New Education Expo2022
高校現場で教科「情報」の大学入試に備える
東京都立神代高校 稲垣俊介先生
まず自己紹介をいたします。私は、大学を卒業して企業に入社し、その後専門学校の教員になり、私立中学・高校の教員を経て都立高校の情報科の教員になりました。情報科教員としては15年ほど教壇に立ってまいりました。
また、2019年度より大学の非常勤講師として、情報科教育法などの授業も担当させていただいております。未来の情報科の教員となる学生さんたちとともに、私自身も学んでいます。
また、昨年度までは博士後期課程で学ぶ社会人学生として、現場の情報科教育の発展と、目の前の生徒のための問題解決の研究をしてまいりました。私が大学院で研究してきたことは、これからの情報教育にも大きく関わりのあることであると考えます。そして、本発表でも、その研究で行った実践について触れていきたいと思います。
私の経歴からもおわかりいただけるかと思いますが、私は情報科が大好きで、その発展に寄与したいと常に考えています。さらに目の前の生徒を何とかしたい、これはきっと現場の教員の皆さんと同じだと思います。私が、そういう気持ちは強く持っていることをご理解いただければと思います。
先ほどからもお話があったように、このたび東京大学や大阪大学をはじめ、さまざまな大学が大学入学共通テストの「情報」を入試科目として課す、ということを予告しました。目の前の高校生と共に、「情報」を学ぶ私にとっては、たいへん嬉しいことであると思います。
今回、この場に私をお招きいただいたのは、現場の教員としての意見をお聞きになりたいためではないかと思います。ですので、私を含めた現場の教員が今できること、そして聞いてくださっている皆さんにお願いしたいことをお話ししたいと思います。
本発表の概要~今回お伝えしたい内容について
本日はこちらの4つのお話をいたします。
まず、本日の発表の概要、お伝えたいことです。そして、情報科の教員として、情報入試が導入されたことで思うことと、今だからこそできることをお話ししたいと思います。
3番目に、情報入試を見据えた授業として、私の授業の2つの実践をご紹介します。この2つは、新聞でも取り上げていただいたもので、少し細かくお話をさせてください。
そして最後に、情報科の現場教員として、情報入試が導入されるからこそ、皆さんにお伝えしたいこと、ある意味「中の人」の意見としてお聞きいただければと思います。
令和7年の共通テストに「情報Ⅰ」が導入され、情報科入試が本格的に始まります。このような状況で、高校の情報科の教員が本音としてどう思ったのか、さらに今できることについて、情報科の先生には共感いただけると思います。ぜひ聞いていただきたいと思います。
情報科教員として~「思うこと」と「できること」~
こちらに「不安。でも、嬉しい」とありますが、これは情報科の教員として、「『情報』が入試に入る」と聞いたときの本音だと思います。
ちなみにこれは、自分が報科の教員である、と胸を張って言える先生の考え方です。その方々の本音は、「『情報』が入試に入ったことは不安、でも嬉しい」であると思います。
まず、なぜ不安なのか。言わずもがなですが、これまで受験教科とされてこなかった教科の担当者であったにもかかわらず、急に受験科目の仲間入りしたのですから、不安に感じて当然かと思います。
では、「嬉しい」はなぜでしょうか。以前から情報科の教員だった方は、このような体験をされた方もいらっしゃるかもしれません。中高生の言葉に、「主要教科」「副教科」というものがあるのはご存知でしょうか。どの教科が「主要教科」で、どの教科が「副教科」か、などと申し上げるつもりは毛頭ございません。ただ、少なくとも、残念ながら主要教科に「情報」は入っていないと思います。
一生懸命教えている「情報」の先生の前で、「主要教科じゃないから、そこまで力を入れなくてよくない?」と言う生徒はいないとは思います。また、他の先生にもそのようなことを言う方はいらっしゃらないとは思います。しかし、そのような気分にさせられた経験をお持ちの情報科の先生はいらっしゃるのではないのかと思うのです。また、これはどのような学校で勤務経験をしてきたかによって、その辺りの気持ちは変わってくるかもしれません。
ちなみに、どちらかというと「情報」の授業は進学校ではない学校の方が気持ちよくできる、という話もあります。逆に「超」が付く進学校も「情報」を頑張ってくれる、という印象もあります。しかし、「情報」が入試に入れば、一般的な進学校においても「要らない教科」だと思う生徒は少なくなるでしょう。だからこそ、現場の教員としては、その本音としては嬉しいわけです。
これは高校生に、「これから生きていくために必要な『情報』の教育」や、「高校生に学ばせる内容」といった崇高な話ではなく、現場の情報科の教員の本音として、というお話です。
さてここで、今度は「不安のほうが大きい」というお話です。「情報」の専任ではない先生や、他の受験教科をお持ちで、さらに「情報」の授業も持っている先生もいらっしゃると思います。
先ほど鹿野先生のお話にもありましたが、情報科の先生はおそらく1校1人です。さらに、それが受験教科になったならば1人で担うことになり、まして他の教科も持たれているということになれば、不安は非常に大きくなると思います。
だからこそ、私たちは立ち上がりました。東京都高等学校情報教育研究会、通称「都高情研」と呼ばれる、東京都にある高校の情報科の先生を中心とした研究会があります。この研究会の専門委員会として、「情報Ⅰ入試検討委員会」が立ち上がり、私が委員長を務めさせていただいています。
この委員会は、昨年度発足し、東京都立高校を中心に私立中学・高校、大学の先生方などで構成されています。
この委員会では、センター入試の「情報関係基礎」をはじめ、さまざまな大学の「情報」の入試の過去問題、さらに「情報」関連の資格試験の問題などを調査しています。さらに、それらを参考に問題作りを始めています。さらに、委員会の中ではその問題に対応した授業の実践や情報提供を行い、メンバーはそれぞれ何かしらの成果を示しています。その成果こそが、全国の不安を抱えている情報科の先生のための活動になると思います。
つまり、この委員会は「情報Ⅰ」が入試科目となることに対して不安に思う先生方のために、現場の教員で何とかしようとして立ち上がった、と考えてください。そして私たちの活動は、先生のためというより、その先にいる高校生のためであり、それが本来の目的であると思います。
この委員会自体も、継続して来年度、そしてまだ承認は得られていませんが、できれば再来年度と、ずっと続けていくべきであると考えております。そして、私もそこに注力をしていきたいと考えています。
情報入試を見据えた授業の実践
ここからは、情報入試を見据えた授業についてお話しさせていただきます。先ほども申し上げましたように、この2つの実践は、新聞で取り上げていただいたものです。
1つ目は問題解決の実習で、1年間の「情報Ⅰ」の授業の導入ともいえる授業です。簡単に紹介すると、「あなたが30歳になったとき、OB・OGとしてこの学校に来たとします。そこで、進路を考えている高校生のために、自分の現状についてプレゼンをしてください」というものです。
これだけ聞くと、ただの進路の実習のように感じられるかもしれませんが、そうではありません。
生徒たちは、自分の将来を検討し、どのような自分になっていたいのかということを想像します。そして、「将来自分はこんなふうになり、このような暮らしをして…」というプレゼン資料を作ります。結構楽しく作っていきます。
しかし、少し作らせた後に、私から少々意地悪な質問をします。「今、あなたたちが想像している将来は、現在から15年経った社会を本当に想像していますか。現在のテクノロジーや現代の社会を基準にして考えてしまっていませんか」と。つまり、現時点での仕事や暮らしをそのまま将来像にしてしまっているのではないか、と子どもたちに問いかけるのです。
そして、「30歳となったあなたたちは、15年後の『Society5.0』の真っただ中の社会にいます。このような社会になっているということは、現時点からその時代に向けて、あなたの役割は一体どうなっていると思いますか」と問いかけます。そして、「これからの時代を創造する人として、どのようになっていきたいか」ということを再度考えさせます。その後、プレゼンを作り直させ、それを発表させる、という流れになっています。
つい先日、この発表をしてもらいましたが、皆がSociety5.0を意識した将来を話してくれました。「15年後を検討する問題解決」という題材ですが、今の自分と未来の自分のギャップを埋めることが問題解決になると考えます。そして、「今のあなたは何をしたらよいのか」ということを話し合わさせました。最後に、まとめとして、私から「皆さんにはSociety5.0を創る人材になってほしい」と話し、それこそが、「情報」を学ぶ目的であるということに気付いてもらいます。この1年間の「情報Ⅰ」の授業の導入の単元として位置付け、なぜ「情報Ⅰ」を学ぶのかを考えさせる実践です。
この実践はなぜか盛り上がり、生徒は熱心に取り組みます。盛り上がるのには、実はある仕掛けがあります。その仕掛けについては、後ほど申し上げたいと思います。
2つ目は、「問題解決」と「データ活用」を生徒に学ばせるとともに、情報モラルを学べる、という欲張りな内容になっています。簡単に紹介すると、スマホの利用時間確認できるアプリで、生徒に自分のスマートフォンのインターネットの利用時間を調べさせて、アンケート形式でその利用時間などのデータを集めます。それを教員が回収して、名前など個人情報になるデータを全て外した上で、生徒に学年全員分のデータを配布します。
そして、その全員分のデータを生徒たちが分析して、自分たちがどのようにインターネットを利用しているのかを検討させる、という実習です。この検討内容をプレゼンで発表して、さらにその発表を踏まえて、自分の利用傾向について検討し、そのレポートを書かせる、という流れになっています。
この実習は、「情報Ⅰ」のデータ活用の単元であるとともに、自分の過度なインターネット利用やスマホ利用の問題解決となる実践であると考えています。生徒はデータ分析によって、詳細に自他のデータを検討することによって、自分のスマホ利用の在り方を見直すことになり、無意味な利用時間の長さに気が付くことになります。
データ分析における統計の理論は、生徒にとってかなり難易度が高く、正直なところ難しい実習です。しかし、なぜか生徒たちは興味・関心を持ち、熱心に取り組んでくれます。そこにはある仕掛けがあるのですが、これもまた次にお話ししたいと思います。
「情報Ⅰ」の実践として、2つの事例を取り上げました。この2つに共通していることは何でしょうか。これが、生徒がなぜか一生懸命に取り組んでくれる仕掛けです。すでに気が付かれている先生方もいらっしゃると思います。その点を最後に申し上げ、さらに高校の現場教員として、情報科が入試科目になったことに対する思いを述べ、私の発表を終わらせていただこうと思います。
ちなみに、左の問題解決の実践は、今夏開催される全国高等学校情報教育研究会で詳細を発表いたしますので、ご興味がありましたら聞いていただければと思います。また、右側のデータ活用の実習は、情報処理学会の学会誌に授業紹介として発表させていただく予定ですので、そちらもご覧いただければと思います。
情報入試に入るからこそ伝えたいこと~「情報」の学びを「自分事」につなぐ
さて、いよいよこの2つ実践の共通点についてもお話しします。これは、情報入試に入るからこそ伝えたいことです。そして、最後に高校情報科の現場の教員として、今後、情報入試を見据えた抱負を申し上げたいと思います。
まず、先ほどの実践からの続きの前に、情報科の教員としてお伝えしたいことがあります。それは、「情報科はただの受験科目ではない」ということです。つまり、生徒が学ぶ理由を「テストに出るから」としてはいけないと思います。
なぜ「情報」を学ぶのか。これを生徒に伝える際に、薄っぺらいきれいな言葉や理解が難しい学術的な言葉では高校生に響かないのです。つまり、高校生に響かせるためには、実はこれが「仕掛け」の答えになるのですが、「自分事とする、当事者意識を持たせる」ということなのです。これがキーワードだと思います。
皆さんもお気付きと思いますが、高校生にとって最も興味があるのは、自分に関することです。そして、自分に関係ないことには、興味が持てないのです。もちろん高校生だけではありませんが、特に高校生の年代は、まだ未成熟なこともあり、余計にその傾向が強いと思います。
ですから「情報」の授業でも、自分に関係があること、自分のためになることであると本気で思える仕組みが必要で、全ての授業を自分事、または当事者意識を持たせるような内容にしておくことが大切であると考えます。
先に述べた2つの実践には、その仕掛けが用意されていました。1つ目のSociety5.0に関する導入の授業は、まさしくそのまま自分に関することです。自分の将来を検討するとともに、これからの情報社会を創る人になってください、ということを伝えて気分を高揚させ、さらに深く考えさせるという内容です。
2つ目の、スマホ利用時間の統計の実践も、実は自分のデータだからこそ熱心に取り組むことができるのです。もし自分に関係のない、適当に作った仮のデータを渡したとしても、おそらくそれほど興味は持てないでしょう。さらに言えば、何か本物のデータを持ってきたとしても、自分が関心のない、難しい内容であれば、興味を持って取り組んでくれないと思います。
高校生にとっては、自分のことだからこそ取り組むということはあります。その取り組みの動機を、教科の内容で興味・関心を引き出すべきであり、入試に出るから勉強するではダメなのだ、ということをお伝えしたいと思います。
私は情報科の教員のプライドとして、「ここがテストに出るから勉強しなさい」とは言いたくありません。そのようなことを言ったら、せっかく「情報」が入試に入ったのに、負けたような気持ちがしてしまいます。「ここは大切だから、テストに出るかもしれないね。だから勉強してね」なら、いいせりふではないかと思うわけです。
私たち情報科の教員は、今まで入試に入らなくても生徒を引き付ける授業をしてきました。授業中に、次の時間の小テストのために英単語帳を開こうとする生徒に対して、「開くな」と言うのでなく、面白い授業をしてこちらに目を向かせよう、と努力してきました。そのように、まさに意地になって授業をやって来られた先生方がたくさんいらっしゃると思います。
だからこそ、急にペーパーの問題を解けるようになるだけのための授業にしてはいけないと思います。私は、高校生の自分事、当事者意識を持たせる授業をすることによって生徒を引き付け、大切なことを学ばせているからこそ入試でそこが問われるということになるのだ、と言いたいと思っていますし、そういった授業を創っていこうと思っています。
これらは全て目の前の高校生、全国の高校生のための授業を作り、実践していこうと考えているためです。そして、そのためには多くの皆さんの協力が必要であることは言わずもがなです。
大学の先生方、行政や関連企業の方には、ぜひとも現場の教員と一緒に教材を作っていただきたいと思います。
私は、実は文科省や東京都のことしか存じませんが、文科省では多くの教材をインターネットで提供してくれています。ここにいらっしゃる鹿野先生がそこに大きく尽力をしてくださっていることも、よく存じています。他にも、日経BPさんなどの民間の企業や団体の方が、情報入試に関わる教材を提供してくださっていますし、河合塾さんは情報入試の情報をインターネットで提供しています。このように高校現場は、直接携わっていない多くの皆さんの協力で支えられており、それは非常に嬉しいことです。私も、そのことに対する協力は惜しまないつもりでおります。
今日は高校現場の意見として、言いたいことを言わせていただきました。熱意と能力にあふれた情報科の先生はたくさんいらっしゃいます。現場は不安ですが、熱意はあります。私も熱意だけは負けずに、これからも続けていきたいと思います。
このような私たちが全力で高校生に、現場の教員として「情報」を教えていくわけです。今後の情報入試に立ち向かう生徒のために、高校現場へのご協力をいただければと思います。