New Education Expo2019
【パネルディスカッション】
学習の基盤となる情報活用能力の体系的な育成~実践事例から考える育成方法
長野県教育委員会の取り組み
長野県教育委員会 学びの改革支援課 松坂真吾先生
少子高齢化に伴う学校の規模縮小に、ICTの活用で活路を見出す
私が勤める長野県教育委員会は、本年度から課の名前を「学びの改革支援課」に変え、新しい学習指導要領の学びに向けて大きく舵を切りながら、学びの現場を支えていこうとしています。その中でも、情報活用能力やICT等の活用については特に力を入れています。
今日準備したお話は、まず信州大学教育学部との連携です。これは、先ほど、安藤先生からお話しいただいたように、PDCAサイクルを回すにあたって、学校現場だけでは、非常に厳しいという現実があるので、外部の力をお借りした事例としてお話しできると思います。
2番に、カリキュラム・マネジメントの実際について、体系表に基づきながら、各学校の実践をまとめていった時のお話をいたします。さらに、3番目に「プログラミング教育導入の実際」を、4番目に「遠隔合同授業、授業研究会(zoom)の実際」を、それらの実践の中でも特徴的だった活動として、二つピックアップして紹介します。さらに、5番目に「情報活用能力で大切にしたいこと」して、現在取り組んでいることをご紹介します。
長野県は、ご承知のとおり南北に200㎞と面積が大きい県です。この中で小学校について言えば、小学校は6学年なので、各学年2クラスあれば1つの学校で12クラスになりますが、11クラス以下が全体の40%以上で、児童生徒数の減少が顕著な現状があります。
少子高齢化に伴う学校の規模が縮小という問題は、今度どこの地域でもぶつかる問題ではあると思いますが、長野県の場合は学校と学校の間が20㎞、30㎞と離れている場合があり、簡単に合併したり廃校にしたりということができません。そのため、地域にとっては学校は非常に大事なところという認識があります。そんな中で、この情報活用能力を使いながら、ICTの力を使って学びに役立つような新しいことにチャレンジしたいというのが、我々のスタートです。
信州大学との連携
最初に信州大学との連携についてお話しします。長野県教育委員会と信州大学教育学部は、平成19年度から包括的な連携協定を結んでいます。平成29年度には、「次世代の教育情報化事業」として、信州大学の附属長野小学校、附属長野中学校の実践との連携、そして長野県教育委員会も独自にICTパイロット校となる中学校を指定して、実践事例を集めてきました。
平成30年度になって、もう一度最初の準備期のところに立ち返って、今までの実践事例のを再整理してチャレンジしてみようということで、新たに中山間地の小学校3校を推進校に指定しました。そこでは、中学校の実践例から考えて、より効果的に力を伸ばすためには、小学校段階できちんとした教育を行っていくことが重要であるということ、そして2020年度からプログラミング教育がスタートするということも視野に入れて、どのようにカリキュラムをマネジメントしていくことが大事なのかということを考えました。
新しい学習指導要領と情報活用能力の育成は不可分の関係
次に、カリキュラム・マネジメントの実際についてであります。情報活用能力の体系表を作成するために大切なのは、分類であったり、段階(ステップ)を理解したりというところですが、これについては既に信州大学で研究を重ねていたので、その実践をまず取り込ませていただきました。
その上で我々の県にある実践と兼ね合いしながら、体系表の整備をスタートしたのですが、ここで苦労したところがありました。まずは附属学校や先駆的な学校の実践でしたので、それを一般の学校で行うということは、実際難しいところがあります。県教育委員会としては、県全体に広めたい施策ですので、ここは悩みどころでした。
これについては、まず新しい学習指導要領について、先生方になかなか理解していただけないということがありました。そこで、「何ができるようになるのか・何を学ぶのか・どのように学ぶのか」ということをカリキュラム・マネジメントしながらやっていかなければならないというところから、話をスタートさせていきました。新しい学習指導要領と情報活用能力の育成は、切っても切れない関係であるのかなと思います。
まず主体的・対話的・深い学びのそれぞれのイメージを明確にする
こちらは、長野県で出している研修資料から取ったものですが、まず情報活用能力に入る前に、「主体的な学びのイメージ」を、ある程度同じようなイメージを持てるように考えました、実際の現場の先生方は、子どもたちを目の前にして授業をしているので、理論よりも実際の子どもたちの姿、実践から考えたいという要望があったので、まず主体的な学びのイメージを考えました。
次に「対話的な学び」のイメージですが、ここが一つのポイントになってくると思います。
思考の広がり・深まりと、情報活用能力の育成は非常に密接に関わっていて、ここの部分でどのようにしていけばよいのか、もっと言えば、ICTの活用にかかわらず、このような授業をすることがまず大事だということを伝えて、そのために対話的な学びがとても相性がよいことを伝えました。
深い学びのイメージは、これらを繰り返しながら、各教科等特性に応じた見方・考え方を働かせることがポイントになってきます。これは、カリキュラム・マネジメントを進めていく上で非常に大事なところです。各教科の特性も踏まえながら、どうやって考えていくかを押さえておかないと、カリキュラム・マネジメントをスタートさせることはできないと考えています。教科にはそれぞれ特有のいろいろな考え方がありますので、こちらは長野県として大まかにまとめた感じとご理解ください。知識・技能を表面化することや、自分の考えを形成すること、新たなものを作り上げていくこと、この辺りはプログラミングの世界にも通じるものがあるのかなと考えています。
「どのような状態になっていれば資質・能力が身に付いたか」を明確化する
先ほどから出ている体系表作りは、信州大学のほうで整理していただいた資質・能力と目標リストの整理から始めました。つまり、「どのような状態になっていれば、資質・能力を付いたと見なすか」というものを信州大学の研究からいただき、それを基に考え始めました。ここが一つのポイントだと思います。当たり前ですが、「目標があるから評価ができる」ということでしょうか。
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その後、教科・単元と学年ごとに、もう一度整理し直して配列を直していくという作業を行いました。長野県の推進校は3校あったので、3校分を擦り合わせながら、一つのカリキュラムを作っていくというイメージで行っていました。現場の先生方が非常に重視されていたのは、「効果がある単元や場面がある」と言い方でしたので、その部分を固めるというイメージです。ここまでが、3校で擦り合わせたカリキュラム・マネジメントを作っていくというところになります。
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プログラミングはまずハードルを下げて、わかりやすく、楽しくできるものから
続いて3番目のプログラミングのお話です。
プログラミングに関しては、「小学校プログラミング教育の手引き」でAからFの6段階が示されていますので、その中ではA・Bのように各教科の学びの手助けとなるものというよりは、C「教育課程内で各教科とは別に実施するもの」の部分です。長野県では、この部分について、カリキュラム・マネジメントも含めて行っていきました。せっかくやるからには、「楽しいな」と思ってもらいたいというところが原点です。新しいことを始めるのですから、先生方や児童が楽しめるかどうかということを第一に置きました。理論や考え方もすごく大事ですが、わかりやすく楽しくできるところを探していくというイメージです。
長野県では、小学校の授業外で行うプログラミングの事例も提示しています。見ていただいてわかるように、かなり柔らかいイメージを意識して作ってみました。
具体的には「試行錯誤を繰り返す図画工作」というものをやってみました。これは、長野県教育委員会主催で子どもたちを集めてキャンプでの実践や、現場の先生たちを集めてプログラミング研修をする「未来クリエーターズ事業」というのが下支えになっています。
こちらが実際に作っているところです。工作とプログラミングを融合して子どもたちが楽器を作っています。ベースになっているのは、Scratchと、信州大学で開発した、電気信号があると音が鳴るというデバイスを教材 (キータッチ) としています。それほど時間をかけることなく、子どもたちはとても楽しそうにやっておりました。
この活動は、メンターの形で信州大学の学生がメンターとして参加するなど、かなり多くの人が関わっています。大人たちも周りにたくさんいるのですが、子どもだけでなく大人たちも楽しそうなんです。この辺が一つ大きなポイントで、子どもたちも当然楽しいけど、見ている大人たちも楽しくさせてくれる要素ということです。
プログラミングの知見ということでは、産学官連携ということで、学校外からの力をお借りしています。これは先生方のサポート、児童生徒たちと一緒にやっていくこと、そして長野県の特徴である中山間地というモデルです。
教員を育てるということで言えば、下図のように体系を組んで、組織的にプログラミングをできる体制を作っています。現在、長野県には4地区ありますが、小学校と中学校で1名ずつ教員を選び、会議システムのzoomを使ったミーティングや公開授業を行っています。簡単なこと・できることか羅初めて、リーダーになった先生方が各地域のプログラミングのコアの教員になっていってほしいと考えています。
これは去年の実践です。このように、教える大人たちがまず研究をしてきました。プログラムを使った学習は、失敗することが前提であるとか、生徒がすぐに先生を超えていくといったことも説明しました。
創造的なプログラミングをしていくためにScratchで身に付ける四つのPということで、Projects、Passion、Peers、Playというのも説明しています。この中で特に大事なのがplay、いじくるという感覚です。
これが研修の様子です。この他に、先ほどご紹介した楽器を作るというのも、先生方に実際に経験していただいています。
今年度、この研修は2年目を迎えていますが、今年のグループは、意図的に女性の先生に入っていただいたり、年齢層も多くの先生に入っていただいたりして、各学校で広まるような仕掛けを意図的に作っています。ここに集まった先生方が、十分な環境の中で体験して、これが現場で行われるようになれば、かなり効果があるのではないかと考えています。参加している先生方も、非常に楽しそうに取り組んでいることがわかります。
子どもたちを集めたイベントとしては、信州Makersキャンプといって、小学校5年生から中学校2年生までを対象に公募で集まってきた子たちを長野県教育委員会と信州大学教育学部の村松先生、それからアソビズムという民間のゲーム開発会社と協力して行っています。昨年度はものづくり教室ということで、県下で教室を2回と、2泊3日のキャンプを行いました。
教室では、このように3Dプリンターやカッティングマシンなども使いました。子どもたちは、プログラミングに入る前のところで、いろいろな要素を勉強しながら、プログラミングに取り組みました。先生方にもこの場に来ていただいて、活動の様子を見ていただきました。この辺りの活動が、先ほどのカリキュラム・マネジメントの部分の実践として生かしていきたいと考えています。
遠隔合同授業で小規模校同士が連携
続いて、遠隔合同授業の実践についてです。長野県では、今までお話ししたような、情報活用能力の育成について連携をしながら、一方で遠隔教育にも取り組んでいました。
下図に挙がっている学校は、近隣の学校と10km、20km離れているのですが、それらの学校同士をつないで遠隔授業を行っています。
この時にやってみたのは、図のようにその周りの学校をさらにzoomでつないで連携してみるということです。小規模校では、これまでは先生方が授業を見学し合ったり、意見を話し合ったりする機会もありませんでしたか、非常に手軽に行うことができました。
また、英語の授業で小学生が中学校の先輩から教わるということも行っていました。現在の機能では、細かい部分の映像には限界がありますが、動きは何となく伝わっています。
私たちは、情報と主体的に関わっていけるような情報活用能力を身に付けさせ、新しい時代や価値の流れに対して、主体的に物事を捉えて論理的に取り組んでほしいと考えています。
このような授業実践を積み重ねることで、新しい学習指導要領や情報活用能力の育成にもつないで、自分だけの価値を創造したり、自分たちで問題の解決方法を考えたりできるような教育を目指していきたいと思います。
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[質疑応答]
安藤先生
非常にユニークな取り組みがたくさんあったと思います。柴田先生には、中学校のお立場で今のお話を聞いていただきましたが、中学校の技科からご覧になったコメントがありましたら、ここで聞いていただけたらと思いますが、いかがでしょうか。
柴田先生(北海道教育大学附属釧路中学校)
本校でも、プログラミングの演習を小学校の先生向けに実施しています。実は一昨日も実施してきましたが、Scratchの基礎的な使い方からののスタートです。先ほどのお話では、かなりレベルの高いことをされていたので、おそらくいろいろな段階があったのではないかと思いますが、どのような段階を踏んで今の形になっているのか教えていただきたいと思います。
もう一点、北海道の地域が僻地のため、生徒数が本当に少ないです。北海道の教育大学では、僻地校の実習が必修というほどニーズがあります。先ほど遠隔地でzoomを使った活動のお話がありましたが、私たちにもとても参考になりますので、これについても解説をお願いしたいと思います。
松坂先生
先生方の研修では、前の年に研修を受けた先生に来ていただいて、初参加の先生と同じグループで一緒に勉強していただきます。また、グループの中に中学校の技術科の先生が1人入るよう配置しています。そして、その先生が自分の地区に戻った時にはリーダーになって、周りにいる先生が小学校の先生の先生方の指導にあたれるように、計画的かつ意図的に人を配置しています。
二つ目のzoomに関しては、先ほどもお話ししたように、学びを広げたり共有したりする時に、人数が少ないと、いろいろな人の意見を聞くことがなかなかできないので、その点Zoomは有効でした。ただ、遠隔授業でもずっとつなぎっぱなしにしているわけではなく、同じような進度で授業を進めながら、例えば意見交換する場面でピンポイントでつなぐという形で使うのも有効でした。
ただ、最初苦労したのは、子どもたちは自分の言いたいことは言ってしまいますが、それが果たして相手に伝わったかどうかという辺りで、コミュニケーションがなかなかうまくいかないという場面もありました。これは回数を重ねていくことで、伝わりやすいことはどんなことかを意識できるようになっていったと思います。
安藤先生
それでは泰山先生から、今のお話を踏まえて解説等をいただければと思います。
泰山先生(鳴門教育大学)
今お話を聞かせていただくと、プログラミングをされたり遠隔教育をされたりと、いろいろなことをされていてすばらしいと思いましたが、それは、情報活用能力のカリキュラム・マネジメントがうまくいっているので、意味が出てくるのではないかと思います。今のお話を聞いて、ポイントになりそうなことを、二つ出してみます。
他の学校や自治体でも参考になる点として、まず一つ大きなところは、学校内と、信州大など学校外がうまく連携していることがあると思います。全部が全部を学校の中で完結する必要はなく、というよりも全部やっていたら大変なので、うまく周りの人の力を使っていくことが必要です。それは多分、都会でなくても可能なことで、地方の皆さんも近くの自治体にある大学や、プログラミング教育をサポートしようとしている団体は必ずありますので、うまく連携してくれるところを見つけることは、非常に重要であると思いました。
もう一つは、長野県さんの場合、IEスクールのモデルとなった3校でのカリキュラム・マネジメントを擦り合わせていく作業を相当緻密にやっていただいたことで、体系表がうまくつながってきたと思います。「情報活用能力」という言葉が意味するものは、教科によっても人によってもイメージが違いますが、それが何を意味しているかを共有した上で、体系表をうまく作っていただいたと思います。
ですから、先ほど安藤先生の説明にあった、カリキュラム・マネジメントのプロセスでいうと、準備、実践がずっと進められている中、再度各教科などでこれはよかったという実践を振り返りながら、かつ外部と連携しながら、もう一度準備期に戻るという目標のマネジメントを繰り返したのが一つ特徴だと思います。
私からも松坂先生に質問したいのですが、多分この擦り合わせというのが一番の肝であり、難しいところだと思いますが、実際に擦り合わせた時に一番大変だったことを教えていただけますでしょうか。
具体的には、教科の特性と情報活用能力の関係で言えば、例えば算数数学の先生にはこういう言い方をするとイメージしてもらいやすいですよ、とか、この教科の先生はたいていよくわかってくださるので、この教科の先生を中心にしたらいいんじゃないとか、そういう他のところにも参考になるような知見がありましたら、個人的なご意見でよいので、簡単に紹介していただけるとありがたいと思います。
松坂先生
実は、カリキュラム・マネジメントの擦り合わせの時に、学校の担当者とともに校長先生に同席をしていただきました。というのは、学校として目指しているものや大事にしているものというのは各校当然あります。その3校がそれぞれどのように考えているかということも大事ですが、校長先生たちに意見をお聞きすると、現場の先生方よりも、意外に客観的・多角的に見ていただくことができました。そういった方に見ていただいたのが有効だったかなと思います。
泰山先生
その校長先生というのは、情報活用能力のことをよく知る校長先生方々ばかり集まったということですか。
松坂先生
そうではなくて、同じように教科の特性や学校の特性についてよく理解されているので、そういうことを踏まえて「情報活用能力がこういう場面で有効じゃないのか」というアドバイスをくれるという形でした。
泰山先生
なるほど。現場の先生は、活動する子どもの姿でイメージされると思いますが、校長先生は学校全体として目指すものをより大きな視点で見ている。それが情報活用能力がどこでリンクするのか、ということを学校の中で共有していくことが、ここのポイントの一つかと思いました。ありがとうございました。