第85回情報処理学会全国大会 イベント企画「どうする情報科教育!~情報ⅠⅡ,高大接続から考える~」
電気通信大学の高大連携の取り組みと情報入試
電気通信大学 成見 哲先生
私は入試担当副学長をしておりまして、アドミッションセンター長を兼ねているので、今日はアドミッション関係の立場でお話しいたします。
今回は、まず電通大の情報教育のお話をして、次に高大接続の取り組みについてご紹介します。それから情報入試について現段階でお話しできることをご紹介して、その後私自身の最近の情報技術を用いた取り組みをご紹介して、今後高校生にどのようなことを期待するか、ということについてお話ししたいと思っています。
同じ情報技術でも様々な類や専門教育プログラムで学ぶことができる
まず、電通大の教育についてお話しします。電通大の学部にあたる情報理工学域は、大きくI類からⅢ類の3つに分かれています。それぞれ約200人の定員があり、かなり規模は大きいです。
いわゆる学科は、このスライドで言えば縦長のプログラムに相当し、14の学科があるという形になります。
Ⅰ類が情報系、Ⅱ類が融合系で情報以外にも様々な分野が混ざっているもの、Ⅲ類が理工系ということになります。こちらの図はもともと高校生向けに作ったもので、電通大で学びたいという生徒に、自分がやりたいことはどの類に行けばよいのか、どのようなプログラムがあるのか、ということを説明するときに使っています。
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こちらの表は、同じ情報技術でも、様々な類や専門教育プログラムで学ぶことができる、ということを示したものです。高校生が知っている情報技術というと、バーチャルリアリティとか、コンピュータグラフィックスといったところから入ってくることが多いと思います。
この表では、上の方にそういったキーワードがあって、〇のついているところが学べるプログラムということです。例えばコンピュータシミュレーションであれば、Ⅰ類に3つ、Ⅱ類に3つ、Ⅲ類に4つあります。結局情報技術というのはいろいろな研究のツールとして使うので、理工系であっても情報を使わないというわけではないこと、そして全ての分野に関連するものであるから、この表にあるキーワードは分かるようになってほしい、ということを示します。ですから、高校生には「情報系だからⅠ類」と決めなくてもいいんだよ、と説明しています。
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情報技術を今活かすか、未来に活かすか
それぞれの類でどのような研究があるのかということを、ざっくり説明していきます。
こちらはⅠ類の例です。プロジェクションマッピングを扱っている研究室では、右のスライドのように、もともと白い猫にプロジェクションマッピングで三毛の模様を付けて、猫の動きに合わせて模様も動く、という技術を研究しています。このようにⅠ類は、今ある情報技術を単に使うだけでなく、改良したり、もっと深く追求したりするところになります。
Ⅱ類は、先ほど「融合」と申しましたが、情報系と機械系、電気系と医学系など様々な組み合わせがあります。こちらのスライドは、筋電義手と言って筋肉が発する微弱な電気信号(筋電位)を読み取って、自分の意思で手を動かせるようにした電動義手、いわゆるロボットハンドです。
今までもこういった義手はありましたが、最近の情報技術の進歩で、10分くらいトレーニングすればすぐに使えるようになっています。これはすでに認可されて実際に使われています。
このように、異なる分野が融合するときは、情報技術だけでなく、この筋電義手で言えば、機械、電気、医学、生理学などいろいろな技術の知識が必要です。そういった意味で一番応用的な、実用に近い領域であると思います。
Ⅲ類の理工系は、いわゆる基盤的な技術を研究します。基盤というと、縁の下の力持ち的な、あまり派手でないイメージがあるかもしれませんが、未来を変えるものは基本的に基礎研究から生まれます。
例えばこの右側の有機磁性体は、ふつう有機化合物は磁性を持ちませんが、磁性を持つ有機化合物を発見した、というものです。これをメモリに使うことができるようになれば、将来的に地球にやさしいコンピュータの開発につながる可能性があります。
左の例は、ホタルを模した人工発光系の研究です。電通大は光関係の研究が盛んです。分子で光るものをいろいろ見つけて三原色を再現できたので、様々な色を再現できるようになりました。例えば特定のがん細胞の部分だけ光らせることができれば医療に役立てることができます。こういった基盤技術はどのように応用できるか、ということは何十年か経ってみないとわからないところがあります。若い人はこれから40年、50年と働くわけですから、今この瞬間の流行にとらわれず、ぜひこういった技術にも注目していただきたいと思っています。
初年次で学ぶ基礎科目
今日は高大接続がテーマですので、電通大の基礎教育、1年次の教育についてご紹介します。
先ほどⅠ類、Ⅱ類、Ⅲ類と分かれているとお話ししましたが、初年次はほぼ同じ授業を受けることになっていて、情報、数学、物理、化学、そしてそれぞれの実験が必修です。
具体的にはスライドの右下に挙げたような授業があり、物理・化学、数学をかなり重視しています。情報に関して言えば、「コンピュータリテラシー」や「基礎プログラミング」、最近は量子や人工知能、データサイエンスなどの科目もあるので、数学や物理に近い科目数を用意しており、どこに行っても情報技術を学ぶことができるのが特徴であると思います。
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このスライドの一番下に書かれているのは、情報技術を学びたい高校生がどの類を選ぶか、というときに、分野というよりは考え方をわかってもらうためのものです。
先ほどお話ししたように、情報技術の仕組みそのものや、今ある技術を社会に応用していくのがI類、Ⅱ類は情報技術を他の技術と組み合わせていくところ、そしてⅢ類は新しい情報技術、例えば量子コンピュータのように、かつてはなかったものを作っていくところです。
時間軸で言うと、Ⅰ類はすぐに使う技術、Ⅱ類はちょうど真ん中で、Ⅲ類は少し遠い将来にあたります。ですから、何十年か経ったら今は全く関係ないと思っているような技術同士が結び付き、役立つという可能性もあるので、そういう観点で選んでほしいと思います。学びたい分野が様々な類にわたって分布しているのは、そういったことを目指しているからです。
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高大接続プログラムUECスクールで高校と大学の学びをシームレスにつなぐ
ここからは、電通大の高大接続プログラム「UECスクール」(※1)を紹介します。UECスクールは、高等学校1・2年生および中等教育学校4・5年を対象に「大学で何を学ぶか、どのように学ぶか」を理解して頂くことを目的に、高校と大学をシームレスにつなぐ教育プログラムです。
※1 http://www.kodai.uec.ac.jp/
情報系のプログラムとしては、「高大接続教室(プログラミング入門)」と「先取り学修(高大連携基礎プログラミング)」の2つがあります。
「プログラミング入門」は、基本的な内容で、マイコンを使って簡単な問題解決をするものです。
こちらの授業は3回です。その中で、プログラミングを経験し、マイコンに搭載されているセンサーやLEDを使ってグループで簡単な問題解決をして発表する、ということを行います。初心者の人でも十分取り組める内容です。ここで学んだことをもとにして、コンテストに入賞した人もいます。
「基礎プログラミング」の方は、「先取り学修」としているように、本学の1年生の必修科目「基礎プログラミングおよび演習」そのものをe-learningで学ぶという、かなりレベルが高いものです。これは、大学入学後に単位に認定されます。電通大以外の大学でも単位認定されることもあります。
「基礎プログラミング」では、RubyとCを本格的に学びます。もともとコロナ禍でオンライン授業になってオンライン用の教材を作ったときに、遠隔でも学ぶことが可能であることがわかりましたので、その教材を使っています。大学と同様に15回の授業で、3回のスクーリングがあり、提出課題や確認問題もあります。授業は基本的に自習で行いますが、この講座は学校単位で申し込んでいただき、生徒の取り組みを先生にチェックしていただくことになっています。
実際に「基礎プログラミング」の単位を取れる人は申込者の3割程度と、かなり内容は難しいものです。
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電通大の情報入試の取り組み
ここからは情報入試のお話です。入試に関しては、立場上、公表されていること以外は申し上げられないので、ご了承ください。
ご存じのように、2025年度の大学入学共通テストから「情報Ⅰ」が出題されます。ちょうど2年後です。
左のグラフは、現時点で国立大学で共通テストに「『情報I』を課す」と発表している大学の割合で、87%です。右が大学独自の個別学力試験ですが、この青い部分、個別試験でも情報Iを課すと言っているのは、今のところ電通大だけで、残りは課さないか、未発表ということです。
詳しくは、本学が1月に公表した内容(※2)をご覧ください。これまでの個別試験では物理と化学が必須でしたが、ここに「情報」を加えた3科目から2科目の選択にしました。
※2 https://www.uec.ac.jp/news/admission/2023/20230117_5094.html
スライドの右側は朝日新聞の2月26日の記事で、私大でも情報入試の導入が広がると書かれています。私大は1つの大学の中にも入試方式がいろいろありますので、それほど多数というわけではありません。他には、広島市立大の後期試験や日本大学の文理学部が個別試験で「情報」を出すとしていますが、日大の方は現段階ではまだ発表していません。ですから、少々特殊な方式であることは確かです。
情報入試について、本学が先ほどの個別試験と同時に発表したのが、I類の総合型選抜と学校推薦型選抜でCBT(Computer Based Testing)を導入する、ということです(※3)。
※3 https://www.uec.ac.jp/news/admission/2023/20230117_5092.html
CBTに関しては、文部科学省の委託事業「令和4年度大学入学者選抜改革推進委託事業(個別大学の入学者選抜等におけるCBTの活用)」(※4)を受けて、日本で初めてCBTで「情報I」を出題します。ここでは大学入試センターで開発されたCBTシステム(※5)を使いますが、CBTで「情報」を出すメリットは、実際のプログラミング環境で、ドラッグ・アンド・ドロップでプログラムを編集・実行しながら動かせるということです。
また、簡易な統計処理ソフトが入っているので、データサイエンスの問題では、グラフの横軸・縦軸をどれにするか、どんなグラフを作るか、ということを考えてグラフを書き、このグラフからどのようなことが言えるか、ということが問えますので、これまでの出題とは全く違ったものになります。
※4 https://www.mext.go.jp/content/20221122-mxt_daigakuc02-000026105_2.pdf
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今日、先生方にお聞きしたかったのは、CBTを前向きにとらえられるかどうか、ということです。下のグラフは、本学に既に入学が決まっている生徒に、「CBTを進めたほうがよいか」ということについて聞いたものです。
左は一般論として進めたほうがよいかどうか、右は自分がCBT入試だと言われたら嫌かどうかというものです。
青と赤は「進めたほうがよい」で、オレンジが「反対」です。一般論としては、CBTを進めた方がよいと考える人が多いですが、自分が受験するとなると嫌だと思う人が3割ほどいます。これは公表していないものです。
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CBTに懸念を感じる理由がこちらです。これは大々的に調べているわけではなく、まだ調査対象が10名ほどのときの結果です。
CBTは、万一トラブルが起きたときに、その人だけ翌日再度受験するということがあり得ます。また、もともと出題される問題が、人によって違います。ですから、自分が解く問題が、本当に他の人の問題の難易度に合っているのか、という公平性への不信感があるようです。いろいろ聞いてみましたが、やはりトラブルに関する不安が結構あるのと、あとはこれまでの入試戦略は違うということがあるようです。
このスライドの左下にもありますが、様々な理由があって、CBTは基本的には問題を公開しません。そうなると過去問で勉強することができないことになります。
英語などの資格試験のように、多くの人が受験する場合は対策本などが出ていますが、特定の大学の「情報」CBTというのでは、対策本は出ないでしょうから、入試戦略が違ってしまうということが出ています。
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本学の情報入試の今後のスケジュールです。
過去問が全くありませんので、個別試験についても、CBTについてもサンプル問題を公開します。
また、CBTは基本的に来校して受験していただく予定なので、遠隔での指導や体験するためのweb上の仕組みも考える必要があると思います。
さらに、問題をたくさん準備して、受験者ごとに出題する際に、その問題の難易度が受験生にとってどの程度なのか、評価して調整しなければなりません。今はそこを頑張って進めています。
情報技術を使った新しい遠隔授業のあり方
ここからは、私の最近の研究からいくつかご紹介します。一つのキーワードは「遠隔授業」です。
今、遠隔とオンサイトを組み合わせたハイブリッド授業ということがよく行われます。このセッションもハイブリッドですが、Zoomのハイブリッド授業で板書を映すのは、実は非常に難しいです。
なぜなら、Zoomはリアルタイムでは解像度がそれほど高くありませんし、ユーザーの環境にも左右されます。ところが黒板は横長なので、普通のカメラで全部入るように撮ると小さすぎて見えなくなってしまう。フルHDでもぎりぎり見えないということになってしまいます。
この板書自動拡大システムは、右側はKinectセンサーで自動的に先生の手の正確な位置を検出して、拡大してくれます。左側は、常に書き終わったところの全体を映しています。この装置を作ってみて気が付いたのですが、先生が書いているところだけを映すと学生には見にくいので、先生が書き終わったところと同時に両方見られるようにしました。
これは私がプログラムを作ったのですが、こういった工夫で快適な授業ができるようになるという一例です。
※ 進化する授業@コンピュータグラフィックス – Ⅰ類(情報系) 電気通信大学情報理工学域
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次の研究は、「エコ」をキーワードにしています。スライドのようにディスプレイが21枚並んでいます。遠くから見ると数字が表示されていますが、近くで見ると動画や掲示物を表示できます。
これは、本学の計算機の入れ替えで何十台もディスプレイが余ったので、それを使って何かできないかということから作ったのですが、こういった古い機材の処理や再利用というのは大きな問題なので、有効活用という点でも意味があると思います。
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こちらは、アバターと仮想教室です。バーチャル空間に教室を作り、いろいろな人が入って来ることができます。対面の人は何も装着せず通常通り授業をして、遠隔で入る人は、アバターとして対面の人の様子を見ることができます。そうしてお互いのプライバシーを守りながら授業に入ることができます。
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最後に高校生に期待することです。
情報技術は何にでも使うことができます。高校生の皆さんには、身近なものを解決するためのツールだと思って、日頃からいろいろなものを作ってみてほしいと思います。
スライドには「本物のものづくり」と書きましたが、ただ真似るだけだと、そこで止まってしまいます。裏で何が起こっているかということはしっかり勉強してほしいと思います。
大学では基本的に、流行っていることと裏で起こっていることの両方を学びます。
先ほど古い機械を使うというお話をしましたが、そういったあるもので何とか作ることができる力も必要になってくると思います。
コロナの影響もあって、中国でいろいろなものが作れなくなったために、今まで1000円出せば手軽に買えたものが全然手に入らないといった事態が起きています。若い人には、自分たちで何とかする、何とかできることが期待されると思っていますので、「リアルと仮想空間の融合」や「エコ情報技術を使う」ということをキーワードに、指導していきたいと思っています。
第85回情報処理学会全国大会 イベント企画「どうする情報科教育!~情報ⅠⅡ,高大接続から考える~」より