情報処理学会第86回全国大会

現場発、デジタルコンテンツの開発と実践の試み

渋谷区立千駄谷小学校 鍋谷正尉先生

プログラマー・SEの経験を活かして小学校の授業現場で使えるソフトウェアを開発

私からは、「現場発、デジタルコンテンツの開発と実践の試み」ということで、日頃、小学校の教育現場で、実際GIGAスクールに取り組んでいる立場からの問題提起と、取り組みのご報告としてしてお話ししたいと思います。

 

私はこのような経歴です。東北の方で公立学校の臨時教員を、会社ではプログラマーやSE、営業が全て合わさったような仕事をしていました。

 

2004年から東京都の公立学校に勤務して、現任校は2019年からで5年目になります。

 

 

小学校ではずっと学級担任をしてましたが、今年度からは算数専門の教員として3〜6年の算数を教えています。

 

また、各地の教員研修を担当したりする中で、教育現場におけるデジタル化やDXの可能性、さらにその定着と継続を追求しています。

 

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さらに、これらにつながるデジタルファブリケーションや、VR、ドローンなどの活用にも取り組んでいます。これは、個人的な興味・関心からという部分もあって、すぐに現場の教育活動につながらないものもありますが、いつか現場で活用できないかな、と思いながら取り組んでいます。

 

 

そして、今日のお話につながることとして、ソフトウェア開発の経験やスキルを活かして、教育現場にいながら、授業活動で使うソフトウェアの開発や活用の試行をしています。

 

この話については、2020年7月の情報処理学会ニュースレターの「情報の授業をしよう」のコーナーで、レポートを掲載していただきました。

 

こちらの写真は、私が現任校に異動してから作ったソフトウェアのいくつかを、実際に授業で使いながら試しているところです。

 

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1人1台端末導入による小学校の現場の変化と課題

 

ここで、小学校の状況を簡単にご説明します。

 

GIGAスクールで1人1台端末の整備が実現したことで、これまでできなかったことができるようになりました。具体的には、「協働的な学び」や「個別最適な学び」を実現するための手だてとして、1人1台端末が活用されることが多くなったことに伴って、一斉授業の必然性は薄れてきたのですね。

 

一方、教員の授業のスキルの方は、教科教育を中心に一斉授業を基にしたもので構築されており、それがずっと引き継がれています。子どもは、端末を使った授業にもすぐ適応しますが、教員の方はなかなか旧来の授業スタイルを手放すことができない、と言うか、移行するだけの余裕がないまま、あっという間に時間が過ぎている、というのが正直なところだと思います。

 

それでも、私の所属する渋谷区や千駄谷小学校においては、かなりの先生がたが、いろいろな試行錯誤を繰り返して、よく頑張っていらっしゃると見ています。

 

 

GIGAスクールは、単に授業の中で使うということだけでなく、子どもたちの生活の中での情報活用やコミュニケーション手段のスキルを上げていくということが狙いにあるので、学校生活での一人一台端末の活用する場面としては、まずコミュニケーションのプラットフォームとしての側面があります。

 

この左の写真は、授業の中でTeamsを使って自分たちが見つけた三角形を紹介し合っています。

 

昔は、デジタルカメラを学校で20台用意するのが精いっぱいだったので、写真を撮ったものを先生が後から印刷して見せたり、画面に1枚だけ提示したり、といった形がやっとでしたが、今は1時間の授業の中で紹介し合って、子ども達同士がコミュニケーションを取るところまでできています。

 

右側の写真は、新型コロナによる臨時休業でオンライン授業を行ったときの画面の様子です。

 

小学校の教員も、いろいろなツールを活用するスキルの底上げを図るために、まずできることからやってみよう、という試みでした。この写真では、生徒が書いたプリントや、教科書に書き込んだものをカメラでシェアしていますが、これがデジタル教科書やデジタル教材に移行していけば、もっといい形でできるのではないでしょうか。そこは今、過渡期かなと思っています。

 

 

教科の学びでの活用の事例がこちらです。

 

左側は、ある教科書会社の国語のデジタル教科書の「マイ黒板」という機能です。こちらは、特にトレーニングしなくても、子どもが感覚的に使い始めることができ、先生もそれを取り上げて、子どもたちの情報共有を促すことができるので、デジタル教科書を使った授業のスタートとしては非常に良い教材です。

 

スライドの右側は、算数の授業で形成的評価をするドリルです。

 

デジタルドリルというと、子どもに合わせたいろいろな問題が次々に何問も出てくるようなものをイメージされるかもしれませんが、ここでやっているのは、授業の中での形成的評価をするためのものです。

 

ですから、1問出てきて、できればそれでOK。できなかったときは、スモールステップでレクチャーしてくれるというものになります。これを使うことで、授業の中で分からないところがある子どもが手を挙げて先生が来るのを待つ、という待ち行列問題を一切なくした、という感じです。

 

このドリルで、間違ったときの反応で面白いものがあります。間違えると、「『さあ、教えてもらいましょう』だね」ということで、「次へ」のボタンを押すのですが、子ども達はこのドリルで教えてもらえることをけっこう喜ぶわけです。もちろん、先生が嫌とかいうわけではなく、これで済ませるものはこれで、そして、どうしても分からないときは先生に、という、今までにない使い方ができているのですね。こうすることが、教室の中で子ども何十人に対して先生が1人、という環境での学びの課題をうまくクリアする手段になっていると思います。

 

 

教科の学びの中での試行錯誤に寄与するデジタル教材がない…

 

ここまでいろいろな事例を紹介してきましたが、私の中には、GIGAスクールの教材全体として、児童自身の試行錯誤に寄与しているのか、という疑問があります。

 

特に、この診断テストというのはあくまでテストであり、そこに至る前の学習の中での試行錯誤というのはどうなっているのか、というのが、自分としてはけっこう課題であると考えています。

 

実際の教科の内容に即した、子ども自身の試行錯誤のためのデジタル教材というのは、実は圧倒的に少ないのです。例えば、Teamsのような情報交換のプラットフォームは、GoogleにしてもAppleにしても何かしらあるのですが、そういったものでなく、もう少し教科そのものに合わせた教材はないか、と。私は今年、算数の専科ですので、特に算数において問題を感じています。

 

 

ということで、教材が必要だとすれば誰が開発するのか、ということがあります。

 

教科書会社さんなどとお話をすると、そこで企画したものをソフトウェア開発会社に下請けに出して、戻ってきて、修正して…というやりとりが、いくら頑張っても緩慢で、どうしてもスピーディーにはできないのです。

 

また、できあがってきたものが実際の授業で使えるか、というところまで検証しようとすると、月単位・年単位の時間がかかり、結果的に、大した量の教材が用意できない、といったことも見られます。

こういった教材としてのソフトウェア開発には、当然教育と開発の両方の知見が必要になります。教育の知見は、当然教育関係者でないと、なかなかわからない部分がありますが、一方で開発の知見については、学校の教員には、こんなことができる人はなかなかいないのですね。

 

そこで私が登場することになります。私が現場で開発しながら、日々子どもに使ってもらって、そして毎日フィードバックを得ながら改良していく、というところに、教員による開発の必然性があるかなと思ってやり始めました。

 

 

開発のターゲットはどうするか、ということについては、GIGAスクールの端末には学校によっていろいろなものがあり、一つひとつに最適化するようなことはできないので、どのプラットフォームでも使えるようにするためには、基本的にWebアプリとして活用するのが今の最適解だろうと考えています。

 

 

子ども達の自発的な試行錯誤を促す算数アプリ

 

ここから、いくつか教材を紹介します。

 

こちらは、「クライドリ」という、十進法の位取り記数法のやり方を学ぶときの教材です。「左に1マス動かせば10倍になるよ。右に1マス動かせば10分の1になるよ」ということをするものです。

 

これを使って、いろいろな数字で子ども自身に何回も試行錯誤させて、例えば「じゃあ、0.15は100分の1の何個分だろう」と言ったら、15個分だとわかる。「だったら、1.5は100分の1の何個分かな」ということになったら、「あれ?どうしよう」ということになって、また試してみるのですね。

 

こういった試行錯誤が、子どもが自分の好きな数字でできるといいな、と思ってこの教材を作りました。この一番上の行の桁の表示は消すこともできるので、子どもが自分の習熟度に応じて、安心して勉強できるようになっています

 

 

こちらは角度の学習の教材です。ちょっとかわいい名前がついていますが、子どもが喜びそうな名前を日々、付けています。

 

角度の量感を身に付けるための教材ですが、半径をぐーっと動かしていくと、このくらいが45°、これくらいが90°…ということで、角度はこんなふうに増えていくんだな、ということを体感します。

 

ひたすら試行錯誤するだけですが、子どもは夢中になってやります。「270°を作ってごらん」と言うと「270°ってどういうこと?」という子もいますが、実際に動かせば右肩のところに数字が出てきます。ここを隠して、クイズのようにやってみる子もいます。

 

 

次の「マスマス」というのは、ノートテイキングが苦手な子どものためのソフトです。

 

筆算の足し算で、繰り上がりも書く場所は子どもによっていろいろ違うので、大体どこでも置けるように作ってあります。

 

 

こちらは「スケールズ」という秤の教材です。秤の勉強をするときは、たいてい一生懸命描き写しますが、それがなかなか大変なので作ってみたものです。

 

これはかなり好評で、作ってみると、いろいろなニーズが出てきました。

 

例えば、この盤面を切り替えられるようにしたいというものです。今は、教科書に載っていた秤量が1kgのものを出していますが、例えばこれが2㎏の盤面だったら針はどの辺りを指すか、ということがやってみたい、というのですね。

 

私自身はここまで想定していなかったのですが、作ってみると、子ども達はこれを使ってクイズを出し合ったりして、学びを深めていました。教材を作ったときに想定した以上の活動を、子ども達自身がやり始めた、という一例です。

 

 

こちらは、2次元の座標の教材です。何の右上に動物が出てきて、例えば「このパンダ(の座標)は何の何でしょう」と聞かれたら、「7の1」などと答えるわけです。子ども同士で問題を出し合うこともできます。これは今開発中なのですが、右上の座標の表示を隠したり、見えたりするようにしようかな、と思っています。

 

 

最後に紹介するのがフリボー、フリーボードの略です。こちらは、簡単にいうとデジタル算数セットのようなものをイメージして作っています。

 

例えば、これは両替をシミュレートするものです。例えば、10円玉を5枚集めると50円、50円玉2個で100円。そこに400円追加すると、500円、ということを、コインやお札のアイコンを動かして考えます。

 

教科書に載っているこういった例題は、一方通行なのですね。教科書で想定した問題だけでなく、もっと双方向的にできるようにしたい、ということで作ったのがこの教材で、コインやお札もいろいろな種類を用意しています。子どもは、最初は珍しがって喜んで使いますが、そのうちじっくりと考えて使えるようになってきます。

 

 

開発した教材の評価と今後に向けて

 

このように開発した教材をどのように評価するのか、ということですが、やはり重要なのは学習者の姿であると思います。

 

具体的には、子どもの学習の分からないことの解決手段になっているか。繰り返し使っているか。使い方に躓いていないか。使い方は、特に説明しなくても、いじったり、友達と一緒にやればわかるようになっているか。

 

工夫の余地があるか、というのは、先ほど秤のところでお話ししたように、あまりにも何かの使い方に特化したものでなく、子どもたちがいろいろ工夫できるようになっているかということです。

 

子ども達が使いたがるかというのは、子どもの様子を見れば大体わかります。「これ、もういらない」と見向きもされなくなる場合もあるので、常に非常に厳しい評価にさらされています(笑)。

 

 

今後の課題と展望をまとめました。「公開に向けて」というのは、現在は個人で開発しているので、公開する、というは正直なところ、現実的ではありません。フリーでやるということもありますが、こういったソフトの多くが2、3年使って話題にならなくなっていくので、プラットフォームや配信の形態をどうしたらよいか考えています。

 

また、継続的に開発していくのはどうしたらよいか。日々の授業のための開発はどうするべきか。個人でなく、チームで取り組んだ方がよいのか。さらに、今私は公立校の教員ですが、収益化というのはどうしたらよいのかということも考えています。

 

個人的な課題としては、開発スピードの向上のための教材の類型化とテンプレート化ですね。先ほどご紹介したものは、大体2日ほどかけて開発していますので、それくらいのスピード感でやっていきたいと思っています。

 

情報処理学会第86回全国大会 第5回初等中等教員研究発表セッション講演より