30年後の社会に求められること いますべきこと ~乳幼児期の教育のヒント
乳幼児期の教育における、スマホとの上手な付き合いかたのヒント
明治大学 総合数理学部 五十嵐悠紀先生
私はコンピュータグラフィックス(CG)やユーザーインターフェース(UI)といった分野の研究者です。ユーザ―インターフェースというと難しく聞こえるかもしれませんが、身近にもパソコンのマウス入力だけでなく、iPadのタッチ入力といった様々な入力方法があります。そういった、子どもでも分かりやすい入力方法を検討しながら、CGを使って手芸の設計支援に関する研究をしています。
例えば、自分だけのオリジナルぬいぐるみが作りたいと思ったとき、ちょっと立体を思い描いてみることはできても、それをもとに、2次元の型紙をデザインするのは大変難しい作業です。
通常は、専門のぬいぐるみの設計士さん、洋服ならばパタンナーさんが設計図を作成し、試行錯誤を繰り返して、経験をもとに型紙を作成します。私はそこにコンピュータグラフィックス(CG)を持ち込み、素人がデザインするということにチャレンジしています。
例えば、この「Plushie(プラッシー)」(※1)というソフトで作りたいものの外形を描くと、コンピュータが自動的に型紙を作って、同時に立体に縫い合わせたシミュレーションを行い、縫い合わせて綿を入れたあとの形が入力した外形に合うような型紙を作ることができます。従来のCADシステムなどはコンピュータを使っても、設計とシミュレーションは別々の作業でした。近頃はコンピュータの処理速度が上がったため、家庭用の一般的なPCで動かすことが十分可能になりました。
線を描いたあとは、突起をつけたい、カットしたい、など要望に合わせてインタラクティブにデザインしていきます。自動で生成された型紙を印刷してカットして縫うだけで、オリジナルなぬいぐるみが作成できます。また、大きな型紙を使うとバルーンのようなものも作ることができます。
大学での研究は、論文を書いたり、特許を出願したり、といった成果の出し方が主なのですが、私たちは、開発したソフトウェアを実際に子どもたちに使ってもらうことを心がけています。例えば、日本科学未来館やつくばエキスポセンター、海外ではArs Electronica Museum など、様々なところで子ども向けのワークショップを開催し、子どもたちがコンピュータ操作のサポートを得ながら、設計という、今までは専門家にしかできなかったことを体験する機会を設けてきました。
もう一つ、手芸の例としてビーズ細工のデザインを紹介したいと思います。
先ほどのぬいぐるみと同様、テグスとビーズで立体の作品を作るのですが、これをデザインすることはとても大変です。それを、多面体を利用し、辺とビーズを対応させることで、マウスでデザインできるようなシステム「Beady(ビーディー)」(※2)を研究・開発しました。たとえば、全て一定の大きさのビーズを使うと仮定して、さらに3次元モデルの辺をビーズに対応させると仮定すると、全ての辺の長さが等しい多角形を計算する問題になり、これはコンピュータに解かせることができるようになります。
使う人は、ジェスチャー操作で「辺を加えたい」「頂点を増やしたい」といった情報を与えていくと、自動的にその形状にあったビーズ作品をコンピュータの中で設計することができます。
(※2) http://www.kisc.meiji.ac.jp/~yuki_i/beady/index-j.html
子どもたちが難しく考えずに「ちょっと耳が欲しいな」「ここに鼻を作りたいな」とクリックしたり、頂点と頂点をスケッチする要領でつなげる操作をしたりすることで、ビーズ細工を簡単にデザインできるようになる、というわけです。CGで色塗りをしたり、ビーズの形をそろばん型ではなく丸形にしたり、というように、作る前に出来栄えをコンピュータの中で変更してみることができます。
また、ビーズ細工は慣れた人でもなかなか作ることが難しいのですが、コンピュータが3次元CGで制作を一つひとつ提示してくれるような機能もついています。「このテグスにビーズを通してください」「新しいビーズを入れてください」と表示されるので、これに従って作っていくだけで、実際の3次元ビーズ作品を仕上げることもできます。子どもたちにビーズの知識がなくても、試行錯誤しながら独力で自分だけのビーズ作品を作ることができるような、そんな支援のためにコンピュータグラフィックスは使えるのです。
従来、小学校高学年になると家庭科の時間に裁縫道具を使って、全員同じキットで全員同じようなポーチやエプロンなどの作品を作っていました。これからの未来、ICTを導入することで、一人ひとりが自分の欲しいものを作ることができるような世の中になることを望みます。たとえば、よく使う「カードゲームが入る大きさ」とか「マチがこのくらい」など、試行錯誤しながら取り組むことが可能になるでしょう。
ちなみに、幼児でもタブレットであればすでに使いこなしています。
ある幼稚園のデジタル教育の授業の現場を見学させていただきました。40分のデジタルの時間で、その日は「みんなでつなげっと」(※3)というアプリを使用していました。街のマップがあり、火事が起きて「助けて」と呼んでいる人に、消防署員をタップで呼んで「消してあげるよ」とつなげてあげると得点が入るというゲームです。
(※3) http://www.smarteducation.jp/teach.html
iPadは園児全員分あるものの、私の見学した時間は、コミュニケーション能力を培うことを目標にしている活動時間であったため、2人で1台を使っていました。ペアの組み合わせは20組ほどできるのですが、5組作ろうというお題を出して、10分程度で終了時間を設定。ほとんどのチームができたところで終了時間がきました。その後、1位だったチームに前に出てきてもらい、授業を担当していた園長先生が、「あなたたちはどうして1位になれたと思う?」と聞くと、子ども達は少しだけ考えて、すぐに「どんな人たちがいるかわからないから、最初は、間違えてブブーって鳴るけれど、気にしないでみんなをタッチしてみて、街中にどんな人がいるかがわかってからペアを作っていきました」などと自分達の考えを発表していました。また、2位だった子たちは、「街全体がどんな感じなのかを知りたくて、いったん縮小して街全体を見て、その後で人をタッチしていきました」などと答えます。それぞれ自分たちなりの作戦を考えていたようです。
40分のデジタルの時間中はずっとタブレットに向かっている時間なのでなく、このようにプレゼンの時間や自分の意見を考える時間、さらにチームを作る時間や役割を話し合う時間も含まれていました。
我が家は夫婦ともにコンピュータグラフィックスの研究者で、小学校5年生の男の子、2年生の男の子、4歳の女の子がいます。3人とも皆タブレットやプログラミングに夢中なのですが、研究者である私たちでも、他の親御さんと同様、子どもとデジタルデバイスとの関わり方は、やはり難しいと感じます。
また、夫婦でも考えは異なります。うちの夫は、家庭環境から見ても、いずれは子どもたちもプログラミングに興味持つだろうから、小さいうちは野原を駆け回って土に触れてほしいと考えています。一方で、学童保育や保育所から帰ってきてから夕飯を待つ15分といった時間は、YouTubeなどを見たがる子どもとの試行錯誤の時間でもあります。
ここでだらだらとYouTubeを見ながら夕飯を待つ時間は教育ではなく、使うアプリを吟味し、養いたい力や感覚を意識して「アプリによる子守」から「教育」といった時間に変えられないかと、日々模索しています。
デジタル教育の様々な事例を調査しながら、私自身、家庭で試してみたり話し合ったりしてきました。その上で気づいたことや、もちろん失敗談などもたくさんあります。そういったことをまとめた内容を、2017年に出版した書籍の中でも紹介しています。現在は台湾版や韓国語版としても翻訳されていて、日本だけの問題ではなく、世界中どこの国でも関心事なのだと感じています。
ここで我が家での事例を2つ、ご紹介します。
一つ目は、iPadアプリである『ピッケのつくる絵本』(※4)というお話作りのアプリです。パーツを並べて絵本を作ることができます。文字の入力もできますが、まだ書けなかったり読めなかったりする子どもは、録音ボタンで自分の声を吹き込むこともでき、何年か経ってから聞くと子どもの懐かしい声が録音されていて、嬉しくなります。
オリジナル絵本をただ楽しむもよし、敬老の日が近ければプレゼントとして絵本を作ってあげるということもできます。
(※4) https://www.pekay.jp/pkla/ipad
ちなみに、このアプリを使ったワークショップを開催したことがあります。子どもが作る物語に親は口出しをしない、というのがワークショップでのルールでした。息子がお話を作っていく中で、お友だちの『がーこちゃん』が他のパーツに隠れてしまったとき、私はシステムの使い方がわかっていないのではないかと推測し、がーこちゃんが一番上に表示されるためにはどう操作したらいいかを教えるかとうか悩みましたが、言わないままでいました。するとがーこちゃんが隠れたまま『かくれんぼ』というお話ができあがりました。このとき、親が口出しをしていたら、きっとこのお話はなかっただろうと思い、子どもの想像力のすごさを実感しました。
もう一つの例は、スクラッチジュニア(Scratch Jr(※5))といって、5~6歳であれば十分使いこなせる無料のプログラミングアプリを使っていたときのお話です。
うちの息子が宝箱の絵を描き、押す宝箱によって5ポイント、3ポイント、1ポイントという形で点数が出て遊ぶことができるようなゲームを作りました。息子が「これ、やってみて」と見せてきたので、私が宝箱を押すと5ポイントが表示されました。息子が嬉しそうにしているので、私はちょっぴり意地悪をして「でもね、これだと毎回どこを押せば5点が出るかわかってしまうね」と言ってみました。スクラッチジュニアにはランダム関数というものがなく、「このイラストを押すと、この画面を表示する」だけなので、同じボタンを押して毎回異なった画面を表示するために、ランダム関数があるような言語(例えばスクラッチ)を教えるステップにきたかな、と考えていました。ところが、息子の答えは私の予想とは異なり、タブレット上で宝箱の絵を手で混ぜ、それから先ほどと同じように3か所に配置して、実行ボタンを押したのです。これで、また新たな宝探しができるわけです。私自身の考えが固かった、と子どもの柔軟な発想力を実感させられた瞬間でした。
(※3) https://www.scratchjr.org/
子どもがジレンマに直面したとき、親が口を挟んでしまうことで子どもの無限の可能性が引き出せないことがありますが、その一方で、親が素材(プログラミング言語やアプリの存在)を教えてあげなければ始められないこともあります。そのバランスはとても難しいと思いますが、その子の親だからこそ気付けることというのはあると思っています。
最近は、プログラミング教育がとても注目を浴びていますが、なぜ学ばせたいのか、なぜ学びたいのかを突き詰めると、実はプログラミングスキルの習得そのものではなく、問題解決能力や創造力、試行錯誤する力や論理的思考力を育てることが期待されていると言われています。
一方で、論理的思考力はプログラミング以外でも学ぶことができます。例えば日記や読書感想文などは、方向性を考えて試行錯誤しながら形にしていくプロセスが論理的思考に有効だと言われていますので、小さい頃から挑んでみるのも良いでしょう。
日常生活の中で、論理的思考力を身に付ける方法もあります。たとえば、うちではいつも娘はウサギのコップで牛乳を、二男はクマのコップでお茶を飲んでいます。これを、私が間違えて逆に入れてしまったことがありました。どのようにコップの中のものを入れ替えるか悩んでいたとき、末娘は次男に「先に飲んでコップを空にしてから、私のコップの中のものを移して!」と言いますが、次男はそれを譲りません。すると長男が、「違うコップに一回移せば全部うまくいくよね」と言って、まだ空だった自分のコップを差し出してきたのです。
実はプログラミングの中でも2つの変数を入れ替えるときは、お互いに入れ替えることはできません。もう一つ違う変数に入れてから戻すことをします。このように、何でも大人が解決策を与えればよいのではなく、子ども達が、自分の力で解決策を考えることで、無限の可能性を切り拓いていく経験が必要だとされています。そして、そんな経験を培うために、プログラミングという教材が適している、だから、プログラミング教育を導入しようという話なのです。
プログラミングスキルを磨くなどの目的ではなく、自由な発想を支援するため、というのを意識してデジタルデバイスを使っていってもらえたら嬉しいと考えています。