オンラインイベント「教科『情報』をめぐる動きと情報入試に向けた指導を考える」
高大接続における教科「情報」と情報入試の意味
京都精華大学メディア表現学部 教授・文部科学省初等中等教育局 視学委員
鹿野 利春 先生
私は、出身地の石川県で県立高校の教諭をし、石川県教育委員会と文部科学省を経て、現在に至ります。高校の教員時代前半には理科を、情報科ができてからは、日本の半数近くの先生がたと同様、理科と情報を兼務していました。
今年3月まで、文部科学省で情報科の教科調査官として、教員用の研修教材、実践事例集、プログラミングなどの各種の資料を作成していました。現在は京都精華大学で教授を務めながら、情報科教員養成課程立ち上げに携わっているところです。また、これからデータサイエンス、プログラミング、情報科学などについて、大学の学生と一緒に学びを進めていこうとしています。
文部科学省では視学委員としてSTEAM(Science、Technology、Engineering、Arts、Mathematics)教育の検討を、経済産業省の有識者会議では、座長としてデジタル関連部活支援の在り方に関する検討会を行っており、新時代の情報教育の振興に向けて、日々尽力しています。
他にも情報教育の振興を目指して出版物や教材を開発している企業で顧問をしています。現役教諭のときには、情報科の教科書や副教材、理科の副教材も書かせていただきました。また、全国高等学校文化連盟の自然科学専門部の設立にも協力しており、今後は情報専門部も設立を目指したいと考えています。
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学習指導要領の改訂は高大接続の議論を受けて始まった
さて、高大接続と学習指導要領について中央教育審議会での議論のまとめがこちらです。実は学習指導要領の議論に先立って高大接続が議論されています。高大接続は、2012年に諮問、2013年に答申が出ており、学習指導要領は2014年に諮問が行われたことを見てもわかる通り、学習指導要領は高大接続の議論を受けて考えられています。高大接続の答申後に高大接続システム改革会議が設置され、学習指導要領の議論と並行して高大接続の詳細が具体化されていきました。
2013年から2015年の第7期中央教育審議会の会長をなさった安西祐一郎先生は、2015年から2016年の高大接続システム改革会議も牽引されており、一連の改革に大きな役割を果たされています。
高大接続システム改革会議が開かれた経緯についてお話しします。
大学入試を変えなければ高校教育は変わらないけれど、大学が変わらなければ大学入試も変わらないという問題があります。どちらか一つだけを変えても、うまくいくわけではありません。
それを解決する具体的方策として、高等学校教育改革、大学教育改革、そして大学入学者選抜改革の三つを一体として行うことが高大接続として中央教育審議会で審議され、それを受けてこの会議ができました。これは「三位一体の改革」と呼ばれています。
学習指導要領改訂によって高等学校教育改革が進展し、大学教育改革も行われています。大学入学者選抜改革は今まさに進んでいるところです。
「情報I」は大学の数理・データサイエンス・AI教育に直結する
情報分野から見た高大接続改革です。
従来の「社会と情報」「情報の科学」の2科目が「情報Ⅰ」という共通必履修科目に統合されました。このことで、大学入試の科目指定の際にも、選択の2科目よりは共通の1つの科目のほうが指定しやすくなります。
さらに、発展的な選択科目として設置された「情報Ⅱ」もあるため、例えば大学入学共通テストでは「情報Ⅰ」を、大学の個別試験では「情報Ⅰ」あるいは「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」の両方を出すことも可能です。また、大学のデータサイエンスなどがもっと高度になっていくと、「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」が大学入学共通テストで指定されるようになることも考えられます。
大学教育については、「文理を問わず全ての大学・高専生が正規課程でリテラシーレベルの数理・データサイエンス・AIを習得することを目標とする」と決めており、基準もできています。
高等学校の教育が変わり、大学の教育が変わるとなると、高等学校と大学の結節点となる大学入学者選抜にも、当然改革の必要が出てきます。現在、大学入試センターは「情報Ⅰ」の試験時間を60分としています。また、大学側の対応については、国立大学協会が検討しているという状態です。
日本では国立大学より私立大学のほうが多いのですが、国立大学協会が方針を出すと国公立大学がそれに対応し、続いて私立大学が対応を決める流れになりますので、国立大学協会がどのような方針を出すかは、日本の大学入試にとても大きな影響を与えることになります。
私が考える、大学側から見た「情報Ⅰ」です。
リテラシーレベルの数理・データサイエンス・AIの習得の目的は、各専門分野における問題の発見と解決だと思います。その問題の発見と解決は実際にやらせてみなければならず、そのプロセスを作成するのに『情報デザイン』は必須です。
また、データの収集にはネットワークが不可欠です。データを扱うためには数学的基礎力が、AIを扱うためにはプログラミングの力が必要です。AIを扱うとともに、AIが社会や人間生活に与える影響に対応することも必要です。これはデータサイエンスでも同様です。また全体を通して、コンピュータサイエンスの理解は不可欠で、STEAM教育のような総合的なアプローチが有効でしょう。これは「総合的な探究」などにも関わってきます。
ですから、「情報Ⅰ」だけで閉じることなく、その力を総合的な探究などでも生かしていくことが大切ですし、コンピュータをツールとして使いこなし、自分の研究分野に役立てることによって、学問も人材育成も大きく進化すると考えられます。
小中の積み上げの上にある「情報I」
では「情報Ⅰ」で何が変わったのでしょうか。
「社会と情報」、「情報の科学」では、共通して『情報通信ネットワーク』、『情報社会』、『情報技術』、『問題解決』、『情報モラル』、『情報セキュリティ』などを扱っています。
「社会と情報」では、『情報の表現』、『コミュニケーション』など、いわゆる『情報デザイン』に関することが多く、「情報の科学」では、『コンピュータの活用』、『情報の管理』、『プログラミング』や『データベース』などが入ります。
「情報Ⅰ」は、この2科目を1つにするわけです。従来の「情報の科学」の履修は、全体の20%程度でしたが「情報Ⅰ」は全員ですので、100%がプログラミングを学ぶと考えると大きな変化です。そして赤字で書いた『情報デザイン』、『プログラミング』、『データの活用』が、今回新しくなる部分です。
「情報Ⅰ」の構造を見ると、科目の大きな目標は従来と変わらず、問題の発見・解決です。『コミュニケーション』、『コンピュータ』、『ネットワーク』、『情報モラル』などの従来的なことも当然やっていきますが、『情報デザイン』、『プログラミング』、『データの活用』を問題解決のツールとして使いこなしていくことになります。ですから、大学入試としては知識的なものに加え、これらのこともできる必要があります。
これには、実は小学校からの学習の積み上げが関係しています。『情報デザイン』は、例えば小学校低学年の国語で物事を順序正しく説明するような経験が、論理的なデザインの入門になります。
図画工作などでも当然情報デザインは行われていますし、中学校では技術家庭などでも同様に鍛えて、『情報デザイン』の方法と考え方を、問題を発見・解決する手段として活用できます。
プログラミングはといえば、小学校で教科の中で体験するという形で今回新たに加わりました。仕組みを知って活用し、可能性を広げる。プログラミング的思考を育むということを、小学校、中学校、高校と、連続して行うことになります。
従来、中学校では計測・制御のプログラミングをやっていましたが、ネットワーク&双方向のプログラミングが入ってきたことで、従来の2倍の内容を行うことになったと言ってよいでしょう。そして「情報Ⅰ」では『問題解決のためのプログラミング』としてさまざまなことが行われるでしょうし、「情報Ⅱ」では情報システムを作っていくので、さらに高度なものになります。
統計に関連した学びは、小学校では統計的な考え方、中学校では簡単な統計、「情報Ⅰ」では数学Ⅰとの連携でデータを活用していきます。「情報Ⅱ」では、数学Bと連携してデータサイエンスの領域に踏み込みます。もちろん「情報Ⅰ」でもデータサイエンスにつながることは学びます。児童・生徒の発達段階に応じて高度なものを学べるようになってきたのです。
問題解決のツールとしての「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」を、活動を通して深く学ぶ
ここからは科目の中身を詳しく見ていきましょう。
「情報Ⅰ」の(1)は、『情報社会の問題解決』です。
問題の発見・解決の目標は、従来の学習指導要領では「過程の理解」にとどまりますが、「情報Ⅰ」では「必要な力」としており、さらに統計を入れています。
また、「数学Ⅰと連携」となっていますが、もしこの(1)を4月に行うならば、中学校までに学んだ統計の力を使います。そして問題発見・解決のプロセスを、小さいながらも体験していくことで力を付けていくことになります。
法規、制度、情報セキュリティ、モラルについても、従来は「必要性の理解」が目標ですが、「情報Ⅰ」では「意味を知って適切に対応する力」となります。これは、変化に対応するためには意味や仕組みを知らないといけないためです。
情報技術が果たす役割と影響も、従来は「理解」であるのに対し、「情報Ⅰ」では「対応を考察し提案する力」となっており、例えばAIなどの情報技術が社会や生活に対する影響を考え、使い方の提案もするような力が要るということです。
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『情報デザイン』の分野では、従来の目標が情報の表現・伝達の「工夫」であるのに対し、「問題発見・解決する方法」と捉えています。例えばメディアの特性については「科学的理解」を求めますし、従来は「伝えたいことの整理」だったものも「情報の抽象化、可視化、構造化」とより具体的に詳しくなっています。
またその対象も従来はポスターやWebページなどでしたが、「情報Ⅰ」ではWebサイト、インタフェースのような機能に関わること、モデル化、アルゴリズム、プログラミングなど論理に関わることなどが出てきます。もちろん、情報通信ネットワークやデータの扱いなども、『情報デザイン』と深く結び付いているため、ここで出ています。これが、これから後に学ぶプログラミングや、データの活用の基本になってくるのです。
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次に『プログラミング』です。
従来は、アルゴリズムの表現としてフローチャートなどがありましたが、「情報Ⅰ」ではアクティビティ図なども加わり、論理表現も多様性を持った形で出しています。
またプログラムについて、「情報の科学」では典型的な例であるソートやサーチなどを学んできましたが、「情報Ⅰ」ではそれに加えて問題の発見・解決に対応したものとして、多様なものが準備されます。例えば音声の認識と計測制御、画像処理、物理シミュレーション、自然界のシミュレーションなどです。これらを実現するために全てのプログラムを自分で書くのは難しいため、既存のプログラムの利用やWeb APIを活用します。また、人工知能の利用、他教科との連携なども考えられます。
学習の仕方としては、従来はプログラムの有用性やアルゴリズムによる効率の違いなどをやってきていますが、「情報Ⅰ」では関数の使用による構造化やプログラムで学ぶなど、実際に使ってみなければわからないこともあると思います。
例えば大学入試でプログラムの問題を出題する際にも、知識だけで解けるものではなく、実際にやってみたからこそ解けるような問題が出てほしいと思いますし、その際には、学習したプログラミング言語によって差が出ない形の出題にする必要もあります。
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『ネットワーク』については、スライドの赤字の部分が新しくなっています。前の学習指導要領から10年が経過し、その間にさまざまに進歩した部分があるため、その部分をしっかり取り入れています。
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『データの扱い』では数学との連携が重要です。
一番大きなところは数学Ⅰの『(4)データの分析』との連携です。赤の太字で示している分散、標準偏差、相関係数などの統計指標、散布図、仮説検定の考え方、クロス集計、そして量的データ、質的データ、外れ値などについて理論的なところを数学で学び、情報ではコンピュータを使ってデータを処理することが可能になります。その際、例えば表計算ソフトを使うことで単回帰分析などが簡単にできるため、それを使ってモデル化や予測のようなこともできます。
データについては、表形式で整理されていないものや欠損値なども扱います。赤字に下線で示す通り、数学科では扱わない実際のデータを扱う際に必要なことも、情報ではしっかり学びます。
理論的なところは数学でしっかりやって、「情報」ではどんどん活用していく。活用の際に必要なことは「情報Ⅰ」でもやっていくという形です。大学入試では、実際のデータを活用する際にどうだったか、という形の問題も出てくれると良いと思います。
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『情報セキュリティ』については、一言で言えば、知識的なところから意味を知ってそれを使う力が求められます。
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参考までに、「情報Ⅰ」の履修を前提とした選択科目である「情報Ⅱ」では、『(1)情報社会の進展と情報技術』で人に求められる資質・能力の変化について考え、『(2)コミュニケーションとコンテンツ』では、情報デザインを活用してコンテンツを制作、発信、評価することを学びます。
『(3)情報とデータサイエンス』では、多様かつ大量のデータの扱いを学びますが、図の左下にあるデータ分析からモデル化、予測、機械学習くらいまで踏み込み、収集→蓄積→処理→解析→可視化を実際に行います。その際には、数学Bと連携していきます。また、人工知能については、特性を知って使うことに重点を置きます。
『(4)情報システムとプログラミング』では、情報システムを実際に作るステップを体験します。そして(5)の探究は、ここまでに学んできたいろいろなことを用いて新たな価値を作ることを目指した活動を行います。
大学入試センターでは、入試科目として「情報Ⅰ」を出しますが、大学個別の入試の場合は、「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」を合わせて出すことも想定されますし、今後大学の教育が高度化していったときに、センター試験に「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」の両方が出てくることも、十分予想されます。
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また、専門教科の情報科では、情報産業について考えるときに、より高度な力が必要になってきますが、こちらにはそれに対応した12の科目が四つの群に分かれてまとめられています。
「情報Ⅰ」を学んでからこれらの科目をやる方法と、「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」をやってからこれらの科目をやる方法、いずれも考えられます。
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「情報I」を教える準備として何が必要か
高校教育では、これらに対応してしっかり教えられる教員が必要です。
小中高の発達段階に応じた情報活用能力の育成を踏まえた上で、一人一台の生徒用端末の使用を前提とした授業を設計する必要がありますし、学習内容によって生徒用端末の性能では対応が難しい際に、学校のパソコンルームのパソコンの維持・更新が必要になるかもしれません。
また、観点別の指導と評価による生徒の資質・能力の育成が必要です。教科書や副教材、さらにプログラミングを学ぶための様々なパッケージ教材など、有料のものから無料のものまで多様な教材が存在しますので、それらを活用するとともに、先生ご自身が新しい教材を作られると良いと思います。
現在さまざまな研修が行われていますが、「情報Ⅰ」を教えられるようになって終わるのではなく、現職教員への研修を継続して、「情報Ⅱ」も専門教科も教えられるようになることが必要だと思います。当然、大学入試への対応も必要ですが、今後「情報」の入試はさらに高度化していくことが想定されるため、研修を継続していくことが必要だと思います。
「情報I」を学んだ学生を迎える大学には教育課程の見直しも必要
大学教育については、ご覧の通りです。
高校から新しい形の力を身に付けた学生が入学して来るので、それに対応して大学教育も変えなければいけません。そして大学の教育を変えるのであれば、教員の確保と養成が必要です。
高大接続という観点に立てば、高校と大学をつなぐ入試をどうするかによって、大学教育のスタートラインが決まるため、入試は非常に重要です。
現在、国立大学協会では、そのスタートラインを「情報Ⅰ」にしよう、ということを考えています。今後、大学教育が高度化していけば当然そのスタートラインも上がり、入試の内容も変わるということになります。
こちらがまとめです。
まず、高校教育が変わります。歴史総合なども含め、変わり方はさまざまですが、「情報」に関しては「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」になり、「情報Ⅰ」が必履修となります。
大学入試は、共通テストも個別試験もあります。近々のところでは、大学入学共通テストに「情報Ⅰ」を入れる話があります。ではそのとき個別試験ではどうなるかというと、「情報Ⅰ」を出す大学もあれば、「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」を合わせて出す大学も考えられます。
これは大学教育におけるデータサイエンス、数理、AIなどの内容につながっていきますので、今後、それぞれの大学において、どこにスタートラインを置くかを入試によって決めていくことになります。
また、そのスタートラインは、大学の教育が高度化するに従って、更に上がっていくと思われます。今後は、「情報Ⅰ」にとどまらず「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」で対応する、ということに自然に移行していくことが考えられます。ですから今は「情報Ⅰ」で大学入試に対応できるような授業、体制、先生がたの指導を充実し、将来的に「情報Ⅱ」の内容に対応していくことが必要だと思います。
どれも簡単なことではありませんが、日本全体の教育を良くしていき、より良い人材を輩出すること、もっと言えば、子どもたちがしっかり世界で活躍していくために、必要なことであると思います。そして高校と大学が高大接続という形でしっかり結び付いて学習内容を継続させていくために、結節点としての大学入試の検討が不可欠だと考えています。
オンラインイベント「教科『情報』をめぐる動きと情報入試に向けた指導を考える」基調講演より