NEW EDUCATION EXPO2015 セミナーレポート
教育現場の「著作権」が危ない ~授業・教員研修の課題とその解決策~
佐賀県における教育情報化推進の取組
~デジタル教材の取り扱いを中心に
佐賀県教育庁 副教育長 福田孝義 氏
私からは、教育委員会の立場から、ICT利活用教育を進める上で我々のぶつかった問題や乗り越えなければいけないことを中心にお話しします。
佐賀県は、ご存知のように平成23年から教育のICT化事業を全県規模で行っています。学習指導要領の改訂が、平成23年に小学校、24年に中学校、25年に高等学校であり、これに合わせて小中高をまたいだ形で進めてきました。今年平成27年は、いわゆる導入期を経てこれからが改善充実に向かっていくという立ち位置です。
全体像を見ていただくと、大きく4つに分かれます。人材育成として教職員のスキルアップ研修、県立学校のICT機器・環境の整備、佐賀県教育情報システムの設計・構築、そして国および市町との連携です。
教育のICT化の推進にはいろいろな理由があります。その1つは、学校現場の事務処理の負担をいくらかでも軽減できないかということです。裏を返せば、ICT化によって先生方が子ども達とゆっくり触れ合う時間を少しでも確保したいというものです。
2つ目は、教材のシェアが非常に容易であるということです。そうすると何ができるかと言いますと、佐賀県も教員の大量退職時代を迎えつつあるので、いわゆるベテランの先生方のノウハウを共有することができます。また、「あの先生の授業はわかりやすい」と言われる方がどんな授業をされているかをお互い学ぶことができる、という点でも教材のシェアは1つの意味を持っていると思います。
一方、いわゆるデジタルデバイスの一番の利点は、子ども達の学習履歴が取れるということです。これは個人情報ですので取扱いが難しいということはありますが、先生が自分の担任する子どもの履歴を追いかけることによって、勘ではなく数値の裏付けを持って指導できるという利点があります。そういう中で、佐賀県としてはまず機器の整備・スキルアップを進めてきました。
県独自のe-learning教材の開発で著作権の壁にぶつかる
教育現場のICT化の取り組み状況については、平成16年から先生方がデスクワークをするパソコンの配備を始めました。配備が完了するのに約5年かかっており、これは全国的に見た場合、どちらかといえば遅い方でした。
平成18年は大きな変革の年でした。この年に教育基本法が変わり、現在の学習指導要領の方向性が出てきたのです。当時の第一次安倍内閣の下、「美しい国、日本」という言葉が出て、高等教育の中で未履修問題、いわゆる受験偏重型の教育に対する一つの警告があったという時期です。その教育基本法改正の中で、21世紀型教育をしていこうということが明確に示されました。そして、佐賀県として、23年に始まる新しい教育に向かってどう動くかということを議論する中で、いろいろなことに取り組みました。
この中で皆さんに見ていただきたいのが、平成21年の「県独自のe-learning教材(試作版)」の開発と課題検証です。ICTに取り組むべきか否かの判断をする時に、県独自の教材を作成しました。これは、新しいタイプの高校の在り方を検討するということで、学力の幅も広い。そこで、発達障害等の子ども達にも就学の場を確保したい、そのために何ができるかという検討の中で、e-learning教材を作ってみようということで始めました。この時は指導主事を中心に、県内の学校現場のいわゆるスーパーティーチャーと呼ばれる先生達を集めて教材を作りました。その時は、まだ日本にはe-learning教材を作成するようなツールがなかったので、海外から取り寄せたりもしました。そうして、我々としては結構力を入れて作ったのですが、作り終えてから教科書協会や文部科学省と協議しましたら、ほとんどが使えないと言われてしまいました。なぜかと言えば、ネットを介するため、先ほど中野さんのお話にも出てきた著作権法35条の例外規定がデジタル教材となると適用できないから、ということなのです。そこで初めて、「著作権にはこんな高い壁があるのか」と痛感しました。
現場で好評な電子黒板
こうした経緯を経て、現在に至っています。現状を申しますと、まず学校現場からは電子黒板は非常に評価が高いです。県立高校は、全ての学校の全クラスで電子黒板を使っています。小中学校についても、今年度中にすべての学校・教室に配置されることになっています。それくらい、先生方からのニーズが高いです。
これまでは、例えば英語の授業では、音声を聞かせるために先生が教室にいちいちラジカセを持って行っていました。私は数学ですが、図形を教える時には立体模型を持っていきました。以前に、ゆとり教育で槍玉に上がった「円周率は3でいい」という話がありましたが、円を6角形とか12角形とか、多角形に置き換えて考える際に出てくることで、私の場合、これを中学生に説明する時、円を描いて18等分した厚紙をつくって横に並べて説明をしたりしました。そういった実物を使った説明を映像で見せることができるのが電子黒板ですから、先生方からすると身近で理想的な機材ということで、非常に評価が高いです。
一方、学習PCについて。佐賀県では、高等学校ではWindows 、特別支援学校はWindows とiPadとAndroid、小中学校についてはいろいろな機種が入っているので、あえて「学習PC」と呼んでおりますが、これが入ってきたことでどう変わったかをお話しします。
スライドの写真は、中学の数学の授業です。上に「MAKE10に接続」と書いてあります。数字と〇や□が書いてあり、〇や□に四則の記号を入れて10になるように数式を作る、という授業です。これは先生が知恵を絞ってパソコンで作った問題ですが、著作権を問われるものではありません。先生がボタンをポーンと押すと、子ども達の端末に問題が飛びます。そして、先生は各自の作業状況を手元のパソコンで見ながら、40人の生徒一人ひとりと一対一の指導をしていきます。そしてある時間になったら、その中で特徴的な答案を画面に大写しにして、議論をする。いわゆる協同学習をするわけですね。
このように、子ども達の立ち位置にキャッチボールのボールを与えれば、学習PCは非常に使い手があるのですが、一方で子どもを自分のコントロール下に置こうとすると、勝手なことをするのではないか、という不安はぬぐえないという状況で、電子黒板に比べると学習PCは、あと一歩改善が必要だと思います。ただ確実に先生方も子ども達も有用性については感じています。
そして、ICTをいかに使いこなすか。これは目下佐賀県が抱えている最大の問題ともいえます。実際に先生が生徒を前にした時には失敗はできませんが、どんな事態にも対応するためには、絶対的な経験値が不足していて不安です。皆さんが運転免許を取りたての頃のことを思い出してくださればおわかりいただけると思いますが、現在はどの先生方にもそういった思いがあるということです。これはどうしても避けて通れません。毎年4月に新任の先生方を迎えますが、自信満々で採用試験を通ってきていても、教壇に立ったその日から1年目は相当不安があります。これは全国どこでも経験されることだと思いますが、経験を積むことでしか越えられないことです。
県がデジタル教材のライセンスを提供
そして今日のテーマに関わるところですが、先生方が抱えているもう一つの大きな問題が教材をどうやって「安心して手に入れる」か、またはどうやって「安心して自作する」か、ということです。これまでの紙教材の場合は、著作権法35条で相当保護されていました。例えば、我々教育委員会は学校の先生方に対して、いわゆる指導書や種本的なものの予算を組んで提供します。先生方は、その中からコピーや引用をしたり、プリントを作って配布したりして授業を進めます。それがデジタルの場合は対象外ということがあるので、先生方はかなりナーバスになっています。そこで現在はどうしているか、ということです。
現在の学校教育法では、授業は紙の教科書で行わなければなりません。そして、子ども達にこのページはぜひ覚えてほしいとか、このフレーズは絶対に理解させたいという場合は、補助教材やプリントを作って配っていました。しかし、デジタル教材の場合は、配る先生が、子ども達に対して配ってもいいという権限を持たなければいけない。ですから佐賀県では、先生方に対して、生徒分を含めてデジタル教材のライセンスを提供しています。ただし、これは先生方がその時間内に子ども達に配るのが一番理想的であるということで、子ども達のPCに保存させるように作っています。
著作権法35条をよくよく読むと、実は結構「いいよ」ということも書いてあるのですが、一番大きく書いてあるのは、「著作権利者の権利を侵害しない」ということです。つまり、それをしたことによって、例えば本が売れなくなって、著作者に印税が入らなくなる、ということになってくると、それはほぼダメなのですね。デジタルはコピーが容易なので、補助教材が簡単にできる、しかしそれは著作権法的には許されない。そこが先生方にとっては一番の悩みの種という状況です。
今、佐賀県の先生方のこの4年間を振り返ると、最初はICTの利活用の場面をイメージすることを躊躇する先生がいましたが、現在はこれに戸惑う先生はいません。一方、実際に授業を行う中で、子ども達の顔を見ながら、または、授業が終わった後に試験をしてみて定着していないなとか、ここはどうもその時わかったような顔をしていたけど、どうも思い違いかなとか、そういうことを繰り返している状態だと思います。
そういうことで現在、佐賀県の先生方はこのスライドで言えば、確実にStep1~3はクリアして、Step4にいる、と言ってよいでしょう。
教育委員会が著作権問題クリアのために外部委託
その中で、教育委員会としてサポートしていること、学校と一緒に行っていることは大きく2点です。
1つは先生方が使いたい教材は使えるようする、ということです。市販の教材は、いわば定食です。先生方からすれば、この部分が欲しいのだけど後は要らない、という気持ちであっても、パッケージで提供されているので、そうするとA君には使えるけどB君には少しきつい、という教材もあります。そのため、先生方からは「自前の教材を作りたい」という声がたくさん上がってきます。
一番多いのが「この中にあるものなら自由に使っていい」というデータベースあればありがたいというものです。そこで佐賀県は、企業に委託して、一緒に県独自の教材を作っています。ただ、これもかなり厳しく、1つの著作権を所有するために、例えば電話一本で済むものもあれば、数か月待たなければならないものもあります。例えば、神社仏閣の写真を例に挙げると、まず教科書会社に電話すると、「紙の教科書として著作権者と協議をしているからちょっと待ってくれ」と。そして、「次はデジタル教材についてもお願いします」と言うと「それは授業用として正規に購入してもらった時にしか与えられない」と言われました。また、写真を塀の外から撮る場合と内側からだと費用が違うという例がありますが、ただしそれは紙の場合で、それをデジタル化するとなるとその数倍はかかるという話もあります。そういったことを全て内部で対応するのは限界がありますので、外部の人に委託して行っています。
ヘルプデスクの設置
もう1つのサポートがヘルプデスクです。佐賀県には県立高校が36校あります。その他、県立中学が4校、特別中学校が8校あって、毎年新入生が約7000名入って来ますが、その子ども達が毎日学習PCを使いますので、どうしても授業中にトラブルが起きたり、ネットワークが寸断されたりすることがあります。そういう時に先生ではなく専門のサポートが必要だということで、電話1本で来てくれる業者さんプラス各学校に現地係員という体制のヘルプデスクを置いて、機器にトラブルが生じた場合の対応をしています。
全県的なデジタル教材導入から4年経った現在、先生方から私たちに届けられる声は2つです。1つは「教材をとにかく自由に使いたい、自由に使えればもっと素晴らしい授業ができるから、何とかサポートして欲しい」というもの。もう1つは、「授業中にA君のパソコンがうまく動かない、または、電子黒板をタッチしたけどうまく動かないというような時に助けてくれるようなサポート体制が欲しい」というものです。
今佐賀県が力を入れているのが情報モラル教育です。子ども達にも、先生方に対しても必要だ、という意識で行っています。
最後に去年から始めた試みをご紹介します。学習PCには学習履歴を保存できる、という利点があることをお話ししましたが、県内のある学校で授業の最後に学んだことをまとめて5分くらいのプレゼン資料を作り、プレゼン大会をしたのです。授業で行ったテストや作品をポートフォリオに溜めていって、その量と中身で評価をするポートフォリオ法ということにもなるのですが、昨年は県としてプレゼン大会を行いました。これはYouTubeで見ることができます。去年1位になった農業高校の生徒の作品は、鶏を卵から育てて、最後は自分達で食べるまでを5分間のビデオにまとめました。これには中野さんにも審査員に入ってもらったのですが、なかなか面白い作品で、小学校の先生方からは食育に使いたいからぜひ提供してほしい、という話もありました。ICT利活用教育で、自分の1学期からの授業をまとめて発表するという情報活用能力の育成につながった、ということです。ぜひ皆様方にもご覧いただきたいと思います。
※「NEW EDUCATION EXPO2015」セミナー講演より