第84回情報処理学会全国大会 イベント企画 「情報入試―共通テストと個別試験」

人工知能から見た「情報」科目

北海道大学情報科学研究院/人工知能学会 会長 野田五十樹先生

ご本人提供
ご本人提供

私からは、人工知能学会から見た高校の「情報」科目についてお話しします。

 

まず、人工知能学会における教育への取り組みについてご紹介します。実は、今回このシンポジウムに登壇する3学会の中で、他の2学会(情報処理学会・電子情報通信学会)に比べると、人工知能学会は小さな学会で、歴史も浅いということもあり、教育を専門とする委員会にはまだ手が回ってないという状況です。

 

 

ただ、教育に関連する活動はいくつかあります。後で紹介しますが、現在我々は人工知能の研究の俯瞰をするための「AIマップ」というものを使って作っています。これにはいろいろな用途があり、教育や初学者向けの整理としても使うことができます。

 

また、倫理委員会では、人工知能における情報倫理や研究倫理といったものが重要になってきていますので、この分野の検討も進めています。これも、今後は教育等にも非常に関係が深くなるのではないかと考えています。

 

さらに、これはいわゆる高校生向けというわけではありませんが、人工知能の最先端、あるいは基礎技術について、学会としていろいろチュートリアル等を企画しています。これは企画委員会で扱っています。

 

また学会誌では、特に高校生向けに「教養知識としてのAI」(※1)というシリーズものの解説を掲載しています。下記のURLから閲覧していただける形で連載していますので、ぜひご一読いただきたいと思います。

※1「教養知識としてのAI」

https://www.ai-gakkai.or.jp/resource/ai_comics/

 

このような形で、いろいろ教育に関わる活動は手掛けていますが、最初にも述べたように、初等中等教育に関する活動というのは、まだ検討段階であるのが現状です。ですので、この後は、私自身の個人的意見を中心にお話しできればと思います。

 

「ロボカップジュニア」には「ロボットに何をさせるか」から考えさせる種目も

先ほど萩谷先生にも触れていただきましたが、私自身は「ロボカップ」に立ち上げ当初から関わってきました。その関係で、「ロボカップジュニア」(※2)にも関わっております。

 

このロボカップジュニアは、出場資格が11歳以上19歳以下ということで、中学生から大学の1年生くらいまでの年齢を対象に行われる大会です。

 

これは国際大会ですので、各国で参加者を募って代表を決定し、世界大会を行っています。残念ながらこの2、3年間は、コロナの影響でface to faceの大会は行われていませんが、すでに20年近く活動しています。

 

このロボカップは、STEAM教育の教材としても注目されており、現在は大人のロボカップの競技人口をはるかに上回る競技人口です。これは日本でも同様です。ですので、実はロボカップの世界大会で優勝するよりも、日本国内の勝ち抜きで代表に選ばれるほうがたいへん、という状況です。

 

 ※2  ロボカップジュニア

https://www.robocupjunior.jp/

 

 

ロボカップジュニアの教育的な側面で面白いのは、非常に多岐にわたる技術を統合しなければいけないことです。プログラミングだけでなく、ロボットですから当然機械設計・制御もあります。サッカーやレスキューだけでなく、オンステージ(ロボットと組んでパフォーマンスをする競技)という種目では、何をさせるかという、けっこうざっくりしたところから企画をすることも必要です。

 

子ども達は、この問題に取り組むのに、どのような切り口から考えていったらよいのか、というところを、いろいろ悩みながら考えます。この部分が、実は非常に大事ではないかと考えております。このロボカップジュニアは、日本では総合型選抜や学校推薦型の入試で、大会やコンクールの実績の参考資料としては使われているのですが、普通の入試の場面で使われるというところまでは、残念ながらまだ来ておりません。

 

「読み・書き・そろばん・コンピュータ」で問題解決から問題創出へ

ここから先は、私の個人的な意見としてお話しします。

 

「情報」という科目の位置付けについて、マスコミなどで書かれている内容や、自分の子どもが高校の授業で何を習っているかを聞いてみたことから考えたのがこちらです。

 

これからの世の中で、子ども達が身に付けてほしいものは「読み・書き・そろばん・コンピュータ」という4点セットではないかと思います。

 

今までの「読み・書き・そろばん」というのは、単に文字が読めたり、書けたり、計算ができるということではありません。「読む」というのは、他の人が書いた知識を本などから理解する能力です。「書く」は自分が考えたことを伝える能力、そして「そろばん」は、論理的・科学的に考える能力であると一般化することができます。そして、これらを学ぶことが教育なのだと思います。

 

最近ではこれに「コンピュータ」という要素が加わりました。これも、決して単にプログラミングができるということではなく、先ほどのロボカップジュニアのように、問題を発見して、これを整理して組み立てていく能力が大事です。

 

 

私もコンピュータについては、特に正規の教育を受けたわけではなく、どちらかというと、パソコンの黎明期からずっと使ってきて今に至ります。そうすると、その時々に身に付けたものというのは何かと言えば、決してプログラミング言語を格好良く使いこなす能力ではなく、コンピュータで解決すべき問題を見せられたときに、解決に導けるように整理し直すことができること。結局、ここが一番大事なところであると思います。

 

そういった思いをしてたところ、最近『計算的思考ってなに?』(※3)という本が出ました。こちらに私が何となく考えていたことが明確に表されています。その意味で、コンピュータを使うこと、あるいは「情報」という学問は、単にプログラミングができるかどうかではなくて、問題を発見する能力が大事であると思っています。

 

※3『計算的思考ってなに?」中島秀之、平田圭二、南部美砂子、マイケル・ヴァランス、片桐恭弘、美馬のゆり (近代科学社)

https://www.amazon.co.jp/dp/4764955571

 

これまでは、学校で習うことというのは、普通は問題が既にフィックスされていて、それに対する答えを見つけることを重視してきたように思います。これが、現在は「そもそも問題はどこにあるのか」ということにどんどんシフトしてきている。これは、研究の世界でも同様です。

 

ですので、教育も、そういった時代に生きる人間を育てていくということが大事ではないかと思っています。

 

 

 

AIマップから見る人工知能の技術~「問題設定ができること」が必要に

先ほど、人工知能の活動でご紹介したAIマップ(※4)がこちらです。

 

フリーでダウンロードできますので、学会のサイトでぜひご覧ください。人工知能にはいろいろな技術がありますので、それをいろいろな角度で定義して、4つのマップという形で定義しています。

 

※4「AIマップβ」

https://www.ai-gakkai.or.jp/pdf/aimap/AIMap_JP_20200611.pdf

 


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人工知能は、理系だけのための学問ではないのですね。このスライドにあるように、産業基盤などは比較的理系ですが、社会基盤や経済、政策、生活、文化といったところに関りが深い研究分野になっています。そういうところで、いわゆる文理融合的な研究はやりやすいのではないかと感じています。

 

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こちらは、私が一番お気に入りのマップです。人工知能の研究分野を整理すると、真ん中がポカっと空いていて、「知能」というもの自身が全く定義されていない中で、様々な研究がされている、というのがこの分野の特徴的な研究スタイルになっています。

 

このとき、実は、先ほど取り上げた「問題を見つけ出す」「問題を作り出す」ということが、問われます。「これを解明したら知能です」ということがはっきり決まっているわけではなくて、各研究者が「こういうものができたら知能的と思いませんか」といった問題設定をおのおの提案しながら研究が進んでいくので、問題設定ができることが、大事な能力になってくるのかなと考えています。

 

 

 

整理の方法は一つではないことを学んでほしい

こういったことで、やや飛躍するところはあるかと思いますが、「情報」に期待したいことがこちらです。

 

 

もちろん知識も大事ですが、私が初めてプログラミングをしたとき、ある種の万能感というものを感じました。つまり、何か問題を見つけて、プログラミングできる形で手順を整理すると、何でもできるんじゃないか、という感覚がありました。

 

これが結構大事なポイントで、「何かを知っている」ではなく、「問題を見たときにいろいろ整理できる能力」というのが、「情報」という学問の一番大事な素養ではないかと思います。

 

もう一つ、整理の仕方は一つではなく、正解がたくさんある、というのも大事なところです。それに関連して、理系の世界だけではなく、普通の身の回りの生活を題材にしても、いろいろな情報の手法が使える、ということを感じています。

 

私が、大学で「ソフトウエア工学」という専門科目で、プログラミングを整理して表現する方法のUML(Unified Modeling Language)を授業で取り上げる際に、「これを使って料理のレシピを表現しなさい」というレポートの課題を出しています。

 

これはつまり、「人間がふだん行っている手順を、情報工学のツールで表現するとこのように表せますよ」という問題ですが、同時にUMLにはいろいろなダイヤグラムがあって、何を中心にするのか、例えば食材なのか調理道具なのかによって、整理の仕方が変わってきます。

 

それによって、例えば、料理時間がわかるとか、必要な調理道具がわかるとか、わかるところに違いが出てくるのが面白いところであると思っています。

 

こういった問題が、果たして高校の授業でできるのか、あるいは入試に出せるのか、ということになると難しいのかもしれませんが、一つの題材にならないか、と考えているところです。

 

つづく

 

電子情報通信学会における教科「情報」への取り組み

東京都市大学

電子情報通信学会ジュニア会員運営委員会・委員長、教科「情報」の入試に関する検討WG・副委員長

田口亮先生