高校教科「情報」シンポジウム2024秋
情報ⅡとDXハイスクール
上智大学 高岡詠子先生
私は上智大学の理工学部の教授ですが、2010年から情報処理学会の会誌の編集委員をしていました。2011年に情報教育に特化した記事のコーナーを作りましょう、と提案して認めていただき、開始編集委員会に教育分野のワーキンググループ(EWG)ができて、そこの主査をしておりました。「ぺた語義」という、現在も続いている、おなじみのコーナーです。
その後、2回目に教育担当理事をした当時は、情報処理学会が大学入学共通テストに「情報」を入れることについて、提言や意見書を出していたタイミングでしたので、今日お話しすることに対しては、私自身、強い思い入れがあります。
2023年からは、情報科教員研修委員会の委員長をしており、現在は会誌の担当理事をしております。ということで、今日は「情報Ⅱ」をキーワードとしてお話しします。
DXハイスクールの概要
DXハイスクールの概要がこちらです。情報、数学等の教育を重視するカリキュラムを実施するとともに、ICTを活用した文理横断的な探究的な公立・私立の高等学校」に、1校当たり上限1000万円を支援する、という、文部科学省の事業です。2024年度の採択校は1010校で、公立746校、私立264校です。
こちらがその内訳です。赤で囲ってあるのが、採択校が多い都道府県ですが、今、お話ししたいのは、私立学校が結構あることです。特に、東京都と富山県は、採択校が私立のほうが多くなっています。
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DXハイスクールの採択の評価項目1-1では、「『情報Ⅱ』等を、令和6年度において既に開設していること。また、遅くとも令和8年までに、受講生徒数の割合が全体の2割以上」あります。
さらに、評価項目1-2では、「『情報Ⅱ』等の開設に向けた具体的な検討を、遅くとも令和6年度中に開始し、必要の準備を進めること」とあります。ここは、「情報Ⅱ等」ではなく「情報Ⅱ」としてほしかったところではありますが、要は、DXハイスクールは「情報Ⅱ」を開講することに重きを置いています。
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情報Ⅰと情報Ⅱの違いと必要性
次に、「情報Ⅱ」と「情報Ⅰ」は何が違うのか、「情報Ⅱ」がなぜ必要なのか、ということをお話ししたいと思います。
「情報Ⅰ」は履修科目、「情報Ⅱ」は今のところ選択科目です。章立ては何となく似ていて、「情報Ⅰ」が「情報社会の問題解決」であるのが、「情報Ⅱ」では「情報社会の進展」だったり、「情報とデータサイエンス」「情報システムとプログラミング」という話が出てきたりしています。
「情報Ⅱ」で注目したいのは、最後に「情報と情報技術を活用した問題発見・解決の探究」という章が加わっていることで、これは非常に重要であると思います。
なぜ「情報Ⅱ」なのか、といえば、やはり新たな技術がどんどんできてきて、それに対応することが必要になるからです。
今はVUCAの時代と言われています。もともとVUCAというのは、軍事用語で、冷戦後の国際情勢が複雑化し、軍事戦略を立てることが難しくなった状態を示す用語として使われていたようです。
また、Society5.0の時代とも言われます。Society4.0は情報社会でしたが、Society5.0になると、社会自体が情報科学によって、歩みを変えていくことになります。これから社会に出ていく人は、今皆さんが検索エンジンを使うのと同じように、生成AIを使うようになるでしょう。
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生成AIについては、2023年7月に文科省の初等中等教育局が公表した「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」というがありますが、深層学習、LLM、「統計的にそれらしい応答」を生成すること、回答が誤りを含む可能性、ハルシネーション、プロンプト、トランスフォーマー型深層ニューラルネットワークなどといったことは、少なくとも大学に入る前に一通り知っている必要がある、とされています。
そして、生成AIは「情報Ⅰ」や「情報Ⅱ」、あるいは専門教科情報科の「情報産業と社会」「情報の表現と管理」などの授業で扱ってよい話題であり、望ましい利用方法を生徒が自覚できる指導を、ということも言われています。
それを考えると、これからもっと新しい技術が出てくるかもしれませんし、その内容は、現行の「情報Ⅱ」のさらに上を行くと考えられます。そうなると、現行の「情報Ⅱ」より広く学べるようになることが望ましいのではないかと思われます。
こちらは、令和5年5月の段階での、自治体別の「情報Ⅱ」の開設学校数です。
教科書採択数を見ると、「情報Ⅰ」は約100万冊ありますが、「情報Ⅱ」は5万冊強で、「情報Ⅰ」の5%にすぎないことになります。
しかも、これが全国一律ではなく、地域による差が非常に大きいのです。
学校数は棒グラフで示されていますが、全高校に対して開設されている学校の割合で言うと、東京都が42.9%、神奈川県40.4%。埼玉県39.0%、千葉県35.0%と続きます。
逆に、開設されている学校が1つもない県が群馬、徳島、香川、佐賀。1校だけというのが、鹿児島、青森、石川、富山、山梨です。ざっと見ると都市部の開設率が高いように見えますが、そういった話ではなく、これまで教育委員会などが高等学校情報科の教員採用を、積極的に行ってきた自治体や、教育委員会や行政が、「情報Ⅱ」を開設するためのカリキュラムの管理に真剣に取り組む努力を積み重ねてきた結果が現われているのではないか。つまり、行政や学校の問題意識がここに出ているのではないかと思われます。
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ここまで「情報Ⅱ」が重要であるというお話をしましたが、ではDXハイスクールは、どのような位置付けにあるのか、というお話をしたいと思います。
DXハイスクールの目的としては、文部省のホームページには「高等学校段階におけるデジタルと、成長分野を支える人材育成の抜本的強化」と書かれていますが、デジタルと成長分野を支える人材が、身に付けているべき素養としては、具体的にはこちらのスライドに挙げられたようなことがあると思います。
こういった人材を育てるためには、先ほど「情報Ⅱ」の内容の5つのカテゴリーの最後にあった「情報と情報技術を活用した問題発見解決の探究」の実施が有効と思われます。
DXハイスクールの目的と取り組み例
DXハイスクールで実際に行われている取り組みは、文科省の取り組み例のページ(※1)をご覧ください。
※1 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shinkou/shinko/mext_02811.html
普通科高校では、「情報Ⅱ」を必須科目として開設する目標値を、各学校が20%から100%としています。行われていることとしては、大学の教員や学生とのコラボレーション、3Dプリンタやレーザーカッター、フライス、STEAMラボ、VRのゴーグルなどのデジタルファブリケーション機器の活用といった取り組みが多いです。
また、専門学科はIT・環境科、情報ビジネス科、情報科、水産科、服飾デザイン科、看護科、福祉科など、科類はさまざまですが、たとえばある福祉科では、「情報Ⅱ」の内容を含むことにより、指導内容を充実させた職業系の教科・科目の履修率を100%にする、というところもありました。
また、この事例集のページには、テーマごとの編もあります。千代田区立九段中等教育学校は、「情報Ⅱ」の充実として、外部講師を招へいした実体験型プログラムの実施や、高度なデジタル技術の活用ができる実習環境を活用した創造的な問題解決実習の実施を挙げていました。
他には、「情報Ⅱ」開設に向けた取り組みに関するものがいくつかありました。
情報Ⅱに関連する入試情報
ここからは、「情報Ⅱ」が、どのように入試と関係してくるかというお話です。
東京都立大学は、2025年度に総合型選抜で、「情報Ⅰ・Ⅱ」を利用する入試を行う、としています。
ここでは、高校入学時から出願時までの「情報Ⅰ・Ⅱ」の評定がいずれも4以上であり、かつ「情報Ⅱ」については、「情報Ⅱ」以外の科目による出願は認められない、としています。
これはつまり、「情報Ⅱ」を開設していない学校の生徒は、東京都立大学の「情報Ⅰ・Ⅱ」を利用する入試を受験することはできない、ということです。
さらに、個別入試でも慶應義塾大学、東京都市大学などでは「情報Ⅱ」までを出題範囲としています。そうすると、「情報」が得意な生徒がいたとしても、その願いに高校側が応えられないということは、生徒の権利を保証しないことになるので、やはり「情報Ⅱ」は開設すべきだといえると思います。
DXハイスクールに関する情報処理学会の取り組み
最後に、DXハイスクールに関する情報処理学会の取り組みについてお話しします。
こちらは、今回DXハイスクールに関して情報処理学会が意見表明をしたもの(※2)の抜粋です。
ここでは、「より多くの高校で、「情報Ⅰ」に加えて、発展的科目の「情報Ⅱ」を開講することが必要不可欠とした上で、DXハイスクールの実施を人的に支援します。高校で、「情報Ⅱ」を開講するために、必要なコンサルティングなどを全面的に支援します」と謳っています。こちらのページから、支援に関するお問い合わせへのリンクがありますので、そちらをご利用ください。
※2 https://www.ipsj.or.jp/release/iken20240130.html
「情報Ⅱ」を担当されている高校の多くの先生方が、より実践的・探究的な「情報Ⅱ」の授業を行うことに、不安や心理的負担を感じていらっしゃる、という声を聞いています。私たち情報処理学会が、できる範囲で、支援をしていきたいと思っています。
情報処理学会の情報科教員・研修委員では、2022年からオンライン・オンデマンドの形で教員研修を行っています。
今年、2024年度は、Plantという全国教員研修プラットフォーム上で研修を実施しています。
2022年度は537名の申し込みがあり、受講者に修了証のデジタルバッジを出しましたが、このときは6000ほど出しました。2023年度のデジタルバッジは2000ほど。2024年度は8000人弱が受講されているようです。
その他、DXハイスクール採択校に向けて、教員研修会をしたり、研修に講師派遣を行うなど、多数の支援活動を行っています。
情報処理学会の「教員のページ」(※3)には、現在の取組みの一覧が出ておりますので、ぜひご利用ください。
※3 https://www.ipsj.or.jp/junior/kyoin_news.html
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最後に、DXハイスクールに採択された高校の皆さんには、率先して「情報Ⅱ」の実践事例と必要性を広く周知していただきたいと思います。
採択校数のトップ5が東京、大阪、兵庫、愛知、北海道ですので、その都道府県の情報の先生方は、率先して事例を共有していただきたいと思います。
あとは、「情報Ⅱ」でうまくいった事例や、「情報Ⅱ」の立ち上げのノウハウなども共有していただきたいということと、「情報Ⅰ」の続きや入試対策ではない、「情報Ⅱ」らしい授業をしていただけると嬉しいです。
また、DXハイスクール採択校連絡協議会的なものがあれば、という意見も伺っています。ぜひそういった組織ができることを期待しています。
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