New Education Expo2022
情報Ⅰ・Ⅱの実施と受験に向けた準備 ~学校全体で取り組むには?~
京都精華大学 鹿野利春先生
私は、2015年から文部科学省で「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」を含めた高等学校情報科の学習指導要領の取りまとめを行いました。今回はこの実施準備について、そして学校全体で取り組むために、「情報Ⅰ」がどのような科目で何を目指しているかについてお話したいと思います。
初めに自己紹介をいたします。
私は公立高校の教諭からスタートし、2003年に教科「情報」が始まる前は、理科で物理、化学などを教えていました。途中で教育委員会に入り、財団法人職員や教育委員会事務局などを経て、文部科学省の教科調査官になりました。
教科調査官というのは、小中高の各教科におります。ここでは、学習指導要領を取りまとめたり、その対応状況をチェックしたり、調査をしたりしながら、GIGAスクール構想やプログラミング教育などの調整に携わってきました。例えば、小学校のプログラミングには対応する教科がないため、中学校の技術・家庭科技術分野の教科調査官と私とで、関係各所と調整しながら形を作り、審議会等にかけていくなどしていました。
そして昨年4月から京都精華大学で教鞭をとりながら、文部科学省で視学委員を含めたいくつかの委員を継続して担っております。
「情報I」はどんな科目か
さて、「情報Ⅰ」の話に入ります。
高校教育と大学入試は歯車のように繋がっています。大学側、高校側とも動いており、学習指導要領の作成と並行して、高大接続システム改革会議も進んできました。さらにその前には大学入試改革の答申でも長く議論されてきました。こういった動きの中に「情報I」があります。
今回の学習指導要領改訂で「情報Ⅰ」となったことで、何が変わったか。
簡単に言うと、2科目が1科目になったということです。ではなぜ1科目にしたのかと言えば、国民的素養として必要なものを2科目に分けておく必然性がないからです。それが今回の情報科の学習指導要領改訂の基礎となりました。赤字で示した部分が、「社会と情報」「情報の科学」から内容が新しくなった部分です。
「情報Ⅰ」の構造です。「情報Ⅰ」は2単位です。
「2単位の科目で大学入試ができるのか」という議論もあると思いますが、ポイントは、目標が『プログラミング』でも『情報デザイン』でも『データの活用』でもなく、『問題の発見と解決』であり、『問題の発見と解決』のツールとして、これら3つを使いこなしていく、ということです。ですから、入試もこの目標達成のためのストーリーに沿って問題が設定されることになります。
先ほど2単位というお話をしましたが、「情報I」の内容の積み上げは、実は小学校から既に始まっています。小学校では、教科学習の中で体験的にプログラミングを使ってみたり、中学校で技術・家庭科技術分野の中でプログラミングの学習量が2倍に増えたりしました。「情報Ⅰ」になることで、『情報デザイン』や『プログラミング』などが小中高と積み重なってきています。
統計に関連する学びも、やはり小中高と内容を積み重ねてきており、高校では数学との連携が進みます。ですから、大学入試で問うのは単に高校の2単位だけでなく、小中高で積み上げてきた情報活用能力を総合的に問うものになる、というのが本質です。
大学の部分については今後発展があると予想しますが、「情報Ⅱ」までは学習指導要領に沿った形で行われる、という前提で記載しています。
(1)情報社会の問題解決~ベースは中学校までで学んできている
「情報I」の「(1)情報社会の問題解決」では、学習指導要領には、中学校までに身に付けたことを活用すること、プロセスの体験などが記載されています。また、法律や制度もどんどん変わっていくため、「知識の理解」ではなく、「意義の理解」が必要であるとされています。つまり、大学入試でもこの部分が出題されるのであれば、意義の理解や思考力の発揮が必要な出題となると思います。これはAIについても同様です。
具体的には、スライドの右側で示しているのが「これからの問題発見・解決で育てていく力」となります。ベースとなるのは中学校までに学んだ『統計』の内容です。
では高校まででどのようなことができているのでしょうか。
これは中学校の数学で学ぶヒストグラムです。階級幅を変えればデータの形が変わることが見えてきます。
また、四分位数を使えば単なる平均の変化だけでなく、最高、最低、全体の分布も変わっていくことがわかります。つまり、データの見方については中学校までに学んでいるので、それを使っていくようにしましょう、ということです。
標本調査も中学校で行っているため、「(1)問題の発見・解決」の基礎的な部分はかなりカバーされていることになります。
(2)コミュニケーションと情報デザイン~様々な題材で情報の抽象化、可視化、構造化を行う
「(2)コミュニケーションと情報デザイン」は、作問が難しいかも知れません。ただ、難易度調整はかなりフレキシブルにできそうです。大学入試センターのサンプル問題でも、今まであまり出て来なかったのは、このような問題作成の困難さもあったからかも知れません。
しかし次に出てくるサンプル問題や、本番の試験の際には、他の領域と同様、バランスよく出題されることを期待します。
「情報デザイン」は、問題を発見・解決する方法にあたります。情報の抽象化、可視化、構造化を題材にして、思考力を働かせる問題や選択肢を作ることができます。
情報デザインの対象となるものもさまざまあります。例えば、ポスターやWebサイトのような表現のデザイン、Webサイトのインタフェースのような機能のデザイン、あるいはアルゴリズムにつながる論理のデザインなどが題材になると考えてください。
コミュニケーションについても、スライドに示したような、科学的な捉え方をしていきます。
情報デザインの抽象化、可視化、構造化の例として、左側はナイチンゲールによるクリミア戦争の兵士の死因のグラフです。彼女が歴史に名を残したのは、献身によることだけではなく、このように統計的なものを抽象化、可視化、構造化したことによって、政府が動き、歴史が変わったからであると考えています。こういった力を育てるのが、『情報デザイン』の本質です。
右側は、各地の年間降水量を示したインフォグラフィックスです。
このような形の論理構造は、小学校から文章を書くときに既に身につけてきています。
こういった「情報の構造化」も情報デザインの領域の一つです。
これは、アルゴリズムがプログラミングや仕事のやり方にもつながっているということで、その意味で「情報」は極めて実践的な教科であると言えます。
また、ソフトウエアやWebサイトを作るときに、このようにインタフェースはどうするのか、画面がどのように遷移していくかを紙に描いて作っていきますが、これはプロトタイピングツールを使って、デジタルで行うこともできます。
(3)コンピュータとプログラミング~実際に手を動かして、他教科との連携を意識する
プログラミングに関しては、中学校で計測・制御やネットワークを使った双方向的なコンテンツなども扱っているので、基本的なことはある程度中学校までにできています。高校では、プログラミングを問題の発見・解決のツールとして活用する段階になります。
ですから、先生によっては全員が同じものを作るのではなく、生徒たちそれぞれに別々のものにチャレンジさせることもあるかもしれません。もちろん他教科と連携したシミュレーションなどのプログラミングもあるでしょう。
2021年3月に大学入試センターから公表された「サンプル問題」では、比例代表選挙におけるドント方式のプログラムが出題されましたが、実際にプログラミングを使っていないと解けない問題でした。
これは、「プログラミングではこのような出題をするよ」という大学入試センターからのメッセージであり、今後大きく変わることはないと思われます。
ですから、プログラミング言語は何を使うかということよりも、まず実際にプログラムを作る、あるいは使うということが必要です。受験の対策としても、実際にプログラミングの環境があって、実際に使いながらやってくということをしていくことが必要です。これは塾や予備校も同様です。
学習指導要領には、キーワードとしてWeb APIや人工知能の活用といったことも書かれています。サンプル問題にはまだありませんが、今後問題として出てくることもあるでしょう。
学習指導要領にもあるように、プログラミングは特に数学と関係が深い部分での連携が可能です。例えばAND、OR、NOTなどは数学Ⅰの「(1)数と式」と、モデル化とシミュレーションであれば、数学Aの「(1)場合の数と確率」と、散布図のプログラミングであれば数学Ⅰの「(4)データの分析」と、円周率のシミュレーションならば数学A「(1)図形の性質」や「(2)場合の数と確率」など、さまざまなところと関係します。
受験勉強でも、それぞれを連携させることで、お互いの教科・科目の内容がしっかり身に付くことが期待できます。
(4)情報通信ネットワークとデータの活用~データの活用は数学との連携がポイント
「(4)情報通信ネットワークとデータの扱い」の、データの部分について、いろいろ書かれていますが、赤の太字で示した部分は、「数学Ⅰ」で学びます。「数学I」で習ってから「情報I」で活用するといったカリキュラム・マネジメントが必要です。
赤の細字・下線で示してあるところが、「情報」の独自の内容です。実際にデータを扱う際に必要になることとして、整理されていないデータや欠損値、尺度水準などです。
数学ではこれらには触れておらず、整理されたデータを主に扱います。「情報」では、数学の内容をしっかり学んでおき、実際にデータを収集して、コンピュータで分析できるようにしましょう、ということです。
ただ、入試ではコンピュータは使わないので、『データの分析』の問題は、統計数値やヒストグラム、散布図などが示されて、そこから傾向を読み取る、という形になってきます。「サンプル問題」でもそういった形で出題されています。
ネットワークについては、家庭で無線LANルーターなどを繋ぐ際に、情報セキュリティを保った小規模ネットワークの設計ができる程度を目安にします。そのためには、ネットワークの階層などの知識も必要となります。
データを扱う際にはデータの収集→成形→分析という流れで行われます。『データの分析』の出題は、この流れに沿った形で行われるでしょう。データの分析には、帰無仮説やいろいろな検定なども含まれますが、数学的な部分との棲み分けは必要になります。そうなると、「情報」では、この検定で出て来た数値が何を意味し、どのように使うのか、といった読み取りや解釈が重要になります。
そうなると、入試では例えば線形回帰をコンピュータで直接操作させることを問うことはできないとしても、「このような傾向が出た場合、何が言えるか」ということを問うことはできると思います。
質的データの分析は、入試では扱いが難しいかもしれません。ただ、質的データについてクロス集計表の一部を埋める問題は出ています。
情報Ⅱが出題されるとすれば…
情報Ⅱは、入試ではあまり着目はされていませんが、今後各大学の個別試験で出題される可能性がありますので、もし出るとしたらどのような形か、という点を簡単にお話します。
矢印の部分がポイントとなるところです。「(1)情報社会の進展と情報技術」では、小論文や記述のテーマとなりやすいでしょう。「(2)コミュニケーションとコンテンツ」は、紙面での出題は難しいと思います。
逆に、「(3)情報とデータサイエンス」、「(4)情報システムとプログラミング」は、大学の数理・データサイエンス・AI教育に直結するので出題しやすいところです。大学によっては、データサイエンスや情報システムの作成プロセスの出題も想定されます。
「(5)情報と情報技術を活用した問題発見・解決の探究」は、入試問題にはならなくても、面接や総合選抜などの際に経験を問われることが想定されます。
AIについてはご覧のとおりですが、AIの中身にまで踏み込むと高校の数学の範囲をはるかに超えるため、そこまでは入試に出てくることはないと思います。
データの活用については、赤字部分が数学B、細字部分が「情報」の範囲になります。「情報Ⅱ」となると、機械学習の基礎的なところまで踏み込みます。
参考までに、「情報Ⅱ」の「(3)情報とデータサイエンス」の教員研修用教材のラインナップがこちらになります。
情報Ⅱの「(4)情報システムとプログラミング」では、システムを作ることになっているので、システム開発の一番小さいところをやってみて、プロジェクト・マネジメントのようなことも行うことになります。
入試に向けた「情報I」の位置づけ
この図は「情報I」を 1年生で実施することを想定したものです。「情報Ⅰ」は「数学Ⅰ」や「公共」と連携して行いますが、そこで身に付いたことを学校全体として把握し、それを2年生では「総合的な探究の時間」や各教科等で使っていくことが大切です。
「情報I」を1年生で実施して2年生ではやらない際に、3年生になったときに、受験対策が難しいのではないか、という点を懸念されるかもしれません。しかし、1年生で学んだことを2年生で「総合的な探究の時間」やその他の教科等を含め、学校全体でしっかり使っていくことでその力を伸ばし、3年生の受験対策につなげていくことが肝要です。2年生に「情報I」を置く学校では、「総合的な探究の時間」も含めて、他教科等との連係に十分留意してください。
私が推奨するのは、「情報I」をできれば1年生に置くことです。3年生で「情報I」を置くと、「情報Ⅱ」を取ろうとしても取ることができないので、もし大学入試の個別試験で「情報Ⅱ」を課す大学が出てきた場合、生徒が希望しても対応できないという心配があります。
こちらが「情報I」の入試に向けた教材の例です。
1年生は教科に沿ってできますが、Web教材や学習資料、プログラミング環境などが必要となるでしょう。2年生では、ドリル形式のWeb教材などの簡単な問題集があると、教科間連携と併せてやりやすいと思います。そして、3年生は入試に対応した実践的な問題集がこれから出てくると思われます。
ここで注目したいのは、各学校の情報科の先生の人数です。国語も数学も1校に5人も10人もいるのに対し、情報科は1人か2人で、生徒もなかなか質問もしづらい、ということがあります。
そのため、生徒が1人でも学習を進められるよう、Web上の説明や動画の問題解説などを利用すると良いと思います。入試についても、1人で全てを担っているので、その結果もその先生の指導に負うところが大きくなります。
情報科の教員の負担軽減のために
最後に、情報科の教員の問題についてお話します。
GIGAスクール構想の影響もあって、情報科の教員の皆様には、授業以外にも学校内ですべきことが多くなり、業務を減らしてあげないと大変です。
そのためには、自治体全体として下図のような形の対応が必要であると考えます。
まず、教員の採用と研修が当然必要です。そして管理職研修をしっかりしていただきます。その上でカリキュラム・マネジメントを含めた受験に対応する体制を作り、教員の負担を減らす。そして生徒が自分で学べる体制をつくるということです。
ここでポイントとなるのは管理職研修です。学校内でこれが成功するかどうかは、リーダーによって大きく変わるので、大切に扱っていただきたいと思います。
こういった情報科の教育を応援する一般社団法人「デジタル人材共創連盟」(※)を、私が代表理事となって7月5日に立ち上げました。47都道府県の『情報』を支援するために、例えば授業に外部人材を持っていったり必要な教材を提供したり、中学校の「技術」もサポートしたりといったことも検討しています。現場の先生のお役に立てればと思っております。
最後に、教員研修用リソースや生徒向けコンテストをご紹介しておきます。こちらもぜひご活用ください。
[教員研修リソース]
■文部科学省で作成
・「指導と評価の一体化」のための学習評価に関する参考資料(高等学校編)
■文部科学省以外で作成
・「情報Ⅰ」教員研修用教材に沿った動画教材 (情報処理学会)
・情報デザイン-「防災アプリを作ろう」授業案ダウンロード(Adobe XD)
・ドリトルを使ったデータ処理 (大阪電気通信大学 兼宗研究室)
・Swiftのプログラミング[iPad対応] (iEdTech)
・「情報Ⅰ」対応の教員研修プログラム (アシアル情報教育研究所)
・「高等学校における「情報II」のためのデータサイエンス・データ解析入門」 (総務省統計局)
・京都精華大学メディア表現学部のプログラミング資料&動画(micro:bit V2使用)※試験公開
■コンテスト等~生徒と一緒に参加=教え学ぶことの実践
セキュリティ+ハッカソン365(情報通信研究機構主催(総務省管下))※実行委員長:鹿野
データサイエンス&ビジネス創造(慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス主催)※審査員:鹿野
中高生の情報学分野のポスター発表(情報処理学会主催)※審査員:鹿野
京都精華大学が開催する芸術分野のコンテスト(今年からプログラミング作品あり)※審査員:鹿野
・”世紀のダ・ヴィンチを探せ!”高校生アートコンペティション2022
大阪芸術大学が開催する芸術分野のコンテスト(プログラミング作品あり)※客員教授:鹿野