オンラインイベント「教科『情報』をめぐる動きと情報入試に向けた指導を考える」

登壇者によるディスカッション

司会・進行 

 近藤 治 (河合塾 教育研究開発本部 主席研究員) 

パネリスト

 鹿野 利春 先生

  (京都精華大学メディア表現学部 教授・文部科学省初等中等教育局 視学委員)

   竹中 章勝 先生

  (奈良女子大学 非常勤講師・河合塾 教科「情報」開発研究アドバイザリーボードメンバー)

   佐藤 義弘 先生

  (東京都立立川高等学校 指導教諭)

 

2単位の「情報I」で、どのように受験指導をしたらよいか

 

■(司会:河合塾 近藤 治)

ここからは、本日ご登壇いただいた先生方によるディスカッションをお願いしたいと思います。

 

ご質問は、本イベントの申し込み時に参加者の皆様からいただいた「話題として取り上げてほしいこと」を中心に進めてまいります。

 

早速最初の質問です。「『情報I』は2単位ですが、2単位の教科で入学試験ができるのでしょうか。逆に、2単位で十分な受験指導はできるのでしょうか。授業の中で、何の分野をどのぐらいやればよいと思われますか。それとともに、多くの学校では1年生で『情報I』を設定されるご予定だと思いますが、1年生で実施してから3年生での受験指導への接続はどうしたらよいでしょうか」という質問をいただいています。

 

こちらの質問について、3人の先生、それぞれお答えいただきたいと思います。

 

鹿野 利春 先生

私からは、「情報I」が2単位ということについてお答えしたいと思います。

 

まず、2単位の内容については、「情報I」だけで全てをやるということではありません。学習指導要領は、小中高で改訂されるわけで、例えば今、小学校では、プログラミングが必修になっています。

 

中学校での「情報」の扱いは、従来から内容が倍増した形となっていますので、高校の「情報I」に全てが集中するというわけではなく、小中の学びがあった上でということになります。

 

例えば、『情報デザイン』にしても、小学校の低学年では、順序正しく物事を話すということを学びますが、これも『論理のデザイン』の一つです。そういったことの積み重ねの上での「情報I」なのです。

 

『データの活用』についても、小中高で統計教育を強化していくという形になっていますので、「情報I」の中身だけを見ると、非常に多いと感じるかもしれませんが、そのうちのある部分は、小中で既に学んでいることになります。

 

それでも2単位は難しい、と思われる方もいるかもしれませんが、学習指導要領で小中学校のところを読んでいただくと、なるほど、そういうことで「情報I」が2単位なのか、というところは見ていただけるかと思います。

 

『プログラミング』については、先ほど授業全体の12分の1、というお話がありましたが、例えばプログラミングでコンピューターの仕組みを確かめることもありますし、情報デザインの中の一部でプログラミングを使っていくこともあります。

 

そのように、いろいろな形でやっていくと、プログラミングに割く時間は、全体の12分の1よりはもう少し多くなるだろうと思いますし、『データの活用』であれば、数学と連携していくことを考えれば、これももっと多くなると思います。

 

「情報I」の設置学年については、例えば1年次に置いていただければ、2年次の「総合的な探究の時間」などで、どんどん活用して深めることができます。それがそのまま受験の勉強にもつながっていくということになろうかと思います。進学校では、3年次に学校設定科目を置くことを考えている学校もあると聞いております。

 

 

竹中 章勝 先生

先ほどお話しした中でも触れましたが、鹿野先生がおっしゃるとおり、2単位の中で何を扱うのかという内容精査とともに、やはり3年次にはフォローとして、受験に向けての対策を行う必要があると思います。そのためには、やはり「総合的な探究の時間」を活用して、実際に問題解決をやっておくことが求められるかなと思います。

 

何よりも、今までの知識伝達型の授業ではなく、どのように考えるのかとか、世の中にある様々な教材を使って、「今から皆さんはこういう力を付けてくださいね」ということを提示することが重要になってくるのではないかと思います。いわゆる「アクティブ・ラーニング」をやっていける子たちを育て、支援していくことが大事であると思います。

 

 

■佐藤先生は、ご講演の中でも受験指導の難しさということに触れられていましたが、改めていかがでしょうか。

 

佐藤 義弘 先生

まず、「情報I」が2単位と言いますが、2単位のセンター試験・共通テストの科目はたくさんあります。社会では「地理総合」や「歴史総合」、公民系は2単位ですし、理科も基礎理科は全部2単位です。それらが受験科目になっているわけですから、「2単位で受験科目なのはどうなの?」という指摘は、ちょっと当たらないのではないかと思います。

 

実際のところは、2単位にしてはやる中身が多く。学習指導要領はちょっと書き過ぎだな、と思うところはあります。ただ、鹿野先生のおっしゃるように、前後の並びを考えると、高校だけでそこまで手厚くやらなくても大丈夫なところもあるだろう、という判断はされた方がよいと思います。

 

大事なポイントは、生徒がどれぐらいできてるのかということを定量的に測っておくこと、そして中学との接続をよく見ておくことだと思います。

 

3年生になったときの、受験対策のフォローはどうしても必要ですが、理科の基礎科目や社会の2単位科目も、夏休みや直前に補習や補講をするのが一般的ですので、情報科もそれを開講してやるしかないのかな、というのがスタンスとしてあります。

 

年間を通して受験指導をするのであれば、学校設定科目で「情報I」の振り返り科目を置くという方法もありますし、「情報Ⅱ」を置いて緩めにやるという手もなくはないなと考えています。

 

「情報Ⅱ」は、「情報I」の内容の発展した内容をなぞるような形になっていますから、「情報Ⅱ」を緩く実施することによって「情報I」の振り返りになるということも、考えられるなと思っています。

 

 

情報科の教員の質の担保はどうなっているか

 

■ありがとうございました。次に、「情報科の教員の質の担保はどうなっているのでしょうか。多くの学校は、情報の教科担当が専任ではなかったり、非常勤講師しかいなかったりで、受験指導が十分にできない状況が現状あります。そういった中で、共通テストの必須科目にするということについての課題は非常に多いのではないでしょうか」というご質問をいただいています。

 

こちらについては、鹿野先生からお答えいただいてよろしいでしょうか。

 

鹿野先生

わかりました。今、各都道府県では、「情報I」を教えるための研修がどんどん行われております。私が文部科学省に在任しておりました時には、文部科学省として、「情報I」「情報Ⅱ」の教員研修用教材(※1)、実践事例集(※2)という形で、先生方の研修や授業のための資料を出しました。

 

現在、行われている研修を聞きますと、『プログラミング』や『データの活用』のところが進んでおり、『情報デザイン』や『問題の発見・解決』については、文部科学省で出した資料を参考に研修を進めている、という状況のようです。今、先生方の手元に教科書の見本本も届いているので、大体準備はできていくのかな、と見ております。

 

研修も実践事例も全くないままでいきなり「情報I」をやるということであれば大変ですが、何年もかけて研修をしていますので、その辺りは、全国的にうまくいくのかなと見ております。

 

※1 高等学校情報科「情報Ⅰ」教員研修用教材(本編)

    高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材(本編)

 

※2 高等学校「情報」実践事例集

 

 

■ありがとうございます。現状ではまだ不十分なところもありますが、これから先、教員の研修の機会等もどんどん増えていく中で、生徒の指導に当たっていただくような環境が徐々に整っていくのではないかというお話かと思います。

 

それでは次の質問です。「情報科の専門でない教員が、教科『情報』を生徒と一緒に学んでいくにはどのようにしたらよいでしょうか。また、具体的な授業の場面では、どのように指導すればよいでしょうか」というものですが、これはまさに授業の場面でいろいろな工夫をされている佐藤先生、よろしくお願いいたします。

 

佐藤先生

一緒に学んでいくために、授業の設計を問題解決型授業にしていくということは大事であると思います。アクティブ・ラーニング型と言っておきましょうか。

 

例えば、知識事項として教科書に載っていることも、生徒による発表形式の授業にすればアクティブ・ラーニングになります。それだけでなく、生徒に質疑応答をさせるという形で、問題解決の中に「情報」の知識事項を入れていくという授業設計の方法もあると思います。

 

そういうところで問題になるのが課題の設定です。ここが一番重要で、目的を明示した上で、生徒の活動を通して学んでいくという構図を作ってしまえばよいわけです。評価も、ルーブリックや自己評価を活用していくことで可能になります。そういった授業設計をしていけばよいのではないかと思います。

 

 

■ありがとうございます。今のお話について、竹中先生から何か補足等はありますでしょうか。

 

竹中先生

佐藤先生がおっしゃるとおりだと思います。先ほども言いましたが、知識を先生方が伝えていくという授業よりも、自分で解決の方法を考えたり、あるいは生徒同士で「どうやったらいいんだろうね」とディスカッションしながら考えたりすることですね。もちろん、今の生徒たちは検索をして答えを見つける事は非常に得意ですから、そういう知識や答えを、ただ教えてもらうのではなくて、どのように、何がポイントなのかというところを示していくことが重要だと思います。

 

そして、問題解決のために、「あそこに行くために、こういう段階で考えていくといいね」という柱さえきちんと定まっていれば、佐藤先生がおっしゃったように、定性評価によって生徒にどんな力が付いているのか、どういうところまでは理解できているのかが、わかってきます。そうすれば、次はこんなことができる、ここまでやれたらもっといいね、という標準的な進め方もできてくると思います。

 

全国高等学校情報教育研究会(※3)などでも、すばらしい実践例やノウハウが紹介されており、これからもどんどん出てくると思います。そういったものを参考にされること、共有されていくことはとても大事だと思います。

 

※3 全国高等学校情報教育研究会 ホームページ

  「キミのミライ発見」第14回全国高等学校情報教育研究会全国大会(大阪大会)紹介記事

 

 

 

大学は、入試に「情報I」を課すことの必要性をどの程度感じているか

 

■ありがとうございます。次は大学の先生への質問です。

 

「大学の先生方の感覚としては、大学入試に『情報I』の試験を課すことの必要性を、実際どの程度感じていらっしゃるのでしょうか。大学の先生と言っても、お立場によっても違うと思いますが、この点について、鹿野先生、竹中先生のお考えをお聞かせいただきたいと思います」というものです。

まず鹿野先生、お願いできますでしょうか。

 

鹿野先生

ありがとうございます。私が大学に移ったのは今年4月からなので、新米の大学教員ではありますが、大学では、今まさにプログラミングの指導を1年生対象で行っています。これは「情報I」をしっかり学んできたのであれば、大学でやる必要がないものです。今はどこの大学でも、おそらくそういった「やる必要がなくなるであろう初年次教育」をたくさんやっています。そこを入試に入れることで、高大接続がしっかりできれば、大学はより高いところからスタートできるということになろうかと思います。

 

大学で情報関係やプログラミング、初年次教育を担当されている方は、「情報I」の入試は絶対入れてほしいと思っていると思います。ただ、入試に入れるときには、理事会などの承認が必要になりますので、経営サイドにそういった実態をわかってもらうということが必要かと思います。

 

先ほど国大協の話があったように、私学だけでなく国立・公立の大学でも、今そういったことを真剣に議論してるという状況です。

 

 

■ありがとうございました。竹中先生、同じ質問に対していかがでしょうか。

 

竹中先生

もう一つの観点として、今大学ではデータサイエンスに関する学びを履修するように促して、それを学んだ結果を評価し修了証を出す、ということに取り組んでいるところがあります。

 

私も1年次の情報教育を担当していますが、今年度から、今までの講義内容を圧縮し、新たにデータサイエンスの講義内容を4時間(4コマ)分の時間と今までもやっていた情報セキュリティ内容を膨らませて、5時間(5コマ分)のデータサイエンスの講義を全学の学生に受講してもらっています。

 

そういった意味で、その前提となる情報科の内容を高校の間に学んでおいていただくことは、とても重要なことだと思います。何よりも、コンピュータリテラシー分野については、新型コロナの流行のためにこの2年間、私もほとんどオンライン授業を行っています。そして私の大学では、今年度から、学生がBYOD(Bring Your Own Device:自分のデバイスの持ち込み)となったことで、今まで紙のレポートを提出させていた先生がたくさんいらっしゃったのですが、一気にLMS(Learning Management System:学習管理システム)に登録して提出しなさい、ということに変わり、学生のコンピュータリテラシーは向上してきていると感じています。

 

そういった流れの中では、高校でしっかり「情報」を学ぶことで、その基礎となる知識・技能やリテラシーをしっかり身に付けていただき、大学へ、社会へとつながっていく学びになればと思っています。

 

私は今、勤務する大学の経済学部の学生も担当していますが、彼らはデータベース的の扱い方とか、大量のデータを扱って傾向を見るという経験がほとんどない、というのが現実のようです。そういった意味で、いわゆる情報学部や工学部だけでなく、経済学部や経営学部、法学部を志望する生徒も、高校段階でしっかりと「情報」を学んでおくと、大学での学びがかなり違ってくるのではないかと思っています。

  

 

中学校の技術・家庭科技術分野と「情報I」の連携はどうするか

 

■ありがとうございます。ここ数年、受験生の間でも情報関係の学部・学科への進学志向が増えていて、今年の3年生辺りでも、他の学部・学科が軒並み志望者数を減少させる中、情報系を志望する生徒は逆に増えています。そういった若者たちの志向の変化も、ある意味これから影響を与えるのではないかと思います。

 

それでは次の質問です。こちらは佐藤先生と竹中先生にお聞きします。

「小学校でプログラミング教育、中学校の技術・家庭科技術分野で『情報』に関する内容を学習済みの生徒に対して、高校の『情報I』への連携・接続を図る場合、どのような点を意識して指導したらよいでしょうか」という質問です。先生がたのご講演の中にも少し内容は入っていたかと思いますが、改めてお聞きしたいと思います。

 

佐藤先生

まず、情報科の先生は、中学校の技術・家庭科技術分野の教科書は持っていた方がよいと思います。私も先日買ってきましたが、内容を見ると、プログラミングにかなり注力しています。あとは計測・制御では、技術的要素が入っていることもあって、高校の教科書に載っているプログラミングよりも高度ではないか、と思うようなことが書いてあって驚いたりもします。

 

中学校の内容との連携という点で言えば、まず中学校での学習状況を確認しなければならないと思います。中学校によっては、やはり「情報」の扱いにかなりの温度差があるのが事実です。これは受験科目ではないということがあるかもしれません。

 

そのため、高校で学び直しの機会を確保しなければならない部分もありますし、「情報I」のリード文に書かれている内容の中にも、実は技術科でやってきたことがかなり含まれていることもあります。ですから、春休みの課題として、技術・家庭科技術分野の教科書を読んでおきなさい、ということにするのがまず一つです。

 

また、数年前から「レディネス・テスト」というのをやっています。中学の基本的な学習内容を、十数問程度、クリックで簡単に回答できるような問題にしています。これは問題と、その領域を勉強したかどうかというアンケートをセットにしています。これで学習内容としてどれくらいわかるかをチェックしています。

 

あとは、授業の中で説明するときに、「これは中学の教科書に出ているよ」ということに折々触れて、中学でやったことを思い出させるチャンスを作ってあげるようにします。中学で習ったことだからやらなくてよい、ということにはしないということが大事であると思います。

 

ただ、それでもスキルや知識の差が大きくてどうしよう、ということはあります。そういう場合は、ある授業の中で絶対終わらないレベルの課題、例えばレベル10まで作っておいて、目標はレベル5としておき、5が全員終わればOK、早くできた人は自分でどんどん進んで10まで行っていいよ、としておくと、同じ授業の中でスキル差を吸収しながら進めることができると思います。

 

竹中先生

こちらは私が作った図です。小学校でプログラミング教育と言われていますが、基本的にはプログラミング的思考が中心で、どちらかというとふわっとしていて、具体的に何を学ぶというようなことは示されていませんし、取り組みの状況は学校ごとにバラバラだと思います。

 

 

 小学校での「コンピューターに慣れる」というところから、中学校では、「技術科」で、双方向型のプログラムや計測制御を行うことになっています。機械とのやりとりということになるでしょうか。

 

そして高校では、今議論しているように、高度情報化社会やSociety5.0社会に向けての取り組みということになりますが、それでもやはり学びの現状はバラバラだと思います。

 

例えば生徒に「中学校でプログラミングをやったよね」と聞いても、「いや、やってないです」と言う。「車みたいなロボットを黒い線の上で走らせるのはやらなかった?」と聞くと、「ああ、それはやりました」というように、プログラミングと思っていない。経験が言葉と結び付いていない生徒が、多分結構いると思います。

 

そういった意味で、さきほど佐藤先生がおっしゃったように、技術・家庭科技術分野で学んだことと紐づけて確認することや、どういったことを学んできたのかを確認しながら授業を行うことは必要だと思います。

 

また、ゲーミフィケーションを学びに取り入れることは効果があると思います。例えばAppleがiOSでプログラミングを自分で学べるような教材のアプリも出していますし、他にも各社からいろいろなものが出ています。

 

※4 Swift Playgrounds

 

「情報」が入試科目になったということは、こういった基礎的・鍛練的な部分については、授業の中だけで済ませるというより、やはり課題や家庭学習の中で行っていくことも必要ではないかと思います。

この点については、生徒も不安に思っているところもあると思いますので、先生側もある意味ゼロベースで捉えて、ここは中学校でやったことがある・やっていないということを、生徒との対話の中で確認しながら前に進めるということが重要かなと思います。

 

 

入試に導入されることで「情報」が受験に特化してしまう心配はないのか

 

■ありがとうございます。では、次の質問に移りたいと思います。

「共通テストへの正式採用によって、教科『情報』が受験に特化した教科となってしまわないでしょうか。授業が入試対策になってしまいそうで、危機感を感じてます。入試科目として必須となった場合に、今まで情報科でできていた探究的な学びよりも、知識偏重になってしまわないでしょうか」というご質問で、実はチャットでも同様の質問を、先ほどいただいております。これにつきましては鹿野先生、お答えいただけますでしょうか。

 

鹿野先生

入試に入るから学ぶということではなく、面白いから学ぶ、という授業をしていくことが大切だと思っいます。例えば、プログラミングはコマンドを覚えたら組めるかというと、そうではないですよね。いろいろ応用して、いろいろ自分で探究して初めてできるようになっていきます。

 

データの活用も、例えば公式を覚えたらデータの活用できるかと言ったら、そうではないですよね。これもいろいろなデータを触って、自分で問題の発見・解決をすることでできるようになるものです。入試にしても、それに特化した形ではなくて、学びをどんどん深めていく中で応用力が付いて、入試で問われることにも対応できるようになる。大学入試センターもそういった問題として作成するでしょうし、われわれもそういう形で子どもたちに教えていくことが大切だと思います。

 

知的好奇心や探究心といったものがしっかり育まれていかなければ、たとえ知識やスキルを詰め込んだとしても、将来につながらないと思います。大学の方も、ようやくそういったことがわかってきていると思いますので、そういうことで進めていくことになるでしょう。

 

「入試に入るから、入試に特化したことになるか」ということについては、これから全ての教科について、大学入試センターもそうではない方向に入試を変えていこうとしています。その中で、新たに加わることになる「情報I」については、その特性が色濃く出てくるだろうと思ってます。

 

これをお聞きになっている方々にも、入試の問題の作成に関わっている方もいらっしゃると思いますが、大変期待しております。よろしくお願いいたします。

 

 

 10年後、情報教育はどうなるか

 

■ありがとうございます。私どもも期待しております。よろしくお願いいたします。

それでは最後の質問です。これは3名の先生がた、それぞれお答えいただきたいと思います。

 

「情報教育の方向性について、今後10年先を見据えた先生がたの議論をお聞きしたいと思います。特に日本の現状の情報教育と、もし諸外国の動向などがわかれば、日本との対比という観点でお聞かせいただきたい」ということです。連続で申し訳ありませんが、鹿野先生からお願いいたします。

 

鹿野先生

例えば諸外国の例としては、中国では小中高、大学も含めて、AIに関する教科書だけでも10種類以上出していますし、アメリカでは政策としてSTEM(Science、Technology、Engineering、Mathematics)、STEAM(STEM + Arts)ということで動いています。ヨーロッパは、さらに進んだ形の指標でやっていますが、日本には日本型のところが当然あると思います。

 

どのような形をとるにせよ、大事なのはそれぞれの生徒が何かやってみようとか、作ろう、学んでいこうという気持ちを育ててあげることです。そして、学校の教育の中では、それを伸ばしてあげる。さらに授業の外、例えば部活動でもそれをどんどん伸ばす場を作ってあげたいです。さらに突出した生徒がいれば、産業界や大学がもっと活躍できる場を提供するというシステムをきっちり作って、子どもたちの気持ちに応えてあげられる教育をやっていく。その中に大学入試があって、高校と大学がしっかり接続されていくべきであると思います。

 

先日、関西のある国立大学の数理・データサイエンスの専門家の方々とお話をしたのですが、「情報I」をやることで、大学は今よりも高いレベルからスタートできるし、「情報Ⅱ」までやれば、今大学の基礎教育でやっているところの半分以上は満たされるので、大学も相当カリキュラムを変えていかなければいけない、という話が出ました。情報入試が実現することは、大学に対しては、あなたがたの教育はどうするんですか、というボールを投げていることになります。

 

そういう中で、経済産業省では、子どもたちの成長・活躍を産業界もサポートしましょう、ということで、有識者会議を開催して、提言を出すという形で動いています(※5)。このように、いろいろなところが高校、あるいは中学校、小学校で進められている情報教育に期待し、また助けていく方向で動いていますので、私たちも受験ということだけにとらわれず、子どもたちの創造力・想像力を伸ばしていくことがこの国の発展だけでなく、世界に貢献することにつながる、という視点で情報教育を行っていきたいと思います。

 

今後10年を見据えたところでは、私はこのように思っています。そして、その創造力・想像力をどんどん伸ばしていった先に素晴らしい世界が待っていることを期待しています。

 

※5 デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会

 

 

竹中先生 

10年というのは、次の学習指導要領が10年間行われたその先ですが、情報の世界ではとんでもなく長い時間です。ですから、今から10年後を予測するのは、ほぼ不可能です。まして、この新型コロナの流行で2年前の常識はもう完全に変わってしまったので、1年後でも難しいくらいでしょう。さらに、いわゆる団塊の世代がリタイアした後は、今まで以上に若い世代がいろいろなことを担っていかなればならなくなると思います。

 

そういった中で、大学を卒業した後に、学生の皆さんが「情報」で学んだことを、どのように仕事の内容に持っていけるのか、ということは非常に重要だと思います。

 

興味や関心を持ったところ、あるいは必要だと思われるところを、自分で積極的に調べていくことが、今まで以上に求められてくると思います。「情報」というのはツールですし、中高生はスマートフォンを日々使っていますから、ほぼインフラという考え方同様になっています。

 

また、これも皆さんはご承知のことと思いますが、OECDの学習到達度調査(PISA)で、日本の子どもたちはデジタル端末を学校の勉強にほとんど使っていません(※6)。ところが、自宅でのゲームやチャット、ニュースを読むといったことについては、他の国と比べても多く使っているという調査結果がでています。そういった意味でも、子どもたちはデジタル端末を使う素養はあるし、使うことが当たり前になっています。

 

※6 OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント

 

ですから、先生が児童・生徒に「あなたたちが使っている端末やネットワークの仕組みはこうなっているんだよ」という話をすると、子どもたちが非常に興味を持つという声もよく聞きますし、「知らなかった。もっと調べてみたい」という生徒・児童も出てきます。

 

そういう意味で、入試問題への期待という点では、逆に言うと問題を解いて、今回の大学入試センターの試行問題やサンプル問題を解きながら、「なるほど、こういうことなのか」という気付きを得た生徒もたくさんいると思います。河合塾が行った試行テストでも、「頭の体操をやってるみたいで面白かった」という感想がたくさん出ていました。テスト問題を解いて楽しかった、というコメントが出るというのは、なかなか無いと思います。「情報」の問題は、単なる苦役ではないのです。単に機械的に覚え込むだけの勉強は楽しくないですが、知的好奇心をくすぐるような題材の授業が大事になると思います。

 

また、情報処理学会では、中高生情報学研究コンテスト(※7)を開催しています。非常にレベルが高くて、中学生が「コンパイラを自分で作りました」とサラッと言ったりするのですが、先生も親御さんも「何も教えてないですよ」とおっしゃいます。そういったハイレベルな興味や関心をどう伸ばしていけるのか、ということも、これから我々に求められることであると思います。

 

諸外国ということでは、私はこの20年、ネパールに毎年教育ボランティアに行っています。ネパールでは、もう15年以上前から、電気も窓ガラスもない教室で、紙の教科書の上でプログラミング言語やSQLを学んでいました。

 

また、2年前の中国では、子どもたちが機械学習を使いながらロボットを動かすということを、本当に楽しそうにやっていました。難しいことをやっているという感覚が全くないのですね。ですから、これからは知識を一から積み上げていくだけでなく、「こういうことができるんだ。じゃあ、この中身はどうなっているんだろう」という学びの転換が求められるのではないかと思います。

 

子どもたちの「楽しい」が、funではなくてinterestとなり、興味深く「情報」を学んでくれる10年になればと思っています。

 

※7 第4回中高生情報学研究コンテスト

 

 

佐藤先生

私からは、まず先ほどの「受験教科になると『情報』がつまらなくなってしまうのではないか」というご懸念について考えをお話ししたいと思います。共通テストでは、知識だけでは解けない問題が多数出題されるということがわかってきたので、受験対策の授業をやったところでどうにもならない、ということも確実なのですね。どうにもならないというか、できないと思います。

 

ですから、実習を通した体験が重要になります。その中で実際に操作してわかること、実際に苦労してわかること、実際に見たからわかることの積み重ねを複合的に組み合わせることで問題を解く力が付いてくる、そんな力を測るような問題を作ってくれるだろうなと、センターの作問者の方に期待しております。

 

また、体験して気付いたことを、生徒間でうまく共有できる仕組みができたら一層よいと思います。私の授業では、生徒から毎時間の授業の感想を得て、感想の中で優れた気付きなんかがあれば全員に紹介することをしていますが、このように学習を深める方法があるのではないかと思っています。

 

次に他教科との連携については、先ほど「情報」でやるべきことを精選して連携するというお話がありましたが、理論と活用とで役割を分けるとよいと思います。今私がやっていることで言えば、数学とは、理論は数学でやってもらって、活用は情報でやる。探究とは、理論は情報でやって、活用は探究でやってもらうという感じです。

 

本校は、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)なので、発表する機会もたくさんありますし、レポートを書いたりデータを集めて集計したりといった機会がいろいろあります。それをやるタイミングに合わせて、理論の部分はほんの1時間とか30分だけ授業でやっておいて、実際に使ってみることは探究の時間にまわすといった使い方をしていたりします。

 

これから1人1台端末を含めて、様々な機器が学習の場に入ってきますが、機器の活用の理論の部分、例えばファイルやフォルダの仕組みなどは情報で体系的にやった方がよいですが、実際に作品をフォルダに提出しなさい、といったことは、全ての教育活動でやってもらえばいいことですね。

 

情報モラルについても、通信の仕組みなどの理論については情報でやりますが、モラルのある規範的な行動、規範に沿った行動をするっていうのは、社会生活のあらゆる場面で必要なことですから、情報の先生に一任するのでなく、全ての教育活動でやっていただきましょう、と考えています。

 

今ちょっと懸念していることとして、データベースの大学入試センター仕様というのができるのではないか、ということです。試行問題やサンプル問題には、まだデータベースの問題が出題されていません。しかし、共通テスト「情報I」の出題範囲ですから、当然可能性があるのではないかと思っています。ですから、DNCLのようなDNCDBというのが定義されて出題されるのではないかということを、今懸念しています。

 

それから既卒生への対策も課題です。先日の「補遺」で既卒生に対する経過措置の問題の作成が確定したので、今の1年生に「『情報』が受験科目になるかもよ」という話をしたら、数人から「絶対、浪人したくない」と言われました。浪人しても、情報で何とか点が取れそうだな、と思う子はわざわざ言いに来ませんが、苦手意識のある人は、やはり不安なようですね。そうなった場合の対策も考えなければいけないかなと思ったりもします。

 

さて、10年後はどうなるか、ということですね。10年後、私はもう引退しているんじゃないかと思いますが(笑)、これからGIGAスクール構想、1人1台端末が普通になっていきますし、活用の裏付けとなるような力をつけるためは、「情報」をきちんと学んでいく必要があります。東京都では、Society5.0に向けた「TOKYOスマート・スクール・プロジェクト」で、学習ログを活用したエビデンスベースの指導を行う、ということになっていますが、そうするとこれからはログが取れるような学習プロセスや、それに適した問題を開発していくことが必要になります。

 

学習指導要領も10年持つようにと作られましたが、持たないかもしれません。しかしそれは当然のことでもあります。ですので、授業では生徒が考えられるような部分をいろいろ作っていくことになると思います。そういうやり方を吸収するのは、生徒の伸び率のほうが高いと思いますので、先生はそれを見る力があればよいのかなと思います。

 

あとは、問題解決の意識で課題に取り組んでいくこと。それは教育課題という意味で、先生も生徒も同じように取り組んでいけばよいと思います。

 

 

■ありがとうございました。まだまだ議論は尽きませんが、最後に各先生方から、ご感想も含めて一言ずつお話を頂戴したいと思います。鹿野先生から、よろしくお願いいたします。

 

鹿野先生

こういった形でイベントを開催していただき、ありがとうございました。登録が600人近くあったという話も聞いています。今回だけではまだわからないところもたくさんあると思いますので、またこれから大学主催のイベントもあります。大学の先生方がどのように考えていらっしゃるかというお話も聞けますので、そういったところも見ていただきたいと思います。

 

 

竹中先生

きょうは皆さん、ありがとうございました。先ほどもこの先10年というお話がありましたが、学校現場では、5年先、10年先のことを話す余裕がないということも多いのかもしれません。しかし現実には、今の社会に出ている卒業生たちは、すでに現実のものとして直面していることなのです。

 

そういった中で、私も含めてですが、今まで入試科目でなかった「情報」の授業をやっていた人は、入試に入ったからといって子どもたちの学びが変わってしまうことがないよう、頑張っていかなければと思っています。いろいろな学び方の中で、「情報」だけでなくいろいろな教科の入試が肯定的に捉えられるようなチャンスになればいいなと思います。

 

今日10月10日は、ちょうどデジタルの日ですが、今日だけにとどまらず、ずっとこういうお話ができていけたらと思いました。

 

 

佐藤先生

学校にいると、学校だけ世の中の変化から取り残されてると思うことは多々ありまして、「DXって、デラックスですか」と聞かれたりします。まさに今、世の中のデジタルトランスフォーメーションはどんどん進んでいて、こういったオンラインのイベントで、全国の人が同時にお話を共有できるという時代になっているわけです。このように、どんどん情報化の波が来ているのに、学校はいまだにプリントを配るのが普通だったりします。

 

これを改善するためには、生徒が紙のプリントではない方法で課題を提供されたときに、処理できる方法や仕組みがあればよいわけです。先生は、それに乗っかればいいのです。

 

一番簡単なのは、課題のプリントをPDFで配って、タブレットのペンで書くというものです。そういうプラットフォームを生徒側に用意してあげれば、先生の方も課題の提供の仕方が変わっていくきっかけになります。こういう機器の利用についても、例えば情報科で生徒により良い使い方を考えさせて、それを先生に提案させるというのもありだと思います。端末やネットワークが整備されて、せっかくいいものがあるのだから、有効な使い方をどんどん考えよう、という方向に進んだらいいなと思っています。

 

ですから、行政や国がこれからどのように進もうとしているかという動向については、常日頃からある程度アンテナを立てて、それを授業の中に反映できるようにしたいと考えています。先生方も、ちょっと視野を広げて、いろいろ取り組んでいただいて、これを共有していただけるとありがたいと思います。

 

 

■ありがとうございました。以上をもちまして、登壇者によるディスカッションを終了いたします。

ご登壇いただきました先生がたからの大変貴重なお話、参加者の皆様からのたくさんのご質問をうかがうことができました。本当にありがとうございました。

 

教科「情報」の入試につきましては、今後、国大協をはじめ、いろいろな情報が出てくるものと思います。河合塾では、そのような情報を積極的にキャッチアップして、高校・大学の関係者の皆さまと話をさせていただきながら、生徒の学習指導にお役に立ちたいと思っております。

 

オンラインイベント「教科『情報』をめぐる動きと情報入試に向けた指導を考える」 パネルディスカッション