FIT2021 (第20回情報科学技術フォーラム)公開シンポジウム

パネルディスカッション

司会:筧 捷彦先生(東京通信大学情報マネジメント学部 教授)

パネリスト:

 徳山 豪先生(関西学院大学工学部 教授)

 須田礼仁先生(東京大学大学院情報理工学系研究科 教授)

 高岡詠子先生(上智大学理工学部 教授)

 中野由章先生(工学院大学附属中学校・高等学校 校長)

 鹿野利春先生(京都精華大学メディア表現学部 教授)

 

ご本人提供
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司会:筧 捷彦先生

 

今回のパネルディスカッションの概要を簡単にご説明します。

 

2025年に実施する大学入学共通テストに、「情報」を教科として、単一の時間枠で採択をするということが、今年3月に大学入試センターから提示され、7月末に文部科学省から実施大綱が公表されたのは、ご存知のとおりです。

 

これらのことを踏まえて、大学入試共通テストにおける情報科の果たすべき役割、そして大学は今後これをどのように活用していくかということについて、議論をしていただこうと思います。

 

 

最初にパネリストの先生方から、ご自身の立場と、それを踏まえた上で、大学入学共通テストに導入される情報入試について、どのように位置付けたいかということをお話しいただき、さらにそれを受けて、残りの時間でディスカッションということにしたいと思います。

 

 

ご本人提供
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■徳山 豪先生(関西学院大学)

 

私は、このスライドの一番下にあるように、「日本が情報後進国になる」ということを一番懸念しています。

 

情報教育をきちんやっていかないと、近い将来、日本は情報の後進国になってしまう。今でも、情報に関する日本の学術や一般の人の力は、米国や中国に比べて勝っているとは言えません。

 

行政や産業、科学技術など全てにおいて、情報活用能力は現代の読み書きそろばんとして非常に重要なもので、これがないと日本の将来はない、と言っても過言ではありません。

 

 

その意味で、情報教育をしっかり行うためにも、情報入試は必要であると思っています。例えば、学生が成果を挙げようとするために、データの捏造とまでは言いませんが、過去の成果よりも良く見えるように都合よく情報をねじ曲げる、ということがあります。今の学生は、そういうことは絶対やってはいけない、ということをきちんと学んできていないのです。ですから、大学ではそういった情報の取り扱いについて、まさに一から教えなければならない。このような状況は、早急に改革しないといけないと思います。

 

「情報」とはいうのはどういうものなのか。正しく扱うとはどういうことか。どのように大切なものなのか、ということをきちんと教えることが、情報教育の基盤だと思います。情報入試に関しても、そういったことを意識していくことが必要であると思います。

 

 

ご本人提供
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■須田礼仁先生(東京大学)

 

私は、国立大学の一メンバーということで、この場にお呼びいただいたかと思います。現在は、情報理工学系研究科という大学院組織におりますので、先ほどの河原先生と同様、学部の入試に直接関わる立場ではないので、ある意味自由に発言できますが、ここでの発言内容は所属大学を代表する考えではございませんので、ご了承ください。

 

入試というのは、大学教育をどのように進めるかということに直結します。河原先生もおっしゃっていたように、これまでは大学1年生でパソコン教室のような情報リテラシーを念のために教えているのを、情報入試をパスした学生が入学してくることによって、一定の知識を持っているものと見なせるようになります。そうすると、初年次教育で、いわば「大学らしい」情報教育をスタートできるようになる、ということが期待できます。

 

もちろん、そのためには大学のカリキュラムの再構築や組織化に、それなりの労力や時間をかけることが必要になりますが、それが進められるようになる大きなきっかけであると思います。

 

 

個人的には、情報入試は文系・理系を問わず、情報を専門とする以外の人も、ぜひ受けてほしいと思います。例えばギリシャ語の辞書は、今でも100年前のものを使っています。こういった大きな辞書は、人手で新しいものを作るのがとても無理、という状況だからです。同様に、美術作品や古文書には、可視領域以外の部分、つまり見えない部分に貴重な情報が入っているという研究が進んでいます。

 

 

今挙げたのは、二つとも文学部の研究の例ですが、これらから文系の学生であっても「情報」をきちんと学んでくることの必要性は十分わかっていただけると思います。また、一方で一部の学生はデジタルスキルが非常に高くて、いろいろなことが提案できますので、今後先生方自身のデジタルスキルが上がって来れば、この効果は案外早く表れてくるかもしれない、と期待しています。

 

大学教育における情報教育や研究に関しては、情報系人材の不足云々が長年叫ばれていたにも関わらず、改善のきざしがありません。私は国際関係の仕事もしているのですが、海外の先生からは「情報の学科の規模が1桁違うんじゃない?」とよく言われます。海外では、情報のためにキャンパスを一つ作る、という話は普通なので、今、日本は海外との差が相当あるということを認識していただければと思います。

 

 

この状況は入試だけで変わるわけではありませんが、日本は高校・大学の進学率が高いので、高校できちんと「情報」を学んだ人が大学に入って、デジタルの基礎・素養を身に付け、社会に出ていくことが、日本の社会全体の変化につながることを期待しています。

 

 

 

先般、国民の健康と命を守るはずの某ソフトが、非常に基本的なトラブルを複数回起こしたことがありましたが、このようなトラブルを見ると、「情報の話は情報の専門家にお任せ」という、「情報他人事意識」を危惧します。

 

納品されたソフトウエアがきちんと動くかどうかを、完全に確認するのは専門家でも難しいですが、基本的な動作確認であれば、基本的な情報リテラシーがあれば誰でも確認できるはずです。担当者に情報リテラシーがあれば、あのような問題はなかったはずです。

 

また、某ワクチン予約システムでは、偽の番号を入れても予約できてしまう、というトラブルも起きました。これはやや数学的な話ですが、番号にちょっとした仕掛けをしておけば、このようなことはなかったはずでした。

 

情報セキュリティは非常に重要な問題です。攻撃側の技術も上がっていますが、そこに人が引っ掛かるというのが最大の問題です。セキュリティ上、どういうところに危険があるのか、ということを皆がしっかり学ぶことが、日本のサイバー社会を安全な方向へ進めることになると思います。

 

そのために、情報技術は極めて重要です。情報のハード・ソフトなくては社会が回らないという状況にある今、これがもし国同士の対立や大規模な事故で使えなくなったらどうなるか、ということを想像するのは、難しいことではありません。

 

 

欧州では、以前から「情報技術の自給率」を踏まえて政策を立てているほどです。それにひきかえ、日本はどうなのかと考えると忸怩たるものがありますが、新学習指導要領の高校の「情報Ⅰ」、さらに大学入学共通テストへの「情報」の導入が一つのきっかけになってくれないかと期待しております。

 

 

ご本人提供
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■高岡詠子先生(上智大学)

 

私は上智大学の所属ですが、情報処理学会の教育担当理事も務めております。今回の発言は主に教育担当理事としての見解であり、先ほどの須田先生と同じく、所属大学の意見を代表するものではございませんので、ご了承ください。

 

私は情報処理学会で、今回の情報入試の土台となる様々な活動をしてまいりました。2003年に高校に教科「情報」が新設され、まだそれほど注目されていなかった頃から、プログラミング教育の重要性について発信を続けてまいりました。

 

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また、2013年の現行の学習指導要領施行後は、学会誌やシンポジウムなどで情報入試の必要性を訴え続けてまいりました。過去にも2年間(2016年から)教育担当理事を務めた立場からも、2025年からの大学入学センター試験への「情報」の導入は、とても嬉しく思っています。

 

※クリックすると拡大します

 

大学入試が変わることによる効果として、まず高校のカリキュラムが変わると、大学のカリキュラムが変わります。先ほど須田先生がおっしゃったように、初年次教育での情報リテラシーの内容は撤廃され、データサイエンスや人工知能について、より深く学ぶことができるようになるでしょう。

 

そして、私が一番重要だと思うのは、情報の素養を身に付けているということを、社会が評価することだと思います。

 

 

私は、「情報」は教養であると思います。これは、例えば「なぜデマは拡散するのか」とか、「怪しいメールのリンクをクリックしたらなぜ偽サイトに誘導されるのか」「ネット上では100パーセント匿名ではないのはどうしてなのか」といった情報システムに関するトラブルが起こったとき、ネットニュースを鵜呑みにせず、正確な知識に基づいて客観的に考えられるということです。

 

また、コンピュータでプログラムがどのように動いているかがわからなければ、自分の使っている情報システムは全てブラックボックスになってしまいます。そういうことを防ぐためにも、「情報」は教養であるのです。

 

 

そうは言っても、情報入試の実施には様々な課題があります。皆さんも言われているように、情報科専任教員の割合の地域格差があり、こちらに関してはこれからも問題提起を続けていきたいと思います。

 

また、教員に要求される内容が非常に高度である、という問題もあります。これについては、これまで頑張って来られた高校の先生方の教材や授業事例などもたくさんありますし、大学の教員が情報リテラシーの科目で教えてきた教材をまとめて提供するポータルサイトができれば、と個人的に思っています。

 

 

最後に申し上げたいのが、情報入試のために知識をひたすら詰め込む「お勉強くん」を作らないということです。これは「情報Ⅰ」をしっかり勉強して、ふだんから情報活用能力を身に付けるようにすれば、試験対策のためだけの暗記など必要ないわけです。そもそも「情報が暗記ものである」という間違った認識をしないでいただきたいと思っています。

 

 

「情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発」第3回シンポジウム より
「情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発」第3回シンポジウム より

■中野由章先生(工学院大学附属中学校・高等学校)

 

情報入試はもう実施が決まってしまったので、今さらネガティブなことを言っても仕方ありません。すでに、これをどのようにうまくやっていくかというフェーズに変わったと思っています。そして、この大学入学共通テストが、高校の情報科の授業内容の一つの基準になるでしょう。

 

 

今までも学習指導要領はありましたが、その学習指導要領に従って作られた教科書にもいろいろありますし、さらに学校によってやっていることは結構バラバラでした。しかし今回、大学入学共通テストという一つの基準ができたわけです。

 

ただ、だからといって、日本全国おしなべて基準通りの教育をしなければならない、という話ではありません。基準があるということは、先生方が自分の学校の特性や生徒のことを考えて、そこからどのように変えていけばよいか、ということを検討するベースができたということで、これは非常に大きいと思います。言い換えれば、「うちの生徒たちには、どんな授業をしていかなければならないか」を考える基準が、情報入試であると思います。

 

高校でそういった基準ができたということは、当然中学校の教育に影響してきます。それに連れて小学校の教育に影響が及び、情報教育の体系化が進展するでしょう。そして、日本学術会議が一昨年出された、小学校から大学の専門教育までの「情報教育の設計指針」が目指したものが実現し、その内容をさらにリバイズしていくことが進展する、ということに期待しています。

 

情報の授業では、総合的な探究力を身に付けることを目指すべきだと思います。そのためには、体験的な学びが最適でしょう。レクチャーで知識を詰め込むのでなく、子どもたちがいろいろな体験的な学びを進めていくことが大事であると思っています。

 

 

ご本人提供
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■鹿野利春先生(京都精華大学)

 

初等中等教育においては、学習指導要領が基準となりますので、先生方には、まずこれを読んでいただき、その上で入試、あるいはその他について対応や学習を進めていただきたいと思います。

 

高校の教科「情報」は、小中高と体系的に培ってきた情報活用能力の総仕上げとして、要となるものです。大学は、それを学んだ学生を受け入れてからの情報教育をどこから始めるか、どの程度やるのか、ということが重要です。そのときに、高大接続システム改革会議でもあったように、情報入試が高校と大学をつないで変えていく役割を果たすことになると思います。

 

「情報Ⅰ」は入試のために作ったものではありません。これは国民的素養ということで、初等中等教育で必要な情報活用能力の総仕上げとして、「こういうものが必要である」ということを形にしたものです。しかし,大学でも当然必要なものであり、今後大学の教育を大きく変えていくことになるでしょう。

 

さらに、今後はリカレント教育も進んでいくことになると思います。これについては,行政が施策として対応を行っていく必要があります。これについても大学等の教育機関は大きな役割を果たすことになるでしょう。

 

 

■情報教員問題をどのように解決するか

 

筧先生

最初に、昨今よく言われる問題として、高校によっては情報科を担当する先生の数が足りていないとか、専任の先生がいないといった問題があります。これはなぜなのか。それに対して、何か希望を与えるような話を含めて、ご意見をいただければと思います。現場に一番近いのは中野先生ですね。

 

中野先生 

批判を覚悟で申し上げれば、教科「情報」が必履修になったのは2003年で、すでに20年近く経っているにもかかわらず、まだ情報科の先生が足りていないというのは、もはや教育行政の不作為と言われても仕方ないと思います。

 

一方で、きちんと計画的に教員採用を行い、育成してきた自治体や学校もあります。ただ、不利益を被るのは結局子どもたちなので、そこはきちんと対策をしてあげなければいけないと思います。

 

確かに、専任の先生を採用して来なかったのには、いろいろ理由があると思います。「情報」は単位数が少ないので、専任を置けないということはもっともですが、それを言うのなら、家庭科や音楽、美術でも、条件は同じです。にもかかわらず改善が図られなかったのは、それだけ「情報」が軽んじられてきたのか、ということになってしまいます。しかし、今さらこれを言っても仕方ないので、やはり今後は、情報科の先生を積極的に採用していくことだと思います。

 

もう一つは、今現場にいらっしゃる先生方の環境、サポート体制を早急に整えていただくことですね。文科省も、ここ数年で「情報」の教員研修用教材を作ったり、授業の実践事例集をまとめたりと、全面的なバックアップをしてくださっています。ここまでやっていただいた教科は、今までなかったと思います。さらに、情報処理学会などの学協会や団体、企業も、皆がそれぞれできることで、来年に迫った「情報Ⅰ」、そして3年後に迫った大学入学共通テストに向けて先生方や学校現場をサポートしていこうとしています。こうやって皆が頑張っていくことが大事なのだろうと思います。ですので、教育行政側としてはぜひ情報科の教員採用を頑張ってください、ということだと思います。

 

 

筧先生

ここでフロアからの質問です。学生さんだと思われますが、「情報科の教員免許を取るつもりですが、伝え聞く話では、情報科の教員になったものの、他の教科を押し付けられている(これはご本人が書いてる言葉です)ということですが、今後は変わっていくのでしょうか」というものが来ています。

 

こちらは鹿野先生に、大きな展望から見たときにどんなことが考えられるか、あるいは、大学側や産業界の方に何か期待しているということがあれば、ぜひお願いしたいと思います。

 

 

鹿野先生

文部科学省はこの4月に、「高等学校教科『情報』の免許保持教員による複数校指導の手引き」(※1)を出しています。同時に、外部人材を活用するときにどうするかという話も含めて、情報科のサポートをしていこうとしています。

 

また、情報関係の部活動を応援していこうという動きもあります。情報科の先生に、授業以外の「居場所」も必要ですし、ここで育った子どもたちは、やがて学界や産業界で活躍することになるでしょう。

これについては、経済産業省でこの10月から有識者会議(※2)を立てて、具体化に向けて話し合っていくことになっています。このように、情報科の先生が学校の中でやりやすいように、文部科学省だけでなく経済産業省も頑張っています。私自身も、例えば経済産業省で有識者会議をするときには参加する予定でおります。そういった形で、引き続きサポートさせていただき、一緒に頑張っていきたいと思っています。

 

※1 高等学校教科「情報」の免許保持教員による複数校指導の手引き 

※2 デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会

 

 

■「情報」と他教科との連携のあり方は

 

筧先生

ありがとうございます。情報科の授業内容は、これまでいろいろ説明されてきたことから言うと、科目の中で完結するのでなく、他の教科・科目と連携してこそ意味があると思います。そうなると、「総合的な探究の時間」をうまく取り入れるということを含め、「情報」が理数系科目だけでなく、もっと文理の壁を超えた連携を図るようなユニットになるべきだ、ということが考えられています。

そういったことについて、ぜひ議論をしていただきたいと思います。これもまず中野先生に、探究の時間の場や雰囲気、仕組みについて、どのように考えればよいか、ご意見いただけますでしょうか。

 

 

中野先生

今後は、あらゆる教科で「情報」を全面的に活用していかなればならないと思っています。「探究」と言っても、「総合的な探究の時間」に限った話ではありません。情報科の3つの目標の一つである「情報社会に参画する態度」については公民科、特に「公共」と、消費者教育の観点から言えば家庭科とも連携すべきでしょう。同じく「情報の科学的な理解」は数学科や、理科の中でも特に「物理」と連携するべきですし、「情報活用の実践力」は「総合的な探究の時間」を含めた全ての教科で育んでいくべきであると思います。

 

ただその時に、情報科の先生が他教科の便利屋になってはいけないと思います。いろいろな教科・科目と協力するために、いっぱい引き取るべきですが、情報科としても、例えば数学や公民といったいろいろな教科・科目にお願いして、そこでやっていただくことも重要だと思います。

学校の中で一目置かれるような立ち位置で、まさにハブになるような先生であっていただくのがよいのではないか。校長としては、そう思います。

 

「情報」というのは、全ての学びの基盤、スタディースキルズを学ぶ教科という側面もあると思います。あらゆる教科と連携し、他の先生のために情報の教員としていろいろな教育を提供する。そして、情報科のために、いろいろな先生にサポートしていただくという体制を作らないといけない。それを作っていくのは、管理職や教育行政の責任になると思っているので、そこはしっかりやっていくべきだと思っています。

 

■情報入試の導入で、高大連携のあり方も変わっていく

 

筧先生

ありがとうございます。それでは、今度は大学の3人の先生に、大学側が情報入試の導入に向けて前向きに動けるために、それぞれのお立場でお話をいただきたいと思います。

 

大学のお立場を代表してお話しいただくのは難しいと思いますので、あくまで先生方個人としてのご意見をいただければと思います。

 

 

徳山先生

私は、前任の東北大学では全学の「情報基礎」という科目を担当して、文系学部の学生に「情報」の基礎を教えていました。そういうところで、かなり教材の蓄積はあります。しかも昨年・今年のコロナ禍で、オンデマンドの教材も揃ってきました。

 

大学でも、この入試のシステムが明らかになって、初年次教育でどういったことを教えたらよいかがはっきりすれば、今行っている初年次教育の教材もどんどん整理されていきますから、その辺りの大学の教材を高校などでうまく活用していただくこともできると思います。

 

 

須田先生

やはり「情報」は、様々な学問のハブになるような基礎的なものですし、それを活用する能力は、あらゆる学問分野の学生さん、あるいは社会人が持つべきものであると思っています。

 

ただ、これはどの分野でも同じだと思うのですが、必要性を実感できるタイミングというのは人によって異なりますので、それがたまたま遅かった人に対しても、きちんと機会を提供するということが必要であると思っています。

 

もう一つは、先ほどもお話に出てきましたが、高校や中学、小学校のいろいろな教科の中で、「情報」をうまく使うと、もっと新しいことができる、面白い発見ができるといった教材は、今後ぜひとも必要であると思います。

 

 

筧先生

ありがとうございます。高岡先生も、先ほどご自分のスタンスのお話で、大学で、あるいは情報処理学会でやってきた情報教育の題材を高校以下でも利用できるように提供できたら、というお話をしておられましたが、これらについてどのような活動ができそうか、お話しいただけますか。

 

 

高岡先生

私と同じように、教材をシェアできると考えている方がいらっしゃることがわかったので、とても心強く、情報処理学会としても、そういう枠組みを提供できるような場を創れたらいいなと思っています。今日のシンポジウムで、教育担当理事としての宿題になりそうだな、と感じていますので、できるのであれば進めたいと思いました。

 

 

筧先生

その意味では、鹿野先生は4月から大学教員のお立場に移られたわけですが、さらにこんなことができるといいな、ということがありましたら、お話しいただけるとありがたいですが。

 

 

鹿野先生

まずは、先生方からのご提案は大変ありがたいことであると、お礼申し上げます。現在は大学の一教員として、今は皆さまと同じ気持ちでおります。

 

今お話があったように、いろいろなところから教材を出していただけるようになるのが、あちこちにアプローチがあることになり、大変ありがたいと思います。ただ、これからはさらにその先を考えることも必要になります。

 

授業だけで子どもたちが伸びるのかというと、そうではありません。例えば情報処理学会で「中高生情報学研究コンテスト」をやっていただいておりますし、「SecHack365」のような育成系のコンテストもあります。これからは大学、高校、そして産業界が協力して、トップエンドも伸ばしていくことにも取り組んでいかなければならないかと思います。

 

私は「情報」の教育を中心としてやってまいりましたが、日本人はこれで何かを作っていかなければいけないわけです。できることなら、全員がクリエーターになってほしい。日本の情報教育は遅れているとか、そういうことではなくて、我々が果たすべき責任を果たしていないのではないか、という思いを抱えながら、進めているところです。

 

 

筧先生

中野先生、今度は高校側の立場に立ったとき、大学の先方との連携という意味で、さらにもっとこんなこともできるのではないか、ということがありましたら、お話しいただけますでしょうか。

 

 

中野先生

高大連携というと、大学の先生にちょっと講義をしに来ていただくとか、大学見学を兼ねて研究室訪問をさせてもらうといったことがあちこちで行われています。しかし、本当の高大連携というのは、そんなものではないと思います。これは高校現場・大学側の両方の問題であると思います。

 

現場のことを一番よくわかっているのは高校の先生です。一方で、実社会でどのようなことが行われているのか、体系的で効果が期待できるのはどんな教育方法なのかを研究されているのは大学の先生です。その意味で、高校側は大学の先生にもっとどんどん相談していくべきだと思います。大学側は相談に乗りながら、それを研究テーマとして引き取って、高校の先生と一緒に問題解決をしていく。そういったレベルの高大連携をしていくのがよいのではないかと思います。

 

今、大学には素晴らしいコンテンツがたくさんあると思います。一方で高校の現場には、素晴らしい実践がたくさんあります。お互いがそれぞれを知らない状態でいるのは、本当に惜しいことです。

だから、高校側も自分たちがやっていることや抱えている問題をもっとどんどん発信していってほしいですし、大学側も、高校現場との連携をさらに進めていただけたらと思います。

 

 

■情報入試、大学はどう見るか

 

筧先生

さて、フロアから「共通テストに『情報』が入ることになりますが、ではその『情報』のテストを実際の入試に反映させる大学はたくさん出るのでしょうか。共通テスト以外にも、入試で『情報』を扱う大学は本当に出てくるのでしょうか」という質問が来ています。

 

ここにいる大学の先生方は、私も含めて情報入試導入の可否を決めるお立場ではないと思いますが、あくまで個人のご意見として、こういった雰囲気があるとか、今後1年・2年の間にこのように動いていってほしいと思っている、というお話をいただければと思います。

 

 

徳山先生

具体的に私が知っているということではないので、詳しくは申し上げられないですが、基本的に、その大学でどのくらい「情報」の力をつけられるか、そのためにどんな教育をしているかというのは、かなりのインセンティブにもなります。ですから、多少様子見もあるかもしれませんが、情報入試を取り入れる大学はかなり多くなるのではないかと思っています。学術会議も、そういったことを目指して動いていくということになっています。

 

 

須田先生

先ほど河原先生にご紹介いただきましたように、昨年10月に、8大学情報系研究科長会議として情報入試をぜひサポートしていきたい、という声明を発表しました。これは、大学入試共通テストに「情報」が入っただけでは意味がなく、それを大学が活用して、その上で先ほどお話ししたように、大学の教育が改善され、そして日本の社会が変わっていく、ということの大前提となります。

 

私からは、こういったメリットを、いろいろな場や機会をとらえて説明していきたいと思っています。

もちろん最初のうちは、特に浪人生への対応など、テクニカルな課題があるというのは、全くそのとおりですが、方向性としてこれがしっかりと定着していくことを願っている、というのが私の個人的な意見です。

 

 

筧先生

ありがとうございます。一方で、私立大学は本当に多種多様で、私立大学全部がどうするという話は難しいと思いますが、それでも分野としてこういった感触がある、ということが何かありましたら、高岡先生、お話しいただけますか。

 

 

高岡先生

私自身、学会としてずっと情報入試の活動に携わってきているので、多くの大学が入試に取り入れてくださるのが願いであり、期待しています。今の段階では、これからもこういった活動を地道にやっていくのが一番よいかなと思っています。

 

 

■情報系の部活でインターハイを

 

筧先生

先ほど、鹿野先生には情報系の部活を含めた活動の推進を考えておられるというお話をいただきましたが、具体的にどんなことを目指しておられるのか、補っていただけますでしょうか。

 

 

鹿野先生

高校の文化部の全国組織として高等学校文化連盟(高文連)があり、その中に専門部があると、正式な全国大会(全国高等学校総合文化祭)、いわば文化系のインターハイを開催することができます。そうすれば、例えば全国大会に都道府県の代表として出場したという実績が、入試でも評価されていくことは可能であると思います。

 

また、入試についてはいろいろな考え方があると思いますが、先ほど中野先生がおっしゃったように、実施が決まったということは、これまでとはフェーズが変わったことになりますので、今度はそれを大学で実際に導入するかということについては、決定権を持つ方に対してのアプローチが必要になると思います。それは学部長・学科長であったりもしますし、理事会であったり、学長であったりするかもしれません。そういう方へのアプローチが今後重要になると思っております。

 

 

■情報科の教員を目指す学生さんへ

 

筧先生

ありがとうございます。大学側の教員としてもやらなければならないことがいろいろあるというお話で、そういったことについては、学会というチャネルを通じて活動したいと思います。

 

次に、情報科の教員免許を取ろうかと考えている学生さんからの質問です。

「周りで見ても、情報科の教員免許を取りたいという人がそもそも少ない。また、教職専門科目の単位をプラスして取らなければならないので、その両立が難しいことから断念してしまう友達も多いです。こういうことに関して、学会として、あるいは広く大学全体として、どのような支援を考えておられますか。あるいは現にあるでしょうか」という話です。

 

中野先生は、情報処理学会の初等中等教育委員会の委員長もしておられますので、お話しいただければと思います。

 

 

中野先生

情報処理学会ではSSR(Society's Social Responsibility Group:会員の力を社会につなげる)という研究グループがあり、そこで情報科教員を目指す学生さんに向けてのガイダンス会を毎年行っています。今年は10月3日(日)の午後にオンライン開催を予定しています(※3)。

 

このガイダンス会では、実際に情報科の教員になられたばかりの先生や、現場の高校の先生方がたくさんいらっしゃって、いろいろなお話をしていただきますから、ぜひそんなところを見ていただきたいと思います。

 

今日このシンポジウムにご参加いただいている方は、「情報」に対する熱い思いを持っていらっしゃると思います。「情報」は、非常に面白い学問・研究領域で、それを高校生に伝えるのは、もはや社会的ミッションであり、それはここにいる人たちだからこそできるのではないかと思います。

確かに教職課程の単位を取るのは大変ですが、その大変な思いをして教員免許を取るという経験は、仮に将来教員にならなくても、非常に大事だと思っています。

 

さらに、教育実習で現場に行って自分の思いを子どもたちに伝え、子どもたちからもいろいろなものを受け取ってくる。それが嫌だとか苦手だという人は、教員にならなければいいわけです。やはりそれが楽しい、やりたいんだと思う人は、ぜひそちらに進むべきだと思います。

 

ですから、教職の授業が大変か大変でないかでなく、面白いか面白くないか、やろうという気があるかないかだけの話だと思います。だから、取りあえず教職課程を取って、教育実習で学校に行ってみて、体験してみてください。まずそこからだと思います。それで駄目だったらやめればいいと思っています。

 

※3 第10回 情報科教員を目指す学生さんに向けてのガイダンス会 2021

 

 

筧先生 

少し切実な質問で、どこの県とは書いてありませんが、採用試験を受けた方のようです。「昨年までは1次試験も通らなかったのですが、今年は1次通過が30人も出ました。でも採用予定人数はほんの少しなので、ほとんどが落ちることになります。落ちたら私は、どうすればよいでしょう」というものがありました。何かヒントはあるでしょうか。

 

 

中野先生

少し乱暴な言い方かもしれませんが、本当に教員になりたいのであれば、全国の受けられる都道府県や私立学校は全部受けたらよいと思います。若い時こそ他流試合に臨む意味があります。教育委員会によって、教育方針や教育方法、学校運営のやり方も全然違いますから、若いうちにいろいろな教育を体験してみるとよいと思います。また、新卒採用よりも現職教員枠の方が合格しやすい、ということもありますので、最終的に自分が勤務したいところがあるのなら、どこかで現職教員になってから受ければよいと思います。

 

 

筧先生 

フロアの方から、「情報の分野は、題材として取り上げるべき新しいものが次々に出てくるという特色がある一方で、基本的な概念も学ばなければならないと思います。そういった、どんどん変わっていく部分と基礎的な話、教材などをうまくシェアをする仕組みがあればいいなと思いますが、できるのでしょうか」とういう質問が来ています。高岡先生、情報処理学会としてこんなことができそうだ、ということがあればお話しいただけますでしょうか。

 

 

高岡先生

これは私個人のアイデアレベルですが、シェアするためもポータルサイトのようなものが、どこかにあるべきだと思います。こういったものを作ろうとしている先生がおられる、というチャットコメントも先ほどありましたので、そういった方々と連携してやっていくことになると思いますが、前向きに検討していきたいと思います。

 

 

筧先生

最後に一つコメントをご紹介します。「共通テストにしても、一般入試にしても、情報入試ができるかできないかは、東京大学と京都大学が率先して取り入れたらよいと思う」というものが来ております。これについて須田先生、「頑張ります」という態度表明でも結構ですので、一言ご発言いただいて、今日の討論を終わりにしたいと思います。

 

 

須田先生

本当におっしゃるとおりで、我々がある種、手本を見せる責任はあるだろうと痛感はしております。一方で、最初に申し上げましたように、私には決める権限があるわけではございませんが、できる範囲で先ほど申し上げたような利点や欠点も含めて、各方面にきちんとご説明をするのは私の役目かな、と思っております。

 

 

筧先生 

ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。

 

この時間内でお答えできなかった分については、今日ご参加いただいたパネリストの先生方にも見ていただいて、お答えがいただけたものについては、学会のページに掲載する予定でおります。

 

パネリストの先生方のご協力、フロアの方々からの質問をたくさんいただいて、有効に議論ができたことを感謝して、この総合討論を終わりたいと思います。ありがとうございました。