令和4年度神奈川県高等学校情報部会

座談会「情報Ⅰ何をしている?どうやっている?どうやる?」

司会:神奈川県立横浜国際高校 鎌田高徳先生  

神奈川県立生田東高校 大石智弘先生 

愛知県立小牧高校 井手広康先生

日出学園高校 武善紀之先生 

 

2017年神奈川県情報部会 実践事例報告会より
2017年神奈川県情報部会 実践事例報告会より

大石先生

今日はよろしくお願いします。神奈川県の公立高校に勤務して11年目で、情報科の教員採用の、割に初期の頃になります。私が普段、授業の中で目指しているのは、こちらが教えたいことを、生徒が授業の中で自ら発見するような授業を作りたいということです。

 

もう一つ目指しているのが、我々が教えようとしている知識というのは、全て人類がどこかで発見したり発明したりしたものなので、そういった発見を生徒が授業の中で再現したり追体験したりできるような授業をすること。こういったこと目指しながら、授業作りに取り組んでいます。

 

 

具体的に言えば、例えば生徒が公開鍵暗号を発明するようなことを行ったり、パケット交換と回線交換を、モデルを使って実験したりしながら比較して、「では1960年ぐらいにタイムスリップしたという設定で、未来のコンピュータ同士の通信ネットワークとして、どちらを採用するか。その理由は何か」ということを考えさせるといった授業を行ってきました。

 

最近よく行っているのが、複数の文章を比較してそれぞれがどのように違うのかを考えさせ、その情報の信憑性を考察させる、というものです。比較することを通して、こちらが学ばせたいことに生徒に気付いてもらうという授業に取り組んでいます。

 

[大石先生のプロフィールサイトはこちら]

 

 

井手先生

この会にお呼びいただき、ありがとうございます。神奈川県のお話はよく聞きますし、本当に今、日本の情報教育を牽引している研究会の一つであると思います。各県の中で閉じてしまわず、全国で情報教育を盛り上げていくということは、これからとても大事であると感じています。

 

簡単に自己紹介をします。

 

※クリックすると拡大します

 

 

私は愛知県に情報科で採用されて14年目になります。現任校は2校目で4年目、ずっと情報を担当しています。小牧高校は、来年創立100周年という記念すべき年でもあります。

 

私はいろいろな学会で仕事をさせていただいていますが、今、研究会や学会が、高校の情報教育に非常に注目していることを感じています。高校の先生にとって、学会というのは敷居が高いと感じられるかもしれませんが、学会からすると全くそんなことはなくて、むしろどんどん関わって欲しいと思っています。学会も高校現場の情報を欲していますし、我々もいろいろな情報が欲しい。しかし、なかなか接点がないというのが実態です。

 

例えば、日本情報科教育学会では、新しく委員会を立ち上げて高校とつながりを強化しようとしていますし、日本産業技術教育学会では高校の取り組みを集めて、冊子にして紹介しようとしています。情報処理学会も、これまでずっと情報教育に取り組んでいますが、これまで以上にでは、小・中・高、そして大学での先生方の実践事例を発信していこうとしています。

 

このように、私たち高校の先生一人ひとりの取り組みを皆で共有して、日本の情報教育を盛り上げていこう、という雰囲気になっていますので、この神奈川県をはじめとして全国の自治体が盛り上がって、日本の情報教育全体を底上げしていけたらと、最近強く感じています。今日は本当に有意義な時間になりそうな気がします。よろしくお願いします。

 

 

神奈川県高等学校教科研究会情報部会2019より
神奈川県高等学校教科研究会情報部会2019より

武善先生

千葉県の私立中高一貫校である日出学園中学校・高等学校で、教員9年目です。この間、教科書の編集委員にも、携わらせていただきました。

 

スライド左下にもありますように、私も多くの情報の先生方と同じように、もともと数学科で採用されて、だんだん情報の専任に変わってきたという背景を持っています。ただ、大学は情報学群にいたので、専門は情報です。在学中に取った免許を拡大して、今年は情報科と公民科の倫理を教えています。

 

 

実は、「情報Ⅰ」がこんなに盛り上がっている中で、昨年11月から今年3月の間は日本におりませんでした。スライド右上に出していますが、国立極地研究所が企画する教員南極派遣プログラムで南極に行っておりました。これは、年間教員2人を南極に派遣して現地から授業をする、というプログラムで、右のペンギンは私が撮影した写真です。左側が、南極から情報科の授業をしているところの写真です。

 

スライド右下が今年の授業の持ちゴマです。1年生で新課程の「情報Ⅰ」を持ちつつ、課程変更で2年生は旧課程の「社会と情報」を行っているので、2単位のところをコンピュータサイエンス系の部分の1単位を私が持ち、1単位をもう一人の先生が持つという、ちょっと特殊な運用で教えています。

 

大学での専門は認知科学でしたので、プログラミングをガツガツやるというよりは、人間とコンピュータの違いは何か、ということを考えるためにコンピュータを活用することを目指しています。そのため、今までの実践もデータサイエンス分野が多いです。皆さん、よろしくお願いします。

 

[武善先生のwebページはこちら]

 

 

■「情報I」で最優先する内容を一つ選ぶとすれば…

鎌田先生

ありがとうございました。では、今日の座談会は、七夕ということで、3人の登壇者の方に、それぞれ短冊に願いという形で質問を書いていただき、他のお二方にその願いをかなえる答えをいただく、という趣旨で進めようと思います。

 

ではまず大石先生から、他のお二人に向けて、お聞きになりたかった質問を投げ掛けていただけますでしょうか。

 

 

大石先生

はい。私からは、今回、「情報Ⅰ」になったことで、やらなければいけないことはたくさんあると思いますが、もし何か一つだけ最優先にするとしたら何を大切にするか、これさえあれば「情報Ⅰ」というのは何か、ということをお聞きしたいと思います。

 

実は、私自身が答えを持てていないので、「情報Ⅰ」というのは本当に何が大切な科目なのかということについて議論ができたらと思って、こういう質問を用意しました。いかがでしょうか。

 

 

武善先生

いきなり難しい質問ですね(笑)。以前に「情報科はこう変わっていく」という講演をしたときに、新しい情報科は「問題解決」を大事にしていて、「情報デザイン」「プログラミング」「データサイエンス」の「三種の神器」を使って、もともとあった問題に対していろいろなアプローチをする、というお話をしました。

 

 

 

さらに、何を要求されているかということについて言えば、実はコンピュータを操作する力ではなくて、情報科学=コンピュータサイエンスを学問としてきちんと学ぶということが、コンセプトとして非常に強く出たなということを実感しています。

 


 

実際、今までコンピュータの仕組みについては、あくまで体験程度しか扱われていなかったところが、きちんと理論をベースとしたものになりました。

 

画像を描くにしても裏側にレイヤーの話があったり、共通テストの試作問題ではスマホの設定で動画のフレームレートをどのくらいにしたら容量がどうなる、といった問題が出題されていたりしましたね。また、情報モラルについても、「科学的理解に裏打ちされた情報活用能力」の側面がより強く出ています。

 

※クリックすると拡大します

 

 

これは、「情報の科学的な理解」を問題解決と同じぐらい大事にしなさいね、ということであると受け取っています。今までの「社会と情報」「情報の科学」では、そこがあまり重視されてなかったので、私の授業では、「情報モラル以外にも、こういう視点も大事なんだよ」ということでコンピュータサイエンスの話をしてきました。

 

しかし、今回「情報I」の教科書を見ると、明らかにコンピュータサイエンスを大事にしていて、それは生徒も分かるよね、ということで、授業では逆張りというわけではないですが、いわゆる文化的要素、コミュニケーションの発展の話など、コンピュータサイエンス以外のところを熱く語ろうということを考えています。

 

 

井手先生 

愛知県高等学校情報教育研究会総会及び研究協議会が6月の末にありまして、約80名の先生に事前アンケートを採りました。そこで「『情報Ⅰ』の4つの領域で、どこが一番不安ですか」と聞いたところ、やはり今よく取りざたされている「情報デザイン」と「プログラミング」と「データの活用」の3つが多く上がり、特にこれまで教えたことがない先生が多い「プログラミング」は、約6割が「不安」と答えていました。

 

 

 

大石先生の問いかけに戻って、どの単元を最も重視するか、ということについては、私も武善先生と全く同意見で、実は一番おろそかにしてはいけないところが、「情報社会の問題解決」であると思います。

 

これまでいろいろな方がおっしゃってきたように、「情報I」の4つの領域は、それぞれが独立しているのでなく、密接に絡み合っています。「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」は、問題解決を行うためのツールであり、これらをしっかり学んだ上で、これらのツールを使って自分の身近な問題解決をアプローチしていく、というのが「情報Ⅰ」の大きな目標であり、求められる資質・能力だと思います。

 

ですので、「情報Ⅰ」を教科書どおりに、4つの領域を順番に進めるのでなく、4つの領域が全て終わった後に、改めてこの1年間で学んだことを踏まえて自分の問題解決をしてみると、問題解決のツールに関する知識や経験、見方・考え方が身に付いたことで、これまで何となく見ていたものの解決の方法が分かり、批判的に物事を見られるようになると思います。

 

「情報社会の問題解決」は、最初に地味にさらっと済ませてしまいがちですが、1年間授業を行った後に、もう一度ここに戻って4つの領域とつなぎ合わせる、ということに重点を置きたいと考えています。

 

 

鎌田先生

井手先生も武善先生も、問題解決が重要であるというご意見でしたが、大石先生、この点ではいかがでしょうか。

 

 

大石先生 

授業には「何を教えるか(内容)」「どう教えるか」「どう評価するか」という3つの観点があると思います。今回は、「情報I」になることで、どこを一番変えなければいけないか、という問題だと思います。

 

プログラミングが入るということで、この内容を増やさなければならない、あるいは変えなければいけない、という雰囲気がありますが、私も、お二人が言われたことに近いですが、実は「教え方」が、非常に大事ではないかと思っています。

 

というのは、教えている中で矛盾を感じるからです。コンピュータサイエンスに関する内容をたくさん教えなければいけないので、どうしても教授型の授業にならざるを得なくなっていく。そうすると、問題解決のプロセスを大切にする学習から離れていってしまうのではないかという気がします。

 

問題解決するための方法があって、そのための手段を学ぶ、ということは長い目で見れば矛盾しないのかもしれませんが、「情報I」が始まって1年目、2年目では、教える内容を増やすと、実際に解決している時間はないというジレンマが起きてくると思います。

 

ではそのときに、我々は何を一番大切にしたらよいのかというのが、今回の質問の問い掛けの裏にありました。お二人のお話で、やはり教え方というのが、非常に大切なのかなと思いました。

 

一方で、実際に授業の中で問題解決をさせようとすると、どうしても時間を食ってしまいます。例えば、先ほど紹介した、公開鍵暗号方式を発見する授業は、教科書にせいぜい1ページで紹介している内容に3時間くらいかかってしまって、時間的なコストパフォーマンスは非常に悪い。しかし自分は大事な授業だと思っている。そのときに、内容をより充実させる方向にいけばよいのか、それとも授業の教え方が大事なのか、どうなのかというところが問いたかったところです。

 

 

■「情報I」こだわりの単元配置

鎌田先生

今のお話は、この4月に「情報Ⅰ」が始まって、皆さんが1年間抱え続けるジレンマなのかな、と思います。今の1年生が2年後、入試を受けたとき後悔しない内容を教えなければいけないとなったときに、先ほど大石先生が言われたところは本当にトレードオフで、我々が抱える本質的な悩みなのかな、と感じました。議論は尽きませんが、次の質問に移らせていただきます。武善先生、お願いします。

 

 

武善先生

私からは、先生方の「こだわりの単元配置」を教えてください、という質問です。願い事っぽく言うと、「1学期が3倍くらいあったら、やっておきたいことは何ですか」ということです。

 

1学期、「情報」の学びはじめにやりたいことはたくさんありますよね。うちの学校では、文理選択が高1の10月にあるので、それもかなり強く意識して、1学期に何をやっておくべきかを考えています。

先ほどの井手先生のお話では、まず「(1)情報社会の問題解決」はさらっとやって、全部終わったところでもう一度問題解決をする、というお話がありましたが、そういったカリキュラムの工夫を、ぜひうかがいたいと思って、出してみました。

 

 

鎌田先生

こだわりの単元配置ということですが、井手先生いかがでしょうか。こだわっていらっしゃいます

か。

 

 

井手先生

今、全国の情報の先生が、本当にどうしようかと悩みながら授業をしていらっしゃると思います。もちろん答えはないのですが。

 

先ほどの大石先生のお話とも絡んで来ますが、今回「情報I」では、4つの領域がそれぞれ独立しているわけではないので、やはり全体にまたがって教えたほうが、絶対に効果的だと思います。

 

そうすることで、時間の短縮にもなるし、子どもたちが考えたり想像したりする時間を取ることができるので、なるべく複数の領域にまたがって、さらに言えば、それぞれの単元で問題解決まで持っていけるのが理想かな、と思います。

 

例えば、先ほど大石先生が言われた暗号のお話であれば、もちろんネットワークが絡んできますし、たぶんプログラミングも入れられるでしょう。また、シミュレーションで鍵の強度がどれぐらい変わるかを調べる、ということもできますね。それをグループで行った結果を、スライドを作って発表することで、情報デザインを入れることもできますし、さらにそれを文章でまとめることで、情報デザインの文章の構造化の話にもなります。グラフにまとめて、どうしたら相手にうまく伝わるかということを考えさせることもできますね。このように、1つの単元をとっても、ふくらませ方次第で、非常に効果的な生きた知識・深い理解になり、使える技能になると思います。

 

ですから、もちろん教科書の流れも重要ですが、時間がないからこそ、いろいろなところをつなぎ合わせて、「点」で教えるのでなく、問題解決を常に意識した「線」の授業の展開にしなければいけないなと思っています。と、偉そうなことを言っていますが、私自身も悩みながら授業をしています。

 

 

鎌田先生

今、最後に言われた「点ではなく線」を意識することで、学んできた知識や技能が、いずれどこかで思考力として活用できる場面ができれば、と思っています。私も、授業の組み立てにはめちゃくちゃ苦労して、時には失敗したりしておりますが、大石先生はいかがでしょうか。

 

 

大石先生

正直私はあまりこだわることができていないので、この質問には答えられないかな、と思いました。あえていえば、先ほど井手先生がおっしゃったことに重なりますが、例えば「情報デザイン」を扱うのであれば、それだけをやるのではなく、例えばwebページを作るときにネットワークと組み合わせるとか、文章の作成を、問題解決なりデータの活用などと合わせて行う程度で、正直ここがこだわりだ、というところまで行っていないですね。でも、これを聞きたいと言われたのですから、きっと武善先生は、すごいこだわりがあると思うので、それを聞くのがよいのではないかと思いますが。

 

 

鎌田先生

ということで、武善先生、こだわりの単元についてはいかがですか。

 

 

武善先生

はい。実は私自身は、どちらかというとあまり問題解決を意識して授業をやっているわけではないのですね。去年までうちの学校は、「情報」が高2に配置されていました。うちは高1で文理選択が終わってしまうので、高2で「情報って楽しい!」となっても、もう進路変更ができない、ということが結構ありました。

 

今年は、「情報I」を高1に置くことにしました。中学校の技術科に「情報」の内容はありますが、全ての学校で確実に学ばれているかというと、これかなかなか難しくて、中学校でやったはずの内容でも生徒は「何これ、初めて見た」というものがいろいろあるように思います。

 

ですので、自分は最初に学問的な面白さだけで引っ張って、とにかく情報科学というものの魅力を教える。問題解決は、3学期に後回しにする、ということをずっとやってきました。「あまり問題解決の授業じゃなくない?」って言われると、おっしゃるとおりです、というところではありますが…。

 

 

大石先生

武善先生の場合、「問題解決」という独立したものがあるわけではなく、そういった授業の中で、何かを解決したり、探究したりする学習をされているのではないかと思いますが。

 

 

「問題発見・解決」をどのように位置づけるか

鎌田先生

先ほど大石先生が言われたように、どう学ばせるか、どう教えるかという問題で、彼らが情報科学的なものを学ぶ中で、この知識って何のことだろう、どう調べたらいいのだろう、と自分なりに学び方を学ぶというメソッドがとれれば一番いいのかなと思います。

 

ですから、今のお話を聞いていて、問題解決を最後に持ってくるのもアリだな、と思いましたが、井手先生、この辺りはいかがでしょうか。

 

 

井手先生

先ほどもお話がありましたが、以前は「問題解決能力」と言われていたものが、新しい学習指導要領では「問題発見・解決能力」となっています。

 

「情報I」ではこの「発見」する力も、非常に重要になってきますが、これは授業の中では時間が足りないですよね。「解決する」であれば、こちらがテーマを与えて、それをシミュレーションで解決すればよいのですが、「発見」となると、なかなか難しいです。

 

私の実践を2つご紹介します。1つは大学入試センターから「試作問題」が出たときに、交通渋滞シ

ミュレーションの問題がありましたが、この設定をExcelで作ってシミュレーションの授業をしてみました。このときは、もちろん問題の発見までは行かず、こちらが題材を提示した形です。生徒は、信号機の点灯時間をいろいろ変えることで、どの信号の点灯時間が渋滞をもっとも減らせるのか、という解決案を考えました。

 

授業の最後のアンケートの感想を見ていると、一部の生徒は「シミュレーションをやって、自転車登校のときに信号を見て、なぜこんな時間設定がされているんだろうと思いました」とか「ここはもう少し短くてもいいんじゃないかと思うようになった」と書いていて、身近な現象の理由や背後の仕組みに目を向けられるようになっています。このように、本当に小さいことの積み重ねで、物の見方・考え方や、様々な現象に対する目の向け方を訓練して、そういった考えさせる機会を与えていけば、長い目で見れば自然に問題を発見できる視点や考え方が備わっていくのではないのか、というのが一つです。

 

もう一つ考えているのが、これは鹿野先生がおっしゃっていたことですが、本当に問題の発見までを「情報Ⅰ」の1年間の中だけで行うのは難しいので、1年生のときに、「情報I」で情報活用能力を育成する。そして、2年では「情報」の授業はないので、他の教科の中で問題発見の知識を生かす。あるいは、1年生で「総合的な探究の時間」を行う場合は「情報I」の知識を踏まえて問題解決を図るというように、学校全体でカリキュラムマネジメントしていくことが大事ではないか、と強く感じますね。

 

 

鎌田先生

今のお話をうかがうと、「問題発見・解決」というのは、情報科だけで育成するのではなくて、いろいろな教科とカリキュラムマネジメント的に育てていくものかもしれませんね。すばらしいと思います。武善先生、このお二人からの回答を受けていかがでしょうか。

 

 

武善先生

ありがとうございました。1枚スライドをご紹介します。

 

今年、「情報I」を週1コマしか持てなくなったので、年間の指導計画を立ててみました。

 

今年は1学期中に、何とかプログラミングまでを入れ込んでみました。これは、夏休み前にmicro:bitをちょっと触り、夏休み中の宿題としてmicro:bitを家へ持ち帰り、いろいろ作った結果で2学期にプログラミングの発表会をする、ということを試したかったためです。

 

 

本校は、10月の学園祭が終わったあたりで文理選択があるので、「情報I」を教科書どおりにやると、プログラミングやデータサイエンスは、11月~12月頃になってしまって、進路選択に間に合わなくなってしまいます。

 

ですので、1学期中に、私が好きなデータサイエンス系のメディアリテラシーの話も、情報デザインも、プログラミングも、ちょっとずつつまみ食いのように全部やってみるという組み方をして、問題解決よりも情報科学を知ってもらって、「情報科って面白いな。自分は興味を持てるな」と進路選択に結び付けられないか、と構築したのです。

 

ただ、ここでプログラミングを嫌いになってほしくないので、1学期はブロックプログラミングだけやって、2学期は家具配置のシミュレーションをした後にPythonをやろうと思っています。「Pythonは苦労したけれど、micro:bitは楽しかった、プログラミングにも面白いところはあったよね」という感覚に至れることが狙いで、あえて全部ぶつ切りで入れています。

 

1年目なので、いろいろ試行錯誤していてうまくいくかはわかりませんが、ということをお話ししようと思っていました。お二人の話を聞いて、自分はいろいろな領域を「点」としてばらまくという方針でやってきましたが、1学期にプログラミングまでの全領域を含んだ総合実習をやっても面白かったのかな、と思ったりしました。Excelも触り、プログラムもやり、PowerPointもやり、といった形で「ガチャのシミュレーション」なんかをやってみたらよかったのかな、といろいろ考えを膨らますことができました。

 

 

■10年後、次の学習指導要領での情報教育はどうなるか

鎌田先生

「こだわりの単元配置を教えてください」と質問されながら、自分で仕組みを準備されているのがさすがだな、と思いました。そういった、他の先生がどんな工夫をされているか、ということについても共有していけたらいいなと思います。夏休み前にプログラミングの導入をしておいて、宿題にするというのも面白いな、と思いました。ありがとうございます。

 

では、続いて井手先生からお願いします。

 

 

井手先生

私からは、質問と言いますか、新しい学習指導要領が始まってまだ1年目でこんなことを言うのもどうしたものかと思いますが、10年後、次の学習指導要領が始まる頃、日本の情報教育はどうなってほしいですか、ということをお聞きしたいです。

 

教科の情報とか内容でも、教える側の教員の立場でも、入試制度でも何でもけっこうですので、先生方はどう思われるか、教えていただきたいと思います。

 

 

大石先生 

教科「情報」は、大きく分けると教えていることに2つの側面が2つあると思います。1つが、コンピュータサイエンスで、もう一つが英語で言えばInformatics、これは「情報をどのように科学的に見るか」、あるいはコンピュータと関係なかったとしても、「情報自体の信ぴょう性をどのように科学的に判断するか」ということです。これは、非常に平たく言えば情報リテラシー的なことになってしまうかもしれませんが、それを科学的に言うとInformationのサイエンス、という面である思います。

 

私個人としては、本当に価値があるのはInformationのサイエンスだと思っています。なぜなら、今「ポスト真実の時代」と言われていて、世間に流れている情報を読み解くことが非常に難しい時代になっているからです。しかし、今回の指導要領は、どちらかと言えば、コンピュータサイエンスに重きを置いていて、そこは正直言って私自身の願いとは逆の方向に振れています。

 

でも、今ロシアとウクライナが情報戦争のようなことをしている状態で、我々人類、少なくとも日本が今後正しい道を選択したり、社会として発展したりするために、Informationを正しく扱える人材を育てるということはコンピュータサイエンスよりも重要ではないか、と思っています。もちろん、そのためにコンピュータを使う、ということは当然あるとしても、ですが。

 

例えば、選挙で投票するときも、本来は何を基に判断するか、ということが考えられないと投票できないですよね。少なくとも、自分が望んだような結果が得られるような候補者に投票をするのは難しいでしょう。しかし、そういったことをどこで学べるのとかいうと、非常に限られていると思います。ですから、私はもう一度「Informationとは何か、Informationをどうやって科学的に読み解くのか」ということを重視した教育をしたいと思っています。

 

 

鎌田先生

深いお話ですね。今の先生のお話は、教科「情報」は2つのものを教えていて、その中でInformationをどのように科学的に見るか。特に、今の世の中や国際情勢を見ると、今後どんどん需要が増していくのではないか、ということでしたが、これを聞かれて武善先生は、10年後の教育をどのように思われましたか。

 

 

武善先生

実は私もInformaticsが大好きです。教養としてのコンピュータサイエンスはもちろん大好きで、プログラムを自分で組むのも楽しいですが、では子どもたちが高校で何を学ぶべきか、ということを考えていくと、Informationのサイエンスの部分こそ、高校生に学ばせたいという思いはあります。今まではコンピュータサイエンスに触れる機会がなかったので、やる価値はもちろんあると思いますが、重要な部分はInformaticsの方に置きたいし、自分自身もそこに強い興味があります。

 

ですから、10年後がどうなるか、と考えると、きっと情報科は、ますますコンピュータサイエンスに寄っていくと思いますが、そのInformatics的な学びが、今の学習指導要領の「情報活用能力」のような形で、もう少し拡大して新しい科目ができたらなと思っています。

 

その中で、私が大好きなのが「倫理」です。先ほど、今年は公民の倫理の授業も持っていると言いましたが、倫理は多分、まさにそこを目指していて、10年後は、ひょっとしたら「情報」でなく「倫理」だけを教えているかもしれません。

 

こちらは倫理の学習指導要領です。先生方にはぜひ社会科研究室に行かれて、倫理の新しい教科書を見ていただくと面白いかと思います。いわゆるアシモフの「ロボットの3原則(※)」なんかも、多くの会社の教科書に載っています。

 

情報科学の発展や人工知能をはじめとした、先端科学と人間の在り方はどう変わるか、といった、いわゆる「技術とは何か」というところから、ロボットによる労働の代替、さらには生命と機械の本質的な違いは何か、といったところまで深掘りして扱っています。

 

※SF作家I.アシモフが1950年に発表した『われはロボット』の冒頭で示した、ロボットの行動を支配する3原則。「人間に危害を加えてはならない」、「人間の命令に従わなければならない」、「自己を守らなければならない」 (Wikipediaより)。

 

 

また、倫理の学習指導要領では、私が一番好きな人間の認知のところも深く扱っていて、いろいろな会社の教科書を見ても、必ず知覚や記憶、推論や問題解決について人間とコンピュータの比較が載っていて、「コンピュータと人間の仕組みは、実は同じである」という話につながっています。

 

実はこれぞ私が本当にやりたかったことですが、これをやるためには前提として、まず情報科学(コンピュータサイエンス)、すなわち情報Ⅰを深く学ぶ必要があることも間違いありません。コンピュータサイエンスはそれだけでも楽しいし、面白いですが、ひょっとしたら情報教育というのは、最終的にこのような哲学的な方向に行くのではないのかな、と強く思っています。

 

 

情報科は専任教員が教える体制を作って、中学校の技術科も2単位が理想

鎌田先生

倫理の学習指導要領に、そんなことが書かれているのですね。教科書の記述も非常に興味深かったです。今のお二人のお話を聞いて、井手先生、改めて10年後の情報教育はどうなってほしいと思われますか。

 

 

井手先生

お二人の話聞いて、私もわくわくしています。今の学習指導要領が始まったばかりですが、早く次

の学習指導要領が見たいと思ってしまいました。

 

自分でこの質問を出したのですが、私には2つ、こうなってほしい、ということがあります。

 

1つは教員の配置です。各校に最低1人、情報科の専任の教員を置いてほしいと思います。もちろん、非常勤や兼任の先生方が頑張っていただいているのは本当にありがたいのですが、例えば数学の先生が「情報」を持つなどというのは、絶対に無理だと思います。これはレベル的な問題などではなくて、2つの教科を持っていると、どうしてもどちらかが疎かになってしまいます。やはり「情報」は情報科の教員が教えるべきだと思います。

 

専任の教員がいないことで、一番不利益を被るのは、やはり生徒なのです。学習指導要領で謳われている以上、全国どこの高校でも水準の授業をやっていただきたい、というのは国の思いでもありますし、われわれ教員の思いでもあります。ですから、一刻も早く、各校1人の専任を。そして10年後は、どの学校でも専任の情報の教員が教えている、という状態になっているのが強い願いです。

 

2つ目の思いは、情報科の科目の設置です。できれば1年で「情報Ⅰ」を、2年で「情報Ⅱ」を必修にしていただきたいですね。さらに理想を言えば、3年で選択科目の「情報Ⅲ」を作って、「総合的な探究の時間」をなくして「情報」の中に取り込んでいただけたらと思います。「情報Ⅱ」に「課題研究」が入ってますが、これは「総合的な探究の時間」そのものだと思います。「情報Ⅱ」の中で閉じるのでなく、もっと他教科のニュアンスを強くしてもよいのではないかと思います。

 

もっと言えば、中学校の技術科の課題もあります。中学校も今、本当に大変なようです。技術科は2単位ですが、正式には「技術・家庭科」なので、技術科と家庭科で1時間ずつですから、実質年間35時間。3年生になると技術科と家庭科が隔週になるので年間17.5時間と、ただでさえぎりぎりだったところに、今度の学習指導要領ではプログラミングが強化され、ネットワークを活用した双方向のコンテンツ制作まで入ってしまいました。

 

ですから、小学校で「情報」を学ぶ時間を強化して、高校を「情報I」「情報Ⅱ」にするだけでなく、中学校も技術科を独立の2単位にして、「情報」もしっかり教える、という形になってほしい。

これは小中高大と続くものなので、2~3年の短い「点」の話ではなくて、日本の情報教育の10年単位の縦のつながりを意識して改革していかないと、本当に良くなっていかないのでは、と強く感じています。

 

 

事例の紹介だけ手なく、悩みも共有することができた

鎌田先生

小学校から大学まで、点ではなく線でつながって行ったら、本当にすばらしい情報教育になると思います。

 

確かに「情報Ⅰ」が始まって、先生方は、私も含めて皆さんが大変だと思います。でも、楽しいですよね。困難なことや難しいことに対してチャレンジすることが楽しい、と我々自身が思わないことには、生徒たちに問題解決や学んだことを活用する場面を与えたとき、チャレンジできないような気がします。私たち自身が、そういった姿勢でやっていけたらいいな、と聞きながら思った次第です。ありがとうございました。

 

それではここからは、会場から質問があれば、それを受けながら振り返りに入っていきたいと思います。質問を受けている間に、先生方から議論をされた感想をいただけますでしょうか。

 

 

大石先生 

このような座談会形式の方が、等身大の悩みのようなものが出てくるのではないか、と思いました。事例発表だと、どうしても立派な話になったり、逆にうまくいっていないことは話しにくかったりということがありますよね。その意味で、お二方からすばらしい話を聞くことができて面白かったです。非常に勉強になりました。ありがとうございました。

 

 

鎌田先生

ありがとうございます。本当に私も、初めてこの形式でやってみて、どうなるかと思っていましたが、会場の皆さんからもぜひアンケートでお聞きしたいと思います。武善先生はいかがでしたか。

 

 

武善先生

座談会という形式は初めてでしたが、いろんな方のお話が頭に入って面白い、という印象です。予定にないことをしゃべってしまいそうになるので、危ないようなことはしゃべらないように、というぎりぎり感でやっていく面白さがありましたが、同時に本音が聞ける会であると思いました。本当に楽しかったです。

 

 

鎌田先生

確かに、この形式だと悩みが共有できますね。発表だと、周到に準備して臨みますが、これだとある意味、いつもよりも気が張らずにできますが、逆に何が来るかわからない、ということはありますね。でも、大石先生が言われたように、そういったところから、悩みの部分も出てくるのではないかと思いました。井手先生はいかがでしたか。

 

 

井手先生

1時間があっという間だったなという気がします。本当に楽しかったです。ぜひ愛知県に持って帰って、次の研究会はこの形式でもやりたいなと思います。議論が尽きなくて、私もたいへん勉強になりました。

 

ただ、ちょっと心配しているのが、こういった場に参加することが難しくて、情報が行き渡らない先生方がたくさんいらっしゃることです。今後は、そういった先生方にいかに情報を届けるかということが課題になってくると考えています。

 

 

1人1台端末時代を迎えて

鎌田先生

確かに、横とつながっているからこそ、より授業を良くしていこうという気持ちになったり、悩みを相談できたりするので、ぜひそういった輪を広げていければと思います。

参加された先生から、質問や感想が届いています。

 

まず、中学校の先生から、「中学校技術科の教員も、ぜひ各校1人配置を望みます」「小学校でも正課として『情報』の授業がほしい」というご指摘と、神奈川県の校長先生から「GIGAスクールと情報科のつながりはどうしたよいと思いますか」という質問が来ています。

 

武善先生は、GIGAスクールとの情報科のつながりについてはいかがでしょうか。

 

 

武善先生

GIGAスクールについては、本校も1人1台、Chromebookを入れることができたので、今年はChromebookベースで行っています。自己負担にしたので、持ち帰りもできます。

 

今までExcelやPowerPointで行っていた課題を、スプレッドシートなどに移行するのは、たいへんな手間ではありますが、家でも作業ができるので、課題の出来も格段に上がりますし、学びたい子がどんどん学べるという環境が初めて実現できた、と感じます。

 

また、Google Classroomを使うことで、わざわざ特別な設定をしなくても生徒へ情報の共有が簡単にできますし、共有も生徒同士で勝手にできるので、Zoomでつないで課題を見せ合ったりしている人もいるようです。1人1台端末を一回やってしまうと、もう元のパソコン教室主体には戻れない、という感じですね。

 

 

鎌田先生

授業の場面でも、教員と生徒だけでなく、生徒のトラブルや反応に対応する必要があります。その意味では、本当に情報科にも助手が欲しいと思いますね。井手先生のところはいかがでしょうか。

 

 

井手先生

愛知県は、この夏に1人1台端末のために通信回線の強化をしますので、設備が整ったら積極的に使っていきたいと思っています。

 

ただ、今年の1年生の生徒の話を聞いていると、中学校ではほぼ全員が端末を毎日持ち帰って、家で課題をやって提出する、いうように相当使いこなしていたようです。

 

私の小5の息子も、家でリコーダーを演奏した動画を撮影して、それをロイロノートに掲出する、ということを当たり前のようにやっています。小中学校でそういった動きになっている中で、高校では全く使わないというのは、やはりまずいと思います。

 

ですので、生徒個人の端末の中で、小学校→中学校→高校→大学と、「情報」のポートフォリオに学習データを蓄積していって、校種ごとに区切るのではなくて、必要に応じて個人の学びやキャリアの中でうまく引き出して使えるようにしていけたらと考えています。

 

 

鎌田先生

ありがとうございます。やはり各都道府県によって状況は全く違いますね。最後に大石先生はいかがでしょうか。

 

 

大石先生

GIGAスクールという意味では、コンピュータを学びの道具としてどのように使いこなすか、ということだと思いますので、「情報」の授業の中でも、常に自分の端末と、コンピュータ教室の端末の両方を使いこなして、コンピュータサイエンスを学びつつ、コンピュータをツールとして使って学ぶことにも、積極的に取り組んでいけばよいか、と思っています。

 

 

鎌田先生

ありがとうございました。大石先生の生田東高校は、神奈川県のICT利活用授業研究推進校なので、またご報告をお待ちしています。

 

あっという間の1時間でしたが、今回座談会という形式にチャレンジしてみました。やってみてよかったのは、とにかく肩ひじ張らず、本当に今我々が抱えている「情報Ⅰ」の悩みを共有できたこと、これに尽きるかなと思います。

 

情報科の先生方には、今後もぜひ学校外の先生と関わっていただいて、このような悩み事や相談事、あるいは教材の共有などができたら、と思っております。

 

今後とも、夏には全国高等学校情報教育研究会がありますし、神奈川県情報部会では年末に実践事例報告会もありますので、ぜひ足を運んでいただければと思います。

 

 

神奈川県情報部会令和4年度総会・研究大会 座談会より