NEW EDUCATION EXPO2015 セミナーレポート

教育現場の「著作権」が危ない ~授業・教員研修の課題とその解決策~

教育現場の「著作権」が危ない

~高等学校の現場、教員養成の立場から

早稲田大学大学院 教職研究科 客員教授/早稲田大学高等学院  武沢 護先生

武沢 護先生
武沢 護先生

私は、早稲田大学の附属の高等学院の教員というのが本職で、併せて2008年から早稲田大学の教職大学院である大学院教職研究科の客員教授をしております。現在は週の半分は教職大学院の学生を指導し、かつ半分は練馬区にあります高等学院で教鞭をとっているということです。今日はこの立場で、現在の高校生が著作権にどういう意識を持っているのか、そして、その教育をどんなふうに行っているのか。その一方で、教員養成の教育の中で著作権は非常に重要であるにもかかわらず、あまり充実していないという問題点を、カリキュラムを紹介しながらお話をしようと思います。

 

教職大学院は、現在全国に27校あります。来年、再来年には、旧国立大学で教員養成課程を持っている大学が教職研究科を置く方向になっているので、さらに増えることになります。つまり将来的には、大学院を修了した教員を増やすという教員養成の制度設計が今後行われます。そういう中で、どのような教員を育てなければいけないか、ということが非常に大きな問題になっています。

早稲田大学の附属高校というのはあまりなじみがないかもしれませんが、日本の高等学校で、「高等学校」という名前のつかない数少ない学校です。慶應に幼稚舎という小学校があり、普通部という中学校があるのと同じように、早稲田にも高等学院という高等学校があるのですね。これはどういう経緯かと言いますと、もともとは旧制の予科から出発している学校です。旧制高校から新制高校になったという数少ない例です。

 

最初に、高等学院で高校生にどのような著作権教育をしているのかをご紹介します。


2003年度に、高等学校に戦後初めての新しい教科として教科「情報」ができました。様々な単元がありますが、本校では、文科省の学習指導要領に沿って、「社会と情報」を1年次・2年次に各1単位、こちらのスライドにあるような内容を教えています。その中で、1年生に入ってすぐに、著作権、情報倫理、モラルを教えています。その後少しテクニカルなことを勉強した上で、3学期に「情報社会の光と影」という形で、情報社会における様々な社会的・科学的な問題を教えるという状況になっています。

そもそも教科「情報」の狙いは、モラルや倫理といった「情報社会に積極的に参画する態度」と、技術立国に資するためのコンピュータサイエンスなどの知識・技術を身につけ「情報社会の発展に主体的に寄与する能力と態度」を育てることの両輪からなっています。さらに2013年に学習指導要領が改訂されましたが、美術や音楽といった芸術科目で、音楽関係・絵画関係の知的財産の重要性を指導することが加えられました。ですので、学校教育の中で、著作権や個人情報、プライバシーの問題をきちんと教えなければいけないということになっています。

 

レポート提出ではコピペ率の判定

では、具体的に我々はどのように教えたらいいのか、ということで、情報の授業を持っている教員・スタッフと試行錯誤してきました。

具体的には、1学期に「情報モラル」という単元の中で4,5時間を取り、生徒4人を1グループにしてグループ学習をしています。今はやりのアクティブラーニングになりますね。著作権・個人情報・SNS・ネットいじめの4テーマの中から、自分たちが興味のあるニュースや出来事をリサーチしてくる、という課題を出し、ネットなどを使って調べさせます。4人がそれぞれ違うテーマを選びますので、4人でシェアしながらディスカッションをして、グループ発表をします。男子同士ですが、けっこう和気あいあいと話し合っています。そして、2学期には著作権の体系について、特に著作権法35条、複製権、著作者人格権といった法令的なことを事例を踏まえながら勉強して、レポート課題を出す。そういう流れで行っています。

レポートは、早稲田大学が持っているWaseda-net Course N@viというLMS(Learning Management System:学習管理システム)にアップします。これは、高校生、大学生全員が使っており、その中で全ての科目について小テストや出席確認、連絡などのコースマネジメントを行う総合的なシステムです。ここには類似判定機能がついていて、レポートをアップすると、赤は著作権に抵触するコピペの率が高い、黄色は要注意、緑と青はセーフ、という形で表示されます。基本的にはインターネットのデータベースを参照しながら、文脈照合しながら全ページを見るという仕組みになのですが、これは生徒にはけっこう衝撃が走ります。生徒は「先生、赤だったら0点なの?」と必死になって聞いてきます(笑)。彼らにレポートに関しての著作権の意識を高める効果は、僕たちが100回言うよりは一度この画面を見せるだけでてきめんですね。ですから、こちら側としてはこのような行為は不正行為に当たるとして処分をするのですが、同時に「剽窃をするな」ということは常に言っています。大学生・大学院生のレポートも、多くの教員が類似判定機能でチェックしてレポートを提出させるようにしています。

簡単にコピーでき、簡単にアップができる状況

初等中等教育の中で著作権教育がなぜ大切なのかということなのですが、皆さんもご承知の通り、今の中学・高校生はほぼ9割はスマホを持っています。本校は持ち込み禁止もしていませんし、かなりの率の生徒がスマホでTwitterやFacebookをします。そうすると、子どもたちが不正な画像や動画をTwitterやFacebookに載せたことで、外部からのお叱りがかなりあります。そしてそのクレームは基本的には私のところに来ることになっています。しかし、動画が撮れ、簡単にコピーでき、簡単にアップができるという状況の中で、高校生が何をやるかは十分に想像がつきます。

実はこういう事件がありました。昨年度の文化祭で、あるクラスに非常にビデオ編集に長けた生徒がいまして、昨年大ヒットしたあるアニメ映画をクリップして、自分たちの動画に合成してクラス発表をしたのです。かなり高度なテクニックを使っていて、出来栄えもすばらしい。しかし、これがOKかどうかは非常に微妙なのですが、さらに悪いことに、彼らはこれをYouTubeにアップしてしまいました。これはもう完全にNGです。この時は、本校の教員が発見してすぐに削除させました。「これだけのものができることはすばらしい。でもね…」という話なのです。同時に、そういうことが頻繁に起きてしまう現実を、我々がどうとらえるのかが問題です。「全てダメ」と言って禁止しても、いたちごっこになってしまう危険性がありますが、かといって放置はできない。非常にジレンマです。これがおそらくは、特に中学生・高校生の著作権教育の中で、今後我々が取り組まなければならない大きな課題になってくると思います。

教員養成カリキュラムに課題が

もう一つのポイントは教員養成です。実は中学・高校の現場でも、教員の意識が非常に低いということが言われています。先ほど中野さんが言われたように、著作権の体系からその使用方法まで、先生方自身が驚くほど知らないのです。これは、教員養成のカリキュラムに問題があるのではないかという気がしています。

私は最近、教職大学院で教員養成について国がどんなことを考えているのかということを追っています。そうすると、国としては今後高度化する様々な教育課題の中で、ICT活用を掲げていますが、私はもう一歩踏み込んで倫理教育すなわち情報モラル・情報倫理をきちんと身につけた教員を養成すべきだと考えています。もちろん、課題としてはイジメの問題や、複雑化する組織の中でどう振る舞うか、国際化にどのように対応するかなど問題はいろいろあるのですが、やはりICT教育では、機器の使い方を習熟することも大事ですが、情報倫理・情報モラルのことをきちんと指導できる教員の養成が求められるわけです。

現在の教職課程の中で教員免許取得要件の中に、例えば著作権や個人情報に関わる授業は、実はほとんど行われていません。従来の国語・数学・英語という縦の系列の養成課程で、国語科教育法、数学科教育法、理科教育法というように未だに縦割りなのです。最近は学校現場でも、総合的・横断型・融合的な授業をやらなければいけない、それができる教員を育てなければいけない、と言われているのに、依然として旧態然としたカリキュラムで教員養成が行われているという状況です。


教職大学院でも、一応制度設計もあるのですが、その中で著作権や個人情報、情報倫理を扱うシラバスがほとんどない。私自身はどのように教えているかといえば、教職大学院のカリキュラム担当と相談して、設置科目としては修士1年生のガイダンス科目で情報リテラシーを必修にして、情報社会の光と影の部分を教員になる全ての大学院生にレクチャーします。併せて、秋学期に『教師が学ぶ情報リテラシー』ということで、全コマではありませんが、情報倫理の問題点を扱っています。また、早稲田大学の免許更新講習が毎年あって、私も一講座を担当していますので、この中で著作権やプライバシーの問題を扱っています。ただ、それは一部分的なものなので、やはり今後は教員養成カリキュラムの中に、このような問題点をきちんと位置付け、全ての教員が情報倫理・情報モラルをきちんと学ぶことが非常に重要になってくるのではないかと思います。

最後になりますが、これから教育現場の課題としては今の著作権教育と併せて、電子書籍や教材の問題、すなわち教員が教材作成などにおいて権利処理に関わる場面が出てくると思います。著作権という一つの括りではなくて、例えば、段階的に使用を許諾するフェアユース(fair use)、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(Creative Commons license)、そしてパブリックドメイン(public domain)という概念を、著作権の中から少し広げながら弾力的に使えるような形が教育の質の向上になるのではないか、と思っています。

「NEW EDUCATION EXPO2015」セミナー講演より