NEW EDUCATION EXPO2015 セミナーレポート
教育現場の「著作権」が危ない ~授業・教員研修の課題とその解決策~
全学必修知財教養科目における
アクティブラーニング→反転学習→完全e-learning学習に伴う
映像のタイムシフトを考える
山口大学 国際総合科学部 木村友久先生
山口大学では、全学必修の知財教育を実施しています。学部1年次必修1単位で、8コマのうち4コマは著作権に関する内容を組み込んでいますから、最低限の著作権の知識を修得しないと卒業できないわけです。これは、教養教育科目として配置されている10科目の知財科目の入り口に位置する科目です。
この必修科目の限られた8コマで何をどこまで教えるかということが、知財教育グループ内でいつも議論になっています。担当者としてはより多くの内容を教えたいので、結果として法律知識の修得部分は可能な限り反転授業で行ない、場合によっては完全にe-learningだけの授業で進めるコマもないと授業時間が足りないだろうということで、既に実装しています。その過程で、授業時間と反転等で利用する映像とのタイムシフト問題に留意しながら映像を製作する必要があります。
話は飛びますが、私自身は自分で知財教育のDVD(電子テキスト付き)を製作して大学経由でライセンス販売をしていますので、クリエーターの立場と権利制限の利益を享受する教育者としての立場という2つのポジションを持っています。従って、我々のセクションで開発するコンテンツは基本的に著作権処理を考えながら製作しています。30万円程度で購入した著作権処理済み音楽素材集や画像の素材集も揃えていますから、ほぼ外販できるレベルを目指して作っています。大学の開発グループの中でそこまで踏み込んだ開発グループは少ないので、一般論として著作権と授業映像のタイムシフトをどう考えるかというのは頭が痛い問題といえます。
私は、国際総合科学部という新しい学部の教員であるとともに、知的財産センターの副センター長という併任ポジションも持っていまして、実際にコンテンツ系契約処理の法的確認や教職員が関わる著作権対応で他組織に頭を下げに行くという実務もこなしています。その観点で考えると、当大学の教職員も的確な著作権対応ができる必要がありますから、学生だけでなく教職員に対する著作権研修(SD)も進めています。
山口大における知財教育の体系
はじめに、教養教育における知財教育の全体像を説明します。教養教育科目で、1年生に1単位全学必修に着手したのは2013年度からです。半分は著作権関係のコマですが、論文のコピペ問題にも対応すべく著作権部分が終わったコマで、論文やレポート作成をテーマに研究者倫理に関する内容も扱っています。
2014年度から、同じく教養教育科目で、ものづくり、知財情報分析、コンテンツに特化した接続知財科目を3科目(2単位選択科目)立ち上げています。2015年度からは、1単位の選択科目として、特許法、著作権法のような知的財産法に特化した5科目を作りました。2015年度には、「農業と知的財産」(選択1単位)も作りましたから、教養教育における知財科目は合計10科目になります。全学必修科目以外は教養の展開科目として、内容的には学部専門科目レベルと同じものです。完全必修は最初の1単位ですから、それ以上は興味のある人に受講してくださいという形です。
参考までに、スライド右側の図は、新設学部の国際総合科学部の知財科目を表しています。4年間のうち1年間は、基本的に全学生を海外大学に留学させるという厳しいカリキュラムです。この学部の知財系科目は、スライドにあるように原則専門科目となっています。この他に、社会人の大学院等で知財科目を扱っています。
院生のレポートを教材に転用
2000人弱の学生に対する必修授業を可能にしたモデルを説明します。一つは、社会人大学院生が作成したレポートを、学部生用教材に転用することで教材開発の負担を軽減することです。私は、数年前まで社会人大学院(技術経営研究科)に所属しており、現在も兼担で授業を担当しています。そこでは、社会人大学院生にケーススタディのグループワークを課していますが、院生と話し合ってレポートを学部生の教材に使う合意を得たうえで、学部生が理解できるように作り替えて使用するわけです。
授業は全てビデオ収録し、ワークシート、宿題シート、試験問題、試験のマークシート等を全て揃えた完全パッケージとして作成しています。特許検索システムやe-learning教材も自分たちで開発しています。研究ノートの意義、使い方に関する動画教材も製作済みです。この研究ノートは、山口大学と某企業の共同開発で国内では一定のシェアーを持っています。教員はこの動画教材を使って具体的な研究ノートの記載方法、10年以上鍵付きの保管庫で管理している場面等を見せます。学内を一回りすると、他にも知財教育で活用できる素材がありますから、自分たちで撮影・編集して内製化を続けています。また、1年生必修科目では、法律要素部分は簡単に扱い、アクティブラーニングでより深く考える、発想法を鍛える等の手法で知財法を教えています。
さらに、効果測定として、毎時間学生から集める授業レポートをクラスター分析等にかけています。この中で、学生の意識として法律知識の領域と実体験として自分たちがダウンロードをする意識が乖離していることが判明し、知識と行動領域を繋ぐ教材を追加投入する等の改善も実施しています。
このように学生の授業理解に基づいた教材の開発も進めています。
価値の高い反転授業
このスライドが必修知財科目8コマの中身ですが、私は法律が専門なので不覚にも詳しく教え込んでしまう箇所があると時間が不足する傾向があります。
そこで、著作権法の法律要素のビデオを事前に学生に視聴してもらい、視聴を前提に演習を対面授業で実施する形の反転授業にしました。実際は、前年に撮影した授業映像から切り出して編集しています。
結論として、ホームページのログ解析で事前視聴ビデオを見ていることが確認されていますし、学生アンケート調査でもほぼ全員がビデオを視聴していることが確認されました。授業スライド等も同じホームページから配信していますから、ビデオとスライド等をしっかり閲覧したら宿題やワークシートも作成しやすいわけです。なお、各ビデオ教材を原則10分以内で製作すると、手空き時間に視聴できるのでスマホなどで移動中や、夜に家で見ているようです。講義時間外学習時間の確保という意味では、十分な価値があります。
2014年度はこのような反転授業を、著作権部分3コマで1クラス先行実施し(※他教員が担当するクラスでも異なる形の反転授業の効果測定を実施しています)、そのクラスと比較対象クラスの差を調べています。
結果として、定期試験において反転学習を取り入れたクラスは正答率が高いということがわかっています。この解釈についてはさらに精査する必要がありますが、少なくとも反転学習によって成績が悪くなることはなく、対面授業の演習でより深い学習に導く可能性を示唆しています。ここでの、反転学習の目的は法律の知識項目部分を事前学習に移動して、それを前提とした議論で認識を深めることですから価値があったと考えています。
完全e-learningのほうが効果の高い授業も
ここでの反転学習映像は、前年度授業から該当部分を切り出して編集する授業映像のタイムシフトです。昨年度は、同様の映像でもう一つ実験をしています。従来、8コマ中の第6回目の「知財情報検索」の単元は授業中に説明していますが、200人規模のクラスではその場で検索演習はできませんから、口頭で説明して自宅学習あるいは学内の電算センターで勉強するようにしていました。
そこで、1クラスだけ前年度撮影した授業像を使い、完全e-learningで授業を実施し、宿題課題で確認することにしました。この、完全e-learningクラスと他の2クラスで検索部分における定期試験成績を比較すると、完全e-learningクラスが他の比較クラスより各々+35.2%と+6.5%上がっていることがわかりました。これは、自分の通常の授業とe-learningに移行した授業との比較ではありますが、ビデオ視聴のみのクラスは明らかに成績が高いので、嬉しいのか悲しいのか複雑な心境ではあります。
少なくとも、この内容の授業に関してはe-learningに移行した方が良いことが判明したので、2015年度から全クラスで知財情報検索のコマを完全e-learningで実施しています。
このスライドは、2015年度第1クオーターのあるクラスを抽出して、完全e-learningにした知財情報のビデオ視聴回数を集計したものです。
各クラス別にフォルダー階層を作成していますから、該当クラスがどの動画を何回視聴したかがわかります。例えば、4番目の「特許実用試案のテキスト検索」のコンテンツは、学生数が129名のところ153回視聴されています。一人で複数回視聴もあり得ますが、学生数を基準にすると118.6%見ているということです。また、視聴回数が多いビデオほど宿題との関連性が高いコンテンツであり、学生は出題をこなすために真面目に勉強していることがわかります。もっとも、スライドの統計は5月21日までの7日間のデータで、宿題を回収したのは5月22日の午後の授業で、5月22日午前中にビデオ視聴がピークになっていますから、もう少し計画的な学習が望まれるところです。
高次なアクティブラーニングを目指して
我々は、ビデオ製作にある程度は慣れているので、著作権処理を考えながら反転授業用の映像を製作しています。このような、反転で利用可能な映像を順次用意することで最終的に何を目指しているのかといえば、反転で前倒しできる学習要素は極力反転で学習するようにして、実務で使えるレベルの高次なアクティブラーニングを実現したいと考えているわけです。京都大学の溝上慎一先生(高等教育研究開発推進センター・教授)が、完全定着型のアクティブラーニングと高次のアクティブラーニングを整理されています。少なくとも知財の領域で高次のアクティブラーニングまで到達するためには、反転授業などあらゆる手段を動員した学習で時間の合理化を図る必要があります。入り口の、完全定着型のアクティブラーニング段階でも、知財法の基本的理解や条文構造などの知識項目要素は反転で前倒しにして、知識の完全定着を目指す演習を早く済ませて高次アクティブラーニング段階に到達する必要があると考えています。
このスライド2枚は、特許法102条(損害額の推定等)を例に、二段階のアクティブラーニングの必要性を説明するもので、実務レベルの入り口に到達するまでの要素を表しています。
特許法102条は条文構造の理解だけでも難しい条文です。特に第1項は複雑な構文であり、その条文構造に合わせた解釈を損害賠償額算定の色々な計算式を提示した演習で知識定着に導く必要があります。次に、その定着された知識を応用して、例えば本条文の「利益」なる文言解釈において、限界利益なのか、シェアー案分を取り入れるのか、サンプル品の数量を除外するのか等々を議論して、条文趣旨に合わせて立案・解釈するための高次のアクティブラーニング演習が必要です。ここまで到達して、初めて実務の入り口にたどり着くことになるわけです。
大学教員の著作権意識
いずれにしても、大学では教材を製作して学生に提供する仕事が日常的にされています。その際に、著作権法35条1項(あえて2項ではなく1項の方です)の運用で、反転授業の前倒しタイムシフトが授業の過程と言えるのかどうかというと、これは非常に難しい問題です。大学の単位は、予習・本番・復習時間で構成されていますので解釈の幅を広げる立論がかろうじてできる可能性はありますが、我々はオリジナルの映像作成に務めるだけでなく、映像にパスワードを付けて受講生以外は視聴できないようにする手当をしています。
個人的な見解では、35条1項の解釈も無制限に広げることは反対です。例えば、大学の英語の先生から、「英語の教科書で大学でしか売れないような教科書の一部分をコピーして使うのは35条1項的にOKか」という質問がよくあるのですが、これは明確にダメと答えています。ほぼ大学以外には市場が想定できない性格の教科書の、さわりの部分を複製配布されたら確実にその教科書が売れなくなるわけです。これは、但し書きの「当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当すると考えるからです。このあたりのバランス感覚を、皆様と一緒に考えるべきでしょう。
学生のコピペに対する指導
今回は、あと2つ話題提供のテーマを持ってきました。一つは、いわゆる学生のコピペと教員の指導の関係です。これも、35条の権利制限規定と教員の授業運営まで複雑な組み合わせを踏まえた判断が求められます。山口大学では、この判断を整理するためのサイトを作っています。教員にも、これを参考にしてコピペに関する学生への指導を行うよう求めています。即ち、単にコピペをしたから即処分ではなく、指導過程で予めコピペに関する条件を宣言してくださいと教員向けに解説しています。もちろん、このサイトは学生向けのサイトでもあります。
残りの話題は、大学公開講座と著作権法の権利制限の関係で、これも実務上は悩ましい問題です。今回は説明の時間がなくなりましたので、検討のネタとして提示するだけに止めます。
以上、駆け足で説明いたしましたが、各大学においても反転授業は教育内容の高度化を目指す際に重要なアイテムになり得ます。世の中はますます高度化しているため覚えるべき要素も増えるわけです。どこを整理するかという切り口もありますが、反転あるいは完全e-learningも含めて授業を合理化する視点も重要ですから、この機会に著作権法35条を含めた運用を本気で議論することが必要だと考えます。
※「NEW EDUCATION EXPO2015」セミナー講演より