大学入試を中心とした情報分野の学力評価手法の検討シンポジウム2023

パネルディスカッション

司会:      萩原兼一先生(大阪大学)

パネリスト:石岡恒憲先生(大学入試センター 研究開発部)

        植原啓介先生(慶應義塾大学 環境情報学部)

        辰己丈夫先生(放送大学 教養学部)

        谷聖一先生(日本大学 文理学部)

        西田知博先生(大阪学院大学 情報学部)

        福原利信先生(東京都立田園調布校 校長)

 

大学入学者選抜改革委託事業「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜における研究開発」について

萩原先生

ここからは、本日登壇された5名の先生方に加えて、東京都立田園調布高等学校校長の福原先生にもご参加いただいて、パネルディスカッションを行います。

 

福原先生は、現在、全国高等学校情報教育研究会(全高情研)の会長をされています。先生には、主に高校の立場から質問・ご意見をいただくという形でお願いしています。

 

初めに、ここまで何人かの先生のお話に出てきた、文科省の「大学入学者選抜改革推進委託事業(情報分野)」についてご説明します。

 

これは、大阪大学が受託機関となり、東京大学と情報処理学会に「連携大学等」という形で参加していただき、2016年10月にスタートしました。

 

当時から、ことあるごとに高校の先生方に「『情報』が共通テスト(当時はセンター試験)に入りますよ」と言っていましたが、誰も信用してくださいませんでした。結果は、皆さんご存じのとおりです。

 

この委託事業は、2019年3月まで実施して、様々な研究を行ってきました。スライドで文字のバックが緑色のものが「最終成果物」と呼んでいるものです。文科省のウェブサイトに掲載されていますので(※1)、どなたでもご覧いただけます。

※1 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/senbatsu/1412881.htm

 

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この委託事業の第1の柱が「作問手法の開発」で、思考力・判断力・表現力の定義や、それを使った作問マニュアルも作っています。先ほど谷先生が説明された作問マニュアルは、ここで作成した作問マニュアルをベースとしています。

 

 

「情報教育の参照基準」は、東京大学の萩谷昌己先生が中心となって作りました。さらに、問題のレベルを定める「ルーブリック」は、専修大学の松永賢次先生が中心となって作りました。例えばプログラミングであれば、このレベルならこの程度のことができてほしい、ということを定義しています。これを参照して問題を作っていきます。

 

スライドの下の方に「第2の柱」とありますが、この辺りが、先ほど西田先生が説明された、CBTの開発にあたります。V1・V2という2つのCBTシステムを開発して、高校生や大学の学生さんに模擬試験を受けていただきました。

 

この委託事業のそもそもの目的は、「思考力・判断力・表現力を評価する試験問題を考える」というもので、事業の要件にCBTは入っていませんでした。この事業では、他に国語や社会など、いろいろな分野について研究・開発が行われましたが、「情報分野」だけがCBTを入れました。

 

「情報」の試験なのでCBTでやるのが当たり前、という見方もありましたが、何よりもCBTを使うことによって、「情報」の試験で問いたい力について、ペーバーベースよりも出題できる問題のバリエーションが広がる、ということもあり、CBTの開発に取り組んだわけです。

 

 

先ほどもお話ししたように、この委託事業のときの文科省の要求は、「思考力・判断力・表現力を評価しなさい」ということでしたが、思考力・判断力・表現力とは何かというと、これ自体がバズワードで、皆考えていることが違います。

 

評価の対象となるものですから、この定義が明確でなければ、試験問題がこれらの力を評価できているかを議論することはできません。

 

ですので、我々「情報分野」では、電気通信大学の久野靖先生が中心になって、まずこの思考力・判断力・表現力を定義することから始めました。

 

 

例えば、「思考力」の定義がこちらです。

 

思考力を本気で定義しようとすると、哲学的な議論になってしまって、まず結論は出ません。ですので、ここでは「試験で評価する思考力とはこういうものですよ」という形で定義したわけです。

 

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同様に、判断力・表現力・マクロな思考力についても定義しました。

 

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さらに、これらの定義をベースに作題マニュアル例を作り、「こういった具合に作れば、それぞれの力を測る問題を作ることができる」という手順と、問題の事例を示しました。

 

 

もともと、問題を作ることが上手な方は、多分頭の中に何かしらのアイデアやノウハウをお持ちだと思います。そういったものを書き出し、ブレークダウンしたものをまとめて、皆がそれを見て作ることができるようにしたのが、この作題マニュアルです。

 

これは、structured programming(構造化プログラミング)が言われ始めたときと似ています。優秀なプログラマが頭の中に持っていたプログラム作りに関して、このような方針で構造的に作っている、ということを明確化することで、プログラミングに関して議論できるようになり、プログラミングに関する理論が発展しました。

 

同様に、作問の手順を明確に整理して提示されることで、「そうか、こう作ればいいんだ」ということになり、作問方法が議論の対象となり、発展します。この場合、「マニュアル化」という言葉が適当かどうかはわかりませんが、そういったことをやってきました。

 

ただ、まだやり残したところがいろいろありましたので、今回の科研費の研究では、そこを固めていきたいと思います。

 

例えば、作問についても、小問であれば今申し上げたような方法で作ることができますが、大問はなかなか難しい、というところがあります。そういったところも、作問方法をもう少しブラッシュアップしていくのが、今回の研究の一つの役目と言うか、目標かなと考えています。

 

このパネルでは、皆様からここまで登壇された方々の発表に対する質問をいただき、それに答えていく、という形で進めたいと思います。それでは、まず福原先生からスタートしたいと思います。よろしくお願いいたします。

 

 

共通テストへの「情報I」の導入によって変わってくることは…

福原先生

東京都立田園調布高等学校校長の福原です。ご紹介いただきましたように、全国高等学校情報教育研究会の会長をしております。よろしくお願いいたします。

 

フロアからの質問に答える形で、ということなので、私の方からは、まず、こういった研究が先行研究もあって、また新たに始まるということは本当に素晴らしいと思っています。結果がどのように発表されたとしても、高校の教員に与える影響は非常に大きいと思います。

 

高校の情報の授業は、「情報A・B・C」から「社会と情報」「情報の科学」の時代は、情報科の先生は、ある程度教科書や学習指導要領の内容に沿っていれば、割合自由に授業ができていた、というところがあったと思います。それが今回「情報Ⅰ」になって、さらに大学入学共通テストという指標ができたので、ある程度授業の方向性が一致してくるのではないかと思っています。

 

ただ、共通テストについては、どういった問題なのかということについては、今のところ試作問題やサンプル問題など、ごく一部しか例がないので、まだまだ高校の授業は発散したままです。

 

今後模擬テストや、共通テストの本番の試験、さらにこのプロジェクトの研究成果の発表などが出てくると、高校の授業はある程度それに寄った形になってくるのではないかと思っています。それがいいことなのか、そうではないのかということについては、賛否を含めていろいろな考え方があると思います。

 

お願いしたいのは、今回の研究で、まずはプログラミングという、たぶん先生がたのお得意とする分野からスタートされますが、5年間の研究の中では、学習指導要領の全ての分野を均等にやっていただきたい、ということです。内容が偏っていると、高校の授業がそちら側に触れる可能性があるということを意識していただけたらと思っています。

 

また、いろいろな場面で話を聞くと、高校の現場では、情報科だけでなく他教科の授業も担当している方がまだまだいらっしゃいます。個人的には、そういった先生方があまり大きな負担を抱えないために、学習指導要領に沿った形で、かつ様々なレベルの1時間ごとの授業内容のパッケージのようなものが教科書会社などから出てくると、ある程度それに従って授業を進めていけるかなと思います。

 

これについても様々な意見があると思いますが、大学入学共通テストという物差しができたことで、これまで好きなようにやられていた授業が、学習指導要領に沿う形に収束していく。それがある程度、情報科の発展につながるのかなと、個人的には思っています。

 

萩原先生

ありがとうございました。全ての分野をやってくださいよ、ということですが、植原先生いかがでしょうか。

 

植原先生

ありがとうございます。われわれもそこは非常に意識をしておりまして、どこかに偏ってはいけないと思っています。

 

もう一つ、お話の中に、情報科が大学入試に入ると、今まで多様性のある授業をされていたのが、一つの集約されたものになる、というお話があって、福原先生は、いいことなのか悪いことなのかよく分からない、とおっしゃいましたが、私自身は多様性が無くなることはいいことではないと思います。では悪いことかと言われると、深くやるという意味では悪くはないだろうとも思います。我々としても工夫が必要なところであると思います。

 

例えば、作問マニュアルにしても、大学のアドミッションポリシーに応じた作問ができるような、懐の深いものが必要だと思います。

 

私ども慶應総環(慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部/SFC)では、現在も個別試験で「情報」を出題していますが、よく高校の先生方から、「生徒にSFCの試験問題の質問をされると怖い」と言われます(笑)。それは慶應総環の特色であることは認めていただいていると認識をしています。今回のプロジェクトでも、大学ごとの特色が出せるような、幅の広い、懐の深い作問マニュアルが作れるよう、頑張っていきたいと思っています。

 

 

萩原先生

ありがとうございました。それでは、次に石岡先生、お願いします。

 

石岡先生

ご登壇の皆さんは、情報学がご専門の方ですので、CBTでプログラミングを出題したい、というニーズは非常におありだろうと思います。ただ、PBTでもプログラミングの問題ができないことはないのですね。

 

逆に、CBTで行うことによってそれなりの副作用のようなこと、例えば本当に測りたいのは情報の力であるのに、端末操作に長けた人に有利、といったことが出て来る可能性があって、そこは難しい問題だろうなと思います。

 

CBTのそもそものメリットは、プログラミングのような特定の問題に向いている、というだけではありません。例えば、その一つは障がい者配慮です。CBTで行うことによって、文字の拡大が簡単にできたり、問題文の音声読み上げができたり、配色のコントラストを調整したり、といったハンディキャップを持つ受験生への配慮ができるというメリットがあります。逆に、そういったメリットがあるからこそ、CBTが進むことになります。

 

もちろんCBTならではの出題というものもあります。例えば、理科で時間がかかる現象を動画で見せるようなタイプの問題が作れる、ということもあるでしょう。プログラミングの出題ができるということは、あくまでそういった中の一つであると思っています。

 

ですので、情報系の先生には、CBTで出題することの長所と弊害などについても併せて多面的に考えていただくことが大切かなと思っている次第です。

 

 

萩原先生

ありがとうございました。CBTについて、西田先生、お願いします。

 

西田先生

我々がプログラミングから始めるのは、プログラミングの問題が、コンピュータを使うメリットが大きく、最も問い易く感じているものだからです。ですから、今年の問題作成をアルゴリズムやプログラミングから始めるのは、我々として得意なところから始めよう、というところです。

 

前回のプロジェクトでも、単純に解いた答えだけでなく、解く過程も評価する手法、ということを考えてきましたが、CBTはそういうところの適用範囲は広いと思っています。その点は、今回の科研費のプロジェクトの中で、ぜひやりたいと思っています。ただ、フィジビリティに関してはあまり余力がないので、なかなか難しいと思いますが。

 

また、我々大学教員は共通テストの試験監督に駆り出されることがありますが、CBT化することによって、あの分厚いマニュアルの内容がどれくらい軽減されるのか、受験する側も実施する側も負担が減るのではないか、ということについての興味はあります。ただ、これは我々のプロジェクトの中ではなかなかカバーできないことではあるので、その辺りもいろいろ意見交換していくことができればと思います。

 

辰己先生

先ほど福原先生がおっしゃったことについて、私の見解を述べさせていただきます。情報科の授業の内容が日本中でだんだん似たような形に収れんしてくることに対してです。

 

確かに、どんなことをやっても、ネガティブにとらえる人もいれば、ポジティブに考える人もいるので、皆が皆ポジティブにとらえることは、なかなか難しいと思います。

 

これまで自由に授業をされてきた先生方の中には、「情報A・B・C」から「社会と情報」「情報の科学」を通して本当に素晴らしい授業をなさっている方がいらっしゃいます。そういった授業ができなくなってしまうのは心苦しいという点では、全く同意しています。

 

一方、全体的に見ると、今まで情報科は「副教科」という一つ下がった見方をされてきたのが、共通テストに入ることで、主要教科として独り立ちすることになりました。情報科教員の採用に関しても、正常化の方向に進んでいます。ですので、入試に出るということが、プラス・マイナス両方から考えたら、私は全体としてプラスの方向に進んでいると思います。そういうこともあって、福原先生も微妙なご発言をされたのではないかと思いますが、私自身はそのように思いたいです。

 

谷先生

今のお話に関連しますが、例えば理科でも、試験対策の勉強だけでなく、いろいろな実験を経験しているからこそ理解が深まる一方で、実際にそれをどこまでやれているのかが問題、ということがあります。

 

情報科も、それぞれの先生が工夫して、実際にいろいろなところでしっかり手を動かしたり、頭で考えたりする場面を作ったりして、その経験があったからこそ力が付く、というのが理想だと思いますが、それがどこまでできているかということがあります。我々も作題していくときに、試験対策だけすればいいとか、ここが試験に出やすいからここだけやっておけばいいという問題にはならないようにしたいと思います。

 

福原先生

辰己先生、谷先生がおっしゃったとおりだと思います。やはり、暗記していれば全部できるようなものでなく、情報科の授業で体験したことを応用して、それが試験に出てきてできる、そのような作題があるといいなと思っています。

 

また、情報科の先生方自身が、自分が今教えていることが、学習指導要領のどこの部分で、何のためにやっているのか、ということをしっかり意識していただく必要もあると思います。

 

もう一つ、情報科は共通テストに出ることになって、副教科から主要教科になったかもしれませんが、各学校に教員が1名しかいない教科というのは情報科だけです。ですから、これから先の学習指導要領の改訂にあたっては、単位数や担当する授業時間数などについても考えていかなければなりません。今回の研究内容とはちょっとそれますが、そういった課題もあるということは、お伝えしておきたいと思います。

 

 

CBTが大学入試に本格的に入ってきたら、どんな準備が必要か

 

萩原先生

ありがとうございました。それではフロアの方からの質問を受けたいと思います。いかがでしょうか。

 

Q1.公立高校情報科教員

高校現場の状況について言えば、福原先生がほぼ全て網羅していただきました。

 

いい・悪いに関して言えば、夏に研修会を実施したとき、今まで授業ではWord、Excel、PowerPointしかやって来られなかったという先生方が、入試に入るということでかなり参加されたので、その意味ではすごく良かったかな、と思います。これまで工夫して来られた先生方は、こういう状況になったらなったで、さらに工夫をされるでしょう。私自身、最初は疑問でしたが、今は良かったと思っています。

 

今回のプロジェクトについてお願いしたこととして、CBTに関することがあります。実は、2学期の定期考査をTAOでやりたいと思って、準備をしようとしましたが、いろいろなところでハードルが高くて、今回は独自でやるしかないかな、という状況です。

 

ですから、このように大学入試がTAOを使う、という流れになってきたとき、高校の先生たちがどんどん使えるような環境が欲しいと思います。もちろん、MEXCBTに申し込むという方法もありますが、 これも教育委員会経由で申し込むことが必要であるなど、なかなか面倒です。

 

生徒がTAOで試験の練習ができたり、問題を解いたりできるような環境がぜひ欲しいので、大学の先生方にそういったものを作っていただけるとありがたい、というのが1つです。

 

もう1つは、端末に関する問題です。共通テストを一斉に行うことになると、大学側で受験者全員分の端末を揃えるのは非常に大変だろうなと思います。

 

今、東京都立の高校は、入学時にSurfaceなどの端末を買わせているので、定期考査はその端末を使って行っていますが、生徒が管理していると、同じ端末でも、例えばWindowsのアップデートをしていないので動かない、といったことが多発して、本当にたいへんだという経験をしています。

 

今後、受験生が自分の端末を使う可能性はあるのでしょうか。これによって、高校入学のときに買わせる端末の選び方も変わってくると思うので、その辺りの見通しや、先生方の見解を教えていただけるとありがたいです。

 

A1-1.石岡先生

先ほどのTAOの環境を準備してほしい、というお話に関しては、大学入試センターの方で、いわゆるDockerファイルで、TAOのシステムと関連するモジュールの全てと、一部問題も含めて、展開すればすぐ利用できるようなシステムを提供すべく、現在準備しています。

 

端末に関しては、個人の端末を利用するのはなかなか難しいので、タブレットなど比較的安価な端末を提供して実施することにならざるを得ないだろうと思います。

 

50万人で一斉にできるかどうかは、なかなか難しいですが、少なくとも教室レベルの実施に関しては、まとめて電源を供給したり、一気に設定をやったりしてしまえるようなシステム作りの準備もしています。2週間後のセミナーでは、そのようなお話ができると思います。

 

A1-2.辰己先生

これに関しては、先ほど植原先生のお話にもありましたが、試験を同時刻・同内容の問題で同時開催するという前提ではかなり難しいですが、IRTによる出題ができるようになって、異なった時間に異なる場所で、異なる問題でテストができるようになれば、端末を50万台用意しなくても、例えば10万台で5回実施するということは可能になると思います。

 

ただそれについては、我々の方でもっといろいろ考えなければいけないことがたくさんあると思います。特にIRTをきちんとやるとなると、非常に難しいと思いますが、それは不可能ではないという認識はあります。

 

 

CBTで大学入試を行うことに対する課題は…

 

Q2.植原先生

そうですね。皆さんにお伺いしたいのですが、仮にIRTがうまく機能したとして、例えばSFCがIRTで入試をします、と言ったらどう思われますか。ご意見のある方はいらっしゃるでしょうか。

 

A2-1.大学教員

大学入試と並べてよいのか、というところで疑問はありますが、例えばITパスポート試験は、既に今IRTを使ったCBTを実施していますよね。国家資格の試験と大学入試を同列に並べるのは暴論かもしれませんが、一定以上の学力がある生徒を選別するという目的であれば、十分に機能できるのではないか、というのが個人的な感覚です。逆に、反対される方がいらっしゃれば、そのご意見を伺いたいです。

 

A2-2.公立高校教員

IRTが機能したとしても、我々が保護者からの「(子どもが)受けた試験が不利だった」という訴えに耐えられるか、という問題があります。ですので、IRTが機能した上で、例えばA日程、B日程、C日程とあった場合、どの日程で受験しても、一定の基準をクリアしたら次のステップに使えるという扱いのものであれば、Aの方が有利だった、Bが難しかった、などと言われないと思います。

 

多少の揺らぎがあっても、その先に試験や面接があれば、IRTだけで判断される、という印象は薄れるのではないかと思います。

 

A2-3.電気通信大学 中山泰一先生

私は電気通信大学を本務としておりますが、情報処理学会の事業担当理事として、個人的には前々から「情報」で入試ができたらいい、共通テストにも導入された方がいい、CBTによる情報の試験も多くなってほしいと思っていました。大学としてお話しするのであれば、他に適任の方がいるように思われますが、ここは私個人としてお話しします。

 

電気通信大学では、まず2025年一般試験前期の個別試験で「情報」を出題します。こちらはPBTです。そして、先ほど石岡先生からもご案内がありましたが、本学にはⅠ類という情報系の類がありまして、そこの学校推薦型選抜と総合型選抜において、一次考査の学力試験としてCBTを用いることを発表しています。こちらは、本学の植野真臣先生が代表になって進めています。

 

このCBTは、あくまでも前段階の考査で、学校推薦型にしても総合型にしても、この後にⅠ類で求められる能力を測る面接試験等がありますので、そちらで評価されるということでご理解いただきたいと思います。

 

私としては、これからはこういった情報入試やCBTがどんどん一般的になる世の中になってほしいと思いますし、いずれ世の中がついてくると思います。

 

情報入試にしても、この1か月間ぐらいの間に、様々な問題集が出てきました。CBTも、そういった動きが重なっていけば、世の中で支持されるようになっていくのではないかと思っています。

 

A2-4.石岡先生

IRTで使われる問題は、あらかじめどこかで出題されて、その問題の難易度や識別度が明らかになっていなければなりません。つまり、受験生が直接受けたことはなくても、過去にどこかで出されている問題でなければならないわけです。

 

IRTは、ITパスポートのような資格試験や、学力をただ測るというレベルのテストには向いていますが、こと大学入試ということになると、やはり問題の漏洩や、(禁止されているにもかかわらず)過去問を集めようとしたり、といった問題が出てくる可能性は否定できません。その辺りは難しいのかなと思っています。

 

A2-5.萩原先生

今の石岡先生のお話で、入試センターでIRTの出題を検討した結果、なかなか敷居は高いのではないか、ということですよね。今までの日本的な試験風土では、入試というのは初めて見る問題であることが非常に重要視されていて、どこかで見たような問題というのはなかなか良しとされないですが、IRTというのは、基本的にいったん試験に使われて、それがどれぐらいのレベルかとかいうようなことをチェックされた問題が使われるから、なかなか受け入れられない。これについては、石岡先生のお話の中にもあった、社会が受け入れるかどうか、というところにもポイントがあると思います。

     

A2-6.大学教員

現在の高校の情報科の授業では、知識・技能をどこまで求めればよいのか、ということについて一生懸命探っていて、その上で、どんなことをすれば思考・判断なのか、問題解決なのかを組み立てている、という状況があると思います。ただ、「情報Ⅰ」自体は、そもそも情報技術の上に立脚して、そこで問題解決をどう問うのか、ということになるので、その意味では、知識・技能と思考・判断・表現の複合的な問題になると思います。

 

また、先ほどCBTの日程を分けて、A日程、B日程、C日程のように分割したらどうか、ということについては、大学によってはA日程・B日程とか、前期試験・後期試験とか、〇〇方式とかいろいろな試験方式があり、どれが有利か不利かということはいろいろあるかもしれませんが、ある意味、そこは社会的容認が取れているのではないかと思ったりします。

 

その意味では、共通テストの話なのか、個別試験の話なのか、ということは明確に分けて議論しないと、方向性を誤ってしまうのではないかと思います。

 

Q2-7.萩原先生

先ほどのA日程・B日程の話で言えば、IRTでは日程の問題だけでなく、同じA日程の試験の中でも人によって試験問題が違うことが問題だ、ということではないでしょうか。一応、同じレベルの試験問題が出ていることにはなっているけれど、世の中的にそれが通用するのかな、と思いますが。

 

A2-7.大学教員

おっしゃっていることは分かります。高校では、保護者との距離が近いので「なぜこんな問題を出したんだ」という話がすぐに入ってきますから、その懸念は大いにあると思います。その意味では、現状ではIRTというものについて、多分世の中のほとんどの人はあまり理解していない、ということがあると思います。

 

先ほどの例にあったように、医療系の学生さんが臨床実習に出る前の基礎知識としてCBTの試験を受ける、というのは非常に親和性があると思います。「情報」も、基礎知識の部分を飛ばして応用の話ばかりやっていても、本当に「情報」の力を測ったことにはならないですよね。そこの部分をどう測るか、ということでいえば、この分野に親和性が高いのは、プレ共通テストのようなところでIRTを使うのは、アリではないかと思います。

 

その意味では、もう少し時代が進まないと、こういった使い方は難しいということは思います。今、高校の先生方は、共通テスト対策のために知識・技能の問題を一生懸命解かせたり、逆に過去問がないと対策できないよね、というような授業はされていないですよね。

 

その意味では、先ほど植原先生から「SFCがIRTをやったら」というお話が出ましたが、個別入試も含めて、IRTだけで決めるような入試をすることはないですよね、というお話なのだろうと思った、ということです。

 

 

CBTで思考過程のログを取るのはどこまで可能になるのか

 

Q3.公立高校教員

先ほど植原先生が、「『SFCでIRTでCBTの入試をします』ということになったらどう思いますか」とおっしゃいましたが、本校の生徒で言えば、「IRTでどんな問題が出て来るかわからないというのであれば、1万題でもいいからとにかく練習問題を網羅して解いておく」ということになると思います。

 

CBTの識別力の話も出ていましたが、例えば、ブロックプログラミングで並べ替えの問題を出題したとして、できたかできていないかという、ゼロか1かというところではなくて、その間を見取るということが、技術的に可能かどうかっていうことをお伺いしたいです。

 

というのは、問題を解くにあたっての思考プロセスというのが重要であると考えているからです。

その昔、西の方の某有名大学では、数学の問題で解答の途中式を、消しゴムで消した跡を透かして見て採点したという伝説がありましたが、例えば操作の途中過程を見るということも可能なのでしょうか。

 

A3-1.西田先生

TAOに関して、どれくらいの粒度でログが取れるかというのは、まだきちん見ていませんが、問題の作りをかなり細かくしないと、ログは取れないように思います。

 

これについては、インタラクションの作り方で、ある程度どうにかなるかもしれません。前のプロジェクトのときは、かなり細かめにログを取っていたので、そういうことを見ようという話はしていました。

 

具体的には、解答にそこに到達するまでの試行錯誤の数を見て評価するのですが、正解にさっと行き着くのがよいのか、それともさんざん試行錯誤した上でたどり着いたというのがよいのか、どちらを評価するかは、入試という場面では非常に難しいと思います。

 

ただ、日常の観点別の評価においては意味があると思うので。入試という枠を外して、そういったものを見える化して何かの指標を出すというのは、考える価値があると思います。

 

A3-2.萩原先生

プログラムというのは、解が複数個ありますよね。CBTで出題する場合、正しいかどうかは実行すれば分かります。

 

先ほど西田先生のご講演の中で出てきたロボットを動かす問題も、解は複数あって、ループを使った非常にコンパクトな解もあれば、いわゆる工夫のない解もあります。あくまでケース・バイ・ケースですが、このような解の内容によって、配点のレベルを変えるようなことはできるかもしれません。

 

 

高校教員もディスカッションに参加したい

 

Q4.福原先生

G4の辰己先生のご発表の最後にあった模擬試験の協力校募集のお話ですが、全国の都道府県の情報研究会はメーリングリストを持っているので、例えば東京都情報教育研究会(都高情研)には流すことができると思います。

 

ただ、なにぶん情報の授業はカリキュラムがきっちり決まっているところがあるので、せっかく実施されるのであれば、少しでも早くオープンしていただいて、予定の中に入れられるようにしていただきたい。遅くとも今年中にはアナウンスが始まらないと、なかなか数が集まらないのではないかと思います。また、学校に対してフィードバックがどのような形でいただけるのかということも併せて、早めのアナウンスがあるといいのかなと思いました。

 

A4.西田先生

ありがとうございます。まさにおっしゃる通りですが、この事業は研究代表者の所属が慶應義塾大学なので、慶応義塾大学の倫理規定をパスしなければならず、実は本日午前中もその打ち合わせをしておりました。

 

基本的には1コマ分程度の時間をいただいて、その中でCBTをIBT(Internet Based Test)でやっていただくことになると思います。

 

参加者の上限をどれくらいにするかはまだ決めていませんが、おそらく申し込んでいただいた高校さんには、全てやっていただけるようにしたいと思います。成績をどのように返却するかということに関しては、まだ議論が終わっていませんが、個人情報保護の観点等も含めて、慶應義塾大学の倫理規定を通しながらやっていきたいと思います。その中では、高校の先生方のご要望にも応えられるようにしていきたいと考えています。 

 

 

Q5.公立高校教員

このプロジェクトのホームページによると、「大学入試を中心とした情報分野の学力評価手法の検討」ということですので、大学入試ということが不可分なのかなと思います。

 

大学入試となれば、当然高校で何を学んだのかという話で、学習指導要領の内容というのは絶対に外せないと思っています。

 

現行の学習指導要領は、思考・判断・表現、知識・技能、学びに向かう姿勢・人間性などという形で、それぞれの目標が明記されています。このプロジェクトのアウトプットとして出て来るものは、「学習指導要領のこの部分はこんな形で評価できる。それをCBTでやるとこんな感じでできる、PBTでやればこんな感じ」というイメージなのかな、と勝手に想像していました。

 

そうであれば、今、学校の先生方も、中間試験や期末試験で自分たちのテストを作っていますよね。そういったものを提供してくださる先生がいらっしゃれば、そういった方と協力する、ということがあってもよいと思います。

 

私自身も、自分が作ったテストの問題が、本当にこれでいいのかな、と悩むところも多々あるので、そういうような情報を出し合いながら、何か具体的なものを元にディスカッションができるような場があると、高校の先生には「自分がやっていたことは間違いじゃなかった(あるいは、ちょっと違っていた)」ということに気づけるので助かりますし、大学の先生にも「こういう部分が欲しかった」と気づいていただけるとよいなと感じました。現場の教員も、そういった思いを抱いている、ということもお含みおきいただければありがたいと思いました。

 

A5.植原先生

ありがとうございます。正直、そういったことは考えておりませんでしたが、もし高校の先生方がご参加いただけるのであれば、我々としても研究を進めるに当たって非常に貴重なご意見をいただけると思いますので、ぜひ企画させていただきたいと思います。

 

今この場で、いつ実施できるかということをお話しすることはできませんが、決まりましたら改めてご連絡を差し上げるようにしたいと思います。よろしくお願いいたします。

 

 

高校でどのような学びをしておけばよいか

 

Q6.高校教員

入試以前に、生徒には高校でどういった勉強をしてほしいのか、あるいは理想的にはこういう勉強をしてほしいけれど、現実的にはこうなってしまう、といったことについて、お話を聞ければと思います。一言ずつでけっこうですので、よろしくお願いします。

 

A6-1.福原先生

高校の教員からすると、先生方は、ご自分が設計された授業の内容によって、自分で考えて問題解決ができるような生徒を育てたいと思っていらっしゃると思います。そのためには、情報の様々な基礎知識は持っておかなければならないと思います。

 

A6-2谷先生

自分の大学ということではありませんが、今回のプロジェクトは「情報Ⅰ」ということに関連しているので、当然学習指導要領という枠があります。

 

その中で、情報を活用する能力が身に付いていくことは必要です。ただ、テクノロジーそのものはどんどん変わっていきますから、今ある情報のテクノロジーをうまく使えることを通して、これからの変革する時代を生き抜けるような力を身に付けていくというのが理想です。では、それがどうやったら実現できるのかというのは、なかなか難しいですね。

 

A6-3.植原先生

多分、今のご質問に対する答えは、大学、学部によって違うと思います。

 

慶應総環の2つの学部は、情報系の学部ではなく、それこそ建築からバイオから立法から経済から、何でもやっています。そこで何を求めるか、ということになるとなかなか難しいのですが、一つ言えることは、何か自分が専門とする分野があったとして、今どき情報を避けて通ることができる分野があるとは思えないということです。

 

ですから、何かをやろうと思ったときに困らない知識や技能、情報活用能力が身に付いていてほしいと思います。

 

A6-4.西田先生

共通テストというのは知識を単純に答えるような問題ではなく、考えさせる問題ですよね。「情報」に限らず、共通テスト全体がそういった方向に行っていると思います。

 

単純に、条件反射的に答えるのではなくて、何かを読んでそれについて答える、というのが、「情報関係基礎」以来の「情報」で昔からやられている問題で、それは情報科として問題を解くときの特徴かなと思っています。

 

もちろん、試験によっては知識だけを問う、という方法もありますが、問題解決力というものを一つの思考力として考えたとき、その場に応じた問題設定を読みとって適切に知識を使えるかを問うものとしての、情報科の試験には向いている分野だと思います。そういったところに、きちんと答えられるということが今の、今の高校生に求められていくことなのかなと思っています。

 

A6-5.辰己先生

最後のまとめ的になりますが、例えば今から20年前、まだGoogleがなかった時代や、パソコン通信をやっていた時代、あるいはそれもなかった時代から考えると、学習方法も日常生活も、当時からは想像できないほど変化しています。

今後20年、30年経ったときに、今の高校生がどんな生活をしているか、それこそ見当もつきません。

 

そんなときに、大学入試を含めてどんな勉強をしてほしいかと言われたら、時代や技術が変わったりしたときに、自分で学び取っていったり、変化に対応できるような、「地頭」をしっかり培っておくことだと思います。

 

だから、今現在どんな技術やどんな制度があるかということも大事ですが、今後どう変わっていくかってことを学び続けること。私は放送大学にいるので、よくそういう話をしますが、学び続けることが非常に大事だと思います。

 

そういった学び続けるための基礎体力が大事で、入試ではその基礎体力を測ることが大事なのではないかと思います。入試で問われたことですら、もしかしたら学部を卒業するまでの4年間で変わってしまうかもしれない。それを学べる力を持ってないとダメなのではないかと思います。

 

A6-6萩原先生

例えば、入試センターが試作問題やサンプル問題を公開していますが、プログラミングに関して言えば、そこに書かれた試験問題を解かせるだけではダメだと思います。

 

まずプログラム例は見せないで、プログラム化すべき内容だけ示して、生徒自身でゼロからプログラムを作らせてみる。そのあと、問題に書かれたコードと比較するということを行えば、試験勉強にもなるし、演習問題にもなると思います。

 

プログラミングは、とにかく自分で手を動かさなければ力は付きません。紙の上で問題だけ解くのではダメです。自分でやっても、なかなかうまくできないのが当たり前ですが、そういったことをいろいろと体験していくことこそ必要であると思います。

 

これでパネルディスカッションは終了したいと思います。パネリストの皆様、ありがとうございました。

 

 

植原先生

本日は、ご参加いただきまして誠にありがとうございました。パネルディスカッションは非常に盛り上がりまして、やってよかったなと思っています。フロアの皆さんからも積極的なご意見をいただきました。いただいた意見を参考にしながら、研究を続けていきたいと思っています。

 

この研究はあと4年半、続けてまいります。もしご意見あるいはご要望等があれば、私どもの方にお伝えいただければ、それも盛り込めるようにできるだけ頑張っていきたいと思っております。こういったシンポジウムを、今後5年間の間に何回か実施する予定です。

 

また引き続き皆さまのご支援を賜りつつ、研究を進めていきたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

 

大学入試を中心とした情報分野の学力評価手法の検討シンポジウム2023より