講評講演
これからの情報教育
~情報教育を支え、担っていただく皆様へ
文部科学省初等中等教育局視学官 永井克昇氏
情報の本質を分かった上でできることを活かす
本日お集まりの先生方には情報教育を支えていただいていますが、今後ますます現場でご尽力いただき、さらに情報教育を支えていただきたく、お願いをいくつかしたいと思います。
最初のスライド(右図)には、この研究大会で共有したいいくつかのキーワードを書きました。最初のキーワードは『分かる』と『できる』です。これは、共通教科情報科が目指す「できる」は、単にできればいいのではなく、分かった上での「できる」です、ということを示しています。そして「分かった上でのできる」の延長線上に『活用する』、『活かす』があり、このことが、生徒が情報活用能力を「身に付けている」ということだと思います。
では、『分かる』とは何が分かるのか。これは、昨日の西垣先生のご講演で、「望ましい情報教育」の留意点としてあげられたもの(右図)の2つ目、「情報の本質をつかむ」ということとつながります。「情報の本質」をつかんだ上で「できる」、そこに共通教科情報科への期待と責任があります。
そして、「分かった上でできる」を何のために活かすのか。これは、西垣先生の留意点の3つ目、「人間のための情報社会の構築」につながると思います。
新しい教育課程のもとでの共通教科情報科は、「社会と情報」と「情報の科学」の2科目で構成しました。高等学校学習指導要領に書かれているように、それぞれの科目の目標のキーワードは、「社会と情報」は『参画』で、「情報の科学」では『寄与』です。『参画』と『寄与』は、先ほどあげた「人間のための情報社会の構築」においては、そこに主体的に参画し、寄与することであるということです。
基本知識を確実に ~共通性をおろそかにしないで、多様性を実現する
次は、少し飛ばして4番目の『共通性』と『多様性』についてです。高等学校教育の最大の課題は、この『共通性』と『多様性』をいかにして共に担保し、実現するかということだと言ってよいでしょう。この点を見失うと、共通教科「情報」の存亡の危機を招きかねないと思います。
この点について西垣先生は、先ほど触れた留意点の1つ目で、「最新知識より基本知識」と指摘されました。まったくその通りで、共通教科情報科では、『共通性』すなわち基本的な知識を確実に生徒に身に付けさせるという視点が、ブレてはならないと思いました。それを授業でどのような方法や教材で提供するかということが、『多様性』の問題だと思っています。昨日のポスターセッションや今日の各分科会での発表の様々な取り組みが、この多様性にあたります。その多様性の中で、見失ってはいけない共通性、つまり基本の部分をちゃんと整理して生徒に指導していくことが必要です。過度に『多様性』に目を奪われてしまい、『共通性』がおろそかになってしまうことがないようにするべきであると思います。
次に、『経験知』と『理論知』についてです。先生方は日々の指導を通じて多様な実践を蓄積されていますが、今回の研究会を通して、蓄積した実践を理論武装し、より一層深めていただきたい、という趣旨です。実践を活かすのが理論です。理論を支えるのが実践です。理論と実践が相まって初めて、生徒にとって良い教育が実現すると思っています。
それから、『確かめる』と『生かす』です。先生方も日々の取り組みを振り返り、自らの実践を評価するということを日常的にされていると思います。そこで評価し、確かめた結果から実践をさらに改善する、つまり、振り返る・評価する際の軸を、『確かめる』軸から『活かす』軸へ移行していただきたいということです。
昨日、西垣先生は、「これまでの教科情報の教育が悪いというわけではない。ただ時代に即した教え方を考えなければならない」と指摘されました。このご指摘は、重く受け止めなければならないと思います。時代は非常に速いスピードで動いています。次の高等学校学習指導要領改訂まではまだ時間はあると、悠長なことも言ってはいられません。そのためには、理論武装や『生かす』軸への移行が急務なのです。
それから5番目の『協業』と『個業』です。共通教科情報科が、先生方一人ひとりの頑張りに支えられていることは実感していますし、頭の下がる思いでいっぱいです。ただ、一方で個人の力で支えられている教育で止まっていていいのか、という問題意識を常に持っていただきたいです。それを『協業』、つまり組織の力で、「1+1=2」ではなく「3」にも「4」にもなるように深化させていくことが大事だと考えています。今回の研究会のような機会を通じて、個の力を組織の力につなぎ、結びつけることによって、ともに働く力に変えていくという視点をぜひ共有したいと思っています。
『連関性』と『協働性』。これは共通教科情報科のみならず、広く教育全般に言えることですが、様々な要素が関連し合って教育を形成しています。それが『連関性』です。しかし、関連するだけでは良い教育は実現しません。それぞれの要素がそれぞれの強みを発揮し、ともに働くこと、それらがうまくかみ合って働くことが良い教育を実現するためには必要であると思います。
そして最後の『共有』と『普及』と『浸透』については、改めて言うことはないと思います。この2日間は、先生方にとって新しいアイデアやスキル、手法といったものを身に付け、共有するたいへん有意義な時間だったと思います。ここで身に付けられたものを、学校や地域へ持ち帰っていただいて、先生方の力で普及・浸透させ、学校や地域全体の教科情報の教育力を高めていただきたいと思います。
「情報」は既に新しい教科ではない ~取り組みやデータを蓄積し、教科として確固たるものに
次のスライド(右図)は、次の高等学校学習指導要領改訂に向けて、お願いしたいことです。
左からの赤い矢印は、第2シーズンを迎えた共通教科情報科は、新たに創設された教科ではなく、他の教科と横並びになる教科として位置付けられているという認識を持っていただきたい、ということです。他方、右からの緑の矢印は、共通教科情報科の取り組みや、それを論理的・科学的に検証したデータ、つまりエビデンスを皆さんの実践を通して蓄積してください、というお願いです。
左の図のように、国民必須の力である「情報活用能力」を身に付けさせるために、平成11年に改訂された高等学校学習指導要領は、新しい枠組みとして共通教科情報科を必履修教科・科目として創設しました。そして、今年度からは、新しい高等学校学習指導要領の全面実施を受けて、共通教科情報科の第2シーズンが始まりました。つまり、共通教科情報科は、もう「できたての教科だから、このまま変えなくてよい」という存在ではないということです。
私は、学習指導要領で新しいアイデアを具体化し、実現するためには、今までの枠組みを超える、崩さなければならないと、考えています。次の学習指導要領の改訂の際には、中教審等で様々な教育課題に対応した新しいアイデアが議論されると思います。その新しいアイデアを具体化し、実現するときに、超えたい・崩したい枠として、共通教科情報科が議論の俎上に上ることが考えられるのではないかと思っています。そのようなことにならないために、皆様にご尽力いただいて、日々この教科を育て、評価をし、エビデンスを形成・蓄積し、この教科としての脆弱性を克服していかないといけないと考えています。
小・中学校でできない、高等学校ならではの能力育成の実践を
今の高等学校の共通教科情報科のねらいや内容は、上図のように小学校、中学校では情報教育を行う教育課程上まとまった時間がないという学習指導要領の構造を前提に整理されています。しかし、私は、小学校・中学校で教育課程上、情報教育を行うまとまった時間を作るべきだと常々言っています。もしそうなると、高等学校の共通教科情報科で指導されているスキルやリテラシーの一部が、小学校や中学校で指導されることになります。その時、このことを受けて高等学校の共通教科情報科で何を教えていくのか、という課題が共通教科情報科に突きつけられると思います。
スキルやリテラシーにあたるところが削ぎ落とされたら、何も残らない教科であれば共通教科情報科は必要ありません、という話になります。しかし、逆に空いた部分に、今まで十分できなかった、本来高等学校で指導すべき情報教育の内容を充実させることができるのであれば、小学校・中学校・高等学校を通した体系的な情報教育が描けると考えています。
これから次の高等学校学習指導要領の改訂までに、先生方には高校生に、共通教科情報科で何を教え、何を身に付けさせるのかということを、授業の実践として積み重ねていただきたいというのが、お願いしたいことです。これは、先程のスライドの緑色の矢印の「エビデンス」にあたります。それが新しい枠組み、アイデアを実現する際、生徒のために必要な確固たる教科として共通教科情報科が存在するための大きな力、基盤となるのだと考えます。