2017年度慶応義塾大学(総合政策学部・環境情報学部)情報入試解説
2017年2月、慶應義塾大学の総合政策学部及び環境情報学部で2年目となる情報入試が実施されました。両学部とも、大問が昨年度の4問から5問に増え、数学的な素養を問われる問題が増加するなど、量・質ともに昨年度より難しくなったと考えられます。ここでは、速報として、今年度出題された特徴的な問題について振り返ってみます。
*入試問題は、情報入試研究会のウェブサイトに公開されています。
1.今年度の出題傾向
【傾向1】情報理論の進んだ話題が誘導つきで出題
1つ目の特徴として、教科書には必ずしも含まれないような進んだ話題の問題が出題されていることが挙げられます。
総合政策学部の第II問(ア)では2進法による浮動小数点数の扱いが、第II問(イ)では文章データ中の単語の出現回数を記憶するための方法としてハッシュ法が出題されました。また、環境情報学部では第II問(ア)で文字の出現確率に応じた効率のよい2進法の数への割り当て方、第II問(イ)では公開鍵暗号の一つであるRSA暗号の原理、そして第IV問(イ)では待ち行列が出題されました。
これらの問題は、問題文中に示された誘導に沿って考えれば、題材となっている事項の知識がなくても解答することができるため、問題文の説明を正確に読み解く力が試される問題だったと言えます。一方で、情報の様々な話題に興味を持って調べたり考えたりしていると、問題が理解しやすく有利に働いたと思われます。
【傾向2】数学的な思考力を求められる出題が増加
2016年度も数列の漸化式をプログラミングで実現する問題など、数学と関連の深い問題が出題されましたが、今年度はより数学的な思考力を求められる出題が増加しました。
総合政策学部の第IV問は、ディスプレイの画面解像度・階調をテーマとした問題でした。(イ)では画像を拡大・縮小した場合の入力と出力の関係を求める問題で、落ち着いて考えれば座標平面上の内分点を求めれば良いということがわかりますが、選択肢の数式が複雑で面食らった受験生もいたのではないでしょうか。
環境情報学部の第V問は、友人関係のデータから任意の2人がつながるために友人関係をたどる最大回数を求めるアルゴリズムについての出題でした。(ア)はプログラミングの問題ですが、(イ)は与えられたアルゴリズムが正しいことを数学的に証明する問題でした。また、第III問で出題された最適化の問題も、条件の不等式から論理的に最適解を導くことが必要になります。
微積分の知識こそ必要ありませんが、情報を活用するために必要な数学の知識や、アルゴリズムの利用に欠かせない論証力は、情報入試でも求められていると言えるでしょう。
【傾向3】情報セキュリティ・プログラミングは継続的に出題
情報セキュリティや情報関連法規の問題、プログラミングの問題は昨年度から継続して出題されています。
情報セキュリティや情報関連法規の問題は今年度も両学部で第I問に出題されました。著作権やインターネット上のセキュリティといった特に大学生活で重要になるであろう項目については、単に用語を問うだけではなく実際の場面に即した出題がなされており、日頃から情報社会の一員として様々な問題に対する意識を持っておくことが重要です。
プログラミングの問題も、より深い理解を問う出題がなされました。総合政策学部の第V問は、借りたお金を元利均等払いで支払う場合の返済額と返済年数の関係がテーマの問題でした。利率が r%、毎回の返済額が b円とすると、金額を実数で考えれば、n回返済後の元金 an円は、漸化式
an=an-1 + (r/100) an-1 - b
を満たしますから、数学で学習する基本的な二項間漸化式の問題となります。一方、金額が整数であることを計算に反映させようとすると、正確な一般項を数式で表すことが難しくなります。そこでプログラミングによって返済年数や返済額を求める、というのがこの問題のメインの部分です。(ウ)では、与えられたプログラムが正しく動かない理由を答え、プログラムを修正するという実践的な問題が出題されました。ここでは、利率に対して返済額が小さすぎると元金が増えていってしまい計算が終了しない、ということに気づくのが鍵となります。なお、修正後のプログラムでも、元金に対して利率と返済年数が非常に大きい場合には動かないことがありますが、現実的な数値設定の範囲では動くため、実用上問題ないといえるでしょう。
傾向2で述べた環境情報学部の第V問も、(ア)はプログラミングの出題でした。変数に集合を代入していることもあり、各処理で何を行っているか把握しづらく、難しい問題でした。
2.学習対策
情報の学習項目に関する知識が必須の問題は情報セキュリティの部分以外は少ないものの、問題文の情報を正確に読み取るためには、アルゴリズムやプログラミングなどにある程度親しんでいる必要があり、表面的な対策では高得点を取るのは難しかったと思われます。また、数列や証明問題のような数学的な問も増えたことから、数式や論理的考察を厭わず、数学的な理解とバランスを取りながら情報の学習を進めていく必要があります。
3.付録:大問別分析
<総合政策学部>
情報-I
昨年同様、情報セキュリティ及び情報関連法規からの出題。小問が昨年の10問から8問に減少した一方、学校で犯罪となる可能性があるインターネット上の行動やマイナンバー制度など、実用的な知識を幅広く身につけていることを問われる問題が出題された。著作権やフィルタリングについては、昨年度から引き続いての出題となった。
情報-II
2進法及びデータ構造の処理に関する出題。2進法では、浮動小数点数について出題された。2進法での表現から浮動小数点数への変換について、問題文の説明を正確に理解して解答する必要がある。データ構造の処理については、テキストデータにおける単語の使用回数を調べる方法について、2分探索法及びハッシュ法を題材とした出題がなされた。問題文は長いが、解答に必要な情報は問題文に示されているので、落ち着いて誘導に乗ることができれば解答は易しい。
情報-III
有向グラフで与えられた経路の情報から最適な輸送方法を調べる問題。与えられている情報は多いが、最後の問題以外は東京駅に関する情報は不要であるなど、必要な情報を読み取り可能な限り問題を単純化して捉える工夫が重要である。アルゴリズムを求める小問は単純であったため、確実に得点しておきたい。
情報-IV
ディスプレイの画面解像度及び階調をテーマとした出題。小問(ア)は画像データの表現について理解できていれば易しい。小問(イ)は数式の見た目が複雑であるが、座標平面における内分点を求めているに過ぎないということが理解できればほとんどの問に解答することができる。
情報-V
借金の元利均等返済において、返済額と返済期間の関係を問う問題。小問(ア)は数学における数列の漸化式の問題であるが、誘導が丁寧であるため数学の試験に比べて解答しやすいと思われる。プログラミングの問は、変数の値によってどのような不具合が生じうるか想像する必要があり、難問であった。
<環境情報学部>
情報-I
昨年同様、情報セキュリティ及び情報関連法規からの出題。小問が昨年の10問から8問に減少した。用語の意味だけでなく、判例や近年の法改正からの出題もあり、全てを知識のみで正答するのは難しい。正解の可能性を絞り込み、自らの経験も頼りとして最も適切な選択肢を解答する必要がある。
情報-II
データの符号化及びRSA暗号に関する出題。いずれも本格的な情報理論の話題であるが、必要な知識は問題文に揃っているので、うまく誘導に沿って解答すれば見た目ほど難しくはない。ただ、小問(イ)では数学における合同式の考え方に慣れていないと効率的に計算するのは難しかったと思われる。
情報-III
文化祭での模擬店出店を題材とした最適化問題。必要な材料が20枚あたりの量であること、共通費は材料費と別に利益から差し引かなければならないことなど、問題で示された条件を正確に読み取って解答する必要がある。小問(ウ)以降は、うまく最後まで文意を読み取れないと解答に繋がらないため、難度は高めであった。
情報-IV
デジタルファブリケーションを題材とした出題。小問(イ)と(ウ)は待ち行列の問題であるが、問題文中に計算方法が示されており、計算量も少ないため、見慣れない用語に惑わされることなく確実に得点しておきたい問であった。
情報-V
友人関係のネットワークを題材としたプログラミングの出題。プログラミングの問は、人の集合を変数として捉える必要があり、集合の概念に慣れていないと各変数が何を表しているのか把握するのが難しい。小問(イ)はアルゴリズムが正しいことの証明であり、穴埋め方式ではあるものの、数学的な論証力が問われる問題であった。