない、どうしよう」ということで予算折衝をしても、通るはずがありません。ですから、環境整備がなかなか進まない自治体には、見通しを持った計画のもとで推進するという状況に、まだたどり着いてない所も少なくないと認識しています。
次が、全校展開を見据えたモデル事業で、これは一応かっこ書きにしてあります。かっこ書きになっているのは、例えばごく小規模な自治体では、モデル校を1校だけ作っても仕方がないので、そういう場合は自治体全体で行うことになります。
しかし、例えば私は仙台市にある大学におりますが、仙台市の規模になると学校数が200校くらいありますので、モデル校を作ってそこでどんな実践をするか、どのような整備をしたらよいかというあたりをつけてから広げていくことが必要になります。
それから実際の機器・システム・支援体制の調達を行い、最後に活用推進の仕組みを実行します。導入したらおしまいではなく、その後、確実に活用が広がっていくように、どういった事業を行っていくのか、ということも含めてモデル化されています。
この一つひとつの段階でどんなことをしたらよいのか、あるいはこの自治体ではこんなことをしましたよという事例が、この報告書に全て書かれていますので、特にこれから整備を考えている自治体の方には、ぜひご覧いただきたい資料です
さらにこの報告書の後ろの方には、先ほどご説明した推進計画のテンプレートか載っています。大体この感じで埋めていけば大丈夫ですよ、というものですので、基本的にはそれを見て、どのような点を決めていかなければならないかをチェックできるようになっていますので、ぜひご活用ください。
ICT環境整備をどのように進めていくか
ここからは、もう少し環境整備の話をします。下図はもういろいろな所でご覧になられていると思いますが、教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018~2022年)の内容です。 この計画には、
・学習者用のコンピューターを3クラスにつき
1クラス分程度を配置する。
・それから授業を担任する教員に1人1台。
・大型提示装置・実物投影機を、普通教室・特
別教師を含めた全ての教室に配備する。
・高速のインターネットと無線LANの設置。
・校務支援システムの設置。
・ICT支援員は4校に1人
という整備指針が示されています。
これに何とかたどり着いているという自治体もあれば、これよりさらに先のステージにある所もありますし、逆に全然たどり着いてない所もたくさんあります。
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こちらの図もいろいろなところで見られていますね。一気に整備するのはなかなか難しいので、四つのステージに分けて進めていこうという話です。
まずステージ1で、各教室に1台の大型提示機器とPCを常設します。ステージ2では、それに加えてグループ1台程度の可動式PC(タブレット)と無線LANがほしい。ちなみに、仙台市は現在大体ステージ2くらいです。
ステージ3では、授業展開に合わせて一人1台PCが使えるように、3クラスについて40台ぐらいの整備をしようという話です。熊本市が今このレベルで整備が進んでいます。ここが赤枠で太字になっていて、今回の新学習指導要領を実施する上では、このレベルが最低限だというのが従来の説明でしたが、それさえ遠いという自治体もまだたくさんあると感じています。最終的には全員が1人1台の端末を常時使える環境が目標ということになっています。
ただ、ここへ来てさらに進んだ話が出てきています。昨日6月6日夜のニュースでは、政府の規制改革会議から「デジタル教育環境を、今から5年で1人1台端末に向けて整備」ということで、これから5年間で先ほどのスライドのステージ4まで行きましょう、という話が出ていていました。しかし、実際どうやって実現するのかなど、いろいろな課題があります。
情報化と少子高齢化による社会の激変の中で、新しい学校のシステムを再構築する
この図は、ロジャースの普及曲線に似ていますが、ある技術が別の新しい技術に置き変わっていく、あるいは何かしらの考え方が新しい考え方に変わっていくときの遷移図で、S字曲線と呼ばれています。これはアメリカの電車と飛行機の遷移のグラフです。
まず電車が登場して、最初は少し停滞していますが、やがて急に上昇していきます。そして、これ以上上がらないかなというところで、踊り場を迎えるような状況になります。それに対して、飛行機は当然途中から出てきましたが、このEの時点の縦のギャップからわかるように、後から出てきたものは、必ずしも従来のものに対して、最初から勝てるわけではありません。最初は効果が出なかったり、うまく行かなかったりして、いろいろな課題が指摘されたり批判を受けたりします。それがだんだん積み重なっていくうちに、従来のものを追い越して、新しいものが主流になっていきます。いろいろなものはだいたいこうった変化を遂げてきたと言われます。
今学校教育は、学び方の仕組みそのものを含めて、この変化をどのように受け止め、乗り越えていくかということを議論しなければならない時期にきていると思います。
これについては、テクノロジーの進化も大事ですが、もっと大変なのが人口減少です。
日本の人口は鎌倉時代からこのように増加してきて、2004年にピークとなり、今はどんどん下り始めています。17、18世紀あたりから江戸時代の終わりまで、教育は寺子屋という形で行われてきました。そして、明治に入って人口が急激に増えはじめたあたりで、学年別の一斉授業を前提としたたくさんの教室と、学年進行のカリキュラムという、現在の学校教育制度の基本ができました。
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しかし、この先人口はすごい勢いで減っていきます。しかも、大事なのは人口の割合です。昔の方が平均寿命が短く、子どもの割合ももっと多かったことを考えると、子どもの数はこの急カーブよりもさらに激しく減少していきます。私の住んでいる町では、児童数が1000人近い大規模校が2校ありますが、残り5校は全部100人以下です。すごいギャップですよね。でも、地理的に統廃合は不可能です。全国には、もっと大変な所はたくさんあると伺っています。そんな状況の中でこれからの学校システムを考えなければなりません。
こういったことを背景にして、昨年『情報時代の学校をデザインする 学習者中心の教育に変える6つのアイデア』という本の翻訳をして、出版しました。この本には、学校の考え方自体をどのように見直していくか、そこにテクノロジーがどのように役に立っているのかということが描かれています。
ここでポイントになっているが、「到達ベースの制度にどのように移行するか」「学習者中心の授業をどう作るか」「21世紀型スキルをどのように育むか」「学校はどのような文化であるべきか」「教師の役割の変化・テクノロジーをどのように活用していくのか」「地域とどう連携するか」という六つです。これらについて幅広く書かれています。これはアメリカの本ですが、今日本で議論されていることと内容はほとんど一緒です。むしろ、これからの日本の議論の方向性をある意味先取りできる本ですので、ご関心があればぜひご覧ください。
それに近い話が下図、「学校3.0」です。昨年の6月に文部科学省から「Society5.0に向けた人材育成 〜社会が変わる、学びが変わる」と題して公表された資料の一部です。ここに書かれていることを一つずつ見ていくと、「子どもたちをアクティブラーナーにしていく」とか「個別化最適化された学びと学びのポートフォリオ」とか、結構すごいことが書いてあります。
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去年の6月の段階で出ていたことが、今すでにそれに向けて走り出しています。このようにいろいろな変化が起きていますが、教育委員会の方には、こういった変化があることをちょっと先のほうで考えつつ、今、何を整備するか、そこをぜひ考えていただきたいです。そのポイントになりそうなことを少しお話しして、この話を終えたいと思います。
ネットワーク、クラウド、ハード・ソフト…環境整備もどんどん新しいものが出てくる
3月に文部科学省から、次世代の子どもの力を最大限に引き出す学びを実現するためにどういう環境を作っていったらよいのか、どういう学びが想定されているのかというモデル図が出ています。これも細かい図なので、ポイントになる話だけお話しします。
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一つがネットワークインフラの話です。SINET(※)という、いわゆる大学の学術ネットワークがありますが、こちらは回線速度が非常に速いです。これを公立の学校から接続できるようにして、これを経由して高速の回線を使えるようにする事業が始まっています。
これによって、これまで端末をたくさん入れたくてもネットワークが遅くて使いものにならなかったという、ボトルネックを解消することができます。また、無線LAN以外にもLTE、いわゆる携帯の回線、今度出てくる5Gなどの通信環境も含めて、ネットワークインフラを構築しようという話が出ています。
また、これが結構大事なのですが、クラウド・バイ・デフォルト、つまり、クラウドサービスを使うことが前提になります。現在は、個人情報保護の縛りでクラウドに関してはまだまだ及び腰の自治体が結構あるようですが、文科省の方針として、クラウド前提でやるんだと言っています。これはコスト的な問題もありますし、実はセキュリティーや災害時を考えたときに、クラウドのほうがはるかに安定して使えます。ですから、その仕掛けをまず作ろうという話です。そのために、今出ている学校のセキュリティーポリシーも見直すという話が出ています。ですから、今出ているセキュリティーポリシーに対応するためにどういう整備をするかを考えても、実はあまり意味がないということになります
次にハードウエアに関しては、なるべく安価なものということで、5万円程度という目安の金額まで出ました。安いものでいいから、たくさん台数を入れなさいという方向になってきたわけですね。その結果、常時1人1台端末の環境、つまりステージ3よりステージ4をいかに早期に実現するかという話になろうとしています。
そしてソフトウエアに関しては、AIやビッグデータをどう活用するのか。そういったものから、子どもたちの学習履歴(スタディログ)をどんどんいろんな形で貯めて、それを授業実践や学びの支援に生かしていくということを考えていくと、これまで言ってきたような環境整備の考え方や、その前提とする学校の姿というものが、だんだん揺らぎ始めているというのが今の段階かなと思います。
この後、佐和先生と杉本先生にお話ししていただきます。どちらの学校も、1人1台端末環境を実現されていますが、実現の仕方はそれぞれ条件が違いますし、学校種も異なります。その中でどんな学びを実現しようとしているのか、そのためにどのような工夫をされているのかというお話がたくさん出てきます。そういったものにこれから移行していくために、今、何をしなければならないのか、うちの自治体でどんなことをしたらよいのか、こういう環境整備を考えているけれどどこがポイントなのか、といったことをお考えになりながら、お二人の実践報告を聞いていただき、皆さんと議論できればと思っています。