オンラインイベント教科「情報」これからの一年 ~大学入試に向けた取り組み
「情報Ⅰ」と探究力の未来形―共通テスト実施を一年後に控えて―
京都市立日吉ケ丘高校 藤岡 健史先生
「情報Ⅰ」の開始から2年目を迎えました。また、共通テストへの導入がおよそ1年後に迫ってきていますので、入試情報などを得ながら、共通テストに向けた準備も佳境に入っていく時期かと思います。
私もそうなのですが、目の前の授業や評価、共通テストの受験対策に目を奪われがちになっているかもしれません。それらはもちろん大切なことですが、今日は少し立ち止まって、情報教育の未来を見据えながら、やや広い視点で、先生方と一緒に日々の授業や教育活動を見直したり、考えたりするきっかけとなるお話を提供できればと思います。
私は以前、堀川高等学校に勤めており、20年程前になりますが、今の探究のもとになるカリキュラム開発や、プログラミング教育の実践研究を行ってきました。また、これまでの研究の成果を取り入れた京都大学での情報科教育法の授業や、教科書の執筆、学会活動なども行っています。
本日は、2022年に発表された「試作問題」を生徒に解いてもらった受験結果と、私が長年取り組んできたプログラミングの探究活動での実践についてご報告します。そして最後に、情報教育の未来形を先生方と一緒に考えていきたいと思います。
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「試作問題『情報Ⅰ』」全体の得点分布
昨年、生徒の協力を得て「試作問題『情報Ⅰ』」を60分間で解いてもらい、その結果を分析しました。
詳細は、今年8月の第16回全国高等学校情報教育研究会全国大会にて発表していますので、ぜひご覧ください。今日はダイジェストでご報告します。
※1 事例288 試作問題「情報Ⅰ」と探究力―受験結果の分析と情報教育の未来形―
全体の得点分布は、見事な正規分布となりました。生徒たちには一切予告なしで、12月に抜き打ちで解いてもらっています。ちなみに堀川高校はいわゆる進学校です。そして、当時、教科書は「プログラミング」の途中まで終わっていて、「ネットワークとデータの活用」はまだ学んでいない状況でした。副教材は使っていません。
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大問ごとの得点率と箱ひげ図はこちらです。
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そして、生徒には受験後、アンケートに答えてもらいました。自由記述で感想も書いてもらっています。
生徒の6割以上が「プログラミングが難しい」
こちらのグラフは難易度についてのアンケート結果です。
第3問のプログラミングの問題に関して「とても難しい」と回答した生徒が65%を占める結果となり、突出しています。この結果は、実際の得点率よりも顕著な差が出ていると思います。
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第3問の実際の得点率はこちらのスライドです。私の方で、問題を得点率によって、Aグループ、Bグループ、Cグループと分類しています。
第3問後半の問題は、軒並みBグループとCグループに分類され、偏った形になっています。
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第3問はこのような問題ですが、初めての問題で、形式にまだ慣れておらず、戸惑った生徒も多かったのかもしれません。
生徒は「プログラミングが難しい」と答えているのですが、データを見てみると、4割くらいの生徒は、特に何の対策もせずに正答できています。この差はなんだろうかと疑問に思って、詳しく調べてみました。
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「情報Ⅰ」と数学との関係
「情報Ⅰ」と英語・数学・国語の相関を見たところ、黄色で示した「情報Ⅰ」と数学の間に、中程度の相関が見られます。
さらに、重回帰分析も行ってみたところ、やはり数学と統計的に有意となりました。
このように、「情報Ⅰ」と数学との間に相関が出ているという結果が出ました。
今回は、生徒たちに抜き打ちで実施したので、しっかりと練習すれば、また別の結果になるのかもしれません。けれども、この「試作問題」では、数学との相関が他教科に比べて大きく見られる結果になりました。
これは「土台となる論理的思考力(≒数学力)」が必須であることを示唆しているのではないかと考えています。このような力は、プログラミングやデータの活用とも関わりが深く、今回の結果からも、これらの分野をいかに習熟させていくのかが課題であると見て取れます。
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少人数でのゼミ活動「探究基礎」
次に、私がこれまで長年取り組んできた「探究」についてお話します。
プログラミングやデータの活用、いわゆるデータサイエンスの基礎は、探究活動と非常に相性が良いと考えています。堀川高校では、1年生に「情報Ⅰ」を2単位、2時間連続で置いています。さらに、紫色で示している「探究基礎」(総合的な探究の時間)の2単位も1年生に置いています。
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この「探究基礎」は、1年生の前期に、レポートの書き方などのアカデミックスキルを学び、後期からは少人数に分かれてゼミ活動を行っています。物理、化学ゼミや、国際ゼミなどの文系のゼミもあります。各ゼミは、おおよそ生徒10名、教員2名、TA1名で構成されています。私は「情報科学ゼミ」を、開設当初からずっと担当してきました。
ゼミに分かれて行う内容は、1年生の後期は、体験的な探究活動やスキルの習得に重点を置きますが、2年生になると、生徒は個人でテーマを設定して探究活動を行い、その結果をレポートやポスターにまとめて発表します。このポスター発表では1人1パネル使って個人で発表します。
堀川高校のゼミ活動については、様々な記事や著書でも紹介されていますので、よろしければ参考にご覧ください。
※2 https://www.asahi.com/edua/article/14394841
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私は、20年ほど前に、情報科学ゼミのカリキュラム「ISEC-SET」というPBLの教育モデルを構築しました。
簡単に説明しますと、前半は、問題解決の体験活動を行って、プログラミングの基礎を習得します。後半は、生徒自身でテーマを決めて、探究活動を行います。
前半のプログラミングの基礎の習得では、今ではもうScratchが当たり前に使われていますけれども、当時は「Squeak eToy」というビジュアルプログラミング言語を使い、アルゴリズムのいろはを学んでいました。次に、Excel VBAを使って、モデル化とシミュレーションのプロセスを体験します。
2年生になると、生徒個人で研究課題を設定します。モデル化とシミュレーションが多いですが、その問題解決を行って、ポスター発表を行います。生徒は例えば、体型変化シミュレーションや渋滞のシミュレーション、避難訓練のときに使える避難シミュレーションなどを発表していました。
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これは、昨年度の情報科学ゼミのタイトル一覧です。
今は、モデル化とシミュレーションに限定せずに、情報デザインやデータの活用など、割と幅を広く設定して生徒たちは研究しています。特に制限は設けていませんが、おおよそ「情報Ⅰ」で学んだものに集約される形です。
問題解決の体験から、問題設定・解決の実践へとつなげる
私は、長年取り組んできた、この探究の実践研究を通じて、次のことが非常に重要だと考えています。
まず、問題解決を体験するところから始めて、それを解決・実践する場を、しっかりと用意するということです。これは、教科で学んだ知識・技能や思考力・判断力・表現力を実際に使う場を作るということです。頭で理解するだけではなく、実際に身につける場を作ることが大事だと思っていて、できれば十分な時間をかけられるように、明示的にそのような時間を作る必要があると思います。
ところが「情報Ⅰ」の授業の中では時間が足りず、そういう場をなかなか設定できないと考えられます。「情報Ⅰ」では、どうしても教師主導になりますので、「総合探究」や「情報Ⅱ」あるいは、3年時に設定される学校もあると思われる「情報演習」といった授業がこういう場になり得るのではないかと考えています。
すなわち、教師主導ではなくて、生徒主導の探究活動で学びのモチベーションを高めて、教科内容を自分で身に付けようという大きな動機づけを与える。そして、それを実際に活かしていく経験ができる場が必要になると思っています。
下記の私のサイトでは、これまで情報科学ゼミで担当した生徒たちの論文と、ラーニングポートフォリオをまとめ、生徒たちの許諾を得た上で、公開しています。
近年は、高校生のコンテストもありますし、さまざまなところで生徒たちの論文が掲載されていますが、私が公開しているものは、どのようにテーマを設定したかというプロセスや、教科で学んだことを活かしながら、どうやって試行錯誤して研究を進めているのかまで見れるような、細かいものをできるだけ作りたいと思ってまとめています。ぜひ一度ご覧ください。
また、いただいた事前質問で多かったのが、来年の高3の授業をどうするかといった内容でした。私は、今年から日吉ケ丘高等学校に異動しましたので、今考えている3年次の「情報演習」2単位についてご紹介します。
まず、1学期は、ISEC-SETの手法を盛り込んで、問題解決の体験・実践として、プチ探究を行うことを考えています。ネタは今考え中ですが、これだけでは1年間では間に合わないので、並行して基本事項の復習を行う予定です。これは、予習・発表・議論のサイクルを作って、生徒主体のゼミ形式で行います。
このやり方は、前任の堀川高校で、数学科の受験指導の際に行っていた方法です。その経験を活かして、この形で実施してみようと思っています。夏休み以降は、演習をどんどん行って本番に臨む流れで考えています。
「情報Ⅰ」の目標に立ち返る
最後に、情報教育の未来形について、先生方と一緒に考える時間にしたいと思います。
現在の「情報Ⅰ」の指導要領のもとでは、問題解決がやはりキーワードです。その手法をしっかりと「情報Ⅰ」で学び、土台を作ることが何より大切です。
そして、「総合的な探究の時間」や「情報演習」のような時間を用意した上で、土台となる力を使った、教師主導ではなく生徒主導の探究活動で学びのモチベーションを高める場を設け、教科内容を身に付ける。そういった動機づけを与えることが、非常に大事だと考えています。
そのためには、体験するための素材選びが非常に大事であることは言うまでもありません。学んだ知識、あるいはスキルを、実社会や大学進学の文脈でも活かそうと考えると、探究のネタ集が大事になってくると思います。
大学入試センターの出題方針は、課題発見や課題解決の場面を扱うとしています。また、資料やデータをもとに考察する場面、あるいはそれを表現して発表する場面を問題作成に取り入れることをはっきりと発表しています。
そういった探究の素材は、あちこちに転がっていると思っています。例えば、教科書の例題や問題集、参考書にもたくさんネタが詰まっています。さらに、既に行われている私立大学の情報入試、共通テストの「試作問題」、これから始まるであろう模試、あるいは生徒のこれまでの探究論文やポスターも素材になります。
加えて、研究コンテストや実際の大学等で行われている学会の論文も、ネタになるようなものが多くあります。私たち教員は、これらにできるだけ目を通して、どのネタが生徒たちの力に繋がっていくのか、それこそ探究的に学んでいくことによって、情報社会の未来を見据えていかなければならないのではないかと思います。
その際に大事なのは、やはり原点に戻ることです。「情報に関する科学的な見方・考え方」を習得する、という目標を再確認する必要があると考えています。
改めて指導要領を見ますと、「情報Ⅰ」の目標でよく注目されているのはピンク色の部分です。例えば、情報技術を活用して問題の発見・解決を行うこと、あるいは、先ほど正答率が低かったコンピュータやデータの活用など、いわゆる技術的な面や理系的な面が注目を得ています。
実はそれ以外にも、赤のアンダーラインで示した「情報に関する科学的な見方・考え方」「効果的なコミュニケーションの実現」「事象と情報の結びつき」「情報社会と人との関わり」といった内容が文頭にあり、いわゆる文理融合の情報教育の視点が大切だということにも気づかされます。情報教育は、理系だけのものでは決してない、という原点に立ち返る必要があるのではないでしょうか。
「基礎情報学」を情報教育に取り入れる
私はこの「基礎情報学」という文理融合部分の情報学を、高校の情報教育に取り入れる実践を10年ほど行っています。
「基礎情報学」について少し説明しますと、これは情報の持つ意味あるいは価値を扱う、文理融合の基礎学問です。私は、全ての情報科の教員をもとより、探究活動などに関わる教員、あるいは全ての高校生がこれを学ぶことが必要であると考えています。
今、生成AIが大きな注目を得ていますけども、「基礎情報学」という文理融合の学問は、このICTの有効性や、逆に限界を本質的に考察するためのまさに基礎的な教養となり得ると思います。
ここに参考図書として、西垣通先生の著書『生命と機械をつなぐ知-基礎情報学入門-』を挙げました。私が担当している京都大学の教育法の集中講義でも、学生に「情報科教員を目指すなら、これをしっかり勉強していないと駄目だよ」と学んでもらっています。
その中でも、3つの情報概念である「生命情報」「社会情報」「機械情報」が、基本かつ最も重要です。最近、これに関する解説記事を書かせていただきました。この記事では、「多岐にわたっていて整理しづらい」という声も聞く「情報Ⅰ」の内容をあらためて眺め直し、3つの情報概念を用いて初めて「情報Ⅰ」の内容を体系的に理解することができる、と述べています(※4)。
「基礎情報学」は情報の意味、あるいは価値にスポットライトを当てていることが最大の特徴です。コミュニケーションと情報デザインは、意味の伝達。また、プログラミングとデータの活用は、数値だけではなくて、それがもつ意味がとても重要ということです。
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例えば、この問題は「試作問題」第4問のデータの活用です。この問題は、与えられたデータから分析することができない仮説はどれかと聞いていて、まさにデータの意味解釈に関する問題です。
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こちらは正答率低かった外れ値の問題です。何をもって外れ値とみなすかという意味付けの問題でした。
この情報の意味という視点を持つことこそが、指導要領で示されている「情報に関する科学的な見方・考え方」そのものであると思います。
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情報教育の未来を見据える
「情報Ⅰ」を探究的な内容とうまく組み合わせることが、私達教員に求められている非常に大きな課題だと思います。
最後に紹介したいのは、京都大学の石井英真先生の著書『高等学校 真正の学び、授業の深み』です。
この本には、堀川高校のゼミの取り組みも紹介されています。その中で「アクティブ・ラーニングと受験学力とをつなぐポイントは自立につながる人間的成長(視座の高まりと視野の広がり)の実現」であると述べられています。私は、先ほど紹介した「基礎情報学」のエッセンスを学んで、情報の意味について理解を深めることこそが、この視座の高まりや視野の広がりに繋がると考えています。
共通テストを1年後に控えて、どうしてもいろいろな情報に目を奪われがちになりますけども、生成AI時代と言われている今日、このような高い視座や広い視野を持って少し立ち止まってみて、情報教育の未来を見据えていくことが大事だろうと考えています。
以下のページには、私の「基礎情報学」に関する授業の教材を置いていますので、よろしければご覧いただき、いろんなご意見をいただければ幸いです。
※5 https://sites.google.com/view/takeshi-fujioka/
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質疑応答
Q1. 高校・中等教育学校教員
探究的な学びにおいては、教科の特性があると思うのですが、教科間での指導案や授業の公開研究などはどのようにされていますか。
A1. 藤岡先生
堀川高校(前年の勤務校)では、年に1回研究大会(公開)を開き、指導案の交流、研究授業・協議を行っています。また、総合的な探究の時間のカリキュラムは、担当教員と担任団で指導略案を毎時間共有し、これまでの内容は冊子化して保存していました。全校でここまでやるのはなかなか難しいかもしれませんが、教科間の風通しをいかによくしておくか、そのための組織体制をどう整えておくかが大切だと思います。私は、まずは具体的に「見える化」することから始めることが大切だと思い、これまでの実践事例集を作りました。よろしければ参考にしてください。
※6 探究活動(生徒の論文・ポートフォリオ集)(再掲)
Q2.高校・中等教育学校教員
「一人ずつ声に出して意味を確認する」などの、具体的な指導技術を共有していくためには、どのような環境や進め方が求められるのか、ご示唆を頂けると幸いです。
A2. 藤岡先生
私も指導技術を磨くことには日々苦労しており、何年授業をしていても悩みは尽きません。情報科以外にも様々な教科、特別活動、他の校種に至るまで、色々なところにそのようなヒントが転がっていると思いますので、日々、研鑽に努めることが大切だと思っています。
例えば、全国高等学校情報教育研究会や、各都道府県の情報教育部会等が開催している実践事例交流会に参加して、情報収集をするのも手かもしれません。目の前の生徒たちが力をつけるために何が必要かを、常に問い続ける姿勢を大切にしたいと思っています。
Q3. 高校・中等教育学校教員
私は現在情報科の教員として働いていますが、授業以外の業務(生徒の端末や学校で購入した機器の管理や生徒・職員のコンピュータに関する対応全般)が非常に多く、対応しきれていません。先生方の学校では、コンピュータ関係の仕事の分担はどのようにされていますか。
A3. 藤岡先生
情報科の教員のみが個別に対応するのは限界があると思います。学校によってやり方は様々だと思いますが、少なくとも、ICT関連の業務に組織的に対応する体制を整え、ICT担当の専門部署がチームで対応する体制をとらないといけないと思います。
また、各学年や他の分掌にもICT係を作るなどし、専門部署とのハブを構築するネットワークを構築するなどの工夫があるとさらに良いと思います。また、定期的な校内研修も大切です。校内全体で総力を上げて取り組んでいかないと、今後ますます厳しくなっていくと思います。
Q4. 高校・中等教育学校教員
学習に対する意欲(モチベーション)が低い学習集団への動機付けで効果的なものや方法があれば教えて頂きたいです
A4. 藤岡先生
一般論にはなりますが、私は、目の前の生徒たちのことをよく観察し、どのような仕掛けを用意すれば、生徒たちが自ら手を動かそうとするかをまず考えることがスタートではないかと思います。外発的に強制するよりも、内発的な動機付けがなければ長続きしませんし、形だけ整えても生徒には結局何も身に付かないこともあり、これまで私も何度落胆したか分かりません。「こうすれば効果が上がる」といった特効薬はないように思います。
ですが、私は、情報科はあらゆる教科や総合的な探究の時間、特別活動とも相性が良いと思いますので、なるべく広い視野でネタを探して、まずは生徒たちが協働しながら、スモールステップで問題解決のプロセスを体験できるように工夫するようにしています。その後、生徒たちが興味・関心を持った分野で、自ら主体的に実際の問題解決やプロジェクトに取り組める時間をたっぷり用意し、生徒たちに寄り添いながら一緒に伴走するサポーターに徹するようにしています。
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