SSS2021 情報処理学会 情報教育シンポジウム
高等学校共通教科情報科の知識体系に関する一考察
電気通信大学 赤澤紀子先生
教科書に登場する用語をもとに「情報」の知識体系構築を目指す
2022 年より、高等学校の共通教科「情報」は、必履修科目の「情報I」と選択履修科目の「情報II」が設置され、すべての高校生がプログラミングなどを含む「情報の科学的な理解」を主とした「情報I」を履修することになります。また、2025 年から大学入学共通テストで「情報I」が出題されることが正式に決定し、これにより各大学の個別入試においても、入試科目に「情報」が設置される可能性が増してきました。
大学入学試験として「情報」を出題するためには、出題する大学側と、受験する高校側で、出題内容や範囲、用語などの共通の知識体系が必要となりますが、現状ではまだ明確に定められていません。そこで本研究では、知識体系の明確化を目標として、「情報I」の教科書で用いられる用語から知識体系に関する考察を行います。
はじめに、共通教科「情報」の変遷を見てみましょう。2003年度に共通教科「情報」が設置されたときは、「情報A」「情報B」「情報C」の3科目から、学校側が選んで開講したものを高校生が履修するという形をとっていました。2013年度に現行の学習指導要領になって、「情報の科学」と「社会と情報」の2科目からの選択必履修となりました。そして、来年2022年度に新しい学習指導要領では必履修科目の「情報Ⅰ」、さらに発展的な科目として「情報Ⅱ」が設置されます。
大学入試に当てはめると、2003年に教科「情報」が設置されたことを受けて2006年以降、増減はありましたが、現在は十数大学の個別学力試験で「情報」が課されています。
2025年実施の大学入学共通テストの出題科目に「情報Ⅰ」が入ることになり、今後各大学の個別の入試でも「情報」を出題する大学が増えていくだろうと思います。
「情報」は、高校だけでなく大学でも学び続けるわけですが、その間に大学入試があります。この「情報」による入試(以下、「情報入試」)の出題のあり方について検討する材料としては、学習指導要領や学習指導要領解説、さらにそれを受けた教員研修用教材、検定済の教科書などがあります。また、大学入試センターからは、大学入学共通テストの「試作問題(検討用イメージ)」や「サンプル問題」が公表されています。しかし、出題する大学側と、受験する高校側の双方にとって、どの水準までの出題が可能か、という基準の擦り合わせは、まだ明確になっていません。
そこで本研究では、教科「情報」知識体系(共通の考え)を作るということで、「情報」の用語に着目し、「情報Ⅰ」の検定済の教科書から用語をピックアップして、いくつかの調査・分析を行いました。
情報科の知識体系を作るための材料がこちらです。
日本学術会議からは、「情報教育課程の設計指針―初等教育から高等教育まで」(2020年9月)が出されています。こちらは、初等教育(小中学校)から高等教育(大学の専門基礎教育)まで、それぞれの段階で何を・どこまで学ぶかという指針が示されています。ただ、高校の情報科という点で考えると、この中で示されている初等中等教育という枠組みに完全に一致しているわけではないこと、また入試科目としての「情報」を考えると、やや抽象的な部分も多いと思われます。
この他には、文部科学省の学習指導要領(2018年3月)と学習指導要領解説(同7月)、さらにこれに基づいた「高等学校情報科『情報Ⅰ』教員研修用教材」(2019年5月)と「同『情報Ⅱ』」(2020年)が出ています。そして2021年3月に公開された検定済みの「情報I」の教科書があります。本研究ではこの中の学習指導要領解説と「高等学校情報科『情報Ⅰ』教員研修用教材」、そして検定済みの各社の「情報Ⅰ」の教科書の3つに焦点を当てています。
本研究で扱う用語について説明します。検定済みの教科書は、全部で13本出ています。それらの索引にある用語(教科書用語)と、情報処理学会情報入試委員会 (JN) が分類した用語(JN用語第0版)を使用しました。
研究に使った教科書はこちらのスライドに示す通りです。これらの索引に掲載されていた用語は、延べ3592語ありました。その中から重複分を削除し、「オペレーティングシステム」と「OS」のように同義語を1語としてまとめると、教科書用語は2046語となりました。
一方、情報入試委員会が分類したJN用語は334語ありましたが、このうち82%の274語は、教科書用語と一致していたので、一致していなかった60語と合わせた2106語が今回の研究の対象となります。
分類コードは「教員研修用教材」と「学習指導要領解説」に基づく
まず教科書用語を、「教員研修用教材」によって分類しました。
分類コードの仕組みを説明します。「教員研修用教材」は第1章から第4章に分かれています。この第1章から第4章を「大分類」としました。
スライドの赤い点線で囲んだところが、「教員研修用教材」から抜粋した大分類のページで、大分類の中で学ぶ(ア)(イ)(ウ)の学習内容が示されています。この(ア)(イ)(ウ)を「中分類」としました。
(ア)の部分を拡大したのがその右側の緑色の枠になります。この(ア)(イ)(ウ)は、それぞれがさらに細かく(1)(2)(3)(場合によっては(4)まで)に分かれています。この(1)(2)(3)(4)を「小分類」としました。この大分類-中分類-小分類をつないだものを「研修分類コード」としました。
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分類方法として、ある用語が大分類の1~4のいずれかに対応する場合には、大分類1~4の分類コードを割り当てます。
さらに中分類まで対応する場合は、1ア~4ウまでの分類コードを割り当てます。小分類まで限定できる場合には、1ア(1)~4ウ(3)までの分類コードを割り当てます。
例えば、スライドに示しているように、「情報社会」は、分類コードとして大分類1を割り当てていますし、「人工知能」は中分類1ウ、「SNS」に関しては小分類2ア(3)という具合です。
この他に、文脈に応じて異なる解釈ができる用語を「多義性のある用語」として区分けしました。例えば、「トレードオフ」や「抽象化」がこれにあたります。また、「情報」「データ」「コミュニケーション」など、「情報分野の知識項目よりも広い範囲の用語」も区分けしました。さらに、教科書用語には中学校の技術・家庭科で扱う用語も含まれていたので、これも区分けしました。
もう一つ分類の観点になるものとして、「学習指導要領」および「学習指導要領解説」との比較もしておくべきと考えました。
学習指導要領および学習指導要領解説も、一番大きな分類は、研修分類コードの大分類の1から4と同じものが当てはまります。
下の表で示しているのは、大分類1の「情報社会の問題解決」について、「学習指導要領解説」と、先ほどの「教員研修用教材」からそれぞれ抜粋したものです。
スライド左側の学習指導要領解説は、「ア 次のような知識及び技能を身に付けること」と「イ 次のような思考力、判断力、表現力等を身に付けること」の2つに分かれており、それぞれの下に(ア)(イ)(ウ)の項目があります。この(ア)が教員研修用教材の「(ア)問題を発見・解決する方法」に対応しています。(イ)、(ウ)も同様です。
学習指導要領解説は、ここに示すように大分類と中分類の2段階の分類に分かれており、この大分類と中分類は、教員研修用教材と一致しています。
この学習指導要領解説をもとにしたコードを「要領分類コード」と呼ぶことにします。
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掲載用語は教科書ごとにばらつく傾向
要領分類コードの例を紹介します。学習指導要領解説の中から教科書用語を【】で括ってピックアップしています。例えば【メディア】という用語は、学習指導要領解説の「1ア」に入っているので、要領分類コードは「1ア」になります。【情報セキュリティ】は「1イ」に対応するところに入っているので、「1イ」となります。
こちらは、2046の用語について、各出版社の教科書で共通して掲載されている用語の数を調べたものです。教科書は6社から出ていますが、6社で共通して掲載されている用語は74あります。5社で共通している用語が80、4社で共通しているのが83…となっています。
これらの中で、要領分類コードの割合、つまり学習指導要領解説に出ている単語がどのくらいあるかについても調べました。6社に共通する74語のうち、71.6%が学習指導要領解説に入っています。5社共通の場合は35%、4社共通の場合は27.7%入っていることがわかりました。このことから、共通する出版社数が少なくなると、用語の数は増える、―共通する出版社数が少ない用語は、学習指導要領解説に出ている割合が低くなる、つまり出版社ごとに独自の用語を使っているということがわかりました。
こちらが全6社共通で使っている用語です。下線が引かれている用語は、学習指導要領解説に記載があるものです。こうして見ると、複数の分類に当てはまるものもあり、2カ所あるものに関しては「†」が付いています。
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3社以上で採用されている用語に研修分類コードを割り当ててて、教科書ごとに分類したものが次のスライドです。
下図は大分類ごとの用語の出現数です。横軸の701、702という数字が教科書の分類番号で、その後の( )の中の数字が、それぞれの教科書に含まれる用語数です。
用語数が教科書によってかなり差があること、大分類4(「情報通信ネットワークとデータの活用」)のところが、他に比べて多いという傾向が見えるかと思います。
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下図は、各教科書の全ての用語で、大分類ごとの割合を見たものです。ここでも、どの教科書も大分類4含まれる用語が多くなっていることが見て取れます。
また、教科書によって特徴があり、例えば703と704は、他の教科書と比べて大分類3(「コンピューターとプログラミング」の部分の割合が大きくなっています。
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今後は用語の重要度や必要性、重み付けなども検討課題に
まとめと今後の課題です。
今回の研究では、情報科の知識体系のために、教科書用語に着目して、「情報Ⅰ」の教科書の索引から用語を抽出し、分析を行いました。複数の出版社に掲載される用語は、共通する出版社数が少ないほどその種類が多く、同時に学習指導要領解説に記載される用語の割合は低くなることがわかりました。
教科書別に大分類ごとの割合を調べると、大分類4(「情報通信ネットワークとデータの分析」)の割合が高い傾向がありました。また、教科書によって大分類ごとの割合が異なっていることも見て取れました。
今回ピックアップした教科書の用語について、科学技術用語辞典で各用語の上位概念・下位概念について調べました。例えば「ビッグデータ」に関しては「データ」が上位概念にあり、「ファイアウォール」に関しては「アクセス権」があります。「フラッシュメモリ」に対する上位概念は「メモリ」、さらにその上位概念として「記憶装置」があります。用語とその上位概念、さらに下位概念の用語は、ほぼ同じ研修分類コードに当てはまることまで判明しています。
※用語の上位概念・下位概念については、赤澤先生の予稿をご覧ください。
赤澤紀子,赤池英夫,柴田雄登,山根一朗,角田博保,中山泰一:
「高等学校共通教科情報科の知識体系に関する一考察
今後は、用語の重要度や必要性、重み付けなども検討していきたいと思います。また、用語から知識体系をどのように構築するのか、知識体系にどのような用語を入れるべきなのかといったことについても研究を進めていきたいと考えています。
SSS2021 情報処理学会 情報教育シンポジウム 口頭発表より