第15回全国高等学校情報教育研究会全国大会(オンライン大会)

「情報Ⅰ」のその先へ

京都精華大学 メディア表現学部 教授

一般社団法人デジタル人材共創連盟代表理事

鹿野利春先生

 

ご本人提供
ご本人提供

今回は、「『情報Ⅰ』のその先へ」ということで、現在やっていることのご報告をさせていただきます。

 

私の肩書に「デジタル人材共創連盟」(※1)とありますが、一般社団法人を、この7月5日に立ち上げました。その経緯、そしてこれからやろうすることについてのお話になります。

 

※1 https://iroobo.jp/dle/

 

新しい情報科ができるまで

 

私は昨年、文部科学省の教科調査官を終えましたが、前任の永井先生から引き継いだ当時は、新しい情報科に向けたエビデンスはほとんどありませんでした。諸外国の実例や企業の業務内容はありましたが、研究開発学校の指定などはありませんでした。

 

私は量子力学や固体物理の知識はあったので、この先コンピュータがどうなるかということは大体予測ができたので、何とかこの時代に合わせた学習指導要領を作り上げることができたと思います。また、情報科は数学科と連携しなければならないということもあったので、教科調査官同士の人間関係は重要だなと思いました。

 

 

当時の戦略がこんな感じです。情報科だけ変えてもダメで、全教科・科目に「情報活用能力」を入れて、教科「情報」はそのまとめという形で国民的素養とする、というものです。

 

一方大学では、文系・理系を問わず数理・データサイエンス・AI教育を入れ、大学入学共通テストに情報科を出題する。大学は、入試科目として情報科を採用し、高校の情報科教員の研修と採用が進む。

 

そしてこの後、大学のカリキュラムが高度化して、情報科教員養成課程の内容が改善される。最後の二つは、まだこれからのお話ですが、ここはいけるかなと思ってます。

 

これらによって日本全体の国力を上げることができることを示し、世論も産業界も経済界も味方になるというのが、2015年4月に私が描いたシナリオです。

 

 

これは新課程の情報科について最初に出した検討素案で、2015年夏頃のものです。4月に着任して、8月にはすでにこれを作っていたわけですが、2つの科目を1つにするとか、「情報Ⅱ」のような発展科目を作る、という現在の形の基になる話がすでに出ています。

 

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翌年、2016年の夏に出した「情報I」のイメージです。今とほぼ遜色ない内容が出ています。

 

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共通教科だけでなく、専門教科についても改訂を行いました。

 

専門教科情報科では、科目「情報セキュリティ」を入れたのが大きな変化です。セキュリティ人材の需要に対応するとともに、情報の専門学科卒業生が企業において情報セキュリティのベーシックな部分を担当する、というイメージです。

 

また、コンテンツ分野では制作の先にあるサービス、管理、効果測定に関する科目も新設しました。全体を効率よく学ぶために、「システム」と「コンテンツ」に分かれていた実習を1つにしたことも、今回の改訂の特徴です。

 

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「情報I」の教育をどのように充実させるか

 

ここからは、新課程の「情報I」についてお話しします。

 

デジタル人材育成としての「情報Ⅰ」、「情報I」の教員研修、教育環境の整備、カリキュラム・マネジメント、そして「『情報Ⅰ』のその先へ」とお話を進めます。「情報I」の現状を振り返っておくと、「その先へ」のお話がよりおわかりいただけると思いますので、簡単に触れておきます。

 

 

「情報I」の学習指導要領の項目を取り出して、項目同士のつながりを示すと、これはそのままデジタル人材育成ということになります。先生方には、こういった項目でやっていきましょう、という話をしつつ、産業界に対しては、「『情報I』はこのような内容の教科ですから、これは絶対産業に役立ちます、デジタル人材育成に必ず効果があります」という話をしていくわけです。

 

 

文部科学省では、情報科の教員研修の一環で「高等学校情報科に関する特設ページ」(※2)を作って、今までいろいろ出してきたコンテンツや事例、通知や事務連絡などが一覧で見られるようになってますので、ここはぜひご覧いただければと思います。

 

※2 「高等学校情報科に関する特設ページ」

 

 

環境整備については、GIGAスクール構想が追い風になっています。これについては、端末の選択基準など、最低限これだけは必要というところのスペックの決定にも関わらせていただきました。

 

一方で、環境整備の向かい風になっているのがパソコン室の廃止です。対応の方向性としては、自治体の決定は簡単には覆らないので、まず1人1台情報端末の高機能化が考えられます。ハードウエアを変えることはできませんから、ソフトウエアの改良やクラウドの利用などでしのぎつつ、高性能な端末を何台か導入して、子ども達の学習や課外活動に役立てていく、という方法があるかと思います。

 

 

そして、ぜひとも実現していただきいのが、このカリキュラム・マネジメントです。こういったことは学校内で実績を出して見せていかないと学校全体として進んでいかないと思います。これからもそういった成功事例を出していきたいと思っています。

 

1年生で「情報Ⅰ」を学んで、そこだけで終わってしまうと、2年生では学んだことを活かすことはできません。ですから、2年生では「情報I」で学んだことを生かして、力をしっかり磨いた上で、3年生で受験対策をする。こうすることが「情報I」の受験勉強にもつながります、と言っていただけたら、学校全体のカリキュラム・マネジメントも進むかもしれません。

 

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「その先へ」については、ここに挙げたように、「情報Ⅱ」の実施や、専門教科情報科の科目の実施、高度な学校設定科目、理数探究、総合的な探究など、様々なことが考えられます。

 

私が全てやるというわけにはいきませんので、私としてはまず課外活動の部分を応援していきたいと思っています。

 

例えば、プログラミングやデジタルアートや動画の作成、あるいはそれらをダンスなどと組み合わせるといった子ども達が一生懸命取り組めることで、全ての生徒ではなくても、一部の生徒を飛び切り伸ばしてあげることができたらと思っています。

 

「『情報Ⅰ』のその先へ」というのは、「学校全体として進む、その先へ」ということです。これは皆さんと一緒にやっていきましょう。「課外活動としての、その先へ」も一緒にやっていきましょう。こちらは生徒全員ではないけれど、やってみたい生徒はとことん伸ばしてあげようということです。

 

ですから、「全員に対して」ということと、「一部の生徒に対して」ということは、分けてやったほうがよいかもしれないと思います。私としては、「全員に対して」に関しては現在の教科調査官が頑張ってくれると思いますので、課外活動のほうを中心に頑張らせていただくということです。

 

 

社会全体で情報教育を支援するために

 

これについては、昨年10月から経済産業省で検討会を行って、今年7月に「デジタル人材共創連盟」という社団法人を立ち上げて、学校教育、産業、ガイドライン、広報という部会を作りました。ここからは、具体的にその話をいたします。

 

 

経済産業省の検討会は、2021年10月から今年の3月まで行いました。下図に挙げたような4つの課題について、それぞれを解決するにはどうしたらよいかを、有識者集めて議論しました。

 

 

座長に選んでいただきましたので、毎回会議を取りまとめ、ワーキンググループにも全て出席しました。

 

ここには、経団連の方やさくらインターネットの社長さん、全高情研会長の福原先生、中学校の先生にも参画していただきました。

 

オブザーバーには高文連(全国高等学校文化連盟)や内閣府、デジタル庁、文部科学省の方も来てくださり、毎回多くの方が参加されました。

 

議論の目的は、いろいろな方にここに挙げたような問題を考えていただくということと、この先、これらの課題の解決に向けてた対策を進めていく際に、この検討会に参加した方やオブザーバーになってくださった方が、同じ問題意識を持って手伝っていただくということです。

 

 

そして立ち上げた社団法人が「デジタル人材共創連盟」、「デジタル人材を共に創っていきましょう」という意味です。ロゴも作りました。

 

 

ここには4つの部会があります。

 

「学校教育部会」は、高校の皆さんに一番関係するところです。ここでは、教員向けのデジタル関連研修や授業の支援を行います。

 

具体的には、「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」や中学校の技術・家庭科の情報分野、そしてデジタル関連の教員研修や授業支援を行います。スタート段階では、ターゲットは中学と高校として、将来的には小学校まで広げていきたいと思っています。

 

もう一つが、中高生のデジタル活動支援です。検討会では、部活動ということで議論しましたが、部活動に入っている生徒は一部ですから、ひとりで頑張っている生徒も応援しなければいけない。そのほうが効率がよいのではないか、という意見が出ましたので、頑張っている生徒は皆応援しましょう、ということになりました。

 

そして、学校教育部会は次に出て来る産業部会に働き掛けて「もし何とかがあれば」とか「できればこうであったら」といったことを実現していきたいと思います。

 

例えば、「もっと性能のいいコンピュータがあったら、もっといろいろなことができるのに」とか、「企業の方が手伝ってくれたら、もっと高度なものが作れるのに」といったことを、企業とのマッチングで解決できたら、という場面があるでしょう。

 

そういったニーズは何なのか、というところも含めてこの部会で話し合い、それを産業部会に持っていって、具体的な形にして提供していきたい。学校教育部会では、そういったことを組織的に動かしていくことになります。

 

 

「産業部会」は、学校教育部会の議論を受けて支援方策などを検討します。ここには会社の社長さんや業界団体のまとめ役の方も入っていらっしゃるので、例えば学校で「こういったものが欲しい」という希望が出て来たときに、提供したり貸与したりしてくださるところを募集したりすることができればと考えています。

 

企業の方にうかがうと、高校生や中学生を応援したい、という気持ちを持っていらっしゃっても、具体的にどうやって協力したらよいか分からない。ですから、教育部会で、「こうしてほしい」というものが上がってきたら、産業部会で具体的にそれを形にすることができるわけです。また、アントレプレナーシップを育てていくということも、この部会でできればと思います。

 

 

「ガイドライン部会」というものも作らなければなりません。これは、昨年の検討会でデジタル関連人材のジェンダーバランスが悪い、という問題が提起されました。デジタル関連の大会に出場するのは、どうも男性のほうが多い。プログラミングの高度なコンテストになると、80~90%が男性だと言われています。

 

男女で能力的な差はないはずですし、「情報Ⅰ」は高校生全員が学びます。そうすると、こういった大会に参加するためジェンダー格差をなくすための方策があるはずなんですね。

 

この部会では、文部科学省や経済産業省、デジタル庁や内閣府からもアドバイスいただきつつ、有識者を集めて、「こうすれば男子も女子も参加しやすくなる。男女関係なく力を発揮することができる」というガイドラインを作成したいと考えています。このガイドラインに沿った形で大会やコンテストを開催することで、今まで参加できなかった人が参加できるようになり、それは子ども達の力が伸びるのと同時に、デジタル人材育成ということにつながっていくはずです。

 

 

「広報部会」では、ここまで挙げたようなことを実践したことや、現在進行していることを、逐次でどんどん出してくという形を考えています。これを見ることによって、「私達もやってみよう」という学校や、「こういう形があるのならうちも支援しよう」という会社が出てきて、活動が広がっていくのかなと思っています。

 

 

今後の展開としては、大会のガイドラインを作ることと、子ども達のための活動用の仮想空間、いわゆるVR空間のようなものを準備しようと思います。これは、アバターが3D空間を走り回ることができ、オキュラスクエスト(Oculus Quest: ※3)にも対応したものを、KDDIさんが準備しています。こちらは9月頃リリースして、皆さんにご紹介できるようにします(※4)。

 

  ※3 Oculus VRが開発したバーチャル・リアリティヘッドセット

  ※4 バーチャル大阪

   

この中に専用の仮想空間を構築するか、同等のものを提供する予定です。

 

学校としてそこに参加すれば、北海道から沖縄まで、さらに海外の子ども達も含めて交流ができますし、企業の方もそこに参加して、子ども達の指導ができることになります。そういった形の場の提供を行いつつ、人的支援とか物的支援をしていく、というのが今後の展開です。

 

ですから、今まで「こうだったらいいのに」と思い描いても、「でもね…」ということがどうしてもあったと思います。この「でもね」をなくしていきたい、というのがこの社団の目的です。

 

「もっとやってみよう」という子ども達をデジタル活動で伸ばす

 

全体を振り返ると、デジタル活動の出発点として「情報Ⅰ」が導入され、日本全国津々浦々の全ての高校で学ぶことになりました。これは、普通科高校も工業高校も、あるいは産業系の高校も全てです。

 

そこから、もっといろいろやってみようという子が課外活動に取り組むようになる。そこに我々が、人や物や情報、あるいは交流できる場を提供していくということになります。

 

部活動は、将来的に地域移行ということになるという方向性が出ていますので、そこにも対応して、部活動単位ではなく、ひとりで頑張ってる生徒であっても、先生がその子を我々につないでくだされば、応援していける仕組みを作ります。もちろん、先生方が参加するというパターンもありますが、主には課外活動ということでやっていきます。

 

そして、2022年秋からパイロット事業として、「デジタルダンス」をリリースして、学校に募集をかけます。これはダンス部などのパフォーマンスをビデオに撮って、ストーリー仕立てのビデオワークにしたものを競うというものです。

 

これには、ストーリーも必要ですし、もちろんダンスは上手くなければならないという、総合力で勝負することになります。これであれば、男子も女子も、プログラミングに多少苦手意識がある人でも参加できるかなと思っています。

 

まずは、これをパイロット事業をやりつつ、デジタル系の大会も展開していくことになります。そして2023年からは、今お話しした全てのことを、全都道府県に展開していく予定です。

 

そして、2026年の大阪万博では、パビリオンで本大会が開催できたらいいなと思っています。この大会運営は、大阪のiRooBOという団体が受け持つことになりますが、我々と連携を取って準備を進めていきます。

 

 

「〇〇があったらいいのに。でもね…」をなくすために

 

繰り返しになりますが、この団体では「〇〇があったらいいのに。でもね…」というつぶやきが日本から消えていくことを願っています。産業部会も、学校教育部会もその実現のために動いていくという形になります。

 

今までやれなかったことを可能にして、課外活動で「もっとやってみよう」いう子ども達を伸ばしていくことができるように、一緒にやっていきましょう。

 

第15回全国高等学校情報教育研究会全国大会(オンライン大会) 分科会発表より