情報処理学会第83回全国大会イベント企画(オンライン開催)
パネル討論「多くの大学で情報入試が実施されるために」
パネル司会 辰己丈夫先生 (放送大学)
パネリスト 村井純先生 (慶応義塾大学)
福原利信先生 (東京都立立川高校)
井上創造先生 (九州工業大学)
村松浩幸先生 (信州大学)
社会のデジタル化は今しかない! 様々な課題を一気に解決するチャンスになるか
辰己丈夫先生
初めに村井先生から、パネリストの先生方のお話のご感想を御願いします。
村井純先生
私もしばらく皆さんとお話しする機会がありませんでしたが、冒頭にお話ししたように、社会の状況が変わってきています。一方で、なかなか展開がうまくいかない部分があって、ある種のフラストレーションを我々も感じてきました。だいぶ良くなってきたかと思いますが、まだまだだ、という思いを皆さんお持ちなのでしょうね。
一般論として、社会のデジタル化はもう今しかない、という感じです。私はよく“It's now or never”と言うのですが、デジタル庁が総理の直下にできるということは、各省庁に対するデジタル予算の総元締めをコントロールできるようになるということです。そうすると、今まで入試に限らず、デジタル化がうまく進まなかったことを加速するための仕掛けができる、ということだと思います。
そうすると、今日うかがった全ての悩みを解決するために、もしかしたら、5年、10年かかると思っていたことが、もっと早く実現するかもしれない。少なくとも、このコロナ禍でのDX(デジタルトランスフォーメーション)で、遠隔教育やオンライン教育といった、まともにやっていたら5年かかると思っていたことが1年でできてしまいました。
社会でもワークフロムホームやオンライン会議が浸透しました。情報処理会も、全部オンライン会議で開催したら、いろいろな人がいろいろな所から参加できていいよね、でも10年くらいかかるかな、と思っていたら、これも1年で実現できてしまった。ですから、こういったビジョンや夢は捨ててはいけないという思いがあり、こういうことになったからこそやらなければいけないことがあると思います。
その意味で、今日皆さんからお話を聞いて、この機会にできることをやってしまおう、と。そうするともっと何かできるかもしれない。楽観的で申し訳ないですが、皆さんの話を聞いていてこんなことを思いました。
辰己先生
ありがとうございます。福原先生の講演の中にもありましたが、高校の理科の教員は、理科教育振興法というのがあって、研究環境に補助金が出たり、ということがありますが、情報の教員にはそういうのはないですよね。
福原利信先生
普通科高校の理科の先生は、設備に関する補助はありますが、待遇面では理科の先生も、情報の先生も皆同じです。工業高校は、産業教育振興法によって手当が出るということはあります。
辰己先生
ICT支援員についてはいかがでしょうか。
福原先生
ICT支援員は、コロナの関係で東京都ではかなりの学校に入ってくれていますが、全て派遣の形ですので、その方への業務内容を指示するために、情報の先生の業務が増えることになってしまっています。支援員の方は、もちろん研修は受けていらっしゃっていますが、各学校でそれぞれの状況をお伝えして仕事をしていただくために、人は増えたけれど逆に仕事も増えて時間もかかる、ということはあります。
2年、3年と継続していただければ多少はよいのかもしれませんが、単年度契約なので、来年違う方が来ると、また同じことの繰り返しになってしまいます。
辰己先生
ICT支援員が高校や中学校に、常駐というか、同じ人が数年間、毎週定期的に来る、という形になると、そういう状況は解消される方向になるのでしょうか。
福原先生
少しずつは変わってくると思います。東京都は、2020年11月頃から半分ほどの高校に支援員の方を設置していただいているので、状況は変わってきています。
辰己先生
ありがとうございます。村松先生、中学校の技術科も似たような感じなのでしょうか。
村松浩幸先生
そうですね。似たような状況であるとともに、小中学校で一番大きいのがGIGAスクールです。一気に端末が入っただけでなく、高速ネットワークの整備が必須になってクラウドベースになってきたので、先生がたの意識も一気に変わってきました。
今、お話があったICT支援員は、小中学校での配置担当は市町村の教育委員会なので、自治体間の格差が非常に大きいのですが、その中でも支援員が必要だという話は認知されてきています。また、文科省からの支援もあるので、インフラ系はかなり進んできました。
先生方も、クラウドやネットというものに日常的に触るようになってきて、意識がだいぶん変わってきたと思います。こういった形でいろいろなことに取り組んでいくのは、本当に今がチャンスだと思っています。
もちろん、先ほど福原先生が言われたように、中学校でもプログラミングを教える時間数は厳しいです。とりわけ中学校の先生方は、授業以外の勤務が大変だという、解決すべき課題はありますが、この1年間の変化は非常に大きいことを感じています。
入試で「共通の物差し」を作ることで、スムーズな高大接続が可能に
井上創造先生
私自身は、2,3年前に大学院専属になったので、現在は大学の初年次教育はやらなくなりましたが、その前は、1年生・2年生にプログラミングを教えてました。そうすると、すごく苦労するんです。私の科目では、いきなりC言語を教えるのですが、C言語は非常にマニアックな部分がいろいろあります。
例えば最初にstdioとか、includeとかやりますが、最初に必ずvoid mainと関数から始めないといけない。キーボードもうまく触れないような人に、最初の最初にいきなりそういうのをタイプさせるわけですから、「全部おまじないだと思いなさい」と言って教えるのですが、それでできることといったら、最初は電卓レベルの足し算なのですね。それをやるためだけに、すごくいろいろなことを入れないといけない。そこで嫌いになってしまう人が多いです。
なので私は、最初は例えばProcessingなどから入って、途中でCに切り替えていきましたが、大学入試にプログラミングが入ってくるなら、そこのギャップが、たぶんかなり楽になることを期待しています。このように高大の橋渡しがスムーズになることを考えていけば、情報入試の導入ということも進んでいくと思います。そういったところで成功事例をどんどん出していって、それを共有していくということを、学会としてもやれたらと思ってます。
辰己先生
先ほど福原先生が「共通の物差し」というお話をされましたが、吉田先生や平井先生のお話では、駒澤大学の「情報」の出題では教科書に載ってるものを非常に重要視して、そこからのみ出していらっしゃるということでした。「情報関係基礎」の出題も、基本的に教科書からですね。ところが、実は大学側が期待してる内容というのは、教科書に載っていることよりも、地アタマのいい子が欲しい、ということがきっとあると思います。先ほどの井上先生のお話にも出てきましたが、二者択一にするならどちらを取るべきなのか。知識と思考力をうまく両方を問うような、そういう出題をしていかなければいけないかと思うのですが、どう思われますか。
井上先生
そこのギャップが、実は一つの潜在的な、本質的な問題かもしれないと思い始めています。本当にこれが思考力、地アタマを問う問題でいいのであれば、多分どこの大学も採用すると思います。しかし、実際にはそれだけでは成り立たなくて、例えば知識的な言葉の意味を聞くだけとは、簡単な表計算だけでいいから、となると、どこの大学も受け入れるということにはならないような気がしています。
ですから、知識か思考力かどちらかを選べと言われると難しい。どちらからも、うまいところを取り入れるようなデザインや出題の仕方、範囲の選び方が大事ではないかと思います。
辰己先生
ありがとうございました。福原先生にお聞きしますが、高校側からすれば、どんな形が教えやすいのでしょうか。先生の学校だけでなく、高校全体を見たお立場からご意見をいただきたいのですが、いかがでしょうか。
福原先生
高校に「情報I」という教科ができて、いろいろな会社が教科書を出してきますが、学習指導要領の内容は一つです。ですから、その範囲から出題していただくということと、教科書の内容をしっかり勉強していれば、共通テストである程度点数が取れる。そして、目標となる共通テストレベルの勉強をしたら、例えば数学の問題も解けるようになるといったことになるとよいと思います。
もし情報の問題で、非常に高度なものが出てくると、「やっぱり『情報』は難しいからやめよう」と思ってしまう人も出てきてしまうので、個人的には、他の教科よりもある程度平均点は高くてもよいと思います。満点を取るくらい頑張ろう、と思うような生徒が出てきて、多くの人が学ぼうと思ってくれて、情報が好きな子が増えるとよいと思っています。
辰己先生
ありがとうございます。村松先生は、中学校の技術科にお詳しいと思いますが、私はいつも高校の先生に、「なぜ高校入試に情報ないの?」と言っているのですが、高校入試に「情報」がないのはなぜなのでしょう。
村松先生
面白い問題提起だと思います。今の大学の共通テストに「情報」が出てきたということは、もうこれからの時代は、既存の5教科の枠組みだけでは済まないということだと思います。実際、いろいろな教科の入試問題を見ても、以前に比べて相当変化してきていて、情報を読み解くような問題が非常に増えてきました。
そうなってくると、情報という科目として設定できたらベストですが、そこまでしなくても、他の教科でも今までのように、今までのように単純に教わったことをそのまま書けばいい、というだけでなくて、いろいろな情報源に当たって考えるような、いわゆるPISA型の問題も増えてきています。
そういうことからすると、情報教育とか、情報活用能力といったものが非常に大事であるという認識は少しずつ広げられるように思います。またその辺りをピックアップして、いろんなところに啓発していくような、そんな取り組みもあってもいいのかもしれないですね。
教員やIT支援員の待遇や配属には改善が必要
辰己先生
私立の中学校では、最近中学入試で情報っぽい問題を出している学校が出始めているというのを聞いて、そういう力を測ろうとしているんだなと思うのですが、このあたりについて、村井先生、ぜひご意見をお願いします。
村井先生
私は、私立はやりたい方向でやればよいと思います。先ほど辰己先生から、知識か思考力か2択ならどちらか、という質問がありましたが、どういう学生を取りたいかをアドミッションポリシーで決めていけばいいと思います。
だから、我々のような私学であれば、工夫した問題を出題して、この問題が解けた学生を取るというような、フレキシビリティーを持ってやればよい。採点を一律で公平にしなければならないというのは、ある意味ナンセンスですが、共通テストのようなパブリックの試験では難しいかもしれませんね。
話題を変えますが、先ほどの話にも出てきたICT支援員という制度について。
ICT支援員というのは、CBTで「A領域(実践知識)」と「B領域(問題分析・説明力)」の認定試験を受けて資格を取り、両方に合格したら「ICT支援員」、さらに「C領域(問題解決能力・コミュニケーション能力)」で課題提出や面接に合格すると「ICT支援員上級」のようなランクがあるのですが、これを教えられる力によって、もっと細分化してはどうかと思います。
例えば、コンピュータを組み立てたり、ハードウエアの原理を教えられたりする支援員はXで、こういう指導ができる人はYで…という形にして、「私はXとYとZの資格を持っています」ということが日本中でできるようにして、その資格を持っている人には仕事やお金が回る、という仕組みが作れないかと思います。これは学校の先生であってもよいと思います。
「情報」を入試に入れたり、本当に全ての人に情報教育が行き渡るようにするためには、こういった人が不可欠です。そのためには、当然給料を高くするといったインセンティブも必要です。
これについては、例えば今、大学の先生にはクロスアポイントメント (※3)という制度がありますよね。優秀な指導員をシェアするような仕組みで、東大と理化学研究所で半分ずつとか、東大と慶應の半分ずつで、どちらにもフルタイムで研究室を持っている、という先生も出始めています。
もし情報の優秀な教員が足りないからといって、情報の教員だけ給料を上げることは許されないなら、その代わりに周辺の高校とクロスアポイントメントして、1週間に何校回ってください、ということはできないでしょうか。優秀な先生のシェアリングです。高校も中学校も、先生は必要で重要なのですから、たくさん働いていただいて、給料は多くしてもいいじゃないか。そういった仕組みは、できなくもないような気がするのですが。
※3 研究者等が複数の大学や公的研究機関、民間企業等の間で、それぞれと雇用契約を結び、業務を行うことを可能とする制度
辰己先生
福原先生、その辺りはいかがでしょうか。
福原先生
都立高校の場合は、現在教員の配置定数は、その学校に配置ということで決められています。今、村井先生がおっしゃったように、オンラインで授業ができるようになったりすると、例えばスーパーティーチャーか他の学校の生徒たちも集めて「情報Ⅱ」の授業も試験もオンラインでやるようになる、ということが起きてこないとは限らないですが、どうやって生徒を評価するかなど、越えなければいけないハードルは多いと思います。
村井先生
給料は、当然東京都から出ているんですよね。そうであれば、例えば5校でシェアするなら、A高校20%、B高校20%…で均等割りすればいいんじゃないですか。
辰己先生
今、それを規制してる法律なり何なりがあると思うので、そこを突破していくには村井先生のお力が必要ということですね。
村井先生
それがいいとなったら突破する価値があるけど、逆に本当にそれがいいのか、ということがありますね。それができると、例えば特に地方の公立高校で、情報の先生が、例えば50%・50%で2つの高校教えるとか、33%ずつで3つの高校教えることになったら、どんないいことが起こるのかを考えなければならない。教員シェアリングができるのであれば、給料の出どころが同じ地方自治体だから、規制を突破すること自体は、それほど難しくないような気がします。
福原先生
ただ、教員の負担は相当大きくなります。だから、負担が増えたとしてもやってくれるという教員がいれば、可能ではあると思いますが。
村井先生
そうであれば、負担が増えた分の給料を上げるロジックは組み立てられます。「情報の先生の給料は高いです。その代わり、複数の学校を受け持たなければならないので大変ですよ」ということで。ただ、そうすることが情報処理教育のために、本当によいことなのか。
福原先生
私は、持ち時間が少ないからその学校に専任がいない、という仕組みをなくすほうが先だと思います。たとえ1週間に8時間しか授業がなくても、1校に1人情報科専任の先生を付けるべきです。例えば、週に18時間授業を持たなければならないとするなら、あとの10時間は他の教科のサポートをしたり、生徒のことを見たり、研究を進めたりといったことを認めるようにすれば、その方がずっといいと思います。ですので、複数校を行ったり来たりするよりは、まずそちらを可能にしていただきたいと思います。
村松先生
今の村井先生のご提案、非常に興味深く聞かせていただきました。実は、小中学校では既に今のお話に近いことがいくつも行われています。今日の私の話で、私の提言の最後にもありましたが、例えば小学校に、地元の中学の技術の先生が行ってプログラミングを教えるとか、他の学校の先生が来て授業をするといった例は出てきていて、それは小学校の先生方には非常にありがたいことなのですね。
一方で課題もあります。先ほど福原先生が言われた定数との関わりもあるのですが、要は1人の先生が複数の学校を見るのであれば、本来各学校で充足しなくてはいけないのに、そこを逆の使われ方をしてしまう、というのが一番懸念されるところではないかと思います。そこをうまく押さえて、充実のためにプラスアルファで必要なんだ、という方向に持っていくのは、その辺りのバランスが取れるのであれば非常に有効であると思います。その上で、クロスアポイントメントのようなことができて、給料が上がるのであれば、それは非常によいことではないかと思いました。
多くの大学で入試に「情報」を導入するために必要なことは
辰己先生
ありがとうございます。また話題を変えます。これは視聴者の方からいただいた質問ですが、「多くの大学で『情報』を入試の評価対象に加えるには、それぞれのお立場で何ができると思われますか」ということです。「情報」の入試問題を自分の大学で作って採用するというのも一つです。また、2025年の大学入学共通テストに「情報I」が多分出るだろうという前提であれば、「入試に採用します」というフラグを立てる、あるいは評価するときに何点分評価する、ということを募集要項に記入するという形の参加も可能です。ただ、そのためには学内合意を得なければなりません。学内には、「情報なんて入試に入れる必要はない」と思っていらっしゃる先生方も多いかもしれませんから、そういった方々を説得しなければいけません。
一方で、高校ではこれから「情報」をこれからどのように教えていくのか。大学が本気になれば、高校の先生方も当然本気になられると思いますが、まだ不確定な部分もあるので、高校の先生方には「情報」を本気でやっていいのか、という不安はあると思います。
その意味で、多くの大学に入試で「情報」を採用し、評価させるようにするためにはどんなことが必要でしょうか、あるいはできるでしょうか、ということについてお一人ずつご意見をうかがっていきたいと思います。
村井先生
大学経営の経験から言うと、学部長がカリキュラムを考える時には、キャンパスの中で何を学ばせることが必要か、ということです。そのためにどんな学生を採りたいか、ということを考え、必要な資質を測るものを入試に入れるわけです。
ですから、大きな流れ・考え方としては、例えば、我々がデータサイエンスの授業を必修にするなら、その前に情報処理を必修にしよう、当然プログラミングも必修だ、というカリキュラムを作っていくとき、例えばプログラミングや情報処理の教育が高校である程度やってきてもらえるなら、その部分は大学では少し緩めることができるね、と。つまり、本当は高校の教育に期待して、きちんと学んでいるかどうかを入試で見て採ろうか、ということなのです。
従って、まず大学が自分たちの教育、カリキュラム全体の中で、情報処理、あるいはコンピュータサイエンスやデータサイエンスといったものがどのくらい重要性があるかをきちんと考えている必要があると思います。そして、理念から言えば、次にどういう学生が欲しいから、それを大学のカリキュラムとして用意するのか、それとも高校時点でその力を持ってくることを期待するのかということが、入試のコントロールになるはずです。
大学は、その議論を徹底的にすべきなのです。大学の教育の中で、プログラミングがなぜ必要なのか、これからデータサイエンスはどうなるのか。さきほども話に出ましたが、AIツールがExcelのように誰でも使えるようになったときどうするのか、という話を活発にしていって、その上でどんな学生が欲しいかという議論が熟すことこそ、入試に対するドライブがかかることだと思います。
辰己先生
ありがとうございます。まさにその通りだと思います。入試というと、どうも事務的な話とかお金の話になってしまって、自分の大学がどちらを向いていくべきか、ということがなかなか議論できていないのではないか、と感じました。続いて村松先生、お願いします。
村松先生
村井先生から全体の方針に関わるような大きい話をいただいたので、もう少し自分の領域に寄せてお話しすると、先ほどGIGAスクールの話をしましたが、教員養成課程においては、今後はこれが「出口」になります。これからは教員を採用する際に、こういった情報的な素養が必要だという認識になってきている。それは、小学生にプログラミングを教えなければいけない、授業や校務でクラウドを扱う必要がある。さらに学習履歴をどう取るか、取ったデータをどう分析するかという素養が必要になります。
そういったことが、先ほどの「出口」で意識されてくるとなると、「入り口」の大学入試では、そういった素養を持った子たちを採るというのは必要だよね、ということは議論しやすいのではないかなと思いました。
具体的なところで言えば、今後理科の科目も整理されるというので、その辺りで現実的な選択肢に私は十分なり得るのではないかということを感じています。今後いろいろな関係の所にプッシュしつつ、出口と絡めて、改めて入試のことを教員同士で考えてみたいと思っています。
辰己先生
教育学部として輩出する学生さんの進路を考えたときの出口、それに対してどういう人に入ってほしいかっていうアドミッションポリシーの議論をきちんとすれば、自ずと「情報」が選択肢に入ってくる、という認識でよいでしょうか。
村松先生
王道的にはその形で進めていくべきだと思いますし、多分、あと2、3年してGIGAスクールが定着すれば、賛同がえられるのではないか、2025年前には間に合うのではないか、という、ちょっと楽観的な見通しは持っています。
辰己先生
ありがとうございます。では井上先生には、大学入試で共通テストを採用するか、あるいは各大学で独自で課していくためには何をすればいいでしょうか。
井上先生
ちょっと違う視点からですが、私は「やったもん勝ち」ではないかなと思います。新しいテクノロジーが広がっていく時、「キャズム」と呼ばれる溝があると言われますが、これは、その溝の手前でやった人たちは先行者利益を取るし、その後でやった人たちは追随するだけ、という話です。ぜひどこの大学も先にやっていただいて、それで目立っていただく。それで成功事例を作るというのがいいかな、と思います。
辰己先生
ありがとうございます。福原先生、高校の立場からすれば、大学が情報入試を採用したら嬉しいとか思うか、嬉しくないと思うかについてはいろいろなご意見があると思いますが、ここでは、大学が採用してもらうようにするには、高校はどういうことができそうでしょうか。
福原先生
高校の「情報」の授業は、20年間ある意味やりたい放題だった時代が、情報入試が始まることによって、ある程度終わるのではないかと思います。それによって、「情報」を学んだ子たちはある程度レベルが揃ってきて、勉強したことのゴールがこういうところまでなるんだよ、ということを示すのが共通テストであると思います。
共通テストが簡単だと、大学に入った後に学び直さなければいけないのではないか、という声もありますが、入試に出れば100点を取ろうと努力する子はたくさん出てきて、結果的に底上げされるでしょう。さらに、高校の先生たちが自分たちで学んで、いろいろなテストを作ったりできるようになれば、そこでさらに上を目指した生徒を大学に送り出すことになっていくと思います。共通テストに「情報」が入ったら、全ての大学ではないかもしれませんが、国立大学や、高い目標の大学校では、ぜひ全員が受験するという形になってくれたら、と思っています。
あと一つ、世の中には大学共通テストを受けない高校生もたくさんいるので、そういう子たちにも、「ちょっと簡単な問題をやってみようか。できたね、よかったね。実習ももっと頑張ろうね」ということで、いろいろな層の子ども達にいい影響が出てくるのではないかと思います。
辰己先生
ありがとうございます。福原先生のおっしゃったことが、日本中の高校教育に関わっている先生方や、決定権のあるステークホルダーの人に伝わっていくことを望みたいと思います。
最後にもう一度、村井先生にお聞きしたいのですが、今ここにいらっしゃる3人の先生方をはじめとして、今この講演を聞いているのは情報入試をやって方がよいと思っていらっしゃる方だと思いますが、デジタル庁として、今後情報入試にどのように取り組まれるかをお話しいただけますでしょうか。
村井先生
まずデジタル人材育成のプログラムがいろいろな所で議論されて、それがアジェンダ化しています。先ほどご紹介した「置いてきぼりを作らないデジタル社会」の実現のための人材育成は本当に大変なことですが、この中に情報入試を組み込んでいくことにします。そうすることで、情報入試がこの大きなアジェンダの中の一部だということをきちんと認識してもらって、支援が広がることになると思います。
もう一つは、情報入試の中身です。どういった力を付けてもらいたいのかということは、10年、20年で変わっていると思います。これをどう考えるか。入試の問題には過去問というものがあります、「情報」の世界では、基本的なアルゴリズムなどは変わりませんが、一方ではどんどん変わっていく部分もある。情報の教科書についても言えることですが、「基礎」と「最新技術」、「知識」と「思考力」辺りの守備範囲をもう少し考える必要があると思います。さらにどういった学生を採りたいのか、ということも考えながら、どういう領域の知識をどのように複合的に問うていくか、ということの整理についても、教育、入試、人材育成それぞれの立場から議論し続けることが必要だと思います。
辰己先生
ありがとうございます。日本学術会議から、2020年9月に初中等教育から大学専門基礎までの情報教育を通した「ものさし」となる「情報教育の設計指針」(※4)が、それに先立って2016年3月には、大学教育の分野別質保証のための教育課程の内容を示した「情報学の参照基準」が公表されました。これらは、東京大学の萩谷昌己先生、電気通信大学の久野靖先生の多大なご努力で作られものです。これらを基にして、いろいろな取り組みをしていけばよいと思いますが、今後もこれらにフィックスすることにこだわるのでなく、世の中の動きに合わせてどんどん改定していくべきであると思います。ここについても、村井先生のご意見をお願いします。
※4 https://www.wakuwaku-catch.net/interview201201/
村井先生
私もあの2つの基準を作られたご努力はよく認識しています。それをベースにしつつ、社会の変遷に合わせていくこと。今回のコロナで、20年かかると言われていたDXが、1年でできてしまいました。そういった部分が影響を与えないわけがない。今までインターネットなんて知らなかったって人が、皆知っている。自分は関係ないと思っていた人たちが、使いこなしている。その人たちの好奇心をちゃんとひきつけて、学習させるということになります。
2021年は、皆でいろいろなことを議論して、体制を作り、広げるときであると思います。
※情報処理学会第83回全国大会企画セッションより