FIT2021 (第20回情報科学技術フォーラム)公開シンポジウム
大学入学共通テスト新科目案「情報」への期待
京都大学大学院情報学研究科 河原達也先生
教科「情報」の歩み
このシンポジウムでは、教科「情報」の入試における扱いについて議論しています。その文脈については、先ほど文部科学省の前田様からもご紹介がありました。
すなわち社会のデジタル化やSociety5.0を標榜して、成長戦略やAI戦略といったものが策定されています。その中で、例えば「AI戦略2019」では、「全ての高等学校卒業生(おおむね年間100万人程度)が、データサイエンスおよびAIの基礎となる理数素養や基本的情報知識を習得する」ということを目標としています。そして、この文脈において、来年度から高校で「情報Ⅰ」が必修化され、その3年後には大学入学共通テストに「情報I」が導入されるということが先般決まった、ということです。
FIT2021の主催団体の一つである情報処理学会には、情報処理教育委員会という組織があります。ここでは、かなり前から情報処理教育を、高等教育だけでなく初等中等教育においても展開すべく、さまざまな活動を行ってきました。
その一例として、「情報A・B・C」の時代から「高校教科『情報』シンポジウム(ジョーシン)」を毎年開催してきました。また、「情報」を入試で取り上げていただくための模擬試験の試行、そして高校情報科の教員免許更新講習を、学会が主体となって実施してきました。これは一学会としてはかなり珍しい試みであると思います。そして昨年からは「情報I」のオンラインの教材「IPSJ MOOC」(※1)
の制作・公開も行っています。
※1 https://sites.google.com/view/ipsjmooc/
私はこういった活動に携わり、特に2014年から16年は情報処理学会の教育担当理事としてサポートしてまいりました。ちょうどその頃、私自身も大学で教育に深く関わるようになり、2016年には京都大学工学部情報学科長を拝命して、学部の特色入試の初期の運営に従事しました。
2018年度からは、情報科の教員免許を取得するための必須科目である「情報科教育法」の担当もしています。この「情報科教育法」は、昨年まで3年間履修者がおらず、心配しておりましたが、今年度はようやく履修者が出て、開講することができました。これも「情報Ⅰ」の必修化の影響があるのではないかと思います。
昨年度からは、大学院の情報学研究科長を拝命しております。こちらは大学院の組織なので、学部入試には直接関与しない立場ではありますが、2020年10月に、8大学情報系研究科長会議から、この「情報Ⅰ」の大学入試での取り扱いについて賛同する声明(「大学入学共通テストの『情報』に関する要望」)を出しました(※2)。これは、パネルディスカッションで登壇される東京大学の須田先生のイニシアチブによるところです。
※2 https://www.i.u-tokyo.ac.jp/proposal/information_8universities.shtml
大学入試における「情報」の意義
ここからは、一大学教員としての立場からお話しさせていただきたいと思います。
これは「情報Ⅰ」の内容の説明です。ここでのポイントは、現行の高校の情報科には「情報の科学」と「社会と情報」という2つの科目があって、どちらかを選択するという形でしたが、実際は約8割の高校がプログラミングを扱わない「社会と情報」を開講していることです。
それが、来年度からの「情報Ⅰ」では、プログラミングも含めて必履修になります。すなわち、これまでは約2割以下の生徒しかプログラミングについて学んでいなかったのが、来年度からは全員がプログラミングについて学習し、それが入試にも取り上げられるということが、エポックメーキングであると考えています。
学内でこの情報入試についていろいろな先生と話していると、様々な意見があります。その中で、大学入試における「情報」の意義を、私なりに考えてみました。
入試においては、当然理解力や論理的思考力、データ分析力といった学生の資質を測ることになります。ただ、こういった力は、数学や理科、あるいは昨今の共通テストでは社会科などでも、かなり重視されているように感じます。
このように既に確立された学問分野の存在感には大きいものがあり、その中で「情報」という新しい教科を、大学側がいかにきちんと取り上げていくかということに関しては、今後各大学でよく検討していかなければならないと考えています。
一方で、「情報」を入試に導入することによる、大学にとっての明らかなメリットは、現在どの大学でも1・2年次で「基礎情報処理教育」を採用されていると思いますが、「情報Ⅰ」の内容は、この多くをカバーしているということです。
例えば京都大学でも、文系・理系に関わらずどの学部でも1年生で「情報基礎」や「情報基礎演習」という科目が開講されており、ほぼ必修に近い形で履修されています。
ここで教えられている内容は、実はかなり情報リテラシーに相当するところが多く、例えばコンピュータやネットワークの基礎知識、演習に至っては、ExcelやPowerPointの使い方から扱っています。これは、こういったスキルが身に付いていないと、後に高度な専門教育、あるいは社会に出てから困るだろう、という配慮によるものですが、逆に言えば、これまでこういったことが実際のところ、高校までにきちんと身に付いているという担保がなかった、という現状があります。来年度から「情報I」が高校生全員に必修化され、さらに入試科目に課されることになれば、それをパスしてきている学生は、こういった情報リテラシーについては大丈夫だろう、という前提が置けることになります。
その結果、初年次教育の内容が、より高度なデータ科学やAIの教育にシフトでき、充実させることができるのではないかと期待しています。
プログラミングはあらゆる学問のインフラになっている
先ほど来、言及している情報リテラシーは、本来皆が身に付けておくべきもの、いわゆる「読み書きそろばん」の範疇であると思います。一方で、大学入学共通テストの「試作問題(検討イメージ)」について、情報処理学会の高校の先生が実際に生徒にやらせてみた体験の記事を書かれていますが、その中で、特に「プログラミング関連の問題が難しい」という評価がされています。
現在の高校教員においては、特にプログラミング指導に対する不安が少なからずあるようです。確かに、これまでプログラミングをほとんど教えて来なかったのを、いきなり授業をするというところに、やはりかなりのエネルギーが必要になると思います。
実際のところ、プログラミングはいろいろな分野で必要とされています。昔は情報学を専門とする学生だけでよい、という感じでしたが、今は医薬・農学も含めたあらゆる理工系の分野、さらに人文社会系においても、データ科学の知識だけでなく、AI関連のプログラミングができることが望ましいというのが、先生方も学生も本音のところではないかと思います。
これは情報技術、あるいはデータ科学がいろいろな学問分野に浸透し、そのインフラとなってきているということです。ですので、この部分が高校教育や大学の初年次教育、それらに加えて入学試験という高大接続の中できちんとカバーできるようになるのは、多くの学問分野、あるいは産業分野において大きなメリットではないかと考えられます。
教育体制の不安を解消するために
課題はやはり教育体制です。特に高校では、専任で教えられる教員が不足しています。電気通信大学の中山泰一先生が中心になって調査されていますが、少し前の調査では情報科教員の24%、ほぼ4人に1人が免許外または臨時免許で担当しているということです。さらに、その約半数を8つの県で占めてるという、地域格差の問題もあります。
また、情報科の免許を持っている先生の中でも、特にプログラミングのスキルに関する不安があるということも、先ほど述べたとおりです。こういったことが、あと1~2年で解決できるのか、というところが大きな課題ではないかと思います。
実際に様々なメディアにおいても、高校の「情報I」の必修の意義は評価されている一方で、専門教員不足の解消が急務であることも指摘されています。
教員不足の根源的問題は、やはりこれまで教科「情報」の位置付けがそれほど重要視されていなかったため、教員の採用が抑えられていた、ということもありますが、一方で、情報系を専攻とする学生に、教員になる選択肢、インセンティブがあまりないというのも事実です。
最初に申しましたように、情報科教育法の履修者がほとんどいない、というのが、理学部や文学部で、理科や社会科の教員を志望する学生がかなりいることとの大きな違いであると思います。
しかしながら、こういった問題は外部人材やオンライン教材の活用などによって、かなり軽減されるのではないかということを期待しています。最初にご紹介したように、情報処理学会では「情報I」のMOOCの構築を進めています。
情報学、あるいは情報技術の持続的な発展においては、情報教育の裾野の広がりが重要であると思います。これは卵とニワトリの関係で、そこに情報の専門家集団が関わって、恩恵を受けながら貢献をする、という仕組みが必要であると思います。それが今回、大学入試に取り上げられることによってもう一段、ブーストされるということを期待して、私のお話とさせていただきます。
FIT2021 (第20回情報科学技術フォーラム)公開シンポジウム講演より