大学入試を中心とした情報分野の学力評価手法の検討シンポジウム2023
大学入試を中心とした情報分野の学力評価手法の検討
慶應義塾大学環境情報学部 植原啓介先生
高校での「情報」の学習成果を正しく測る問題を作成するために
私からは、このシンポジウムを主催するプロジェクトについてお話ししたいと思います。
これまで情報科の大学入試について、情報処理学会や、情報処理学会も参加した文科省のプロジェクトなどでいろいろ検討してきましたが、もう少しアカデミックに検討していく必要があるのではないかと感じたメンバーで、プロジェクトを立ち上げることにしました。
そして、科研費(科学研究費助成事業)に採択され、2023年度から2027年度までの5年間、研究を進めることになりました。このプロジェクトについて皆様と情報共有をする機会とするために、このシンポジウムを開催した次第です。
背景としましては、皆様もご存知のように、情報分野は非常に大事であると国内外で言われておりますが、いかんせん新しい学問分野です。そのため、他教科には、「高校ではおおよそこういうことを習うから、大学入試ではこういうところを問うていけば高校で学んだことを正しく評価できる」というコンセンサスがあると思います。しかし、情報科に関しては、このコンセンサスが形成されているかと言うと、疑問があります。
そのため、大学としては「どのような問題を出せば高校での学習成果を正しく測れるだろうか」ということが気になりますし、高校側は、多分「大学がどのようにして高校生を評価するのか」というところが気になることと思います。学習効果をきちんと評価できるような仕組みを作って大学・高校双方に示すことで、高大接続を円滑にしたいということが、問題意識としてあります。
このプロジェクトの実施の枠組みとしては、先ほども申し上げました通り、科研費(基盤研究A)を用いて行います。研究課題名は、今回のシンポジウムの題名でもある「大学入試を中心とした情報分野の学力評価の検討」で、実施期間は今年度から5年間です。
参加メンバーは、私が代表を務めさせていただいていますが、他に11名の様々な大学の先生方や高校の先生の合計12名でこの研究を進めています。
基本的にはこの12名で研究を進めますが、そこに閉じるのではなく、社会との関わりを持って進めていきたいと思っています。
初中等教育と大学の共通認識を作りたい
少し背景を一回、振り返ってみます。
よく世の中で「大学入試に『情報』が出題されます」という話が出ると、「新しい分野」と言われるのですが、実は高校の情報科というのは、2003年には既に導入されており、20年の歴史を持っています。
その間、情報科の学習指導要領は2013年と2022年の2回の改訂を経ています。現在は「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」という2つの科目になり、「情報Ⅰ」は必履修科目ということで、普通科の高校生は全員履修することになっています。
それを受けて、先ほどの石岡先生のお話にもあったように、2025年から大学入学共通テストに「情報Ⅰ」が導入されることが決まっています。
こういうお話をする時に意外に忘れがちなのが、小学校・中学校のことです。
中学校に関しては、2012年実施の学習指導要領の技術科に、「分野D」が新設され、ここで「情報に関する技術」が導入されています。
2021年には、「に関する」が外れて「情報の技術」となり、ここで情報技術をさらにしっかり学ぶことになりました。さらに、2020年度からは小学校でのプログラミング教育も始まっています。
こういった背景を踏まえて、大学入学共通テストを始めとして、最近は入試に教科「情報」の導入を検討している大学が増えています。一方で現在は評価方法の共通認識が乏しいため、情報科を入試に課している大学は、正直なところ少々悩みながら出題しているところもあります。
ですから、先ほどお話ししたような共通認識ができると、大学側としても嬉しいですし、高校側としても安心して授業ができるだろうということを考えているわけです。
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目指すは作問マニュアル、CBTシステム化、知識体系の整理、模試による確認
ここからは、このプロジェクトでの想定される成果をご説明しておきたいと思います。
我々が成果として考えているところの1つ目が、作問のマニュアル作成です。
「典型的な問い」というのは一般的な大問/中問形式の問題を指しています。典型的な問いやIRT(Item Response Theory:項目応答理論)を想定した多肢選択問題などをどのように作ればよいか、といったことを整理した作問の順のマニュアルのようなものを、1つ作りたいと思っています。
また、先ほどの石岡先生のお話にもありましたが、大学入試センターでTAOのプログラミング問題やデータ分析問題を出題するためのモジュールを既に開発をされていますが、他のCBTならではの問題の出題可能とするためのCBTシステムを作ることを成果の2つ目として挙げています。
3つ目が、出題形態ごとに、知識体系のどのような項目は評価可能で、逆にどのような限界があるのかを示したものを作るということです。
例えば、先ほどIRTの4択問題の話が出ましたが、これが向いている分野と向いていない分野があると思います。そういったものを明らかにしたいということです。
さらに、出題形態ごとのベストプラクティスとして、実際に模試を行って、そこで得られた知見を皆様と共有できればと思っています。
本研究において対象とする出題形態は、大きく3つです。先ほどのスライドと重なるところがありますが、まず1つ目が、従来の一般的な問題です。つまり大問、中問による学力評価や長文読解のようなもの。あるいは、プログラミングについては穴埋め、並べ替えなど、そしてデータ分析などの問題などです。
2つ目が、IRTを想定した多肢選択問題で、4択式のような問題を大量に出題することによって学力評価ができないか、ということです。TOEFLや医学部・歯学部の臨床実習に参加するための資格試験(CATO)などでIRTが活用されていますが、そういったものと同等のものです。
3つ目がCBTを前提とした問題です。例えば、先ほど石岡先生のお話の中で、実行環境の付いたプログラミング問題を例として出していただきましたが、大量のデータを使ったデータ分析は、ペーパーベースの試験ではやりづらいところがあります。そういったものをコンピュータベースで実際に操作して評価をする、ということを考えています。
今申し上げた3つの出題形態について、成果として出せればと考えているところです。
各グループの成果を模擬試験で検証する
本プロジェクトの基本的な研究の流れは、こちらのスライドのようなイメージになっています。
まず先行研究として、既にいろいろなところで教科「情報」の知識体系が検討されています。これらを整理した後に、それぞれの分野についてどのような出題ができるのかを、先ほど申し上げた3つの出題形式(典型的な問いによる評価手法の開発、多肢選択問題によるIRTに基づく評価手法の開発、CBTシステムの開発)で検討を進めていきます。
先ほど申し上げた作問マニュアルに基づいて作問を行い、そこで作った問題を模擬試験として実際に受験生を想定した方々に解いていただいて、開発したものの妥当性の評価をしていく、という流れになっています。
右側に赤いループのような矢印が描いてありますが、これは研究期間の5年間の間で、この部分を何度か回すことを考えている、ということです。問題を作ってみて、解いてもらって、その結果を見て評価・改善をして、もう1回作問をして…という感じで、5年間を回していきたいということです。
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この前提となっている情報分野の「知識体系の確認と整理」というところについては、既に様々な団体が知識体系を作っています。例えば、日本学術会議からは2つの報告(※1)が出ていますが、それぞれの報告の中で、(高校の教科「情報」についてのものではありませんが)情報分野で学ぶべきことを5分野・11分野で整理しています。
※1 「大学教育の分野別質保証のための 教育課程編成上の参照基準 情報学分野」
また、先ほどお話しした「大学入学者選抜改革推進委託事業」(大阪大学・東京大学・情報処理学会の共同受託:※2 )の中では12分野に分類しています。さらに、高校の学習指導要領では、4分野に分類されていて、それぞれの分野が3つずつに分かれているので、計12分野と見ることもできます。
※2 https://www.mext.go.jp/content/1412881_3_1_1.pdf
さらに、ITSS(ITスキル標準:※3)は13分野、ITパスポート試験のシラバス(※4)では、大分類で9分野、中分類で23分野に分類されています。こういったところを参考にしつつ、どういった分野がどのような形で出題できるのか、ということを考えていきたいと考えています。
それにあたって、我々の研究は、高大連携というコンテクストがありますので、最終的には高校の学習指導要領に何らかの形でリンクをさせていくということが必須ではないかと考えています。
※3 https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/plus-it-ui/itss/index.html
※4 https://www.ipa.go.jp/shiken/syllabus/ps6vr7000000i9bs-att/syllabus_ip_ver6_0.pdf