第84回情報処理学会全国大会 イベント企画 「情報入試―共通テストと個別試験」

鼎談-学会活動の視点から情報入試を語る

共通テストと専門教育のつながりをどう見るか

萩谷先生

それでは、鼎談に入ります。

 

最初に確認ですが、大学入学共通テストは大学の専門教育とつながる位置付けではなく、全ての分野のための共通のテストという位置付けですが、そのことについてはご理解いただけていますでしょうか。

 

田口先生

電子情報通信学会のメンバーは、共通テストの背景については、大阪大学の萩原先生のご講演なども聞いて理解をしています。ただ、通信分野の内容については、もう少しどうにかならないか、ということで、今後対応を考えたい、という意思は持っているということです。

 

萩谷先生

ありがとうございます。専門教育とつながる部分の能力の評価については、個別入試の内容で対応するというのが適切ではないかと考えています。野田先生はいかがでしょうか。

 

野田先生

専門教育とのつながりの点で言えば、入試が文系・理系に分かれてしまっているところに問題があるのではないかと思います。

 

先ほど私の話の中でUML(Unified Modeling Language)の例を出しましたが、UMLというのは、プログラムを整理するためだけにあるのではなく、実はいろいろな人間の活動を整理するために非常に役に立つものです。

 

ですから、入試に使えるかどうかはわかりませんが、例えば法律をアルゴリズムの形で整理すると、抜けが分かったり、これは無限ループに入っていないか、といったことが見えてきたりします。

 

これはプログラミングをやっている人間からすると自然な考え方で、もっと一般的なノウハウ、知識と考えてよいのではないかと思います。

 

そういった意味で、「情報」を理系ととらえるのでなく、人間活動というものを取り上げるときの非常に大きなツールであるという形で教える。また、そういう問題として出題されると、情報を専門とする人間が感じる違和感がなくなるのではないか、という気がしています。

 

萩谷先生

今のご意見は、特に共通テストの「情報」は、文系の学問にとっても重要で、その意味で共通テストの中に含める意義があるということへの、非常に説得力のあるご説明であったと思います。

 

現在、Q&Aに「国大協が共通テストへの『情報』導入を打ち出したが、東大や京大などの大学がまだ態度を明確にしておらず、『情報』の導入が大学によってバラバラになってしまうと大変困る。情報処理学会としては、どのような行動をするのか」という質問が来ています。

 

これはなかなか難しい問題で、われわれ情報分野の専門家としては、情報入試をぜひ導入してほしいと考えていますが、大学としてある科目を導入するかどうかというのは、全学的な問題になるので、学内でそういう主張をしていくことが重要になってきているわけです。

 

情報処理学会は、8大学の情報系の研究科長会議とも連携して、各大学の中でこういったアピールをしてほしいという活動をしています(※)。その際に、「情報」がその大学の全ての分野に重要であるというアピールをしていかなければならないことは認識しています。

 

人工知能学会、電子情報通信学会の先生方は、情報処理学会とはより異なる分野、もしくは広い分野をカバーされているので、大学の中でのご発言も、より影響力が強いのではないかと思いますが、その辺に関して各学会の方向性はいかがでしょうか。

 

大学入学共通テストの「情報」に関する要望 (令和2年12月14日 8大学情報系研究科長会議)

 

 

 

田口先生

実はこのWGを立ち上げる際に、まずは興味のある方がいたら、その方々にぜひやってもらおう、という形で募ったのですが、結局メンバーが上がってきませんでした。

 

そこで、教科「情報」に親和性の高い通信ソサイエティと情報システムソサエティの方々にお願いしながら、会長のトップダウンで立ち上げました。また一般的に見ても価値の高いものですので、理事会判断でWGを作って、ここからがスタートであると考えています。

 

結果、このWGには通信ソサイエティの会長と情報システムソサイエティの副会長が入り、調査理事が行ってるということで、非常に堅いメンバーとなりました。こうやって、いわゆるトップから落としていくことで、学会全体の意識が高まっていくと思います。WGは理事会の支配下に置かれ、事務局長も積極的に関わっています。

 

今回、年度末の報告を行ってこのような意識の高まりを報告し、来年度に向けてさらに意識を上げていくことが必要かと、個人的には思っています。

 

 

萩谷先生

ありがとうございます。懸念事項が上がってきていること自体が、意識が高まりつつあるということを表していると思います。学会全体としての議論になることで、より前向きに捉える先生方も増えてくるでしょうし、その先生の大学の中での議論も起こっていくのではないかと期待しています。

 

野田先生

人工知能学会は、まだ教育に関しての専門の委員会は持っていませんし、私自身が、前職が研究所で、教育から縁遠いところから大学に来たばかりなので、学内でどのような影響力があるかということについては、残念ですがわかりません。

 

実は、人工知能学会の中では、大学入試や高校までの教育以前に、大学でのカリキュラムに関すると議論がありました。そのとき、大学の授業でも、人工知能の何を教えたらよいのか、ということがなかなかまとまらない、という現実が結構ありました。

 

というのは、人工知能というのは変な学問で、分からないからやっていて、完成すると研究対象から外れるというところがあります。そうすると、どんどん教えるべき内容が変わっていくので、カリキュラムとして整理するのが非常にむつかしい、ということでした。

 

ですので、人工知能について高校までの教科書に載せる話や、入試でどうする、というところまで、なかなか話が行かない、というところです。

 

 

情報系人材の裾野を広げるために

萩谷先生

ありがとうございます。一方でQ&Aにいただいたご質問で、「特に野田先生にお尋ねします。AI人材が求められる時代において、日本の大学では世界と比べてもAI研究者が少ないと聞きました。大学入試に入れることで、そうした情報系の研究を他国と比べてより深めることにはならないでしょうか」というものがありましたが、いかがでしょうか。

 

野田先生

これはいろいろなところで言われる話ですが、ここで言われている「AI人材」というのは、恐らく、ほぼ「情報人材」であると感じています。つまり、物事をデータで見たり、アルゴリズム的な視点で問題を整理して解決に持っていったり、新しい技術に持っていったり、といったことができる人材がなかなかいない、ということが意識されて、それがこの10年ほどは、「AI」という言葉が新聞をにぎわすようになってきたので、用語として結び付けられて「AI人材」になっているのかと思います。

 

実際、そのAIを含めた情報系の人材、あるいは研究者は、世界的に見ても、やはり数が少ないということは感じています。これは人工知能に限らず、情報系の学会が手を携えて盛り上げていかないといけないということ、あと、恐らくは給料の問題かと思います。

 

大学では就職支援の役職を担当しているのですが、やはり外資の情報系の会社の給料の高さとか、待遇の良さを見るにつけ、これでは確かに優秀な人は国外に行ってとしまうよね、というところがあります。

 

そういったことについては、学生も見ていますので、専門にしようという人がなかなか出て来ない、ということがあります。これについては、学会だけで頑張ってもなかなか解決しないところではあります。

 

 

萩谷先生

ありがとうございます。ただ、大学入試に「情報」が入ることによって、裾野が広がるということは間違いないのではないかと思います。もちろん、突き出た中高生は既にいますが、裾野が広がることによって、将来のAI人材の候補もが増えてくるのではないかと思っています。

 

最後に、先生方に一言ずつ、お言葉をいただきたいと思います。より広く高大接続の視点からでも、今の議論の続きでも結構です。よろしくお願いいたします。

 

野田先生

学会としても、中学・高校など若年層に向けたコンテンツを充実していかないといけないという意識はあります。ですので「情報」が単にコンピューターやロボットを作るための学問と扱うのでなく、実は人間の活動の様々なところに非常に役に立つ道具、あるいは技術や知識である、ということを、できるだけ分かりやすい形で発信できれば、と考えておりますし、今後充実させていきたいと思います。

 

田口先生

私的な意見になりますが、今、教育全体が大きく変わってきていると思います。これまでは、教員から生徒に対して一方通行的に講義がされていたのを、なるべく生徒や学生に考えさせる形に変わってきています。

 

大学のPBL教育がそうですが、小学校のプログラミングや英語、中学高校のプログラミング教育、高校の総合的な探究の時間の導入もこれにあたりますね。こういったことに対して、大学も勉強をしていくことが重要だと思います。

 

私は東京都市大学の高大連携で、ある高校の総合的な探究の時間の援助をしています。高大連携は、ある意味大学と高校それぞれにとって重要なところです。そこを基盤にして、より実践的な教育が出て来れば、連携をより意味のあるものにすることができます。

 

今まで高校は大学に入るための教育であり、大学は入って来た学生を受け取って一から教えればいい、という発想はもうやめて、高校と大学が連携して教育について考えていく時代がすぐに来るのではないか。その意味で、この「情報」という教科は一つのキーワードになり得るものではないかと思っています。

 

 

萩谷先生

ありがとうございました。高大連携ということで、ぜひ人工知能学会、電子情報通信学会、そして情報処理学会が連携して取り組んでいきたいと、そして広く情報処理・情報教育に対して取り組んでいきたいと思います。今後もぜひ連携をよろしくお願いいたします。