New Education Expo2021

高校の現場から

東京都立立川高校 佐藤義弘先生

第12回全国高等学校情報教育研究会全国大会(和歌山大会)
第12回全国高等学校情報教育研究会全国大会(和歌山大会)

私は、東京都立立川高校という120周年を迎える進学校で、情報科を担当して18年目になります。現在は津田塾大学でも非常勤講師をしていますが、情報科の前は数学の教員を15年務めてきました。

 

教科書等の執筆・監修に関しては、「情報Ⅰ」のほか、いろいろな書籍に関わらせて頂いています。このような仕事を通して様々なものを見ることは、高校生にとって何が有益かを判断しながら授業を進めるために、とても勉強になります。

 

今回お話しすることはこちらの3点です。

 

教科「情報」の置かれる環境、プログラミングが注目されていることについての考察、そして入試に向けてです。

 


 

情報科の教員が足りない理由は、実は一筋縄ではいかない

まず、教科「情報」の置かれている環境です。

 

これは新聞の記事ですが、入試科目となるのは当然の流れとの声がある一方、専門免許を持った高校教員が足りず、学習環境が整っていないことを懸念するというものです。情報は2003年に必履修科目になって既に18年も経っているにもかかわらず、教員が足りておらず、指導体制が不十分と言われています。

 


学校には教員定数というものがあり、学校の規模によって、教員数は何人と決まっています。情報の教員が増えるということは、どこかの教科が1人減らなければならないという仕組みの、雇用問題なのです。今いる教員を減らしてまで情報科の教員を入れることはない、現状維持でも、取りあえず不格好でなければよい、となりがちなのです。

 


 

以前に教員定数と持ち時間数(単位数×学級数)のバランスを計算したことがあります。2単位の科目であれば、授業は週に2時間、学級数が8学級であれば週16時間です。

 

1学年で6学級あれば、情報科の教員を1人配置しないと、どこかの教科の授業時間数が余るはずです。すると、1学年6学級以下、全部で18学級よりも少ない高校では、情報の教員を1人入れることで、どこかの教科に大きくしわ寄せができてしまうことになります。そのため、非常勤講師や、臨時免許で空き時間の多い先生が受け持つことが増えるのです。

 

単位数でいうと、「倫理」でも「政治経済」でも「現代社会」でも持てる公民科の先生に似ています。しかし情報科の先生は、「情報」以外の他教科を持つとなると、数学を持つことが多く、ともすると数学の指導にパワーが割かれてしまい、「情報」が置き去りになることが考えられます。同様に、数学の先生が「情報」を片手間に教える、というケースも見られます。

 

また「情報」は、学校によって教える内容にばらつきがけっこうあると言われます。新学習指導要領では、現在ある「情報の科学」と「社会と情報」という2科目が「情報Ⅰ」に一本化されますが、今のところは、どの学校でも同じ内容を扱うということはできていないようです。

 


 

よく聞くケースとしては、「情報」の教科書は買ったものの、実際は数学の演習ばかり行われていたり、Word、Excel、PowerPointばかりやっていたり。また、多くの学校が「情報」の先生が1人しかいないために、その先生の得意分野だけを取り上げるということもあるようです。また、異動されてすぐの先生が、「情報」ではなく、当然のように数学の演習を行うことを求められる、ということもあるようです。

 

情報科教員の配置については、雇用問題でもあるため各学校の自助努力では難しく、都道府県レベルや国レベルで、「情報科加配」という形で教員の定数を増やしていただくなどの措置を取らないと、対処が難しいと思います。幸運にも、東京は小さい学校でも1学年6学級以上あるため、情報科の教員が二百数十人、各校1名配置が可能になっていますが、全国に目を向けると課題が残ります。

 


 

また、授業内容を改善する必要がありますが、一人ひとりの先生を改善するのは大変です。文科省や情報処理学会で、研修用教材を作って情報提供をしていますが、それよりも、少々過激ではありますが、正しい授業を、YouTubeなどを利用して無償で配信し、高校生に直接届けて自分で勉強してもらう方が良いかも知れないと考えたりしています。

 

「情報I」ではプログラミングだけが注目を集めているけれど…

次に、「情報I」でプログラミングが注目されている、という話です。実は、プログラミングの授業は「情報I」全体の12分の1でしかありません。

 

学習指導要領は、均等に学ぶべき四つの領域があり、その中に(ア)(イ)(ウ)と三つの項目があり、全部で12の項目からなるという構造になっています。

 

 

プログラミングは、このうち「(3)コンピュータとプログラミング」の、「(イ)アルゴリズムとプログラミング」という1領域です。「情報Ⅰ」は2単位で、1単位当たり35時間が法定時間数とするならば、2単位では年間70時間、プログラミングを学習する時間は70の12分の1で、時間にすると6時間程度です。しかも、これはアルゴリズムを含めての6時間です。

 

それで本当にプログラムが書けるようになるかというと、そうはいきません。

 

アルゴリズムは、中学校でフローチャートやアクティビティ図などをある程度経験しているのですが、本格的にやり始めると、これだけでも5~6時間はかかります。

 

プログラミングの学習内容については、まずデータやデータ構造では、Pythonでいうところのリストまで行えたら時間いっぱいでしょう。

 


 

プログラミングの構造は、3つの制御構造と言われる「順次構造」「分岐構造」「反復構造」で、これらの組み合わせはハードルが相当上がります。さらに外部プログラムとの連携では、「情報I」の「教員研修用教材」では、APIをたたいて何か取って来ることや、webからスクレイピングして何か行うというところまで想定しているようですが、授業時間内ではここまでたどり着けないのではないかと思います。

 

また、プログラミングの教材はさまざまな団体が無償で提供してくださっていて、たいへんありがたいのですが、全体で20時間の授業プランといった形で提供されるなど、実際の授業で使えないものも多いのが現状です。

 


 

先日、とある県の教育委員会が全高校一斉にプログラミングのオンライン学習教材を導入するという記事が新聞に載っていましたが、そこまで時間を割いてしまったら、他の内容が疎かになる危険もあるのではないか、と思います。

 

特に、オンラインのプログラミング学習教材は、かなり力を付けた生徒にとってはありがたいのですが、一方で、課題を正しくできたら次に進む、という方法はあまり身に付かないということも経験的にわかっています。本当に身に付けることを目標とするならば、正しくできたら類題が出る、という形にしないといけないと思います。

 

「情報」でプログラミングを学ぶことの意味は、プログラミング言語を一つマスターできるようなレベルのことではなく、コンピュータがプログラムに従って動く仕組みの部分の理解や、「分岐」や「反復」というコンピュータの得意分野を知り、人の替わりにコンピュータにさせられないかと考え付くことであると思います。

 


 

他にも、プログラムはコンピュータにわかるように意図を伝えるものである、ということや、コンピュータが忖度して意図をわかってくれることはない、ということなどが理解できれば充分なのではないかと見立てています。

 

授業の中で、プログラムを改造していいよ、などと声を掛けると、パラメーターを変える分には良いのですが、命令のキーワードを変えたりする生徒が現れます。プログラミングですから、もともと決まっているキーワードにしか反応しないので当然なのですが、このように説明し尽くしたと思っていても、生徒には充分に伝わらないことも時折あります。

 

情報入試に向けての課題も山積み

次に、入試に向けてという点です。

こちらは正直かなり難問です。大学入試センターは、2025年以降の大学入学共通テストの出題教科・科目を再編し、「情報」を新教科として加える案を公表しました。

 

国大協では、「情報」を含めた6教科8科目を原則とする方向で案が取りまとめられています。私の勤務校は、進学校ですので、生徒は受けるわけです。1年で情報Ⅰを履修し、更に3年で講習会のような形の補習をしなければならなくなると思います。

 


個人的な意見としては、「情報」は18年も前から学習指導要領で必履修教科と決まっていたことですから、今になって教員がいないとか、きちんと履修できていない、というのはおかしいと思います。とはいえ、先生が適切に配置されず、また「情報」の参考書や問題集がないために生徒が学べない、という状況があるのも、事実だと思います。現在教科書会社各社が出している、教科書と併せて使う前提の問題集では、受験用としては充分とは言えません。

 


大学入学共通テストについては、大学入試センターから昨年11月の「試作問題(検討用イメージ)」や今年3月の「サンプル問題」といった形で、内容案が公表されています。

 

問題の傾向としては、単純な知識問題はあまりなく、「情報I」のいろいろな分野からバランスよく出題されていると思います。また、思考力・判断力を問う問題である、という印象です。

 


情報入試に向けての課題はいろいろあります。

 

まずは受験指導で、大学入学共通テストの「情報」で出題されるような問題に対して、指導実績がある先生はいないと言えます。どう勉強すればいいのか、させればいいのか、どこまでのレベルをやっておいたらいいのかという程度感が非常に難しい。要するに、難しい内容の授業をすべきなのか、簡単な内容でよいのか、ある程度基礎的な知識に絞っておいて、それを使えるような授業にしていくのか、という判断が誰にもできない、ということです。

 


 

また、先ほど「思考力を問う問題」と言いましたが、サンプル問題では、どちらかというと読解力や判断力を問う問題とも言えるように思います。長めの問題文の中から必要なデータを取り出し、その中から構成して問題を解くというタイプの問題です。

 

もう一つは、思考力を問う問題は手ごわいのですが、これを公開してしまうと「解き方」が発生する知識問題になってしまう、ということで。思考力の問題というのは、その場の初見であれば思考力を問えますが、2回目以降は知識問題になるという性格があり、こういった問題を作り続けることは、限界があるのではないかと思います。

 

参考書や問題集がない、という問題については、日経BPさんに2006年のNEW EDUCATION EXPOの東京大会で「授業で使える最新の資料集を作ってほしい」とお願いし、「情報 最新トピック集」という形で実現しています。私も、今回ご登壇の辰己先生と一緒に監修をしています。2008年以来、毎年検討して、改訂しています。

 


 

問題集も先ほど申しましたとおり、教科書準拠の穴埋め問題集が存在していますが、それではダメだと言い続けていた結果、教科書準拠ではない受験向けの問題集が近く発行されると聞いています。

ただ、参考書を書く運びにはなっていませんので、いよいよとなったら、Wikipediaのような形で複数の先生がたで協力してウェブ上に作ってしまうのも一つの手なのかな、とも考えています。

 

最大の問題は、情報入試をどのくらいの大学が採用するか

やはり一番の大きな問題は、どれだけの大学が情報入試を利用するかという点だと思います。

 

国公立大学は全大学という流れになっているようですので、さらに多くの私立大学にも利用して頂きたいと思っています。

 


 

受験指導をするときに、「こんな問題を使ってみよう」という例題すらなかなかないという課題がありますので、いろいろなところから試作問題をもっと多く出していただけたら嬉しいです。

 

他には、「情報関係基礎」の問題を適切にジャンル分けし、ピックアップして使っていくのが一つの手かと思います。

 

さらに、問題のレベルについて、高校側から要望を出す資格がないのはわかった上で、あえて言わせていただくのであれば、「普通に『情報』の授業を受けて学習していれば、80点が取れるような問題を出題する」というのはどうでしょう、という提案です。

 

受験テクニックが不要で、毎回の授業にきちんと取り組んでいれば、ある程度の点数につながるような問題です。大学に入学してすぐにコンピュータを使用したり、オンライン授業にもすぐに対応したりできるくらいのスキルや知識、ネットワークやマナーについての理解などに、あとは大学側が少し問題を上乗せする程度にすれば、受験する側も取り組み易いのではないでしょうか。

 

本当に「情報」ができる生徒の選別をするための入試を考えている大学は、2次試験で「情報」を実施していただき、共通テストは共通認識として求めたいという程度のレベルを見る、ということになることを望みます。

 

教員配置については、制度上の解決が難しいと思います。ですから、必要な生徒が学べる環境を、どうやって提供できるかを考えていかなくてはいけないと思います。そのために、参考書や正しい情報の授業など、生徒に直接リーチする方法を考える必要があります。どなたか一緒にやってくださるかたがいたら嬉しいです。