第84回情報処理学会全国大会 イベント企画 「情報入試―共通テストと個別試験」
情報入試―高校現場から
東京都立神代高校 稲垣俊介先生
本日は、高校現場の教員として情報入試に関してどのように取り組んでいくか、取り組んでいるか、ということについてお話ししたいと思います。また、この機会にぜひとも皆さんのご意見をいただければと思います。
先ほどから大学の先生がたが入試のことをお話ししてくださり、なるほど、そうなっていくのかということで、たくさん勉強になりました。今度は、送り出す側の高校教員の話として聞いていただければと思います。
まず自己紹介をいたします。私は都立高校の情報科の教員です。大学を卒業して一般企業に入社し、その後、専門学校の教員になり、私立中学・高校の教員を経て、都立高校の情報科の教員になりました。
情報科教員としては、15年ほど教壇に立ってきました。2019年からは大学で情報科教育法の授業を担当しています。将来情報科の教員になってくれる学生さんとともに学んでおり、多くの刺激をいただいています。
また、社会人学生として博士後期課程で学んでおり、この3月で修了予定です。ここでは、現場の情報科教育の発展と、目の前の生徒たちの問題解決のために研究をしてまいりました。これからの「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」の指導にも大きく関わりのある研究であり、ぜひとも別の機会で紹介させていただければと思います。
転職や進学をしてまで情報科の教員になったという経歴からもおわかりいただけるように、私は情報科が大好きであり、その発展に寄与したいという気持ちを強く持っていることはご理解いただけたと思います。
このたび、国立大学が大学入学共通テストに「情報」を導入することを決めた、という国大協の発表がありましたが、情報入試が大々的に始まることをたいへん嬉しく思います。この発表を受けて、現場としてできること、そして、皆さんにお願いしたいことについてお話ししたいと思います。
今日は下図の4つの話をさせていただきます。
まず、今回の発表でお伝えしたいことを述べます。次に、私が所属している東京都高等学校情報教育研究会(都高情研)の専門委員会の「情報Ⅰ入試検討委員会」の目標と、これまで行ってきたこと、特に、何のために、この委員会を立ち上げた経緯についてお伝えしたいと思います。
3番目に、情報入試を見据えた授業として、先ほどお伝えした情報Ⅰ入試検討委員会のメンバーの実践をご紹介します。情報入試を見据えてどのような授業がよいのか、私たちは常に検討を続けており、その成果を3事例ご紹介します。
最後に、今後の情報入試を見据えて、高校現場の教員としての抱負を申し上げます。高校現場は、これからどうすればいいのかという視点で、高校の「中の人」という意見としてお話ししたいと思います。
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1.本発表の内容~情報入試を見据えた授業はどうあるべきかを考えるために
まず、情報Ⅰ入試検討委員会での目標等についてお話しします。本委員会は、都高情研の専門委員会として立ち上がりました。
多くの情報科の先生は、「情報」の入試対策は、授業としてはあまり行ってきませんでした。しかし、このたび「情報」が入試に入り、そのために入試を見据えた授業を行わなければならなくなりました。もちろん、「情報」が入試に入ったからといって、これまでと授業を変える必要はないというご意見もあるとは思います。
しかし、目の前に情報入試を受験する生徒がいるのにもかかわらず、その対策をしてあげない教師などいるはずはありません。情報で受験をする生徒のためにその対策をし、その生徒のニーズに応えるのが、私たち高校教員の役割というものです。
ただ、その意気込みはあっても、その対策をどのようにすべきかということが、今のところわかっていません。先に大学入試センターからサンプル問題が公表されましたが、あのような問題が数多く載っている問題集は、私の知る限り、ほぼありません。また、ああいった問題を解けるような生徒を育むためには、どのような授業であればよいのかということも、よくわかっていません。
2.都高情研 情報I入試検討委員会~東京都だけでなく、全国の情報科教員のための活動へ
東京都など、情報科の専任の教員を多く採用している地域では、この委員会のような対策ができると思います。しかし、地方の高校など、そうではない環境に置かれ、1人で困っている情報科の先生も多いのではないかと推察します。東京都の情報教育の発展、さらに情報入試対策のために本委員会があるのですが、それだけではなく、全国の先生方のために、そして、その先にいる「情報」を学ぶ生徒たちのために発足しました。
本会は現在、東京都立高校の先生方を中心に、私立の中学校、高校、中等教育学校、そして大学の先生方など16名で構成され、2021年6月から数回にわたり議論を続けています。活動の内容は、センター入試の「情報関係基礎」をはじめ、さまざまな大学の入試問題、情報関係の資格試験の問題などの調査、そしてそれらの問題に対応した授業の実践、さらにさまざまな情報提供をお互いに行っています。
まだ、大きな形で見える成果は示すことはできませんが、今後も本委員会を継続し、全国の先生のために活動をしていきたいと考えています。
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3.情報入試を見据えた授業~「難しいけれど楽しい」授業の実践
先に紹介した、情報Ⅰ入試検討委員会のメンバーの先生の、3つの授業を簡単に紹介します。これらは全て情報入試を見据えた授業となっています。
まず1つ目が、東京都立石神井高校の小松一智先生の、情報入試を踏まえた「モデル化とシミュレーション」の授業です。大学入試共通テストレベルの問題を、実習を通して学んでいます。この授業は大きく注目され、読売新聞でも取り上げられました。
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授業内容は、都内の新型コロナウイルス感染者数がどのように増えるかを、生徒にプログラミングを通して考えさせるものです。一つひとつのプログラム自体は基礎的なものですが、それらを組み合わせることで、生徒は難易度が上がった課題に取り組める、というものです。
ここでは授業の詳細の説明は避けますが、多くの生徒は難しいと感じたようですが、同時に楽しいとも感じています。生徒にとって、「難しいけれども楽しい」と感じる学びこそが、より良い学びであると私は考えます。
私たち情報科教員の目指すところは、ただ生徒に入試問題を解けるようにするだけでなく、「情報」の授業を通じて、難しいけれど、やはり「情報」は楽しいな、と思わせるような学びであると考えています。
2つ目は、私立佼成学園中学校・高等学校の岡野英樹先生の、情報入試を踏まえたプログラミングの授業です。
先の小松先生の授業と同様に、理論だけを教えるのではなく、実践を教えることにより、共通テストの受験指導との両立を目指していると、岡野先生はおっしゃっていました。
こちらは、配膳をするロボットを作ることでプログラミングを学ぶ授業であり、その実践から情報入試のプログラミングの問題へとつなげる内容となっています。この授業は私学財団賞に選ばれています。具体的な授業内容に関しましては、3月29日に都高情研の研究大会で発表されることになっています。
最後に、私が実施した授業をご紹介します。情報入試の「問題解決」と「データ活用」を学ばせるとともに、情報モラルを学ぶことができる、という内容になっています。
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私たち情報科教員は、情報活用能力の育成の一環として、情報モラルの指導を行っていますが、さらに学校全体の情報モラル教育の担当者としての役割もあります。
情報モラルの指導に時間をかけていたら、幅広く内容の多い「情報I」を、週2回の授業で教えることなどできない、という意見はよく聞きますが、情報教育において「情報の科学的な理解」と「情報モラル教育」は車の両輪のような関係にあり、どちらが欠けても、うまく前に進むことはできません。
今回「情報I」が大学入試の科目となり、また、「情報Ⅰ」は科学寄りな内容であることからも、現場の情報モラル教育はますます縮小傾向にあるのではないかと思います。しかし、さまざまな問題を抱える高校生に接していると、それではいけないことは言わずもがなです。そこで、私は「情報の科学的な理解」を目指す指導を行いつつ、情報モラルの指導も行っています。
さらに、その「情報の科学的な理解」の指導は、情報入試を見据えたものとしています。実践の内容を簡単に申しますと、生徒に自分のスマートフォンの利用時間を集計させたものを回収し、全体のデータを生徒たちに分析をさせ、発表させるというものです。
生徒は、データ分析を通じて詳細な検討をすることによって、自分のスマートフォンの利用を見直すことになり、無意味な利用時間の長さに気付くことができる、という内容になっています。
一方、統計の理論は、生徒にとっては難しく感じるようで、かなり難易度の高い実習です。しかし、自分たちのデータには興味がある、という生徒が多いので、入試の難易度に近いものであっても頑張って検討してくれます。こちらの授業内容も、読売新聞で取り上げていただきました。詳細については、こちらも都高情研の発表でお話しできればと思っています。
~高校生に心理・行動特性を意識させインターネット依存を予防する授業実践
4.高校現場としての抱負~入試への導入が決まっているからこそできることは何か
最後に、高校現場と、情報科の教員として、今後の情報入試を見据えた抱負を申し上げたいと思います。
さまざまなメディアの報道等で、情報入試に関する賛否や課題が指摘されています。現場の情報科教員としては、賛否の議論は大切ですが、既に導入が決まっているからこそ、高校現場としてやれることは何だろう、という視点で考えてきました。
ここから幾つかの課題を示します。スライドでは青の四角で囲まれたものが「課題」、オレンジの四角で囲まれた内容は「現場としてできること」としました。
1つ目は、情報科教師の不足や質の向上です。特に地方の学校で、専門ではない先生が「情報」を教えているなどの問題が指摘されています。また、自治体全体で専任でない先生が多くいたとしても、1校に何人もの専任の情報科の先生がいるという環境は珍しく、たいていは1校1人の場合が多いと思います。
そうすると、経験豊かな情報科の先生がいても、その先生が他の新人の先生に対してOJTで指導をすることは大変難しくなります。ですから、都高情研や、全国組織である全高情研(全国高等学校情報教育研究会)、さらにこちらの情報処理学会などに所属して切磋琢磨をし、情報共有をしていくことが望ましいと思います。
また、大学の教員養成課程と関わりを持って、現場の教員が学生の指導をすることも大変良いことではないかと、個人的に思っています。つまり、現場の教員として後進の指導に当たることをぜひとも進めていただきたいということです。先の自己紹介でも申し上げましたように、現在私は教員の養成課程にも関わっております。未熟ながらも自分の経験も生かして、今後も一層力を入れて取り組んでいきたいと考えています。
2つ目です。先の課題とかぶるところもありますが、地域や高校間の格差の問題です。これについては、現在困っている先生方に手助けをできるようにしていきたい、と考えています。どのような手助けが必要なのかということについては、やはり授業と問題作成をすることに尽きると考えています。
私個人の取り組みとしては、情報の授業の動画配信をしています。参考になるかはわかりませんが、授業を検討する際にご利用いただければと思いで作っています。
また、私のwebページ(※)からYouTubeのリンクがありますので、ご活用いただければと考え、多くの皆さんに見ていただきました。さらに問題については、情報Ⅰ入試検討委員会で発信できればと考えております。
※ 稲垣俊介.jp
3つ目が、受験指導のノウハウや対応した問題の不足についてです。これも2つ目とかぶりますが、現在足りないものはテキストと問題集です。私たち、情報Ⅰ入試検討委員会でも作っていきます。ただ、情報入試に対応したテキストや問題集は、書店などでも、ほとんど見つかることはありません。
この発表を聞いてくださっている企業さんたちには、ぜひとも作っていただきたいと思います。私たち現場の教員は協力できると思います。それは、実際困っている先生や生徒がいますので、どのようなテキストや問題集が必要なのかを目の当たりにしているためです。まず必要なのは、問題集と参考書。それが生徒のためにもなるのです。
そして4つ目です。他の教科の先生たちの情報入試に対する興味・関心は、残念ながら決して高くありません。私たち情報科の教員には、学校の中で「コンピュータに強い、デジタル系の何でも屋さん」という立場の方が多くいらっしゃいます。
だからこそ、ある意味縁の下の力持ちであり、受験指導や学校行事でも、表舞台に立っていることは少ない、ということが多いのです。ですので、学校内で違った存在意義を出すためにも、デジタル系部活動の推進、または情報科がメインとなるような学校行事をつくることが必要かもしれません。
先に申し上げたように、情報科の教員は多くが1校1人ですから、情報科がメインとなる学校行事は難しいかもしれませんが、例えば音楽の先生が行っている音楽祭、体育の先生が行っている体育祭などは参考になるのではないかと思います。また、デジタル系部活動の推進は、先ほどの学校行事に比べるとやり易いと思います。現場として今後も取り組んでいきたいと考えています。
全ては、目の前の生徒たちのために
さて、ここまで情報科の教員としての思いを、現場として困っているだろう、不安に感じているだろう、という先生方へのメッセージのようなつもりでお話ししてきました。
しかし、これらは全て、目の前の生徒たちのためのものです。
学校によって差がある、地域によって差があるというのは、別に情報科に限らず、全ての教科でも同様であると思います。
しかし、このままでは、このままです。現場の教師として、目の前の生徒のためにできることをしていきたいと考えています。
そのためにも、多くの皆さんの力添えが必要です。恐らく今回のセッションを聞いてくださっているのは、大学の先生方が一番多いと思いますが、ぜひともその専門的な、多くの知見を私たちに貸していただけませんでしょうか。また、行政や関連企業の方は、ぜひとも良い教材を現場の私たちと一緒に作っていきましょう。
私は文科省や東京都のことしかわかりませんが、そういったところが多くの教材を提供してくださっています。また、東京都では、教材にかかるお金を手助けしてくれようとしています。
他にも、例えば、民間企業が社会貢献として情報入試に関わるプログラミング教材等を無料で提供しようと準備しています。また、ある予備校は、これまで力を入れて情報入試の情報を集めて提供をしてくれています。
このように多くの、直接は高校現場に関わっていない皆さんのご協力の下で高校現場は動いています。今後の情報科入試に立ち向かう生徒たちのために、今後とも情報教育の現場にご協力をいただければと思います。今後もご協力よろしくお願いいたします。
[質疑応答]
Q1. 『情報Ⅰ』が、高校1年生という、受験がまだ2年後という学年を対象に行われるということを考 えると、入試を見据えた授業を展開することがどの程度、重要であると言えるのでしょうか。
A1.稲垣先生
これは「情報I」だけではないと思います。例えば数学Ⅰは1年生で学びますが、だからといって入試を全く意識しないかと言えば、そうではありませんね。1年生で『情報Ⅰ』は授業を行う学校が多いと思いますが、そこで、ある程度は情報入試を見据えて授業を行わないといけないと考えていますし、私の希望としては、できれば高校3年生で、選択科目でもよいので情報入試のための演習授業を持ちたいと思っていますし、作る準備もあります。
Q2.他の教科担当の先生と、情報入試で協力していくためにはどうしたらよいのでしょうか。
A2.稲垣先生
私としては、学校の中での情報科の存在アピールが必要であると思います。今後必ずやっていこうと思っているのは、数学、特に統計分野とのコラボです。私たちの情報科界隈では、情報入試で盛り上がってると思ってしまいがちですが、まだまだ足りません。ぜひとも多くの先生方を巻き込んでいけるように、一緒に盛り上げていきたいと思います。よろしくお願いします。
Q3.先生のお話の中で、大学の先生方や行政、企業の方とぜひ連携していきたい、というお話がありま したが、この辺りは、具体的にどのようなことが求められているのか、どういったことを期待されて いるのかについて、詳しく教えたいただければと思います。
A3.稲垣先生
先ほどまで大学の先生方がお話しいただいた内容と重なるところがありますが、大学として「欲しい 学生像」というのがあると思いますが、その辺りをぜひ発信していただきたいと思います。あとは、やはり大学の先生方の専門性はぜひともご協力いただきたいところです。
自治体との連携は、どうしても自治体単位になりがちです。横の連携をして、皆で作り上げていく、という雰囲気を作っていくことによって、地域の格差もなくなっていきますし、『情報』の授業の格差もなくなっていくのではないかと期待しています。私自身としても、ぜひとも横の連携に協力できるようになっていきたいと思っています。