30年後の社会に求められること いますべきこと ~乳幼児期の教育のヒント
[パネルディスカッション]
就学<後>の教育と就学<前>の教育~就学後を見据えて就学前の教育を考える
[司会]
きっともっと保育園事務局 土井田理以
きっともっと保育園園長 加藤美穂
[パネリスト]
経済産業省 浅野大介氏
明治大学 五十嵐悠紀先生
学校法人河合塾副理事長 河合英樹氏
課題解決力につながる幼児期の活動とは
土井田:
それでは、ここからは、河合塾副理事長の河合英樹と浅野様・五十嵐先生のパネルディスカッションとなります。司会は私土井田ときっともっと保育園園長の加藤で務めさせていただきます。よろしくお願いいたします。
河合氏:
私は河合塾グループ全般の経営企画的な業務のほか、きっともっと保育園への参画、ドルトンスクールを運営する学校法人河合塾学園の理事長職に携わっています。また、今年度4月から開校した中高一貫校であるドルトン東京学園の立ち上げにも担当役員として携わりました。
加藤:
前半の講演テーマ『30年後を見据えて就学前教育を考える』に引き続き、パネルディスカッションはもう少しスパンを短くし、『就学後を見据えて就学前の教育を考える』というテーマです。現在教育改革が進む中、高校や大学受験は何を目指し、どのように変わろうとしているのでしょうか。
河合氏:
いま叫ばれる『入試改革』は、正確には『高大接続改革』が適切な表現になります。つまり、高校の教育、大学の教育、そしてそれを接続する大学入試が変わるという三位一体の改革が、この『入試改革』の本当の姿です。それぞれかいつまんでお話をします。
高校の改革とは、「今後の不確実な未来を生きるために」という文脈のもとで行われます。例えば、アクティブラーニングなら、プロジェクトを組んでお互いに連携、連動しながら、一つの成果を出していく。一方的に講義を聴くのではない授業スタイルに変わるというのが、高校の改革のわかりやすい一例です。
大学の改革とは、文科省からの指導によるものです。入学者を選抜する条件であるアドミッションポリシー、カリキュラムをどう組むかというカリキュラムポリシー、どんな生徒に学位を与え卒業させるかというディプロマポリシー、この三つのポリシーを一貫して運用するようにという指導です。
高大接続の入試の改革は、三つの力を評価する入試に変えるというものです。一つ目は従来通りの知識や技能。二つ目は課題解決のために必要な思考力や判断力、表現力など、三つ目が主体性、協働性など、取り組む態度のようなものを指します。これらを実現するためにセンター試験に記述式の問題が入ったり、複数の選択肢が答えになり得る出題がされたりといった検討がされています。英語も4技能対応で、今までとは異なり、「書く・話す」も試験に入ってこようとしています。
土井田:
今お話のあった学力の三要素の中に「課題解決」がありました。浅野さんは、省庁や産官学の垣根を越えてご活躍をされて、様々な課題提起をされていると思います。ご自身の幼少期のご経験の中から、そのような課題解決能力、課題発見力が身に付くきっかけとなるような出来事がおありでしたでしょうか。
浅野氏:
私に関して言えば、ことの始まりは幼少期のレゴブロックだったと思います。レゴを通じて、自分の空想の世界をいかに表現していくか、それに尽きました。集中力も付きましたので、レゴを与えておけば好きなだけ取り組む私を放っておいてくれて、たまに褒めてくれた親のおかげです。
昨年の話ですが、マサチューセッツ工科大学のLifelong Kindergartenというプロジェクトを行っている研究室を訪ねて、鳥肌が立ちました。レゴブロックにスクラッチがつながり、レゴの車が動いてしまして、まさに自分が小さい頃に「こんなふうに動いたらいいな」と空想しながら試行錯誤したものが実現している。私の妄想していた「動くレゴ」を、今の子どもたちは簡単に手にできるのですね。
他に、幼少期とは言えませんが、私にとって重要だったのは部活動です。弱小チームの下手くそなキャプテンでしたが、人を集めてチームを組み、その中でどう戦うか、ノートを使っていろいろ考え取り組みました。昨年までの先輩方の戦術で良かったところや課題を見つけ、取捨選択し、試行錯誤を繰り返す。うまく行かなかったことの方が多かったですが、とてもいい経験で、今にもずっと活きていると感じます。
土井田:
レゴや部活動という、やりたいことや好きなことに存分に取り組むことができ、さらに親御さんがほうっておいてくれたという点がとても重要だと思いました。私も二児の親ですが、どうしても口出しをしたくなってしまいます。放っておくことの大切さを知っていながら…。
浅野氏:
そういう意味では、本当に口出しがなかったものですから、レゴのコンテストに出そうと思っても色合いが良く見栄えの良いものが作れず、うまくいきませんでした。造形だけは工夫して面白いものができましたが、親も「仕方がないよね」という感じで、自由にさせてくれました。
加藤:
次に、アクティブラーニングという観点からうかがいたいと思います。
未就学の時期は、受け身で教わるよりも、身近な環境に興味や関心を示し、なぜ、どうしてと問い掛けながら知識を吸収していく時期だと思います。そこで五十嵐先生、実際の子育ての中でお子さんの興味や関心を深めたり広げたりするために、ご自身が気を付けられていることや取り組まれていることがあればお話しください。
五十嵐先生:
例えばレゴの話ですと、親は子どもがプラレールをやりながらレゴを出してきたら、「まずプラレールを片付けよう」と言いたくなりますよね。でも、我が家では3人の子ども達がプラレールを作っているうちに、自分達のプラレールにはトンネルの背景パーツがないことに気付き、レゴでトンネルを作っていました。もし「先にプラレールを片付けなさい」と言ってしまっていたら、出なかった発想だと思います。
浅野氏:
トンネルは成立しなかったでしょうね。
五十嵐先生:
レゴでは、マインドストームといってモーターやセンサーを繋いでロボットの動きを実現したり、他の機械と連動させられる製品があります。同様に、プラレールもスマホから接続して動かせる製品が発売されていて、プラレールの車両の先頭に乗っている車掌さんの風景を自分でスマホの画面に映すことができます。プラレールを自分が作ったレール上で走らせながら、レゴブロックで作った情景やロボット、シルバニアファミリーのおもちゃを車窓に見ることができる。そんな遊びの組み合わせが、様々な発想を助けてくれるように思います。ですから、次のおもちゃにいく前にまず片付けなさいと伝えることを、私は今はやめてみています。もちろん、食事の前には片付けるなどの区切りは作っていますが。
他にも、デジタルだけで遊ぶ、アナログだけで遊ぶのではなく、それらを融合した遊びも面白いです。また<どちらかに偏るのでなく、バランスよく導入できるように考えています。例えば、ひらがなアプリや書き順アプリなどいろいろ出されており、正解すると音で教えてくれるような楽しいものを通じて読み書きの力を伸ばすことができます。しかしそれだと指で書く経験しかできないので、子どもとお手紙を交換したり、絵日記を書かせてみたりなど、デジタルだけでもなくアナログだけでもなく、バランスを取りながら日々を過ごしています。
加藤:
どうしてもしつけを優先してしまいがちな部分は、大変共感できます。一方で、今のお話のように、子どもの気付きや楽しみに寄り添いながら遊びが発展していくための環境を整えて、一緒に共感的かつ能動的に遊び込むという関わりがとても大切だと気付かされます。
幼児にスマホを何歳から与えるか
土井田:
先ほど、デジタルとアナログというキーワードが出ました。今後、ICTやプログラミングを通してどのような思考を学んでいくか、議論が進む課題だと思います。例えば、スマホは何歳から触らせて良いかなどは、関心の高いことだと思います。やはり、小さいうちは実体験を重視したほうが良いのではないかと考える親御さんは多いです。
会場にお集まりの皆さまにご意見を伺いたいと思います。就学前のお子さんに、スマホやデジタルデバイスを触らせても良いと思う方はどのくらいいらっしゃいますか。
~会場挙手~
半分以下でしょうか。幼少期はもっと違った遊びをさせたいと思っている方が過半数ですね。では、触ってもいいと思われる方は、何歳ぐらいから触っても良いとお考えですか。3歳以下から触って良いというかたはどのくらいいらっしゃいますか。
~会場挙手~
3歳以下の場合は、ごく少数のようですね。
ということは、残りの方が4歳、5歳以上になれば触ってもいいということですね。
五十嵐先生:
我が家では、上の子どもはインターネットにつながらないiPod touchを触らせていました。下の子には、スマホのない生活というのは実現できませんでした。
しかし、2歳くらいまでは見たり聞いたり触れたりという実体験や、昼寝の時間も必要です。いろいろな見識者の方の書籍や講演でも、やはり2歳までは触らせない方が良いというご意見が多い印象です。一方で、2歳を越えると、ある程度時間を区切って「おしまい」にすることが可能になってきます。YouTubeも探せば短いものがありますので、例えば「今からご飯までの10分間だけ」と決めて見せることもあります。もちろん、20分ある動画を見始めてしまったら、20分最後まで見たくなりますから、一緒に10分の動画を検索し、番組が終わった頃に「ご飯よ」と声をかければスムーズに終わりを意識できます。自主的にキッチンタイマーをかけて、鳴ったら終わりということがわかるような取り組みもしています。
浅野氏:
いいですね。科学的には、子どもに何分以上見せていいのか、何歳からなら見せていいのかという検証結果などは出ているのでしょうか。
五十嵐先生:
現在はおそらく検証中で、まだわかっていないと思います。しかし、私たちの子どもの頃は「テレビをだらだら見てはいけない」と言われました。ゲームやファミコンも「良くない」と言われていました。一方で、子どもにそう言う大人はずっとテレビを見ていましたよね(笑)。私自身もファミコンを何時間もする子ども時代を過ごしましたが、現在プログラミングやゲームの世界に興味を持っていますので、悪影響だったと言えるかどうかは、正直わかりません。
何か新しいデバイスが開発されるたびに、このような議論にはなりがちです。生まれたときからiPhoneがある世代が、まだ大人になっていないので、子どもに与える影響ははっきりとはわかっていません。中毒性があるのではないか、ブルーライトが目に良くないのではないか、姿勢が良くなくなってストレートネックになるのではないかなど、様々な指摘はあります。健康面は気を配る必要があると思いますが、それはおそらくデバイスに関わらず、スマホでもゲームでもテレビでも、全て同じことだろうと思います。
浅野氏:
スマホを子どもに触らせていいと思っているのは、若い世代の方がほとんどです。触らせたくないと思っているお年を召した方は、そもそも自分がスマホ持っていない、もしくは最近使い始めたばかりというように、バイアスが大きく影響するように思います。科学がもっと様々な仮説を出して、早急に証明する必要があると思います。
私個人の感覚では、子どもには触らせて良いと思っています。興味を持ち「何だろう」と思って触ってみるという行為自体は良いことだと思うし、中毒性は、スマホに限らずあらゆるものにあるのではないかと考えています。
河合氏:
私には10か月になる子どもがいますが、生後半年あたりから、気付くとスマホを親から奪って動かしていました。子どもは皆、スマホやリモコンに興味を持ちます。理由はおそらく、押すと反応があること、親が触っているということでしょう。子どものスマホ中毒を心配する親自身が、中毒になっていると言えなくもない。子どもの前でも、仕事の連絡が来たらすぐに返事をしなくてはいけないし、そんな場面を見たら楽しそうに映るでしょう。子どもに触るなと言うからには、子どもの前では自分も触らないよう今は気を付けています。
一方で、スマホ慣れした子どもが、テレビの画面に直接触って動かそうとするというのはよく聞く話です。われわれの価値観では計れない理解の仕方をしている子どもたちから、スマホを隔絶するというのは、やはり無理なのではないかという覚悟も持っています。
浅野氏:
とても面白い話ですね。タブレットはスワイプすると動くのに、テレビはなぜ動かないのかなと、興味津々なのでしょう。科学はそういった興味から始まるし、料理を上手に作るというのも実は科学なのです。手芸でスカートを作ってみたいと思ったときに、円周率がわかっていないと作れないということもあります。先ほどのテレビ画面やタブレット画面などの話もそうですが、生活や家庭から学びに入ることは意外と多いのだと思います。
五十嵐先生:
未就学児の場合、親のスマホやお古のスマホを家庭内で使用するケースが多いですが、やはり親の目の届くところで一緒に見ることが大切だと思います。見せっぱなしにしてしまうと、動画から自動で危ない動画にたどり着くことも考えられます。どのような動画を見ているかは親がチェックしたり、フィルターでブロックしたりすることを提案します。履歴を見ることは、子どもの日記を盗み見てしまうようで罪悪感がありますが、何の動画を見ているかを知ることで、興味への入り口を知ることにもなります。
アナログであれ、デジタルであれ、興味を持って子どもの世界が広がることは良いことですし、例えば動物への興味を感じられるなら、動物園に連れて行くのも良いかもしれません。日常生活の中で、もしかしたら次はこんな世界に興味があるかもしれないという予想を、動画の履歴の中で知ることができるのは、親として一つの発見であり、成長を支えるきっかけになります。
子どもに与えっぱなしでなく、親もいっしょにやってみることの大切さ
加藤:
レゴや学力の三要素など、様々なキーワードが出てきました。今後、社会の変化に伴い、教育の在り方も変化していくと思いますが、親として変わらなければいけないことや、大切にするべき考えについて一言ずついただけますか。
五十嵐先生:
近頃、子ども向けのプログラミング教育が盛んになりつつありますが、親も試しにやってみると良いと思います。スクラッチジュニア(ScratchJr)は、対象年齢が5歳から7歳ですが、5歳でわかるなら、親も文系理系や大卒かそうでないかに関係なく取り組めると思います。
新しい技術が生まれたとき、できないのではないかと躊躇するのではなく、子どものきらきらした目と同様に、私たちも一緒に学んだり、違う分野の勉強を始めてみたりしてもいいのではないでしょうか。未来が変わっていくことを怖がらない姿勢を親として見せていきたいですし、子どもにもそんな大人になってほしいと思います。
浅野氏:
デジタルの世界は、とても効率良く情報を集めることができます。先ほど五十嵐先生も話されていた通り、インターネットで何かの動画を見て興味を持ち、そこから今度は動物園に連れて行ってあげたり、ベランダで植物を育ててみたりなど、デジタルとリアルは融合して行き来するものになっていくと思います。
デジタル機器を身近に置くことで、子どもが触れ、親もそれに追い付いて、親子両方が学ぶ機会やチャンスが無限に広がっていることを感じ、とても楽しみに思います。ですから、湧き上がる子どもの興味に対して、親は「わからない」と諦めず、その場で調べて「それはこうじゃないかな」「でも、こんな説もあるね」「それはなぜだろうね」と会話するヒントとしてデジタルを活用する、そんな子育てをしていけたら良いと思います。
河合氏:
同感です。新しいことにチャレンジしたり、諦めないで最後までやろうとしたりするとき、子どもは大人の姿勢をびっくりするほどよく見ています。プログラミングも自分はできないと、諦めないでほしいし、英語も子どもが頑張ろうとするなら自分も一緒に勉強してみたり、英語ができる人ならあえてフランス語やスペイン語に挑戦するのでもいい。「あなたが頑張っているときは私も頑張るから、一緒に勉強しよう」という姿勢を子どもに見せられるかどうかは、とても大切だと思います。
もちろん学ぶ姿勢だけでなく、嘘をつかないとか、約束を守るなど、子どもに示せるほど自分もできているのかということを見直していきたいと思っています。理想的な大人でないと教育ができないわけではないですが、少なくとも良くなろうとしている姿勢を子どもに見せ続けないと、これからの不確実な世の中にあって、勇気を持って自分から前に進める子にはならないのではないかと思います。
また、褒めることや、やりたいことをやらせてあげるということも大切ですが、その際に口出しせず、子どもを信じて見守れるかも重要です。親が思った通りの道や知っている道に進めなくても、子どもなりの個性が生かされる道なのであれば、できる限り見守る姿勢を持ちたいです。
浅野氏:
大人の挫折も少しは見せると良いのではないでしょうか。何でもうまくいくわけではないし、親が全ての答えを知っているわけでもない。わからないから考えるし、一緒に調べてみる。やってみてできなかったけれど、次は違うやり方をやってみるといった試行錯誤も見せていくことで、子どもは失敗を恐れなくなるし、困ったことは家庭の中で口に出して良いのだと感じられるのではないでしょうか。
土井田:
会場から何かご意見やご質問がありますでしょうか。
質問者Aさん:
2歳前の子どもがいます。楽しみを与えていくことはとても大切だと実感していますが、その一方で、危険なこととの線引きが難しいと感じます。例えば、私の子どもは机の上に乗ってそこから飛ぼうとします。危険なのでやめてほしいと思いますが、今の話を伺うと、そこから何らかの発見や可能性につながるのかも知れないという思いもあります。
河合氏:
つい最近、私の10か月の子どももベッドから自力で降りられるようになりましたが、まだおぼつかないため、落ちそうになるのをぎりぎりで止めたり、周りにクッションを敷き詰めてみたり危険のないよう準備しました。その上で、少し手を出さずにいたら、初めは何回か落ちましたが、それを繰り返すうちに、急にベッドの縁まで来てぐるっと180度回転し足から降りることを編み出しました。もちろんこれは一例ですし、危険度はそれぞれなので大人が確認することが重要ですが、大きな怪我にならないよう環境を整えた上で、ある程度のチャレンジをさせてみることは良いのではないかと思います。
五十嵐先生:
親が先回りして危険を回避しすぎると、子どもが後々その危険を予知する能力が下がるのではという懸念が生まれます。とはいえ、親としては怪我したらどうしよう、骨折したらどうしようという心配や、実際に怪我をしてしまった際には「止めておけばよかった」という後悔も生まれます。難しいところですが、危険なことをしていることが「見えている状況」を作っておくことでしょうか。こればかりは答えではなく、我が家でも試行錯誤の繰り返しです。