New Education Expo2016 特別講演

新しい学習指導要領で期待される学力と教育の情報化への期待

~ICT導入の現状と中教審での議論から情報教育の未来を考える

東北大学大学院情報科学研究科 堀田龍也先生

vol.3  情報活用能力の育成とこれからの環境整備

■情報活用能力調査の結果から見えてきたこと

文部科学省は、情報活用能力調査という全国調査を行っています。全国から小学校は5年生、中学校は2年生を約3300人ずつランダム抽出して、「あなたの学校が選ばれました」という通知が急に来ます。クラスも指定されていて、テスト前日の夕方にパソコンが持ち込まれ、子どもたちは当日いきなりそのパソコンで出てきた問題を解くわけです。ですから、パソコンを使ったことがない子は、最初から固まってしまいます。

 

出題される問題は、例えばある市についていろいろなリンク先を調べて答える問題が出ます。特定のページを見ればわかるような問題は高得点が取れます。しかし、いくつかのサイトを見比べて考えなければならないとなると、とたんに点が取れなくなります。つまり、今のわが国の子どもたちは、整理された情報を先生が提示してあげたら誰でも解けますが、自分たちで整理して考えることには極めて弱い、ということが如実に出ています。

 

※文部科学省 「情報活用能力調査結果 (別冊)公表問題一覧」より

 

自分たちの考えをまとめて入力するという問題では、入力するのが遅いため、時間切れなってしまって点が取れない生徒が多くいます。キーボードが使えないというのは、かなり厳しいことになります。

 

キーボードの入力速度を調べてみると、中学2年生の平均は1分間に17.4文字。10分で170文字、原稿用紙の半分もいきません。これでは生産性は上がらないですね。小学生にいたっては、1分あたり6文字です。これはものすごい問題だと思います。

タブレットやスマホが普及しフリック入力は早くなっても、これからの仕事を考えれば、ノートパソコンのようなもので仕事をしていくというのは、多分当面なくならないですから、おそらくこれは学びでも苦しい思いをするだろうと思います。

 

一方で学校中の子供たちの情報活用能力が高い学校もあり、学校間格差が非常に如実に出ています。これは大きな問題です。

 

■情報活用能力 成績の上位と下位の違いは何か

情報活用能力の成績の上位10%と下位10%を調べてみると、まず指導の量とカリキュラムがあるかどうかが違います。さらに、指導体制が充実しているかどうかが違います。結果的に、指導体制が充実していれば情報活用能力は確実についてくるので、ICTが入ってきた時すぐに対応できます。学習指導要領の総則の小学校のところにも明記されています(※)。しかし書かれているのにできていない。これはゆゆしきことです。ですので、次の総則にどう書くかというのが今議論されています。そんな甘いことではないようなことが書かれるかもしれません。これはカリキュラム・マネジメントの問題として、校長の責任で各学校で行っていくことになると思います。

 

※小学校学習指導要領 第1章総則 第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項

(9)各教科等の指導に当たっては、児童がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段に慣れ親しみ、コンピュータで文字を入力するなどの基本的な操作や情報モラルを身に付け、適切に活用できるようにするための学習活動を充実するとともに、これらの情報手段に加え視聴覚教材や教育機器などの教材・教具の適切な活用を図ること。

 

情報活用能力の育成がうまくいっている学校には、いくつかの特徴があります。まず、先生が「情報」と「情報手段」をきちんと区別して考えていること。「情報の扱いができる」というときの情報は、いろいろな情報(information)です。「情報手段」という場合は、例えばツールとしてのICTを指します。ツールをどう使うかという話と、そこで得られた情報をどのように組み合わせて判断するかは別の話です。ところが、例えばiPadを入れると、みんな「情報手段」の方ばかりやります。iPadを上手に使えるようになったとしても、大人になったらもうiPadはないかもしれないのです。本当の目的は、そういうツールをうまく使って、情報を取り出し、並べ、必要なものを判断し、それを組み替えて自分たちの意見を付け加えて相手に自分たちの考えを伝えること。つまり、主体的に情報手段を使って、そこから浮き上がる情報をどのように扱うかという話であるのです。

 

その訓練のためには必要なのは、自分たちが学んだことや調べたこと、そういう情報を、どのように分類して比較し、要る・要らないを決めて、さらにどのようにつながりを作っていくのか、といったプロセスです。これらの「分類させる」とか、「比較させる」という「思考スキル」の育成は各教科でできることです。この方法は、今トレンドとしていろいろ研究されています。こういう力をきちんとスキルとして身に付けさせるべきだという方向で、学習指導要領の改訂が進んでいます。

 

一方、情報手段、ツールについては、いつでも使えるものでなければ、いつまでも上手に使えるようにはなりません。ですから、わざわざコンピュータ室でやるだけでは足りません。教室でもノートパソコンを使えることは必要です。また、いろいろなデバイスに出会わせる必要はなくて、むしろ同じ一つの物でずっと繰り返し使っていくから「道具」になっていくという考え方もあります。

 

■協働で重要な「可視化」にICTを活用

授業でアイデアや考えを付箋紙に書いて貼り、それをまとめさせるという情報整理の仕方がありますが、そういう活動をICTで行うところまでいっている学校もあります。

 

これは、子どもたち全員が持っていて、使いこなしているからできることですね。このように分類して自分の考えを明確にすることは、リフレクションの機能とともに、ほかの人に自分の考えを伝えることにもなります。その時、見ている生徒も同じツールを使っていると、自分の考えと他の人の考えを比較しやすいので、同じ型を与えたほうが教室での話し合いも効率よく進むようになります。ですから、協働では「可視化」(visualization)が非常に重要です。

 

例えばこれは算数の授業です。図と数直線と言葉で同じことを示しています。同じ内容でも3つの表現の仕方があることが比較できます。このように、先生の板書の使い方次第で、情報を取り出して順序立てて構造的に見せることが、各教科の活動の中で可能です。

 

このことと、子どもたちが付箋紙で何かするということがつながってくると、先生の振るまいが全部モデルになって自然に子どもたちに入っていき、今度は子どもたちの活動がプロジェクや実物投影機で映すことで可視化されればこういう力が育っていくということになります。

 

■情報教育の「3観点」と「三つの柱」

中教審の情報ワーキンググループで、最初に議論されたことがこちらです。今まで情報活用能力というのが、「情報活用の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」という3観点と言われてきたもので、平成8年の定義です。もう20年たっているので何度も見直した方がいいのではないかと言われてきましたが、そのたびに見直さなくてもいいということになる、そのくらいよくできたものです。平成8年と言えば、携帯電話も一般的ではなかった頃です。すごい未来を見た人たちが作ったのですね。

※中央教育審議会情報ワーキンググループ 平成28 年4月4日 総則・評価特別部会資料5より

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今度の学習指導要領は資質・能力の三つの柱というのが立っています。一つが「知識・技能」、これはつまり基礎・基本の習得です。それを使った「思考・判断・表現」、これが習得したことを活用することに当たります。そして、社会につながるような力が「学びに向かう力、人間性等」です。これは世界の動向と一致しています。この三つの柱と情報教育の3観点がどう関係しているかというのが上図です。

 

具体的に言えば、「情報活用の実践力」のためにはどんな知識・技能を身に付けさせておくべきか、そしてそれを活用させる場面はどのように用意すればよいのか、といったことがより明確にならなければなりません。これは一部の学校ではすでに研究し、実践してきたことですが、これからはそれを全ての学校でやれるようにしていく動きになります。

 

■高校の情報科の改訂。全員がプログラミングを学ぶことの意味

高校の情報では、情報Ⅰという必修科目と、それに加えて選択で情報Ⅱというのを選べるようになります。情報Ⅰには、プログラミングや情報デザインが入ってくるので、全ての高校生はプログラミングを学ばなければならないということになります。ちなみに、中学の技術・家庭科の技術領域にも、現在は制御のためのプログラミングが入っていますが、今度はコンテンツのプログラミングといって、例えばウェブサイトを作るといったことが教科の内容に入ってきます。なぜなら、社会にはそういう産業が今たくさんあって、それが情報産業として社会を支えているわけですから、技術科の目標と呼応するわけです。

※中央教育審議会情報ワーキンググループ 平成28 年4月4日 総則・評価特別部会資料5より

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ですから、高校では、プログラミングやコンピュータを使って考えるといった活動を全ての生徒が経験するいうことになります。もちろん背中合わせの情報モラルやセキュリティといったマインドや著作権など法の問題も学びます。こういう必修科目ができるというのが非常に大きな前進です。現行の「情報の科学」「社会と情報」からの選択では、プログラミングが入っていなくて比較的軽い「社会と情報」を80%の生徒が履修しているという状況で、プログラミングなどの情報科学が回避されているのです。しかし、これからは必ず通る道のところに情報科学がドンと置いてあって、否応なくそれをやらなければならない。それは、私たちの生活の中に人工知能などが広がってきているということが背景にあります。人工知能との共存の時代に向けて必修化していくという強い動きなのです。

 

これは文部科学省だけの問題ではありません。6月2日に閣議決定された、産業競争力会議から出てきた日本再興戦略(※)というものには、2020年から初等中等教育でのプログラミング教育の必修化、IT活用による習熟度別学習などが書いてあります。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/2016_hombun1.pdf

 

■小学校のプログラミング教育は何をめざすか

このような政府の動きを受けて、文部科学省では中教審とは別に「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」というものを立ち上げました。6月3日に最後の会合があり、有識者会議案がまとめられました。そのキーワードはプログラミング的思考です。

 

小学校ですので、プログラミングそのものを体験はさせますが、そのものが目標ではありません。マスコミの報道では、若干短絡的にプログラミング=産業人材育成のように言われていますが、義務教育ではもちろん産業人材育成を直接的に狙うわけではありません。

 

プログラミングは、最初から100点を目指すものではありません。コマンド=記号を組み合わせてとりあえず動かしてみて、うまくいかなかったらデバッグして直していく、という考え方です。そういう考え方をプログラミング的思考と言います。その中で、「コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができる」というのがプログラミングです。

 

小学校で毎日あるいは1週間に1時間もプログラミングの授業があるわけでもありません。理科や音楽などのある場面で、取り入れられるところがあれば取り入れてみましょう、ということです。例えば、音楽で作曲のソフトを使うと、何か命令を与えるとその通りに音楽を奏でてくれる。音楽にはリピートとか次に飛ぶという決まりもあります。あれもプログラミング言語の構造と同じです。つまり、音楽で創造をさせながら、同時にコンピュータの挙動やプログラムするということを一緒に教えるというクロスカリキュラムとして丁寧に入れていくということです。

 

■デジタル教科書の動向はどうなっているか

もう一つの話題がデジタル教科書です。指導者用デジタル教科書は、小学校、中学校もすでに多くの会社が出しており、すでに現場に入っています。教科書という名前が付いていますが、それは商品名であって厳密に言えば教科書ではないので、無償で給付されるものではありません。検定もありません。これだけ多くの教科書会社が作れるということは、学習者が使うデジタル教科書も考えていい時代にきているのではないでしょうか。

 

「フューチャースクール」と「学びのイノベーション」では、実際に映像や動画が動くことで子どもが理解できるという教材が初めて使われました。当時は非常に速度が遅くて大変だったようですが、マシンスペックはどんどん改善されていきますから、この知見は非常に有効です。しかし、どこまで検定するのか、という問題があります。また、子どもが持つ教科書として考えると、無償給与できるのか、に始まりいろいろな課題があります。ですから、デジタル教科書と言われるものの位置付けを法的にどうするかという検討会議が開かれて、これからの教科書制度との関係をしっかりとやっていきましょう、ということになったわけです。

 

教科書制作は、作って検定を受けて、採択されて実際に使われるというのがだいたい4年周期です。この4年が、教科書会社の中で小・中・高で大変な時期が重ならないように年度ごとに分かれてそれぞれ動いています。ここにさらにデジタル教科書もとなれば大変そうに見えますが、考えてみれば、実際教科書は紙ではなくデジタルで作っています。最終的に紙に印刷、製本して教科書にしているだけです。ですから、本当はデジタルのほうが先にできています。そう考えれば、そう無理な話でもないのかもしれません。お金の点で言うと、現在は教科書は全部無償給与で、だいたい1年間で412億円くらいかかっています。これが、デジタルになったらコストダウンするかもしれないとも言われています。

わが国の教科書は、国が指針を示し、それを民間が作って決定を受けてそれを自治体が選ぶという非常に合理的な制度になっていて、まさにこれが学力を支えてきました。しかも無償で子どもたちに給与するということが、国家施策としてずっと機能してきたわけです。せっかくのこの制度を、「デジタルだから無償給与は必要ない」と言うのは乱暴過ぎる話です。

 

先日出たデジタル教科書検討会の中間まとめでは、だいたいこういったことが出ていました。まず、教科書は使わなければいけないという決まりがありますが、これは当然今後も継続します。教科書の紙面の部分だけをデジタル教科書とし、学習履歴を回収するといったことはデジタル教科書の外で動いている機能であって、本来の目的ではないとしています。

 

さらに、教科書は当然検定をしますが、紙の教科書で検定したものをデジタルで提供すればいいだけであって、もう1回あらためて検定する必要はない。逆にそれ以外のものは教材として、今までと同じようにどんどん競争することで質の向上をしてもらえばいいということです。また、紙とデジタルの両方を無償措置というのは無理なので、紙の方の無償措置は続けて、デジタルはできるだけ低廉化してこれからも出していく、ということです。

 

今、学校教育法で教科書は「紙」と書いてあります。しかし、今後デジタルしか使わないという学校が出てきた場合、紙の教科書は使わなくてよいということを国が認めるためには法改正が必要になります。こういう動きというのは、検討会議が決まる前からすでに教科書会社が連携してやっていることです。

 

 

一般的には、国語と算数と理科とで採択された教科書会社が異なる場合、使うたびにインターフェースが違うと、子どももわかりにくいし先生も困ります。そういうことのないように、共通のプラットフォームを作るとか、誰かがビュアーを作ってそこに各教科書会社のいろんな教科書を載ればいい、という考えがあります。そういう動きは、これからさらに加速されていくと思います。

 

■これからの環境整備はどうあるべきか

最後に、これからの環境整備について話します。ICTは、世の中ではすでに当たり前のことなので、特別財源ではなくて一般財源になっていて、地方交付税交付金で皆さんの自治体に行っています。それをどう使うかは自治体が決めていますから、ICTが十分に入っていなかったら、文科省が悪いのではなくて、犯人は皆さんのすぐそばにいるのです(笑)。

 

地域格差は、県別に見ても大きいのですが、市町村レベルではもっと大きいです。次の学習指導要領を考えると、これはかなりまずいという危機感が今、国にはあります。 

※文部科学省 2015「教育の情報化について―現状と課題―」より

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※文部科学省 2015「教育の情報化について―現状と課題―」より

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普通教室に電子黒板が何%入っているかという資料があります。平均では9.0%ありますが、実は100%を達している自治体も数多くある一方で0%というところがすごく多いのです。コンピュータも同様です。平均6.4人に1台と言いますが、もっときちんとやっているところはたくさんある一方で、何にもやっていないところがもっとあるということが問題です。

 

ICTの整備の校内LANにしても、100%達成しているところはたくさんあって、何もしてやっていない学校はもっとたくさんあるのに、よく整備されている方の数字に引っ張られた平均の数値だけ見て安心している、ということなのです。これからは、自治体ごとの分布の評価がされるようになります。これを加速化するためのプランや工程表がネットにありますので、ご覧ください(※)。

教育分野の取組 工程表

 

こういったことを学校や教育委員会だけに任せていてもなかなか進まないので、文科省だけでなく経済産業省、総務省、ベンチャーなどで教育コンソーシアムを作って、そういった外の力でどんどん行っていくことになっていくでしょう。これは、教育委員会から見ればありがたいことかもしれませんが、自分たちの管轄外のことが管轄内に起こることになるので、管理上は大変なことになるかもしれません。

 

もう一つは、指標を示してその指標をクリアしているかどうかを各学校がチェックするという仕組みです。これはJAET(日本教育工学協会)が行っている学校情報化診断システムというもので、チェックリストを満たしている学校はどんどん表彰するという制度です。ただ表彰するだけの制度ですが、それでもかなりうまくいっています。このチェックはコンピュータででき、全部クリアされると、賞状が贈られます。その賞状を掲げて、「うちの学校は頑張っているんだよね」とアピールできます。

 

この指標は全部公開されていますから、ぜひご覧ください(※)。いろいろな指標がありますが、重要な指標は「体制」です。これは管理職のリーダーシップとか、情報化担当教員に何をやらせているかとか、そういう重要な事項とレベル感がはっきりと書かれています。これらは全部JAET会長の野中陽一先生が研究された上で実用化されたものです。日本の状況も海外の状況も調べ、そして日本人の実態に合ったやり方で作られているものなので、認定を受けられたらと思います。

http://www.check-ict.jp/

 

※New Education Expo2016 特別講演 (2016年6月4日 東京会場)