ジョーシン2021パネルディスカッション

■フロアとの質疑応答

進行:遠山紗矢香先生(静岡大学)

パネリスト:

 萩谷昌己先生(情報処理学会副会長/東京大学)

 塩﨑克幸先生(静岡県教育委員会/静岡県総合教育センター元所長)

 井手広康先生(愛知県立小牧高校)

 中野由章先生(情報処理学会初等中等教育委員会委員長/工学院大学附属中学校・高等学校)

 

発見の方法をいかに学ぶか~「情報」の授業の中だけでやってしまおうとしないことが大切

日本学術会議情報学委員会情報学教育分科会 公開シンポジウム」(2019年5月)より)より
日本学術会議情報学委員会情報学教育分科会 公開シンポジウム」(2019年5月)より)より

遠山先生

本日は200名を超える方にご参加いただき、さまざまな視点からご質問を頂戴しています。早速Googleフォームでいただいた質問をご紹介します。

 

まず、高校の先生からのご質問です。「問題解決能力に大切なのは問題の発見であるとよくいわれますが、発見の方法をどのように学習するのでしょうか」というものです。こちらは、ご回答いただく方は、特に指定いただいていませんので、登壇者の皆様のそれぞれのお立場からご回答いただければと思います。

 

 

ご本人提供
ご本人提供

井手先生

まず、同じ高校の現場という立場でお話しさせていただきます。

 

「問題解決能力に大事なのは問題の発見であり、発見の方法をどのように学習するのか」ということにつきましては、問題の発見・解決のプロセスを「情報Ⅰ」の単元の中で組んでいくことが非常に大事なことなのは分かっていても、問題解決の方はまだしも、発見のプロセスというのは、限られた時間の中では、かなり難しいというのは、私も感じているところです。

 

2つコメントをさせていただきます。大学入試センターの「試作問題」の中に、交差点での交通渋滞シミュレーションの問題がありましたが、これを実際にシミュレーションの授業で2時間やってみました。

 

そして、授業中や授業後の生徒の発言や感想を拾ってみると、こういった身近な事象を、授業で取り上げることで、子どもたちが身の周りの事象に対するものの見方や考え方を培っていくことがわかりました。

 

これはどの先生も感じていることだと思いますが、いきなり「身の回りから問題を発見しなさい」と言われても、生徒にはどだい無理な話であって、われわれ教員でも難しいと思います。ですので、まずはこういったいくつかの事例を授業で取り上げながら、身の回りの問題に対する視点や考え方を育成していくことが大事だと思います。

 

もう一つ、私は現在勤務校において、「総合的な探究の時間」でSDGsをテーマに、「自分で問題を発見し、その解決のために行動する」という取り組みをしていますが、このように「情報」だけに限らず総合的な探究の時間や数学など他教科とも連携しながら、問題の発見と解決に関する考え方を深めていくのも、一つの手法であると感じています。

 

 

「情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発」第3回シンポジウム より
「情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発」第3回シンポジウム より

中野先生

子どもたち同士、いろいろディスカッションさせたらよいと思います。1人では気が付かないことでも、「三人寄れば文殊の知恵」と言うように、他の人の話を聞くことで「そうか、全然気が付かなかった」ということになったりします。

 

また、何でも常にクリティカルシンキングすること。先生が言うことは常に正しいと思うなとか、皆はいいと言っているけど本当にこれでいいのかなと考えようという、ものごとを客観的・冷静に見る訓練を何度か繰り返すということが、大事だと思います。

 

あとは、問題発見のGood Practiceの例として、「こんなことがあって、これをこう見て、こんなことに気が付いたという例があるよ」ということをちらっと言って、じゃあ皆で考えてみよう、というやり方もありかな、と思います。

 

 

海外の情報入試の状況と背景はどうなっているか

遠山先生

ありがとうございました。では、次の質問にまいりたいと思います。

 

「わが国や韓国などは、学歴社会として知られていますが、こうした国では、大学入試に『情報』が入るというのは、非常に大きなことだと思います。一方で、欧米ではコンピュータを中心とした情報教育が盛んであると聞きますが、大学入試に『情報』が入っている国はあるのでしょうか」というものです。萩谷先生、いかがでしょうか。

 

 

ご本人提供
ご本人提供

萩谷先生

これについては、かつて大阪大学・東京大学・情報処理学会が「大学入学者選抜改革推進事業(文部科学省)」の中で調査を行いました。

まず、そもそもわが国のような入試制度を持つ国はそれほど多くはないので、入試で「情報」を行っている国も多くありません。多分、よく似た例として典型的なのはイギリスだと思います。イギリスでは、大学入試の科目に「情報」が含まれています。

 

あとは韓国や中国との比較です。これは多分国の産業構造や社会の構造などさまざまな要因があると思いますが、わが国に比べると、これらの国では(情報産業に直結するような)情報教育が非常に盛んに行われています。

 

一方、わが国では学校教育と産業や職業との結び付きが、他国に比べると強くないという状況があります。つまり、プログラミングができれば、すぐに職があって給与も増えるというような直接的な状況にはなっていないのです。そうすると、やはり社会の情報化を推進するためには、大学入試という制度も活用して進めることが重要になってきます。

 

ですので、大学入試に「情報」を入れるのは、政府全体の方針もあって推進されているということと思います。そういう全体的な文脈から言うと、大学入試に「情報」を入れるというのは、極めて適切な方向ではないかと思います。

 

 

研修同士の内容や時期の調整はどうするか

遠山先生

ありがとうございました。では、次に少し具体的な質問にまいります。塩先生への質問です。

 

「教職員のICT活用能力育成に関わる市町主催の研修と、県教育センター主催の研修を、どのように調整されているのでしょうか」というものです。よろしくお願いいたします。

 

 

ご本人提供
ご本人提供

先生

市町の状況は一律ではないので、県の教育センターと市町の教育委員会で、研修の内容についての役割分担のような調整は行ってはいません。ただ、総合教育センターは、学校等支援研修という制度を持っているので、「こういう研修を行ってほしい」とか、「この地域でこんな研修をやりたいので、応援をお願いしたい」という要望をいただくと、現地に行って必要なものを実施する、ということを行っています。

 

また、時期によっては市や町の研修が多いので、そこにさらに県の研修が入ると、両方に参加することは難しいので配慮してほしい、という要望もいただくこともあるので、そういう意味での調整は行いました。

 

ただ、今コロナでなかなか集合研修が難しい状況ではありますけれども、学期の授業を行っている時期に研修をするよりは、やはり夏休みに集中しがちであり、結局市町と県の研修がバッティングすることになって難しい部分もあります。その意味で、調整はなかなかできていない、というのが現状であると思います。

 

 

遠山先生

ありがとうございます。もう一点、塩﨑先生にお聞きします。

 

「情報教育を特色として攻める私立の学校があると思いますが、公立学校の教育行政としては、どのように対応されるべきだとお考えになりますでしょうか」。

 

 

塩﨑先生

難しいご質問だと思います。情報活用能力というのは、これからの全ての子どもたちに必要なことですので、全ての学校においても「情報Ⅰ」を実施し、さらに発展的に「情報Ⅱ」を置く学校もあると思います。その上で、特色として情報教育に特に注力していく私立学校も出てくるのかもしれません。

 

その意味で、公立高校も同様に、福祉や看護などいろいろな専門学科がありますので、「情報」に特化したような、あるいは情報教育を一つの柱とする特色を持った学校を設けていくというのも、方策ではないかと思います。具体的にそういった計画があるわけではありませんが、学校作りという意味では、そういう方法もあるのかもしれないと思っています。

 

 

遠山先生

ありがとうございます。先ほど萩谷先生から、入試制度を利用して、一体的に情報教育を推進していくというお話がありましたが、県の教育行政として、一体的に底上げをしていくことと、一番上位の層を伸ばしていくということについては、いろいろなご苦労があるのかなと思いました。

 

 

他教科との連携をどのように行うか

遠山先生

それでは、次の質問にまいります。

 

「統計的検定の分野で、他の教科、例えば数学とか地歴・公民といった先生方との進度の連携が必要になってくると思います。仮に専門が教科『情報』でない先生、例えば副免許で『情報』を担当なさっている先生は、昨今の教科『情報』の動向についてどこまで把握された上で教育を行ってらっしゃるのでしょうか」。横連携のお話ですね。これは井手先生からお願いできますか。

 

 

井手先生

私の発表の中でもお話ししましたが、学習指導要領にも、数学科や公民科との連携ということが具体的に明記されています。こういった教科間の連携が大事であることは承知していますが、高校現場の先生にとって、教科連携というのは実際は非常に難しいものがあります。

 

先生同士の仲が良くて、「ちょっとここを連携してみないか」というやりとりが気軽にできればよいのですが、全員が全員そういうわけではないので、うまく連携できないという現場も多いかと思います。

 

自分の例ですが、私は去年数学も担当していたので、例えば、数Aで「ユークリッドの互除法」をやった後に、「情報」の授業で、それをプログラミングで書いてみるということを行いました。

 

このようにひとりで複数教科を持っていればやりやすいですが、そういうことでもないと、教科連携はなかなか難しいかなと思います。

 

ですので、「連携」というと、先生同士で事前に打ち合わせしながら進めていく、というイメージを持たれるかもしれませんが、そこまでやらなくても、「情報」の先生が数学の教科書を読んでみたり、生徒に「この教科では今どういうことをやっているの?」と訊いてみるとか、あるいは公民科の先生に、今どんなことをしているかを聞いて、じゃあ次の単元でこれをやってみようとか、ある意味一方的な連携でよいと思います。

 

情報科の先生が、他教科の授業の進度を把握して、それを踏まえた「情報Ⅰ」の授業を組み立てるというのも、立派な「連携」であると思います。そういった幅広い意味での教科間の連携を意識しながら授業をしていくことが大事だと考えます。

 

 

中野先生

今のお話では、カリキュラムマネジメントが非常に重要であると思います。学校の中で、カリキュラムマネジメントをどのように行うかについて、誰が責任を持って推進していくかは、きちんと体制を整えなければならないことになっていますが、情報科に関しては、やはり情報科の先生がハブになると思います。

 

そうすると、現実問題としては、学校の中で情報科の先生にいろいろな先生をつなぐことができるような信頼感があるかどうかが、うまく連携できるかどうかの大きな要素になると思います。

 

情報科の内容を他教科の先生に知っておいてくれというのは、無理な話だと思います。それは、われわれが他のいろいろな教科の内容を知っているかと言ったら、そうでないものだらけであることと同じですよね。

 

そうなってくると、校長がリーダーシップを執るということが非常に重要になってくると思います。全国の校長先生、私も頑張りますので、どうか頑張ってください。

 

 

文理融合の情報学の位置付けはどうなるか

遠山先生

ありがとうございました。

 

次に、萩谷先生に「情報教育課程の設計指針」について質問をいただいています。

 

「『情報教育課程の設計指針』は、今後、非常に重要な役割を果たすと思います。今回の学習指導要領の改訂では、情報科学に大きくかじを切った感がありますが、これまでの現場での実践研究を踏まえると、よりバランスの取れた文理融合の情報学の視点が、これから大切になると思っています。その意味で、情報コミュニケーションや情報メディア等について、より本質的な理解が大事だと考えます。

 

私は情報の意味付けや情報伝達の意図などは、もっと中学や高校でも重視されてよいと思っています。最近では、BYODも飛躍的に進み、デジダルシティズンシップの議論も展開されていますが、そのような文理融合の情報学の位置付けについてのご意見をお聞かせください。また、時期尚早かとは思いますが、10年後の次期指導要領を見据えたご見解が、もしおありでしたら、よろしくお願いします」。

 

 

萩谷先生

「情報教育課程の設計指針」を策定した時は、「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」の学習指導要領を当然配慮して、それに対応する形になっていますが、ご質問にあるような、文系の情報学的な情報の基礎付けといった内容は、残念ながら「情報Ⅰ」にも「情報Ⅱ」にも、あまり含まれておりません。

 

「設計指針」では『大情』(大学の共通レベルで教えるべき内容)という位置付けになっています。ただ、「情報Ⅰ」にも人工知能の課題といった内容が入っており、そういうことを考えるためには、やはり情報に関する根本的な理解が必要であると思います。

 

ですから、例えば、「情報Ⅱ」の中に、文系の情報学的な内容が入っていて然るべきでないかと思いました。次の指導要領の議論に上がってほしいと思います。

 

 

「情報」を入試対策のための科目にしないために

遠山先生

ありがとうございます。続いて、次の質問にまいります。次の質問は、パネリストの先生方にそれぞれのお立場からご回答をお願いしたいと思います。質問内容は、入試に関することです。

 

「ある高校で、日本史が入試の対象に入っていると、入試対策に追われる暗記科目になってしまうので、日本史を大学入試から外してほしい、という話を聞きました。同じようなことを、教科『情報』に対して言われないようにするためには、どうしたらよいでしょうか」。

 

先ほどの中野先生からのお話にもありましたように、今出ているサンプル問題などは、考えさせる問題として、かなり有望ではないかと思いますが、情報の入試のこれからの在り方について、ご意見をいただけますでしょうか。

 

 

中野先生

別に情報科に限らずですが、昔は情報を検索したり、集めたりということ自体が非常に困難でしたから、知識を持っている人が偉かった。でも今は、知識はググればすぐに出てきます。それをどのように組み合わせて、どう問題解決していくかという能力こそが問われています。

 

日本史も、もはや暗記科目ではなく、「なぜそうなったのか。だからこうなるのだ」というつながりや流れこそを理解しなければならない。ですから、情報科も、他の教科も同様だと思います。

 

あと、もう一つ言わせていただけば、今まで大学入学共通テストに「情報」が入っていなかったのが、今回導入されたというのは、ある意味、「情報」の学習内容の標準の形はこれだ、ということが示されたということだと思います。先生方は、自分の生徒、自分の学校の特性を考えたときに、その標準からどちらにどれだけ振るのか、どれぐらい易しく、あるいは難しくするのかという基準が、共通テストにあるだけであって、共通テストの内容を絶対にやれ、という話ではありません。

 

むしろ、自分の生徒のこと考えたら、もっとこういうことをしなければいけない、うちの学校にはもっとこんなことが必要だという時の基準になるものができたということは、非常に大きいと思います。

 

 

萩谷先生

入試の弊害というのは、どの科目にもあって、著しいのは数学ではないかと思います。

 

いわゆる暗記数学というものがあって、暗記だけで数学の試験を乗り切るという指導方法がかなり広まってきてしまっていると。ですから、それを打破するために、今回大学入試センターの試験が共通テストの形になってきたということです。いわばいたちごっこではありますが、入試の改革は、継続して行われるべきであって、それはどの科目も同じではないかと思います。

 

先ほどの質問の答えの補足ですが、わが国の高校教育は、入試と切っては切り離せない形になっていて、入試と高校教育は連携して行われているということになります。この状況は今後多分10年程度は変わらないと思います。ですから、入試科目があって、高校の教育があって、それがお互いに影響し合い、連携しながら、より充実した形にしていくということが、少なくとも現時点では望ましいことだと思います。

 

 

塩﨑先生

同じような答えになってしまいますが、ある意味で大学入試が高校教育を牽引し、その方向に影響を与えているというのは事実ですので、両者が連携して、大学としてはどういう人材を求めているのか、どのような子たちを入学させて育てたいのかということの共通認識を持ちながら、入試を変えていくしかないのかなと思います。

 

今日ご紹介いただいたサンプル問題を見る限りでは、まるきり暗記問題ということではないと思いますし、考える力を問うているということはわかります。そういう問題が、傾向を固定されずに出題されていく限りは、入試対策としては暗記だけしても無駄であって、考え方を身につけよう、という教育内容になっていくのかなと思います。

 

一方で、卒業させる高校側からすると、大学にいかに入学させてあげるか、というところがあるので、なかなか難しい問題なのかもしれませんが、考える力を問う問題が継続されていけば、どの科目についても、入試対策という勉強の仕方から脱却できていくのではないかと思います。

 

 

遠山先生

ありがとうございます。先ほどの塩先生のお話でも、静岡県でも授業改善の研修がたくさんあるということでしたので、そうなってくると、やはり日々の授業を通じて、自然と問題が解ける力が付いてきて、結果的に入試対策になるというのが一番よいかと、私も思います。それでは井手先生、お願いいたします。

 

 

井手先生

日本史の先生から、「暗記科目のようになってしまうので入試から外してほしい」という意見があったということですが、先ほど塩﨑先生もおっしゃいましたが、私もそうはならないのではないかと思います。

 

なぜかというと、今、出ている試作問題やサンプル問題が、もう暗記では解けないからです。単語の意味を知っていただけでは対応できない問題がほとんどですので、必然的に、知識を覚えさせるだけの授業では入試に対応できません。暗記科目になるかどうかは、担当する教員の授業の組み立て方や、今後共通テストで出題される問題の質によると思いますので、情報科の教員と大学入試センターの腕の見せどころではないかと思います。

 

知識偏重の授業の弊害が言われていますが、私は知識にも「浅い知識」と「深い知識」があると思います。「浅い知識」というのは、本当に表面だけの、ただ単語の意味を知っているだけのものですが、共通テストにはそれでは対応できません。一方、「深い知識」というのは、獲得した知識を自分の中でつなぎ合わせて、実際の場面で活用できる「生きた知識」のことを指します。「情報Ⅰ」の授業を通じていろいろなキーワード同士を結び付け、深い学びにつなぐこと。生徒に「こういう意味があるからこうなるんだ」という理由付けまで行える授業が理想だと思っています。

 

 

遠山先生

井手先生、ありがとうございます。まさに授業と入試と、それから高校と大学と、いろいろなもの、つなげて考えていったときに、それらが一体的に動いていくように、それぞれの立場はありますけれども、それぞれの立場からできることを、できる限りしていくというのが、本当に今、求められていることなのかなと思います。本日はありがとうございました。

 

情報処理学会高校教科「情報」シンポジウム2021秋 パネルディスカッションより