New Education Expo 2023

「情報Ⅰ」の実践と課題~東京都における専門家の派遣を通じた教育支援を踏まえて考える~

株式会社Simple Honesty代表取締役 山口 翔氏

ご本人提供
ご本人提供

本日は大きく4つのお話をします。

 

まず簡単な自己紹介、次に本事業を受けた経緯や準備段階の期待や不安についてお話しし、その後に実際にやったこと、そして最後に今回の授業の振り返りです。

 

 

まず簡単に自己紹介します。

 

1988年生まれの35歳です。社会人のキャリアとして、複数社でWebマーケティングやイベントプロモーションなどをしてきました。

 

その中で、データの分析やモデル化、シミュレーションの考え方をもとに、ターゲット設定して人流モデルを見たり、広告予算をどれくらい使うとどれくらいの反響があるのか検証したりしてきました。

 

今年の4月からSimple Honestyという自分の会社を設立し、そこでもデータ活用やデジタル化、DXの推進などを行っています。

 

 

ビジネスの現場で感じる日本の競争力≒デジタル力の低迷

 

この事業について声を掛けていただいた際に、まず思ったのは「本当に面白そう、ぜひやりたい!」ということです。

 

通常、私は事業としては教育に携わっていませんが、今回のようなテーマや、現在の情報に関する教育の背景をうかがい、民間事業の立場としてもぜひこれはご協力しなくては、という強い使命感を持ちました。

 

 

その理由として、1980年代バブル期の日本の総合競争力は世界でも1位だったのに比べて、現在はそれがどんどん下がっている、という事実があるからです。

 

今、世界での競争力は総合的な順位で34位です。私は日頃、観光の事業に携わることも多く、海外の民間会社と話をするのですが、その際に日本の会社の競争力の低下を非常に強く感じます。

 

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その理由の一つが、デジタル力の弱さだと思います。デジタル競争力のランキングでも、下位に定着しています。ここを何とかしないと、日本の競争力はこのままさらに低下していくと思っています。

 

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私自身は民間会社でデジタルを利用したサービスをどんどん作りたいと考えていますが、同時に学生時代からデジタル教育を進め、裾野を広げることが、日本の競争力を回復し、経済成長につなげていく上で大切だと感じます。そのような考えもあっても今回の事業に参加させていただくことにしました。

 

今回声を掛けていただいた際に、高等学校で「情報Ⅰ」の授業が必修になったことや、大学でも7割でデータ分析の授業が必修になったことを知り、本当に素晴らしいことだと思いました。

 

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またニュースによると、国はデジタル人材育成に3年で4000億円の予算をつけています。デジタルの力は、今後、高まっていくのだろうと強く期待しています。

 

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学校の授業では学べない「ビジネス力」の大切さを知り、情報技術を「社会を良くするため」に使えるように

 

ここからが、私が今回の授業の中でやりたかったこととつながってきます。

 

データサイエンティストの定義は3要件ありますが、これらの要件はデータに限らず、デジタルスキル全般で重要だと考えています。

 

即ち、「ビジネス力」「データサイエンス力」「データエンジニア力」を複合的に組み合わせることで、デジタルを世の中のために使っていくことが可能であると考えています。

 

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「データサイエンス力」は、プログラミングというよりは数学的な知識や統計の知識です。「データエンジニアリング力」は、Pythonなどの技術を学ぶような分野で、この2つは「情報Ⅰ」で学べる部分です。

 

一方、課題背景を理解して、それをビジネスに整理して解決する「ビジネス力」は、教科書ではなかなか学びにくい部分ですので、私が外部講師として教えたいと思いました。

 

ここで学ぶことを、試験のためではなく、社会をよくするために使ってほしいという願いをこめて、その部分を意識した授業にしました。

 

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実際に授業で行ったことをご紹介します。

 

実社会のビジネスの中で、データサイエンスが実際に使われている場面をシミュレーションとして作り、生徒に体験してもらうのが面白いと思いましたので、スライドのようなミッションを生徒に投げました。

 

まず、生徒自身を広告代理店の社員と定義します。

 

「東京都の観光局から、予算300万円で『より多くの人に東京都を楽しんでもらえるような広告を作ってほしい』というオーダーを受けたとき、何のコンテンツを、どこの地域の人たちに、どの媒体でPRするのか」を考えてもらいます。これを「モデル化とシミュレーション」の考え方を使って、グループワークでアウトプットしてもらいました。もちろん、事前に「モデル化とシミュレーション」について、教科書的な解説もした上で行いました。

 

 

「モデル化とシミュレーション」の説明の流れがこちらです。

 

まず、ビジネス/実社会で「モデル化とシミュレーション」を活用する流れについて、3つの定義である「課題設定」「分析」「施策実行」というフレームワークを確認しました。これを「モデル化とシミュレーション」という観点から考えると、「仮説立案」の部分にモデル化が非常に有効であるということになります。

 

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「モデル化」については、以前に勤めていたナイトレイで人流データをモデル化するwebツールを開発していたため、それを使ってディスカッションを進めました。

 

「シミュレーション」については、Pythonを使用しました。小松先生が使っているJupyter Notebookに、私が書いたコードを実際に入力いただき、生徒が使用できる形にしました。それらをもとに、アウトプットとしてAdobe Expressを使って、実際の広告を作ってもらいました。

 

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人流のモデル化と広告の費用対効果のシミュレーションをふまえながら広告を制作する

 

実際に行った活動がこちらです。

 

人流をモデル化するツールで、twitter上のデータを地図上にマッピングしていきます。これを見ると、例えば「東京駅近辺で新幹線のことをつぶやいている人が多い」など、現地に行かないとわからないような、そこでどんなことが行われているのかをリアルタイムで見ることができ、簡単にモデル化できます。

 

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シミュレーションのツールは、前述の通りPythonで作りました。今回の学校は、プログラミングができる生徒もいましたが、全員に対してそこまで時間が割けなかったため、大枠は私のほうで組んでおいて、変数フォームを入力させることでシミュレーションの結果が見られるようにしました。

 

具体的には、広告の媒体としてwebやSNS、雑誌広告、テレビなどから選択して、予算額、ターゲットの居住エリアなどを変数として入力していきます。

 

たとえば、ターゲットのエリアを神奈川として、web広告に予算を50万円使うとすると、来訪予算人数は2万7986人となる、などのシミュレーションができます。

 

ここで工夫したポイントは、これらは全て実際のデータに基づいて作っているため、実社会をイメージしながら生徒が広告代理店の担当者になった気持ちで体験できた点だと思います。ですから、例えば媒体によっては、広告予算を上げても集客が増えるわけではない、ということもわかります。

 

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もう一つの工夫ポイントは、Googleスプレッドシートで生徒に広告制作のプロセスを共有してもらったことです。最終的な成果物だけではなく、どのPRコンテンツを実行するために、どんなことを考えたのか、チームごとにシートを分けて作ってもらいました。

 

これによって、例えばワークの最中でも生徒が別のチームのスプレッドシートをのぞきに行って、参考にすることもできました。「モデル化とシミュレーション」の考え方とは少し異なるかもしれませんが、情報を共有できることがデジタルの良さだと思いますので、そのような工夫も生徒の理解に役立ったと思います。

 

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社会問題の解決を目指すのであれば、高2・高3生に取り組んでほしい

 

来年度に向けて、この授業について良かった点と改善すべき点をまとめておきます。

 

まず良かった点は、広告代理店の社員が実際にやっているような業務を疑似体験したことで、楽しく取り組めた生徒が多かった点です。

 

手段を起点として「モデル化とシミュレーションをしましょう」とすると、それが何に使われているのかという目的が分からず、モチベーションが湧きにくいように思います。

 

広告を作るという目的のために、自然に「モデル化とシミュレーション」の考え方とデジタル技術を体験できたのがよかったと感じました。

 

改善すべきポイントは、今回の外部講師派遣の目的の一つとして、社会の中でデジタル技術がどう活用されているか学ぶという点がありましたが、その視点で考えたとき、正直授業の対象が1年生だったのはやりづらい印象がありました。

 

社会との距離感がまだ遠い1年生にとって、最初にお見せしたような、例えば日本の競争力が著しく低下していることや、社会にあるさまざまな問題の話をした際に、自分事としてとらえられず、別世界の話のように思われてしまったように思います。その点、2年生や3年生であれば、もう少し視点が変わるのかなと思いました。今回の授業は学びが大きかった分、何らかの方法で2年生や3年生を対象に継続できる方法を考えられないかと思います。

 

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