New Education Expo2016 特別講演
新しい学習指導要領で期待される学力と教育の情報化への期待
~ICT導入の現状と中教審での議論から情報教育の未来を考える
東北大学大学院情報科学研究科 堀田龍也先生
vol.2 中教審における審議の状況
ここからは、中央教育審議会(中教審)の全体の話をいたします。中教審というのは、文部科学省とイコールではありません。わが国では、文部科学省が学習指導要領を作っていて、10年に1回改訂します。そこで、これからの社会の動きを考えると、こういう能力が必要だから教科をこういうふうに再編してはどうか、授業内容をこう変えてはどうか、ここまで踏み込んではどうかということを考えることになります。新しい概念として、「ゆとり」というのを出してみたらどうか、「習得・活用・探究」というのを出してみたらどうかとか、そういうことを考えるのが中教審です。つまり、どのように変えるべきかを検討するのが中教審で、それを受けとめて変えるのが文部科学省です。
※文部科学省 教育課程企画特別部会 論点整理(案)補足資料より
※クリックすると拡大します
ですから、文部科学大臣から中教審に「これからのことを考えてください」と諮問をします。これは要するに依頼です。中教審は「わかりました」と言って検討し、答申を出します。その答申が文部科学省への回答になります。文部科学省はそれを見て、なるほどそうかといって、学習指導要領を作る。そういう構図になっています。だから中教審には、大学の先生やいろいろな有識者、現場の先生も入って様々な部会で精力的に議論が進められ、そして文部科学省にこういうふうに作ったらいいと思うということを示すわけです。審議の過程は公開しています。
■アクティブ・ラーニングの時代へ
これからどうするかということを考えようとした時、グローバル化が進んでいますから、世界はどうなっているかというのを考えるところからスタートしています。これは中教審が立ち上がる前から、国立教育政策研究所が非常に力を入れて研究していました。
※文部科学省 教育課程企画特別部会 論点整理 補足資料(4)より
※クリックすると拡大します
例えばいろいろな国の事例を調べてみると、基礎的な能力を習得することと、それらを社会で生きていくために役立つようにどうやって活用させていくかということ、この習得と活用の関係をずっと繰り返しているうちに社会スキルが身に付いていくというモデルは、国が変わってもだいたい同じということがわかります。
わが国も、現行の学習指導要領が習得と活用が軸になっていて、これをさらに徹底することが必要だろう、ということになったわけです。そこで特に基礎の部分の詰め込みは、今までずっと先生主導でやってきましたが、ここを「せっかくタブレットも出てきたし、チームで何かやらせないといけない時代だからもう少し子どもに任せることはできないのか」ということになっているのです。これがアクティブ・ラーニングが入ってくる理由です。
アクティブ・ラーニングがもの珍しいので、そこばかり報道されると、全てがそうなるかのように学校現場や保護者が思い、そして「子どもたちが活動ばかりして先生に教えてもらうことがなくなるのか」と極論で誤解をし、そうすると「ゆとりへの回帰ではないか」といった批判が出て、文部科学大臣が「そんなことはない」と会見することとなりました(笑)。
※文部科学省 「教育課程の改善に向けた検討状況」より
※クリックすると拡大します
文科省、中教審の見解は、「ゆとりかあるいは詰め込みか」という二項対立の話ではなく、バランスよく確実に育むということであり、学習の内容は削減しないと言っています。英語ができたり、道徳が教科化されたり、「公共」という科目ができたりするから、むしろ増えていると言えます。
現場の先生は、今までのように全部自分がやろうとするのではなく、ここは子どもに任せる、そのためにここまではしっかりと教えておく、といっためりはりを明確にしなければならなくなります。「アクティブ・ラーニングの視点からの学習過程の改善」という言い方をしていますが、先生に教わったら高い学力になっているというのは、自明のことです。しかし、先生に教わるだけでなく、別のやり方で学ぶこともさせておかないと、「それは習っていないからわかりません」という人になってしまいます。今、社会で起きている課題には、そもそも答えなどありません。だからみんなで話し合って、よりベターな方法を探していくという学びが必要だと、アクティブ・ラーニングが入ってきているのです。それを2020年から実施するというのが中教審の今の見解です。
※文部科学省 「教育課程の改善に向けた検討状況」より
※クリックすると拡大します
■中教審における論点整理
今回の中教審は、実はこれまでとは違う動きをしています。今までは、諮問、大臣から依頼されて答申するまでの間には、各教科の委員で話し合って、それを全体でまとめて、パブリックコメントで社会に問うてから答申にしました。
現行の教科は全部意味があって、それはそれでやればいいが、授業時数はひっ迫しているから、教科で何を・どのようにやるかをもっと構造的に・明確に打ち立てるために、今回はまず「論点整理」が行われました。教育課程企画特別部会という部会が作り、2015年8月26日に出しました。これはネットで見られますが(※)、本当にすごい論文のような、よくできた文章です。ぜひ皆さんにも研修で読解していただくとよいと思います。
※http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/053/sonota/1361117.htm
このような論点で「骨太の方向観」が出され、その後各教科で議論に入りました。その時も、官民対話も含めて、現場の声を今まで以上に聞いています。そしてこの審議のまとめとして、夏頃、次の学習指導要領はこういう方向だというのが出ます。年内に答申が出て、文部科学省はここから学習指導要領を作るわけですが、全て出揃ってから作っていたら時間が足りないので、もう作り始めています。早ければ2017年3月、つまり今年度の最後には次の学習指導要領の形が出てくるということになります。
■「主体的・対話的で深い学び」をキーワードに改訂
学習指導要領には今まで「何を学ぶか」ということが書かれていました。これはもちろん何よりも大事ですが、それだけでは十分ではありません。同じことを学ぶにも、先生から教わって学ぶだけでなくいろいろな方法でなければならない。それが「どのように学ぶか」です。そのためには、子どもが主体的になるような課題でなければいけない。対話して学ぶ、協働で学ぶ、グループ活動をするということは、特に小学校では、すでに行ってきたことです。そのことが今必然的になってきて、「子どもが中心で、そして対話で学びを深くする」ということが、改めて取り上げられているのです。この「主体的・対話的で深い学び」というのがキーワードです。これをするためにアクティブ・ラーニングが行われ、そのために学習過程を改善する。特にこれは高校についてですが、先生がずっと説明して生徒はずっと聞いているのはちょっとまずい。それが学習過程の改善という言い方で説明されています。
■新学習指導要領改訂のスケジュール
このことが「骨太の方向観」に出た後に、各教科、あるいは各学校種のいろいろなワーキンググループや部会が動きました。この中に情報ワーキンググループがあり、私はこの主査をしていますが、ここでは高校の教科「情報」と中学校の「技術・家庭科」の技術領域で扱う情報の内容、そして小学校、中学校、高校で専門的な教科ではなくて一般的な教科で扱う情報活用能力の育成をどうするかということが所掌範囲です。そうすると全ての教科に関係するので、このワーキンググループで行っていることは学習指導要領の総則とも関係することになります。
※文部科学省 「教育課程の改善に向けた検討状況」より
※クリックすると拡大します
そのため、この情報ワーキンググループで審議したことを総則・評価特別部会に上げ、総則部会から各教科に検討を依頼し、各教科の検討結果が総則・評価特別部会から情報ワーキンググループに返ってくる、ということをやってきました。各ワーキンググループはだいたい8回開催されてきましたが、それがこの5月いっぱいから6月の初旬で終わっているということになります。中教審以外にも、デジタル教科書やプログラミングの有識者会議なども動いていますが、これらもほぼ終わっており、コマはおおかた揃ったというのが、現在の段階です。
さらにそれを校種別に再度横から見直すことをします。そういった動きを経て、夏頃にはこの教育課程部会から、その上の総会でまた議論することになります。総会では、大学入試制度や教員養成といった内容もプラスされていますから、そういうところでもまた議論します。そのおよその進行予定がだいたいこのスライドです。そして、最終的に2020に小学校、2021年に中学校、2022年に高校で新しい学習指導要領がスタートします。
そのためには移行措置が必要です。少なくとも2年(実際は2年以上)使いますので、2017年の途中から移行できるようにする必要があります。諮問が出たのが2014年、論点整理で各教科のワーキングが2015年で、もう今年2016年に答申が出て、学習指導要領案が2017年3月(2016年度末)頃におそらく出て、パブリックコメントの後、告示に至るという非常に慌ただしいことになっています。学習指導要領にどう書かれるかが教科書検定に関連していきますし、それを移行措置でうまくやりくりした結果、2020年にいよいよ全面実施に移るという予定です。いつも10年で改訂するものが、今回は9年です。それでも時代の流れに付いていけないのではないかと言われています。そもそも、2014年の諮問の頃から今まででもICTを取り巻く環境からして大きく変わりました。人工知能が囲碁で名人に勝つなんて、思いもよりませんでした。だから、第4次産業革命と言われる時代を迎えてどうするのだというのが、今回の中教審がスタートして以来、強くなってきています。中教審は、もう「全ての教科をできるだけ情報社会に対応する」としています。それはICTを使うという意味ではなく、教科の内容を情報社会にフィットさせるような形で動いていて、学習指導要領もそれに対応した形になってくるでしょう。そうなったとき、その内容をICTなしで教えるというは、多分相当難しいことになるというわけです。
■大学入試や教員養成の動き
中教審では、高校の教育課程、大学入試、さらにそれに合わせた教員養成をどうするかという話を同時並行に調整しながら議論しています。大学入試も変わろうとしています。「入試があるから授業は変えられない」というのが高校の先生の言い分でしたが、入試を変えるということは、その意味ではかなり本気の改革です。
大学も変わらなければいけません。入試改革にきちんと取り組んでいる大学には予算がいっぱい付けますが、そうでない大学は予算を減らす、という強い動きがあるので、大学側としては頑張って新しい入試に取り組む、ということになります。
教育改革には情報化に対応した内容がいろいろ入ってきています。さらに、新しい大学入試は、CBT(Computer Based Testing)といってコンピュータで行います。
情報化に対応できる教員が、小学校、中学校、高校でも必要になるので、教員養成をどうするかという議論も当然行われていますが、さしあたって現在の教員にどう研修するかということが、非常に重要です。
※文部科学省 2015「教育の情報化について―現状と課題―」より
※クリックすると拡大します
ところが、今の先生は研修の時間もないくらい忙しく疲弊しています。これを、校務支援システムを入れて、チーム・学校でうまくフォローしよう、という話が動いています。いろいろな人たちが学校に入って先生方をサポートし、社会に開かれた教育にする、というのがここのキーワードですから。一方で、いろいろ人たちが学校に入ってくると、それを管理する教頭先生や副校長先生は大変です。それをICTなしでやるのはとても無理ですよね。これからの時代の学校では、校務のICT化も、仕事のためには当然必要なプラットフォームです。
※New Education Expo2016 特別講演 (2016年6月4日 東京会場)