高校教科「情報」シンポジウム2024秋

「情報教育課程の設計指針」の改訂について

電気通信大学 久野靖先生

情報教育課程の設計指針とは

「情報学の内容を学ぶ」という意味での情報教育は、小学校から大学まで全ての段階で実施されていますが、情報学そのものが新しい分野であるため、それぞれの分担やつながり、どのように教えるのがいいかについては、明確な基準はありませんでした。

 

高等学校情報科の学習指導要領や、大学における一般情報教育の知識体系(情報処理学会一般情報教育委員会)などで個別の内容については扱われていますが、それら全体をカバーする体系はなく、これを検討すべきではないか、ということで、2020年に日本学術会議で作られたのが、この「情報教育課程の設計指針―初等教育から高等教育まで―」(以下、「設計指針」:※1)です。小学校から大学までの全ての段階における教育内容の細かい要素を知識体系として整理した、「網羅的ものさし」というべきものです。

 

 ※1 「情報教育課程の設計指針―初等教育から高等教育まで―」

 

この「ものさし」ができたことによって、それぞれの教育段階で行われていることを、これに当てはめて検討することが可能になります。さらに、その検討に基づいて「ものさし」自体も改良が必要になります。

 

「設計指針」と他の指針との比較

情報教育の指針として、2016年日本学術会議の「情報学の参照基準(大学教育の分野別質保証のための 教育課程編成上の参照基準 情報学分野)」(※2)があります。これは、情報系の大学(文系・理系)の専門課程の教育内容の「全体集合」と、その体系を整理したものです。「設計指針」の方が後からできたので、連携については「設計指針」側から考慮した形になっています。

 

※2 「情報学の参照基準(大学教育の分野別質保証のための 教育課程編成上の参照基準 情報学分野)」

 

他には、特定非営利活動法人みんなのコードが2024年に公開した、「小・中・高等学校における情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル案」(※3)があります。これは、 小学校(低学年・中学年・高学年)/中学校/高校の段階別に、「A 情報と社会」「B 情報デザイン」「C コンピュータの仕組み」「 D ネットワーク」「E アルゴリズムとプログラミング」「F データと分析」の6領域からなるカリキュラムモデルと授業案などをまとめたものです。 

 

その内容は、どちらかというと学習指導要領に向けた意見表明という形で、文部科学省の資質・能力、すなわち「知識・技能、思考力・判断力・表現力、学びに向かう力」に準拠したものになっています。

 

※3 「小・中・高等学校における情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル案」

 

これらに対して、「設計指針」は「すべての人が、情報について何を・いつ・どこまで学ぶのがよいか」という原点に立ち返って、小学校・中学校・高校・大学のそれぞれの段階で、情報系科目に限定されない、「情報の学び」「網羅的ものさし」であり、生成AIやDC(デジタル・シチズンシップ)といった新しい技術や概念に応えられるように、必要に応じて改訂しています。

 

「設計指針」のコア

「設計指針」は、現行11のカテゴリがあり、ここに「L. 人工知能(AI)」を追加する予定です。

 

各カテゴリは、それぞれ3~5のサブカテゴリに分かれます。サブカテゴリは、例えば「A. 情報およびコンピュータの原理」であれば、

A1. 情報の特性と表現

A2. コンピュータの基本原理

A3. ネットワーク

A4. セキュリティ

A5. 機器の制御

の5つに分かれています。

 

 

そして、サブカテゴリ内は4レベルで「学校段階+科目分類」に分かれます。学校段階と科目分類がこちらです。

 

例えば、「A4 セキュリティ」のサブカテゴリの定義は、「コンピュータやネットワークにまつわる セキュリティの概念やそのための技術に関する知識/理解」です。そして、知識としては「機械情報」や「人間社会」「システム」の領域で扱い、専門分野となるのが、「システム」や「倫理社会」の分野です(この分類は、「情報学の参照基準」によります)。

 

 

これを4つのレベルに分けたのが、こちらのスライドです。

 

以下、本稿のカテゴリの説明はこの形式で行います。

 

さらに、各項目には「学校段階ごとの注記」として、各項目を実際に学校教育の中で扱う際の具体的な内容や指導方法についてのコメントを付記しました(本稿では省略)。

 

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コアの作成方針/改訂方針~改訂にあたって考えていること

「設計指針」では、初等中等教育、大学共通教育・専門基礎教育・普遍的事項(=ゼミ・卒論)で扱うべき学習内容・学習水準を整理して、情報教育で単独概念として取り扱うことが適当と考える範囲を想定しました。その意味で、A~HとLは狭い意味での情報教育、I~Kは様々な場面で使えるジェネリックスキル(※4)、そしてスパイラル(複数回教育)は、初出のみ言及しました。

なお、「設計指針」で挙げている具体例は例示であり、教育内容を規定するものではないことを付記します。

 

※4 例えば、「J.システム」は、様々なシステムが想定されますが、ここでは情報の観点から捉えたシステムを扱います。

 

 

また、「流行り言葉」を直接入れることには慎重を期しています。この「設計指針」は長い間改訂しながら使うため、「その言葉が指すものを永続的に入れるべき」と考えられるものであれば取り入れることとしました。

 

もともとこの「設計指針」は、「1回作ったら終わり」にするのでなく、改訂を繰り返して、生きている文書として作成しています。現に、「こうしておけば良かった」「こんな分野が急に注目されている」というものもありますが、流行に振り回されてはいけません。ただ、一方で何か新しいものが出てきたとき、「この分野はここで対応しています」と言えないと使ってもらえない、ということもあります。

 

 

現在検討している「キーワード」として、「生成AI」「デジタルシティズンシップ(DC)」「DX (Digital Transformation)」「データサイエンス」「情報デザイン、デザイン思考」があります。

これらについては、カテゴリを新設したり、サブカテゴリを追加したり、もともとの内容を整理したりする形でまとめました。

 

以下、個々のキーワードについて詳しく説明します。

 

 

■人工知能(AI)の新設

2022年11月30日のChat GPT公開から始まった「変革」は、教育にも大きな影響を与えました。今は小学生でもAIで情報を作ることができるようになっており、「設計指針」も対応が必須の状況です。しかし、一方で「生成AI」が今後どうなるかについては、変化があまりにも速くて大きいので、まだ何とも言えない状況です。

 

これまでの「設計指針」では、AIについては「D.人工知能」の「D3.データの統計的・人工知能技術による扱いの知識・理解」の レベル4(大学共通教育)で「機械学習など人工知能技術により何が可能になるかが分かる。」とされていたのみでした。

 

今回、新たなカテゴリとして「L. 人工知能」のカテゴリを立てました。カテゴリの新設はこれだけです。

 

ここでは、人工知能学会の「AIマップ」(※5)等を参考とし、東京大学の萩谷昌己先生の助けもいただきました。サブカテゴリは、L1として「受理の部分(=予測、制御、認識、推定)」、L2として「生成の部分(=生成、対話、設計、デザイン)」の2つを置きました。

 

※5 https://www.ai-gakkai.or.jp/pdf/aimap/AIMap_JP_20230510.pdf

 

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生成AIは「生成を学習者が行える」こととして取り入れています。また、生成AIの社会的影響や問題と回避についてきちんと取り入れることとして、データの偏り、アルゴリズム偏見、フェイク、著作権などについても取り上げました。

 

L2の生成に関する部分のレベル1では、小学校の情報教育で理解しておいてもらいたいことを入れました。またレベル2は、中学校の一般教育でやってほしいこと、レベル4は大学のゼミや卒業研究などでも意識してほしいことを入れました。

 

全ての大学において行われる「数理・データサイエンス・AI 教育」のリテラシーレベルには、上記のL1・L2のレベル4が含まれてよいと思います。

 

 

■デジタルシティズンシップ(DC)

従来の「設計指針」には、社会的側面として「情報倫理」の内容がある程度入っています。日本の初中等教育では「情報モラル」という用語が使われていますが、世界的には「情報倫理」が一般的であり、デジタルシティズンシップ教育は、情報倫理をベースとして、若者が効果的なデジタル・シティズンになるために必要な能力を身に付けることを目的とした教育です。

 

「(情報)モラル」が「抑制/他律/心情規範」であるのに対して、デジタルシティズンシップは、「活用/自律/行動規範」を基としています。この両方が必要であることは明らかです。GIGAスクール構想によって小・中・高で1人1台端末が定着した今、自律的に端末を活用できることが必須となり、デジタルシティズンシップの教育は喫緊の課題であると思います。

 

デジタルシティズンシップのポイントは、「デジタルコミュニケーションの積極的な道具的社会的意義」「学習者の自律と課題解決を促す」「デジタルジレンマへの共感と真正の問い」「実態に即した幅広い発達視点で構成」「統合的・合理的指導法を選択」です。これらを盛り込むために、デジタルシティズンシップという言葉は直接出さず、「H4.情報と個人/社会」の項目を増設しました。

 

従来の「設計指針」の「H.情報社会/メディアと倫理/法/制度」では、「H1. 情報技術の特性と法/制度」で 情報技術が持つ特性と、それに法/ 制度がどのように対応しているかの理解、「H2. 情報と意図]」でメディア情報や他人の言説中の意図を汲み取ってそれを踏まえて情報を活用する技能、「H3. 情報倫理」で情報倫理を理解し、ネット上でよき市民として行動する態度が示されていました。

 

ここに、「H4. 情報と個人/社会」として、デジタル技術を通じて社会に関わり参加する態度と技能を小学校から高校必修までの4段階で追加しました。

 

これは、中学・高校でもきちんと学んでほしいことですが、初出はまず小学校の段階で身に付けておいてほしい、というレベル感となっています。

 

「H5.情報と社会システム」については、後述します。

 

 

■DX (Digital Transformation)

DX (Digital Transformation)とは、デジタル技術を社会に浸透させ、人々の生活をより良く変革していくことを意味します。「IT化」が業務の置き換えを主眼に置いているのに対して、DXは「個人/企業(組織)/社会を変えるIT」という意味合いが強く、どちらかと言えば社会科寄りの内容です。

 

一方世間では、DXが「MIS(Management Information System)」「OA(Office Automation)」などのように、はやり言葉になっている感があるため、DXという語は回避することにしました。すでに多くの場所で「デジタルによる社会や生活の変化」が起きており、その意味でDXは既に取り入れられていると考えられます。

 

「社会の変化」は社会科で扱う内容と考えて、それを指向したデジタルシステムの部分について、「J.システムとその設計」の「J1.システムの意図/役割と構造」に「意図」の内容を追加しました。

 

さらに、むしろ社会の本質と情報の関わり方を考えることが必要であるとして、「H.情報社会/メディアと倫理/法/制度」の足りない部分として、「H5.情報と社会システム」を追加しました。

 

J1のレベル1では、「目的」に加えて「ビジョン」を入れました。

 

また、J2以降では、それぞれの分野で必要な「システム」を念頭に置いて考えてもらいます。

 

 

社会との関わりについては、「H. 情報社会/メディアと倫理/法/制度」 の足りない部分として「H5.情報と社会システム」を増設しました。社会科が中心となって扱う内容ですが、「情報」としてぜひ学んでほしい部分です。レベル2とレベル3の他教科は、社会科を指します。

 

また、レベル4の民主主義プロセスとは、選挙制度などがこれに当たります。

 

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■データサイエンス

昨今、データサイエンス(DS)の社会的重要性が上昇しており、これにも対応する必要があると考えられます。

 

データサイエンスは様々な定義付けがありますが、「情報」の観点からは、「数学/統計学/機械学習/プログラミング等の理論を活用しでデータ を分析し洞察を得る」「ビジネスにとり意味ある洞察を抽出するデータの研究」「科学知識、IT/工学スキル、ビジネス知識を用いデータから知見を得る」などが考えられます。

 

もともとデータベースや、実際のデータを使った統計は「情報」の重要な要素ですが、「情報Ⅱ」の学習指導要領解説でも、具体的にはモデル化/データ処理/解釈/表現などが挙げられている程度です。

 

「設計指針」では、「D.データとその扱い」全体を整理して、データ処理のプロセスの部分をD5として追加しました。

 

大学の数理・データサイエンス・AI教育のリテラシーレベルのデータサイエンスの部分は、ここに重なることになると考えられます。

 

 

 ■情報デザイン、デザイン思考

現行の「設計指針」では「B.情報の整理と創造」として、情報の記録、論理構造、作文、整理など情報のコアな部分を取り上げてきました。

 

これを「B.情報の創造とデザイン」として、「情報デザイン」と「デザイン思考」の内容を取り入れました。

 

情報デザインとは、受け手に届くように情報を企画/設計/加工抽象化/視覚化/構造化すること、LATCH (データや情報を整理する5つの方法: Location・Alphabet・Time・Category・Hierarchy)などについて扱います。

 

また、「デザイン思考」は、これまでの仮説検証型アプローチに代わり、ユーザ観察と共感起源に基づく「観察→共感→定義→概念化→試作→テスト」の手法を指します。

 

ここでは、旧「B5.適切な情報手段を用いて情報を整理/保管/検索/分析/構築する技能」をB4に移して「B5.情報デザインに配慮した内容」とし、「B6.デザイン思考」を新設します。

 

 

その他の細かい改訂検討

適切な学校段階を検討し直すと、小学校や中学校の段階で学んで(身に付けて)おいた方がよいのでは、という箇所が多数出て来ました。GIGAスクールによる1人1台端末が定着した現在、実際にやってみたら小中学生でもできてしまう、ということもあるのかもしれません。そうなると、現在小学校・中学校に教科としての「情報」がないことの問題は大きいのではないかと感じられます。

 

先に申し上げたように、この「設計指針」は、「すべての人が、情報の何を/いつ/どこまで学ぶのがよいか」を示したものです。変化の大きい情報分野の教育の「生きている」指針として、その時々の状況に応じて改訂していくべきものであると考えます。

 

今回、新たなカテゴリやサブカテゴリを追加したことで、当初よりもかなり量が増えました。これについても、今後対応の検討が必要かと思います。

 

今後は、情報処理学会の各委員会の委員に目を通していただき、改訂を進めてまいります。また、教育現場の先生方をはじめ、一般の皆様からのご意見をいただいてまいりたいと思います。ぜひよろしくお願いいたします。

 

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