情報入試受験者が抱える様々な課題と今後〜大学入学共通テストにおける情報科導入に向けて

慶應義塾大学SFC研究所 小野真太郎氏

 

2022年4月から高等学校新学習指導要領の「情報I」がスタートしましたが、教育現場における情報科には多くの課題が残っているのが現状であり、特に情報科の専任教員の不足の問題は、長きにわたり課題になっています。

 

これまで高校の情報科では、コンテンツの充実度や、地域間格差などが、情報教育の格差を生み出しているとされていましたが、大学入学共通テストにおける「情報I」の導入に向けて、これらの課題を改めて整理・検討する必要があると考えます。

 

一方、それらの課題のほとんどは、教員や学校、行政からの視点であることが多く、生徒側から情報科の課題を指摘されることはありませんでした。これは、情報科にそこまでのめり込んで学習する生徒や、情報入試を利用する生徒が少なかったために、課題が顕在化することがなかったことによるものであると推測されます。

 

そこで今回は、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の情報入試合格者(2016年から2022年の間に情報入試を利用して入学した学生:※1)を対象に質問調査を試み、その結果を分析することによって、受験者側の視点から考察された情報科の課題を明示したいと思います。

 

※1 SFCでは2016年から総合政策学部・環境情報学部において「情報」(「社会と情報」「情報の科学」)]を選択科目として実施

 

SFC情報入試受験者の特徴

まず、今回質問調査に協力した14名の特徴から、情報入試受験者の特性を推定したいと思います。これは、これからお話しする「情報入試受験者像」というものを推定することがそもそも難しいことから、あくまでどのような生徒が「情報」で受験し、合格したというイメージ共有のためにご覧いただきたいと思います。

 

「受験段階において教科『情報』が得意だったか」という問いには、14名のうち9名が得意であったと答えており、この人達は、大学受験において戦略的に「情報」を活用した、いわゆる習熟度の高い生徒であったと考えられます。

 

 

「得意だった」を選ばなかった人には、大きく分けて2つの理由があります。

 

1つは、SFCの一般入試が、「数学」か「情報」かを当日に選択できる形式であり、数学を勉強していたが、当日「情報」を選んだという人。もう1つが、「『情報が得意か』と言われると怪しいが、好きだった」という、いわゆる謙遜タイプです。

 

さらに、14名人中9名はソフトウェアをいじるのが好き(得意)と回答しており、そのうち6名は、ハードウェア・ソフトウェアともにいじるのが好き(得意)と回答しています。

 

さらに、14名中7人が、プログラミング言語を使用して、何かしらのプロダクトを制作した経験があり、人によっては文化祭やコンテストなどで展示・紹介した経験がありました。また、14名中5人がITパスポートや基本情報技術者などの情報処理技術者試験に合格しています。

 

情報入試受験者が感じた課題とその対処法

ここからは、情報入試受験者が感じた課題とその対処法として

1、学校の授業と実際の入試問題の乖離

2、学習参考書・問題集の少なさ

3、心理的な要素

の3つの観点からご報告します。

 

 

1.学校の授業と実際の入試問題の乖離

 

高校の教科「情報」の授業と、情報入試の問題のレベルの乖離は強く指摘されています。特に、SFCの情報入試は現時点で最難関と言われています。

 

その難しさを生み出している原因として、一つは他分野との融合問題が出題されることがあります。数学はもちろんのこと、物理に近い問題が出題されたこともあります。

 

 

また教科書の内容を逸脱している問題が多い、ということも挙げられます。具体例として、2016年に実施された環境情報学部の問題にその約1年前に制定された情報関連法の名称を答えさせるものがありました。こういった、直近の状況を踏まえた内容は、多くは教科書が更新される前に出題されることになるため、結果として教科書を逸脱する原因となると言えます。

 

教科書だけでは理解できないような内容が出題されている場合、誰か先生に質問することが重要ですが、先生も答えられないことがあり、分からない問題があっても解決・対策できないことがあったと指摘されています。

 

一方で、高校の授業の授業の現状に対するコメントもありました。

 

ある人の出身高校は、情報科の授業はWordやPowerPointなどソフトの使い方が中心となっていた、と言います。このような場合は、独学で勉強しなければ、全く得点できないだろう、という指摘がされていました。

 

このコメントから、学校によっては教科書の内容を必ずしも十分に教えることができていない可能性が浮かび上がってきます。今後、大学入学共通テストに対応すべく、情報科の教育体制を根本から組み直す必要かある学校も存在することが推測できます。

 

 

学校の授業に関する自由記述のコメントがこちらです。

 

 

2.学習参考書・問題集の少なさ 

 

受験生の学習に大きな影響を与えた2つ目の課題が、学習参考書・問題集の少なさです。

 

何より教科「情報」の勉強法が確立しておらず、それぞれの分野において、どの程度の学習が必要なのか全く見当がつかないことが問題とされていました。

 

例えば英語であれば、文法や長文読解などそれぞれの分野でどの程度の学習が必要なのか見当がつき、また様々な学習法が展開されているので、自分がどのレベルの位置にいるか測定できますが、「情報」にはそれがありません。

 

そしてSFC以外の他大学も含めて、過去問の入手が難しいことや、情報入試の模試などが少ないことから、受験生自身が、自分がどの程度理解しているかを確認する手立てが少ないことが加えて指摘されています。

 

 

その対処法として

1、ITパスポートや基本情報技術者試験の試験問題を活用

2、情報処理学会情報入試研究会が公開している大学情報入試全国模擬試験を活用(※2)

3、センター試験の「情報関係基礎」の問題(数学Bで過去に出題された「情報」選択問題を含む)を

活用

などで演習量の不足を補って、合格することができたという指摘がありました。競技プログラミングのAtCoder(※3)に出場したという人もいました。

 

※2 情報処理学会情報入試研究会 過去問ページ 

  http://jnsg.jp/?page_id=108

 

※3 https://atcoder.jp/?lang=ja

 

 

また、問題集があったとしても、解説が丁寧に作成されておらず理解できないことや、そもそも解答が誤っていることがあり、入試に対応できる力をつける勉強の環境をつくるのが難しいと考えられます。

 

これらのことから、先ほどの情報入試を利用している学生の特徴として「教科『情報』の習熟度が高い」という現状は、SFCの問題が高校の「情報」の授業の内容との乖離が大きいため、SFCに関しては独学中心で勉強しなければ合格できないということが、大きく影響を与えている可能性があると考えられます。 

 

つまり、もともと「情報」が得意であったから合格したのではなく、独学で勉強することができて、それによって「情報」が得意になれたので「情報」で受験して合格したということです。ここには「独学で勉強できた」と「『情報』が得意になれた」という2つの壁があるのではないかと推測できます。

 

 

3.心理的な要素

 

回答者の意見の中に、「他の生徒が英語や数学を勉強している最中に、ごく一部の大学の入試でしか出題されない『情報』を勉強していることに不安を感じていた」というコメントが一定数存在していました。

 

この心理的な要素については、大学入学共通テストに「情報I」が導入されることによって、情報を学習する生徒が相当数増加することが想定されることから、自然に薄れるであろうと推測しています。

ただ、学習方法や学習内容に対する不安については、引き続き残るものと考えられます。

 

 

まとめに入る前に、研究背景でお話しした大学入学共通テストに教科「情報」を導入することは、情報化社会の到来やIT・AI領域人材の育成・確保に効果的であるという言説について言及したいと思います。

 

学部内で様々な分野の研究がなされているのがSFCの特徴ですが、今回調査した14人のうちIT系に進んだ人は半数であり、エンジニア職はさらに絞られることからも、情報入試の導入が必ずしもIT・AI領域人材の育成・確保に効果的とは言えないと推測できます。

 

 

一方で、一般的に、学校以外で全ての家庭でパソコンを使って学習したり、オンライン学習に十分なネットワークの環境が整っていたり、ということが実現しているとは言えません。教育現場の理解も十分になされているとは思えません。

 

そういった家庭に、プログラミング・アルゴリズムを学習する環境を提供し、いわゆる情報リテラシーの底上げを図ることこそ、IT・AI領域人材の育成・確保のために効果をもたらすのではないかと思います。そのためにも、学習環境づくりが重要になります。

 

 

今回、私は情報入試受験者の特性を踏まえて、情報入試受験の課題とその対処法を整理しました。今回明らかになった課題は、教科「情報」の習熟度が高い生徒にとっても直面した「壁」であり、今後大学入学共通テストでの「情報I」の実施によって、より多くの、様々な特性の生徒が教科「情報」に向き合うことになることで、より多くの課題が発生することが想定されます。

 

ですので、大学入学共通テストにおける情報科導入において、少なくとも現時点で問題となっている各事象について、何かしらの対策・検討をするのは喫緊の課題ではないかと考える次第です。

 

日本情報科教育学会第15回全国大会発表より